【33】伊達政宗、岩城家臣・猪狩親之へ 雨の中のもてなしに感謝_慶長5年8月24日
はじめに
前回ご紹介した「百万石のお墨付き」は、慶長5年(1600)8月22日付の文書でした。今回の手紙はその2日後。政宗公の律儀な一面が見える一通です📜
宛先は、猪狩(いがり)下野入道親之――岩城家の家臣です。この書状が書かれる1ヶ月半前、政宗公が上方(大坂)から国元へ帰る道中、岩城領(現在の福島県いわき市あたり)を通らせてもらいました。そのとき猪狩親之が、雨の中わざわざ仮屋(仮の宿)を設けてもてなしてくれたのだそう。今回はそのお礼状です。感謝を伝えるって人間関係において重要ですよね…。政宗公がそれを大事にしていたことが伝わってくる書状です✨️
しかし、上杉との睨み合いが続く大事な時期。ただ感謝を伝えるためだけに手紙を書いたわけではなさそう…?
それでは読んでいきましょう〜!
現代語訳
先日、そちら(岩城領)を通らせていただいた折には、いろいろともてなしてくださり、ありがとうございました。とくに雨の中、わざわざ仮屋(仮の宿)まで設けて、格別に心を配ってくださったこと、本当にありがたく思っております。この書状に先立ち、飛札(急ぎの手紙)で、忠次郎(岩城貞隆)殿へかたじけないと御礼を申し上げました。なお今回も使者をもって、(あなたにも御礼を)申し述べます。今後とも、よしみを通じ合っていきたいと存じますので、(岩城家との間を)お取り持ちくださいますよう、お願い申し上げます。詳しいことは、また次の便りでお伝えいたします。恐々謹言
なお、ご子息にも、どうかよろしくお伝えください。以上
慶長5年8月24日 政宗(花押)
猪狩下野入道(親之)殿
登場人物解説
猪狩親之(いがり ちかゆき)
通称は下野守。猪狩守之の息子。猪狩氏は岩城氏の家臣で、伊達氏との外交を担当していたと伝わる。楢葉城(福島県双葉郡楢葉町)を拠点としていた。慶長7年岩城貞隆領地没収の後、政宗公の誘いを受け、慶長8年に伊達家に召し抱えられ、黒川郡・胆沢郡に知行地を得た。
岩城貞隆(いわき さだたか/1583−1620)
岩城家当主。佐竹義重の三男。天正18年、岩城常隆(1567−1590)の死後、その養子として岩城家を継いだ(当時数えで8歳)。母は伊達晴宗の娘(宝寿院)であり、伊達政宗公のいとこにあたる。本状で政宗公が「忠次郎殿」と呼んでいるのが貞隆。関ヶ原後、西軍方とみなされて領地を没収された。
歴史背景解説
① 政宗公、大坂から国元へ――その通り道で
慶長5年、政宗公は上杉討伐のため、大坂を発って国元の奥州へ下りました。本状の「先度は其元罷り通り候刻」とは、その7月の帰国の道中、岩城領を通ったときを指すとみられます。宛先の猪狩親之は、その通過の際にもてなしてくれた相手でした。
② 「仮屋」まで構えてのもてなし
注目は「殊に雨中の砌、仮屋など相構へられ」というくだり。雨のなか、わざわざ仮の宿(仮屋)をしつらえて迎えてくれた――その心づかいに、政宗公は「本望の至り」と最大級の感謝を返しています。大軍を率いての通行ですから、雨の中の宿の手配は、さぞありがたかったことでしょう。
大坂から北目城(現在の仙台市太白区)までの道中については、治家記録にも通った地名がいくつか書かれているのみで、詳細は残されていません。この書状が残されていたからこそ、岩城領を通ったときに雨が降り、猪狩さんがもてなしをしてくれた――その場面がありありと想像できますね。書状って素晴らしい😭
③ 岩城家は、伊達の“親戚”
岩城家は、政宗公の祖父・伊達晴宗の代から血縁で結ばれた家でした。晴宗の正室・久保姫は岩城重隆の娘で、二人の長男・岩城親隆は母方の岩城家を継いでいます。さらに、この手紙のころの当主・岩城貞隆は、佐竹義重の三男から養子に入った人ですが、その母は伊達晴宗の娘(宝寿院)。つまり親隆は政宗公の伯父、貞隆は政宗公のいとこであり、親戚でした。
まぁ、こうやって辿っていけば、どこもかしこも親戚ですね💦
④ 関ヶ原前夜の外交
この手紙の日付は8月24日。政宗公はこの頃、南に目を向けていました。徳川家康からは宇都宮にいる徳川秀忠や常陸の佐竹義宣と連絡を取り合うよう指示されていましたし、すぐ南の相馬義胤の動きを警戒していました。そうした中で、岩城と繋がっておくことは重要な外交であったと考えられます。
しかしその後、東軍についた政宗公は翌年刈田郡を加増され、対して岩城貞隆は態度を明確にしなかったことで領地没収となり、明暗が分かれる結果となりました。
🔸後記
お久しぶりです!先日、白石・福島の政宗公ゆかりの地巡りに行ってきました〜😆実際の地に立てることが本当に嬉しく、勉強意欲も爆上がりしました‼️旅日記も少しずつ書いていきたいです。Vlogやりたくて、今回は動画をたくさん撮ってきました。いつ完成するかはまったくわからない💦



旅日記も書きたいけど、書状もバンバン読んでいきたい〜!!書きたいことがありすぎてもどかしい〜!!次回は上杉景勝が五奉行に宛てた書状を読みたいと思います。次回もどうぞお楽しみに〜👋
地味な活動ですが、応援していただけたらとっても嬉しいです💕
関ヶ原編の第1回はこちら👇️
