2008年 リーマンショック、30歳の私の「ボーナス」。暴落下で資産が増えた理由
1. 2008年、30歳の夏と冬を思い出す
社会人7年目。
当時の私は投資の知識もほとんどなく、特に深い意味もなく毎月の預金残高をスプレッドシートに打ち込んでいました。
グラフを見返すと、6月と12月に資産がポンと跳ね上がっています。そうです、待ちに待った「ボーナス」です。
2. 「100年に一度の危機」vs「会社員の入金力」

2008年9月。リーマン・ブラザーズが破綻し、黒い折れ線のドル円チャートが急降下を始めました。
本来なら資産も一緒に沈むはずですが、私の資産合計(青いグラフ)はむしろ増えています。
12月のボーナスをそのまま普通預金にスライドさせたことで、相場のマイナスを給与所得でカバーするという、図らずも「会社員最強のディフェンス」を実践していた時期でした。
3. 当時の「守りすぎた」ポートフォリオ

普通預金と定期預金で全体の95%近く。
これがリーマンショックでも金融資産に影響がなかった理由です。
「投資」と呼べるのは、会社で加入していた企業型DC(5.3%)だけでした。超安全運転ですね。
当時は「もっと投資しておけばよかった」なんて1ミリも思わず、ただ通帳の数字が増えるのが楽しみでスプレッドシートを更新していました。
4. 無自覚に蒔いていた「将来の種」
企業型DCの中身は、「元本確保型定期預金」と「外国株式インデックス」を半分ずつ。
記憶を辿れば、中身もよく分からず「なんとなく半分は株でいいか」くらいの感覚でした。
当時は知識不足でしたが、この「半分は守り、半分は攻める」という適当な(?)判断が、結果的に世界安値圏で株を拾い続けるという最強の戦略になっていました
5. 最後に:嵐の中でスプレッドシートを閉じてはいけない
当時30歳の私は、世界情勢に詳しかったわけではありません。
それどころかニュースもあまり見ていなかったように記憶しています。
ただ、几帳面にボーナスを貯金し、記録を続けた。
「暴落時こそ、本業を頑張って入金し続ける」。18年後に1.3億円に到達するための最初の教訓は、この地味なグラフの中に隠されていました。
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