単純化では説明できない「自社さ」と「新進党」
前回、「細川内閣を経験した世代」は狭義でなく広義で捉えないと見誤るという話にしました。
今回は、世代が狭義で捉えられている背景である報道各社による単純化について述べます。
深層解説という名の単純解説
私は幼少から選挙が大好きだったので、政治部の深層解説も大好きでした。
「でした」なんです。過去形なんですね。
現在、報道各社で深層解説と呼ばれているものは「深層解説という名の単純解説」に過ぎません。
深層と言いながら深くない。単純化が過ぎる。
私は、あんなにも好きだった深層解説に対して、そこまで言わないといけないと思っています。
何故そこまで言うか。
細川内閣、羽田内閣、村山内閣を単純化しないで見ているからです。
単純化された構図
細川内閣の成立は、自社(自民党と社会党)による、55年体制の終焉を意味していました。
ゆえに現在は、55年体制ではないのです。
にもかかわらず。
報道各社は、55年体制で育ってきたベテランが、55年体制に当てはめて解説してきました。
彼らが単純化された構図を好んだからです。
そして、そんな単純化された構図が時代に合ってしまったのも大きいです。
コスパの時代、タイパの時代には、単純化された構図を消費し、「分かったような気になるもの」こそが重宝されてしまうからです。
しかしながら、私はこう言いたい。
そんな単純化されたものに意味は無いと。
自民党と新進党は「保守二大政党」
ここで、昔の深層解説の話に戻ります。
かつて、自民党と新進党は、「保守二大政党」と呼ばれていました。(本当)
現在のように、55年体制に当てはめられてなんかいなかったということなんです。
当時はまだ社会党が強かったからです。
けれども社会党が社民党になり、衰退していくにつれ、報道各社は扱いを変えていきました。
野党第一党を「社会党的なもの」として扱って、単純化するようになっていったのです。
報道各社が単純化してしまうことで、結果として「分かりにくいが分かった気になる」ものが量産されてしまうことになりました。
単純化では説明できない「自社さ」
単純化すると、説明できないものが出てきます。
「自社さ」です。
自社さは単純化しては説明できないのです。
現在、参議院の議席数からこう言われています。
自民党は右だから右の労組とは組める。
自民党と国民民主党の連立はあり得る。
あり得ることですが、理屈がおかしいです。
自社さを見ていないと言わざるを得ません。
かつて、自社さと新進党が対峙していた当時に、労組はどうなっていたか。
左の労組が自社さ。右の労組が新進党。
これは事実で、誤字ではありません。
総評系労組は社会党で自社さです。
同盟系労組は民社党から新進党入りです。
報道各社は国民民主党を民社党と同一視している割には、自社さと新進党を忘れ去っています。
当時の構図は単純化せず、厳密化しておかないと分かるものも分からなくなります。
(※冒頭画像は時事通信から引用しました。)
