和解のカフェラテ
うちにはデロンギのエスプレッソマシンが2台ある。新潟市内に事務所を構えたときにそちらに一台、あまり良かったので家に一台。結局新潟の事務所は閉めたので、家に二台あったが息子が遠くに行くので一台もたせた。
遺産分けというわけではないが、デミカップも2つつけた。
ここしばらく食事を絞っている。毎日300gずつ痩せているのである。お盆から一ヶ月で8kg減っている。僕は定期的に痩せたり太ったりを繰り返す。
人生が辛いと酒が止まらないし、炭水化物が大好きだからだ。
「肥満」は、緩慢な自殺だ。人生に辛いと「依存」から抜けられないのだ。依存はいろいろな形を取る。心療内科で効く薬を処方されることもあるし、宗教に財産をつぎ込む形を取ることもある(お、タイムリーである)。
問題は家族を巻きこむことだ。金絡みではあるが。
もちろん代謝系によっては太らない人もいるが、生活習慣病という身体の状態もたらす「食事因の疾患」での辛い死に方をする。
リュウマチに骨変形、膠原病やら指定難病、ガンに心不全・腎不全、壊死壊疽・肺炎、膵臓起因、「眼耳鼻舌身意」のトラブルいづれも高度医療という拷問は損傷を受けた「細胞組織臓器」を破壊することを「治療」と呼び死ぬまで終わらない「投薬・輸液・経管栄養・胃ろう」で辛い人生の幕引きをはかる。僕はまっぴらだ。
ピンコロの生き方をしたいと思っても、人生にはどうにも出口が見えないことも多い。そして自分らしい生き方を求め、もがき苦しむのだ。

..…この世に客に来たと思えば何の苦もなし 朝夕の食事はうまからずとも誉めて食うべし 元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい..…
生活は、その人の生きている環境の現れたものである。

昨日、プログラムが上手く作れなくて困っていることで妻の一言がカーンときて、怒鳴り散らして閉店間近のスーパーに行ってイースト菌と強力粉を買った。ピザを作ることにして家に帰ったのである。
いつのころからか喧嘩したあとではカフェラテを作る事になっていた。
しばらく豆を買っていなかったのだが、先日少額のものを買うときについでに缶入りの粉を買った。ラバチオと言うメーカーが好きなのだが、こちら(イリー)にした。









甘くて心がとろける。

カップを下げるのも僕の仕事。
丁寧に生活を楽しむのは良いことである。
金がなくとも出来ることだ。いや、金が無いから出来るのかもしれない。
お店のラテよりも美味しい。



空の高い所にいる誰かが僕を好きなのだろうか。嫌われているのかもしれない。

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。