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食事の価値、人生の意味

まずは、美味しい食事を作ることが大事。
良い食事とは、死ぬまで元気な身体を作るもの。それはひとりひとり違う。良い食事を美味しいと感じるのは生命の「律」である。
「終わりよければ全てよし」とはよく言ったものだ。恙無く人生の終わりを迎えるために食事を考えたい。

しかし、問題はどんな食事が良いのかということである。

50年前の家庭料理の食事メソッドの中に秘密が隠されていると僕は考える。

後悔先に立たず、そして学ぶことは多い

僕はできの悪い子供だ。忘れることの出来ないたくさんの間違いを犯してきた。最後の最後になって父母には教えられた。
ほんの僅かな期間であったが、二人に食事を作る機会があってよかった。30代で糖尿病となり、長く苦しんできた。
食事で病に向き合うことが大事なことなのだと気づき、
歳を取るということがどんなことなのをか教えてくれた父母には感謝である。
後悔することは、父母には間に合わなかったということだ。

2016年1月に母は亡くなった。医者は母の求めに従って何種類もの薬を処方していた。真っ直ぐに歩けないくらいに弱っていたが、この頃はすべてのの薬を断つことが出来た。老いの恐怖に苦しみながら手術を受けたり薬をかわせられたりしていた母にとって、僅かな平穏な日々であった。この写真を見ると僕はいつも泣きそうになる。気がつけなかった僕が悪い。

家庭で食事が作られていた時代

50年前は確かに、人は短命であった。感染症(結核)や欠乏症(脚気)で簡単に死んでいた。そして、今のように「病因のわからない症状」は多くはなかった。老人は死の直前までピンピンして、コロリと死んでいた。

今はどうだろうか?
「予防治療・早期発見」で始まる治療、身体に問題を感じないのに検査値が異常だということで「医師の飯の種」にされる。
検査値の異常は、この50年の食事の変化が生んでいる。フードキャピタリズムに提供される食事が私達を殺している。しかし、それは「政治的に正しい食事」を買うほかない社会の構造が生んでいることなのだ。

構造を変えることは出来ないかもしれないが、「食事の価値」を見つけることは出来る。
その価値はこの50年で失われた伝統的なプロセスにある。

食事を隣近所で共有することができれば、「商品化された食事」の有効な対抗馬となり、食事の価値を高めることができるかもしれない。

どんな弁当?

毎日続ける、夕方お持ちする。値段は800円

この弁当が、容器150円、配達100円、材料、諸コストと人件費550円で行ける。仕入れを頑張れれば300食を作るのに「3人が4時間」✕2セットで時給2000円を目標に厨房を設計して業務の流れを作る。

豚のシャブシャブ肉にキャベツたっぷりの味噌汁。玄米ご飯、カレイの煮つけ麸と里芋にエッセンスを吸わせる。手羽先にネギをはさみ焼き焦がす、イワシのしそ巻天、先日89匹捌いた小アジの唐揚げ、鳥のイタリアン風味唐揚げ

弁当の構成 原価構成

原価的には550円の弁当代+容器代150円+配送料100円の合計800円を標準として損益の計算をおこなっている。人件費はグロースで出すことが出来るようにしたい。
通常のスーパーの仕入原価は返品無しの40%となっている。もし800円お弁当があったとしたら、320円程度で『製造における「人件費」「容器代」「配送料」「材料費」』のすべてを賄い、「満腹」をアウトカムとしなければならない。コスト安い満腹は炭水化物ドッサリになる。その弁当から炭水化物を抜いたら何が残るかをを見ると良い。お寒い限りである。美味しいけどね。そこが問題である。

時給を削るためには、誰にでも出来る(短時間でスキルの必要のない)調理方法しか許されない。レンジで温めたり、当然スキルの必要な調理はできない。冷凍といて袋から出して容器に詰める、ろくなもんじゃない。
しかし、考えてみれば世の中のレシピ情報て皆そんなテイストが多い、「時短・最先端の簡単調理器具・サルにでも出来る」そんなキャッチが並ぶ。鍋釜売ったり、「そんなものでいいのよ」簡便化したマニュアルを売る。結局はお店で売られている食事と大差ないものとなるのだ。
生活習慣病と呼ばれる検査値の異常、それと並行して進む重要な臓器の破損、50年前には見られなかった「病因のない症状(リュウマチ、骨粗鬆症、関節の痛み、病名はつくが破壊的な治療しか無い「難病」)」ドッグフードみたいな食事(乾燥・抽出・濃縮を通った工場での大量生産の食事)が生んでいるのだ。スキルが必要なくマニュアル通りに作れて安くでくらくらするくらい旨くて安く満腹になる。そして「健康になるという」医師の太鼓判が押されている。


