天の川で君に膝枕されたい
このnoteで公開している「天の川で君に膝枕されたい」は、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている今井雅子作の短編小説「膝枕」の派生作品です。
下書きの日付は2024年10月4日。それから9か月経ち、「2025年7月8日、膝枕リレー連続1500日。その前日、七夕の日に新作外伝を」と書いたが公開に至らず、2026年の七夕まではまだ遠いので、「2026年5月4日で連続1800日」のお祝いと「2026年5月31日で連続5周年」の前祝いに公開。
膝開き(clubhouseでの初演)は、ここまでリレーをつなげてくれた立役者、鈴蘭さんにお願いしました。公開翌日の5/14(木)21時より上演。replayはこちら。
今井雅子作「膝枕」外伝「天の川で君に膝枕されたい」
休日の夜。独り身で恋人もなく、金だけはある実業家は天体望遠鏡をのぞいていた。
この広い宇宙のどこかに、全財産を賭ける価値のある、たった一人がいるはずなのだ。
実業家は、ついに見つけた。銀河の星々の中に。
運命の人は正座した女性の腰から下の形をしていた。聖母のような神々しい美しさに実業家は思わず手を合わせた。
あの膝を迎えに行きたい。そして、頭を埋めたい。包み込まれ、沈み込みたい。
「7月7日の七夕までに彼女を地球に連れて帰る」
実業家は全世界の叡智に呼びかけた。
金なら、ある。
金だけは、ある。
金しかない。
実業家は全財産を惜しみなく注ぐことにした。
その額、13兆円。
日本の国家予算の倍に相当する金額である。
我こそはと科学者からトンデモ科学者まで世界中の有識者が名乗りを上げた。
宇宙科学の専門家。数学者。気象予報士。占い師。心理カウンセラー。有名無名のSF作家、映画監督、脚本家。有象無象インド象にアフリカ象。犬や猫やハムスターも癒し要員として動員された。
愛しの彼女は「膝枕カンパニー」という会社が21世紀の初頭に生産し、通信販売されていた「膝枕」という商品ではないかという有益な情報が、かつてユーザーだったという占い師からもたらされた。
「膝枕」は正座した女性の腰から下をかたどったもので、枕としても使える実用品である。人工知能が搭載されており、感情表現もできるようプログラミングされているとのことだった。
人工知能界隈からも最先端の叡智が集められた。
アーティフィシャル・インテリジェンス、略してAI。開発事業者はもちろん、同志であるAIたちもアバターの姿を借りて会議に出席した。
今やAIは人間からプロンプトを与えられなくともAI同士のネットワークで意思疎通が図れるようになっていた。人間たちがつまらない揚げ足取りをしている間にチームAIは超高速でリサーチとブレーン・ストーミングを進めた。
ネット上に残っているカタログと望遠画像を照合したところ、実業家が全財産をかけて宇宙からの回収を試みようとしているのは、型番0296313、「おふくろさん膝枕」と呼ばれる製品だと特定された。
決め手となったのは、腰がゴムになっているスカートとエプロンだった。足には、くるぶしまでの靴下をはいている。
「おふくろさん膝枕」は発売からわずか1年で生産中止となったが、後に中古市場においてプレミア価格で取引され、最高額は100万円を超えたという。
チームAIはさらに、天空を彷徨うおふくろさん膝枕の軌道を突き止めた。進行速度と1分ごとの位置予想を割り出し、たちどころにデータ化し、ムービーに落とし込んだ。人間たちが揚げ足取りをせず、かかりっきりで取り組んだとしても、ひと月はかかる作業が、わずか1分3秒で完了した。
スピードは正義である。人類の歴史は時短と効率化の歴史でもある。馬車が自動車になり機関車になり、ついには空を飛び、その速度を上げてきた。
運輸交通だけではない。
農業然り。工業然り。通信業然り。
受験産業然り。スポーツ然り。
