フリーミアムで世界を変えた女性:Cloudflare共同創業者 ーミシェル・ザトリンの挑戦 【後編】
待望の後編。新進のネットワーク企業、Cloudflare。その共同創業者でCOOを努めるのが、ミシェル・ザトリン(Michelle Zatlyn)~です。──「インターネットの免疫システム」を生み出し、世界中のWebをサイバー攻撃から守る企業を牽引する女性リーダー。スタートアップ、IPO、ゼロトラスト、セキュリティ、フリーミアム戦略……。本記事では、彼女の戦略とリーダーシップに迫ります。 文・占部雅一
ミシェル・ザトリン(Michelle Zatlyn)
1979年7月にカナダ・サスカチュワン州で生まれた実業家。インターネットインフラ企業Cloudflareの共同創業者兼COO(最高執行責任者)として、同社を世界的ユニコーン企業へと成長させた。マギル大学で化学を専攻後、ハーバードMBAを取得。2009年に創業したCloudflareでは、UX設計、Go-to-Market戦略、人材開発を主導。2児の母として家庭とキャリアを両立し、多様性と信頼に基づく経営を実践している。
第5章:リーダーとして、母として
Cloudflareを急成長させる傍らで、ミシェル・ザトリン(Michelle Zatlyn)はもうひとつの重要なプロジェクトを進行させていた──家族をつくることである。
2011年、彼女はカナダ人起業家のジェイミー・サザーランドと結婚する。夫はのちに音声AI企業「Sonix.ai」の共同創業者・CEOとなる人物であり、二人は互いに「創業の苦しみも喜びも分かち合える」パートナーとなった。
その後、2013年と2016年に2人の子どもを出産。まさにCloudflareの拡大と並行して、母親としての道を歩み始めた。
“ママであること”を隠していた最初の数年
意外にも、ミシェルは最初の出産のあと、自分が母であることを外に出すことを避けていた。
当時のシリコンバレーでは、「起業家=フルタイムで働ける若い男性」という無言の期待が強かった。ミシェルのように、子どもを育てながら、企業のNo.2として走り続ける女性は、ほとんどいなかった。
心境の変化──“語ることが、力になる”
だが2人目の出産を経て、ミシェルの考えは180度変わる。
この時期から彼女は、社内外で「母であり、経営者であることのリアル」を率直に語るようになる。社内の若手女性たちや、他社の起業家仲間たちにとって、彼女はロールモデルそのものになっていった。
Ruthless Prioritization──容赦ない優先順位づけ
ミシェルが実践するワークライフバランスのキーワードは、「ruthless prioritization(容赦ない優先順位づけ)」である。
たとえばミシェルが大事にしている「日常の工夫」は、以下のようなもの。
これらは決して“表面的な時短テクニック”ではない。「仕事でも家庭でも、その時間に全力投球する」という意志の表れだ。
社内カルチャーの設計者として
ミシェルは、自らの経験を制度に反映させることにも余念がない。Cloudflareでは、以下のような取り組みが整備されている。
3か月の産休(女性)+3週間の育休(男性)
出産・復職支援プログラム
Returnship制度 キャリアブレイクを経た人材の再チャレンジを支援
育児・介護フレンドリーな柔軟勤務制度
この言葉が、Cloudflareに根づく「多様性を尊重する文化」の本質を物語っている。
IPOの鐘──家族を壇上に上げた日
2019年9月、CloudflareのIPO(株式公開)当日。
ミシェルは夫と2人の子どもをNYSE(ニューヨーク証券取引所)の鐘つき舞台に連れて上がった。通常、このセレモニーに家族を招くことは稀であり、役員や投資家だけが登壇するのが通例だ。
一部からは「場違いでは?」という声もあった。
だが彼女は、信頼する女性経営者カトリーナ・レイク(Stitch Fix創業者)のアドバイスを受け、家族全員での登壇を決意する。
この姿は、世界中の女性起業家・ワーキングマザーにとって「両立は可能だ」という強烈なメッセージとなった。
第6章:信頼と多様性を重んじるリーダーシップ
Cloudflareという企業の成長には、テクノロジー、タイミング、戦略、あらゆる要素が絡んでいる。その中核をなすのは、“人”と“信頼”の設計だった。
彼女のリーダーシップは、数字や成果で語られる前に、「人にどう接するか」から始まる。
「全部自分でやらない」──信じて任せる覚悟
ミシェルは、創業初期からプレイヤーとしても現場を知り尽くしていた。
だからこそ、あるタイミングでそれを“手放す”必要があると悟る。
これは単なる業務効率化ではない。チームの成長機会を奪わないための決断だった。Cloudflareには、全世界に広がる拠点、異なる文化的背景を持つチーム、多様な言語、スキル、性格を持つ社員がいる。
その全員を巻き込んで成果を出すには、「ルール」より「信頼」の文化が不可欠だった。
多様性こそ、最強の戦力
Cloudflareでは、取締役8名中3名が女性。
技術部門でも、女性やマイノリティ比率の公開・改善を継続的に実施。
Returnship制度などの再チャレンジ支援もいち早く取り入れた。