お店でオカズが売り始められてのはごく最近である。50年前に平野屋の伸一さんのお母さんが店先でオカズを売り始めたときは皆に誰も買うわけがないと言われたという。しかし、今では当たり前に皆買って、ご飯とインスタントの味噌汁で夕食になるではないか。
すべての災厄の始まりはそこにあると考えるのが妥当だ。しかし、最初の頃は決して手を抜けなかった。家庭料理という競争相手が居たので味を落とせなかったのだ。

「お店で売っていないものを作る」というのが「百年のお裾分け」のコンセプトである。金で買えるものに碌なものはない。

1)メイン 150円 和洋中華分かれ、美味しさを与えてくれる

食事は美味しさが一番大事。いずれも素材から作る。ガッツリしたものを用意する。華やかな味ではなく、安心して懐かしさを感じることの出来る味になるだろう。このパターンを2つ用意して配達のグループで交互にする。

A)焼き魚、天ぷら、野菜炒め、生姜焼き
B)蒸し鶏、酢豚、青椒肉絲、キムチ豚肉、
C)ハンバーグ、揚げ物(カツ、メンチ)、焼き肉

2)サブ 100円 骨ごとジックリと煮付ける。汁の多いオカズ

間仕切りの小さい方。とにかく毎日、メインを補完する形で入れる。できるだけ魚の煮付けを用意する。手羽大根などもいいであろう。

煮しめ、魚煮付け、若竹煮、グラタン、

3)箸休め 50円

佃煮や、内臓系の作り物はここに入る。たくさんは食えないが、弁当のアクセントになる。糸コンのような味を吸うものと味を出すものの組み合わせで合わせていく。サラダ、温野菜を重視

ポテサラ、佃煮、五目豆、キャベツスライス、、肉団子、焼きリンゴ、鳥レバ、マダラの子

4)汁 120円 これが一番の売り

一番大事なもの、よくある粉末のスープではない。
タップリの野菜、シャブシャブ肉を加えて味をつける。我が家では必ず毎日作る。肉は柔らかく煮ることを重視、シャブシャブ肉を使う。鍋のように魚介類を使う場合もある。飽きないようにイタリアン・中華を混在してローテーションする。旬の野菜を使い、スープ自身が、野菜の美味しさを吸うのだ、野菜は形が残らないがスープに美味しさが留まるのだ。

キャベツ味噌汁、白菜シャブシャブ肉、八宝菜、青梗菜のクリーム煮、スープカレー、オデン、ロールキャベツ、タラ鍋

5)ご飯 30円

やはり無いと落ち着かないので少しだけ付ける。白米だけでなく色々な物を検討する。

混ぜご飯、玄米、豆ごはん、白米 をローテート

6)その他経費 100円

300食で3万円、延べ6人、配送(2人✕2時間=4時間)、仕入れ(1人✕1時間=1時間、製造配膳(4人✕3時間=12時間)で延べ3万円÷17時間=1,700円 何とか容器代などでスケールメリットを出して2,000円に乗せたい。

+作業費用、調味料、ガス水道、その他経費(家賃、初期投資償却)とうぜんであるが、経営者(働かない者)の利益はない。そもそも他人を働かせて利を得るのは卑怯者である。


2022年1月までの段階での弁当のサンプルたち。

僕は今一品一品に必要な材料、一緒に働いてくれる仲間に同じ様に作ってもらえる為の学ぶ手順(僕自身も多くを学んでいる)をどうしたら見つけられるかを考えながら調理を作っている。
それが出来なければ、ただの美味しい弁当屋さんでしか無いことになる。

母の厨房で、「食事の価値」を見つけたいのである。

脂身の多くて薄い牛肉が美味しい牛鍋。野菜がたっぷりはいっている上にじっくりと加熱して豆腐とこんにゃくに味を吸わせる。
蒸し鶏を加えた八宝菜。青梗菜・白菜・もやしを素早く高温で合わせて中華スープで味を調える。
牛乳を入れてカタクリでトロミを入れるのは中華風。あっさりとしている・

毎日300食作れるかもう少し考えていかねばならない。


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幸運な病のレシピ 厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。