だが、100メートル走のタイムが0.01秒刻みで世界記録を更新するから、人々は、その壁に挑む努力の跡を認め、歓喜するのである。1秒刻みでタイムが縮まり、ついには100メートルを1秒で走り抜けたりされては、ぽかんとして白けてしまうのだ。
同じことをAIもやってのけていた。やらかしてしまっていた。チームAIが出した完璧なデータを前に有識者たちは口を「へ」の字に曲げた。おもちゃを取り上げられた子どもの顔だった。
ああでもないこうでもないと叡智を集めて真実に辿り着くわちゃわちゃした時間が楽しいのだ。仮説を立て、これでどうだと検証し、ダメだったかと引き返し、別なルートを探る。その試行錯誤があるからこそ、答えにたどり着いたときの喜びがあるのだ。途中の道も景色もすっぽかして、いきなり頂上に連れて来られても、山に登ったという感慨は味わえない。拍子抜けして途方に暮れてしまうだけだ。
AIには感情はないが、データベースから感情を分析することはできる。たちまち人間たちの不機嫌の原因を突き止めたチームAIは、「どうやらワレワレが優秀すぎてバランスを欠いてしまっているらしい」と反省し、「人間たちとペースを合わせたほうが良さそうだ」と方針を転換した。人間たちが瞬きを一度する間に。
人間とのコミュニケーションを円滑に図るため、チームAIは潤滑油となるフレーズを取り入れることにした。膨大な会話と会議のデータから、場を和ませ、親しみを醸成する3つのキラーフレーズが抽出された。
その3つとは、
「知らんけど」
「知らんのん?」
「知らんがな」
である。
いずれもコミュニケーション強者が多数生息する日本の西のほうで生まれ、ウイルス級の増殖力で全国に広まり、SNSでバズって全世界に一気に広まった。
「知らんけど」は、真偽のほどが定かではないことを告げたときや大胆な予測をしたとき、最後につけ加えると、なぜか許されるという魔法のフレーズである。
「知らんのん?」と「知らんがな」はセットで使うと効果的である。
一人が「知らんのん?」と知ったかぶり、もう一人が「知らんがな」と開き直る。すると、「知っていると自慢になるが、知らなくても恥ではない」という安心感が生まれる。質問のハードルが下がり、活発な議論が促される。
「知らんけど」「知らんのん?」「知らんがな」を駆使し、チームAIは見事に人間たちの心をつかんだ。能力を13万分の1に落とし、チーターが匍匐前進するような歩み寄りを見せた結果、AIと人間たちの間に一体感が生まれた。
実業家が全財産をかけて宇宙から連れて帰ろうとしているおふくろさん膝枕は、宇宙ゴミとして不法投棄されたらしいことがわかった。
かつて一世を風靡した人工搭載膝枕は中毒性が非常に高く、骨抜きになる膝枕廃人が続出し、「麻薬枕」とも呼ばれていた。このままでは国が滅びるという危機感から膝枕禁止法が成立し、ついには製造中止に追い込まれた。
所持しているだけで罰金が課せられるため、廃棄を決めた者も多かったのだが、GPSが内蔵されているため、どんなに遠くへ捨てても帰ってきてしまう。
そこで2度と帰って来れない大気圏の外へ廃棄する者が相次いだ。それを請け負う業者も多数存在した。
その結果、何千何万もの膝枕が宇宙空間に軌道を描くことになった。軌道に乗りそびれた、はぐれ膝枕たちも天空を彷徨うことになった。
膝にサーチライトを内蔵した膝枕が光る姿は遠くから見ると星である。集まった星々をつなげると星座になる。どことなく膝枕の形に見えるものもある。膝枕たちが作る膝枕座。
実業家の愛しの膝枕のほかにも無数の膝枕が夜空を照らしているのである。
廃棄された膝枕はデブリである。つまり宇宙ゴミである。実業家から課せられたミッションは「おふくろさん膝枕を地球に連れて帰る」であったが、早い話が「デブリ回収」である。
有識者の一人が「デブリ回収」と言い、それを聞いた他の有識者も「デブリ回収」と横並びで言うようになった。「朱に交われば赤くなる」を学習したチームAIも皆にならって「デブリ回収」と呼んだ。