これらの施策は単なる「ポリティカル・コレクトネス」(あらゆる多様性を尊重すること)ではない。むしろ「事業にとって合理的であり、競争優位である」という確信から生まれた。
Cloudflareは、“文化的均質さ”より“意見の多様性”を重視する組織だ。
社員を「信頼する」ことから始める文化設計
COOとして、彼女が社内に浸透させたのは「Radical Transparency(徹底した透明性)」。
進捗状況や意思決定プロセスをできるだけオープンに
社員が現実を共有し、課題を共有し、挑戦を共有できるように
成功も失敗も、リーダーが先に開示していく姿勢を徹底
この姿勢は、スタートアップにありがちな“ヒエラルキーの壁”を打ち壊し、
誰もが自分の意見を持ち、提案し、実行できる文化を生んでいった。
Cloudflare TVと「Yes, We Can!」
2020年、コロナ禍が始まると、彼女は即座に「Cloudflare TV」という社内メディアの立ち上げを決断。
これは単なる情報共有ツールではなく、カルチャーの継承装置となった。
彼女自身がホストする番組『Yes We Can』では、世界中の女性リーダーたちと対談。育児・キャリア・差別・希望──あらゆるテーマを、真摯なトーンで掘り下げていった。それは、彼女にとっての“次世代への責任”でもあった。
信頼される会社とは何か──IPOにこめた想い
2019年のIPO──多くの企業が「資金調達の手段」と位置づけるこの儀式を、ミシェルは違った目で見ていた。
だからこそ、彼女は家族を舞台に上げ、
だからこそ、社員全員に「これはあなたたちの成果だ」と伝え、
だからこそ、Cloudflareは単なるセキュリティ企業ではなく、“信用の象徴”になっていった。
ミシェル・ザトリンのリーダーシップ

「テクノロジーは誰のものか?
それは、“誰でもアクセスできるものであるべきだ”という答えを、
私たちはCloudflareという会社で出したいのです」
── Michelle Zatlyn
了
出典・参考文献
1.生い立ち・高校・大学
内容 出典 生まれ:1979年、カナダ・プリンス・アルバート出身 WomensActivism NYC 父は弁護士/母は教師/姉妹と育つ Leaders.com 高校:Carlton Comprehensive High School WomensActivism NYC McGill大学:化学専攻+マネジメント副専攻(BSc) Harvard Business School Alumni Story Junior Achievement(高校時代にボードゲーム開発) Inc. Magazine 30 Under 30
2. MBA・Googleインターン時代
内容 出典 Harvard Business School MBA(2007–2009) HBS Alumni Story Googleでのサマーインターン→リーマンショックで正社員内定取り消し Foundr Podcast Interview
3. Cloudflare創業・急成長のプロセス
内容 出典 Project Honey Potからの共同創業/HBSでの出会い Harvard Business School News Cloudflare起業初期の戦略/無料モデル Forbes Tech Council 2015年:世界の5%以上のWebトラフィックを処理 Wired 2019年IPO(上場)・NYSEでの登壇 CNBC動画インタビュー
4.リーダーシップ/家庭と仕事の両立
内容 出典 出産後もCOOとして働き続けた経験 Inc. Magazine Feature 「ruthless prioritization(徹底的な優先順位づけ)」の考え方 Operator Collective Interview 家族を連れてNYSE上場の舞台に立った背景 The Globe and Mail
5.Cloudflareでの主導施策(TV・CSRなど)
内容 出典 Cloudflare TVの立ち上げ・社内エンゲージメント Cloudflare Blog 「Yes We Can」番組(女性リーダーとの対談) Cloudflare Blog Project Galileo(報道・市民団体の無料保護) Cloudflare Project Galileo Page Returnship支援(Path Forwardとの提携) Cloudflare D&I Blog
6. 評価・受賞歴・資産ランキング
内容 出典 Forbes「Self-Made Women」ランキング掲載 Forbes Profile Fortune「40 Under 40」選出(2017) Fortune List C100(カナダ起業家支援団体)の活動 C100 Official
7.夫:Jamie Sutherland との関係
内容 出典 マギル大学で知り合う/2011年に結婚 BTW.media ジェイミーの職歴:Xero US社長→Sonix創業者 CPA Practice Advisor 起業を後押ししたパートナーシップ Medium 投稿
前編は下記へ