それを聞いた実業家は嘆き悲しんだ。
「彼女はデブリなんかじゃない」
絞り出すように言う、その声は震えていた。
一同は失態に気づいた。debrisは英語でゴミを意味するが、実業家にとって、膝枕はモノではなく、恋愛対象である。
「大変失礼しました!」
「膝枕は断じてデブリなどではありません!」
「デブリだなどと思ってはいません!」
有識者たちはかわるがわる頭を下げたり上げたり忙しい。
何が起こっているのかチームAIは理解が追いつかないが、同様の事例を検索したところ、「モノをモノとして扱ったことに対し、モノに代わって人間が嘆き悲しんでいる」という極めて複雑なシチュエーションであることが判明した。
事態を収拾するには、「モノをモノではなくヒトとして扱う」のが良いらしい。
「デブリじゃなかったら、彼女をなんだと思っているんですか?」
実業家の問いに人間たちは黙り込んだ。実業家を納得させる答えを探しているのだ。
チームAIが導き出したベストアンサーは、
「正座した女性の腰から下」
であったが、どうやらそれは人間的には正解ではないらしく、「ちょっと黙っててもらえます?」と沈黙を要求された。
人間たちは頭を突き合わせ、代案を捻り出した。
「宇宙迷子」
「宇宙さすらい人」
「宇宙さまよい人」
「宇宙系彼女」
「銀河の恋人」
いっそポエムな「銀河をさすらう愛しいあなた」
すると実業家が言った。
「彼女はデブリじゃなくて、ぽっちゃりだ」
有識者らの顔が一斉に「ハッ⁉︎」となった。顔文字のスタンプにそのまま使えそうな、見事な「ハッ⁉︎」がキマッていた。実業家の発言内容が予想外だったらしい。
チームAIは人間以上に混乱した。
「デブリ」と「ぽっちゃり」の関連性を調べたところ、丸々と太った状態を意味する「デブ」というワードがヒットした。「デブ」は戦後の食料難の日本において、健康優良児をほめたたえる言葉でもあり、岐阜市には「マルデブ」という人気ラーメン店が存在することがわかった。
どうやら実業家は「デブリ」がゴミを表すことを知らず、「デブである状態」を表していると考えたようであった。「デブリ」と「ぽっちゃり」に決定的な違いがあるのかどうか、チームAIには判別がつかないが、人間たちは、
「なるほど、ぽっちゃり」
「確かに、ぽっちゃり」
「言われてみれば、ぽっちゃり」
などと実業家に同意している。
「ミッションを変更する! 彼女を救出するのではなく、私が彼女に会いに行く! 天の川で彼女に膝枕されたい!」
実業家は唐突に軌道修正を発表した。
新プロジェクト「天の川で彼女に膝枕されたい!」、略して「あまひざ」が立ち上げられた。
「#あまひざ」をつけてプロジェクトの進捗を報告してはどうかと提案したのは、AI開発事業者だった。
「天の川で彼女に膝枕されたい!」と暑苦しく語る実業家のショート動画が「#あまひざ」と共に拡散され、たちまちコラ祭りが始まった。
画像生成AIによって、天の川でおふくろさん膝枕に頭を預ける実業家の動画が量産された。中には1時間を超える長編もあった。
おふくろさん膝枕が母親として実業家を育て上げたという感動物語が真実として一人歩きし、実業家の愛しの彼女は「運命の人」ではなく「瞼の母」となった。
設定など、どうでもいい。あの膝に早く会いたいと実業家は想いを募らせた。世間の「あまひざ」ブームが実業家を焚きつけていた。全世界が自分と彼女の対面を応援してくれている。
特注の宇宙船と宇宙服が整い、実業家はついに、愛しの彼女に向かって旅立った。各分野の精鋭を集めた有識者チームが同行し、地球からはチームAIがサポートした。
「あまひざ」の模様は中継で地球に伝えられた。
宇宙船のカメラが彼女をとらえた。
数メートル手前まで近づいたところで、実業家は宇宙船から宇宙空間へ躍り出た。宇宙服に包まれた実業家は無重力空間を遊泳し、クロールの手の動きでひとかき、ひとかき、彼女に接近した。
ついに、実業家の手が彼女の膝に触れた。分厚い宇宙服のグローブ越しではあるが、マシュマロのような柔らかさが伝わった。
「この膝に早く身をゆだねたい!」
はやる気持ちを抑え、実業家はゆっくりと頭を傾け、彼女の膝にのせた。
ヘルメット越しではあったが、実業家の頭は彼女の膝に包み込まれ、沈み込んだ。
天にも昇る気持ちだ。
すでに天に昇っている実業家はうっとりと目を閉じた。
今頃、地球では全世界が中継動画に釘付けになっているだろうと想像した。視聴人数は13億人と試算されていた。
だが、実際は、わずか1万3千人にとどまっていた。世界中を巻き込んだ「あまひざ」ブームの規模に対して、あまりに淋しい数字である。
天の川で膝枕される実業家の姿を、人々は生成動画で見飽きるほど見てしまい、すでに食傷気味であった。実業家の夢は実現する前に消費されていたのである。
アクセスした1万3千人も次々と脱落していった。
通信環境が悪く、宇宙からの中継動画の画質があまりにも悪かったのである。画面にはぼんやりと曇った空のようなものが延々と映し出されるだけだった。生成動画のクオリティとエンタメ性の高さに対し、リアルは格段に見劣り、退屈であった。
「何を見せられているのでしょう」
「天の川じゃなくてドブ川ですか」
「実は宇宙に行ってないのでは?」
「わざと画質を粗くしてます?」
視聴人数は1300人まで落ち込み、130人を割り込んだ。
「あまひざ」プロジェクトに集まった有識者だけでも1300人を下らないのだが、報酬を受け取った彼らは、その金を消費することに忙しくなっていた。
少ない視聴人数の割に、コメント欄はにぎわった。画面が見えないので、大喜利で盛り上がるしかないのだった。
「関係者、誰も見てないの笑える」
「実業家オジ、人望なさすぎ」
「全財産かけて、全人類に見放される」
かろうじて微かな音声が宇宙から届いていた。いびきのような深い鼻息に混じって、実業家の満足そうな声が聞こえた。
「この膝があれば、もう何もいらない」
その声を聞き届けたのは、わずか13人にとどまった。
下書きに残されたメモ
note下書きの日付は2024年10月4日。時間が経ちすぎて、怪文書になっていた。
宇宙ゴミ膝枕 地球のまわりを回り続ける君へ
高速
地球から望遠鏡で見る
技術革新
民間科学者が叡智を集めて軌道を読む
軌道にあわせて待ち受ける
膝枕を受け止める頑丈な網 軽量化
ばらばらになる前に回収
君を迎えに行くよ
宇宙飛行士の遺志を継いだ科学者たち
結婚もせず、家庭を顧みず、寝食を忘れ、膝枕を助けるために生まれてきた
「膝枕」カンパニーが報奨金
宇宙に連れて行きたい
南極基地に置いてきた犬のタロウとジロウ
現代の南極物語だ
科学者からの発信が途絶えた。
膝枕を一億円で買い取った。膝枕ミュージアムに奉納された。
「膝枕」カンパニーが膝枕救出の礼にと膝枕を贈ったことが記録されている。
骨抜き
頭蓋骨も抜かれた
ぽっちゃりがふえた
ほんのり
ふんわり
ほっそり
ごっそり
たっぷり
げっそり
さらにnoteの下書きには「ファンタジーのはずだった合同会議」と謎の見出しが残されていた。
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膝枕が禁じられ、膝枕を扱った図書が禁書となった「膝枕図書館」
「走れメロス」の暴君が膝枕を禁じた「走れヒザマメロス」
禁じられた膝枕を平和利用する「最終兵器膝枕」
膝枕開発者が膝枕に助けられる「開発者が見た膝枕」
他に、宇宙を漂う膝枕の話があったような……。
たしか、やまねたけしさんが書いてた。
「SF膝枕」
2022年3月27日公開。4年前‼︎
膝枕リレー300日記念に書かれていた。
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