幸運な病のレシピ 2022年2月11日〜20日
Antipasto「予防医学」という誤り

予防医学というのは恐ろしい物だ。未だ症状がないのに医師の金儲けのために薬をもられる。予防医学の前提は『「検査」ですべてが分かる』というものである。検査によって、未来を予測して災厄を回避するために対策を立てるのである。「熱っぽい時」に「家でゆっくり休む」というのがいい例であろう。「熱っぽさ」と言う検査値はある意味症状でもあり、患者自身が気がつくことである。しかし、そういう「民間療法」を認めていては金儲けは出来ない。なので、医者にしか出来ない「血液検査」を通じて、あなたの未来を予測するのである。占い師と違うところは、「当たるも八卦」という代わりに「確率」で表現をする。御札ではなく、検査値を落とすよく効く薬を売るのである。
検査値の異常が災厄を生むという「医学的確信」は恐ろしい。医療費の増大は、「予防医学」と「病因のない症状だけの病」に費やされている。
両方ともに、食事に原因がある。
食事が悪いという言説には流行がある。昔は脂質であったが、最近は「糖質の取りすぎだというのが流行りである。やっぱ、悪者を探すのは楽だ。自分の外に敵がいるというのは安心である。なにせ自分が悪いわけではない。
しかし、悪者探しは踏み込みが足りない。身体の内側で「糖化・酸化」した代謝物は見つかる。医師はそれが原因と言うが、発見された代謝物と「災厄」の間の因果関係が見つからない。
「分子生物学的機序」が明らかにできないのだ。だから次々に敵が現れる。ラズボスは何処にいるのだろうか(笑)。
僕は「検査値を正常にしてもらいたい」のではない。人様の世話にならないで静かに苦しまないで人生の終わりを静かに迎えたいのである。
もういい年だから、海外旅行も豪華なレストランでのディナーも嬉しくはない。家でちまちまと好きな料理を作りのんびりと過ごして、思い出に囲まれて死を迎えたい(少し早いか)。
この50年で起こった生活の変化の中に原因がある。食事作りのプロセスが大きく変わったということを意識しているヒトは少ない。
出来上がった料理の外見は同じに見えながらまったく違ったものなのだということをもっと伝えたいのである。

この記事は2月11日〜2月20日です

【2022年2月20日】あっと言う間に20日になってしまった。今日は妻の誕生日でスパイシーマーケット(タイ風屋台料理)に行ってきた。娘のゴチであった。美味しかった。僕はエスニックって大好き。幸せにビールを飲んできた。考えてみたら半年ぶりぐらいのお店ごはんであった。



【2022年2月19日】継ぎ足しオデン順調に育っておる。昼はパスタ作って、伸一さんにお裾分け。


【2022年2月18日】アスパラ肉巻き、昼は蕎麦食いたくなってかき揚げ作った。玉葱のかき揚げである。



【2022年2月17日】魚さばいて、翌日、焼いて食べた。フライパンを使ったがこちらのほうが美味しい。煮付けにならないように加熱するのがよろしい。天ぷらに走ったのである。かき揚げの力がついてきたように思えるのだ。これはいいことである。


【2022年2月15日】1日新潟の技術者と会ってmacで動かしているapachの設定を一緒に見た。メジャーアップグレードで動かなくなったのである。最悪である。Sさんのご家族からの申し入れで、長期モニターを止めることになった。まあ、いずれ止めることになるのだが、お別れも言えなかった。ハードランディングであった。Sさんがどう感じるかなあと思う。
母が老いて友人が消えた頃、いかに寂しかったであろうか。「お裾分け」というのは大変重要なコミュニティの構成要素である。食事をともにするというのは家族であることと同じだ。良く分かった。2度め喪失である。
【2022年2月14日】これが最後のお裾分けであった。イカと里芋、豚肉の炒め、玄関においてきた。美味しく食べてくれたろうか。イカを焼くのは難しい。串打って丸まらないように焼いて串を抜くのだが難しい。


【2022年2月13日】もつ煮を作った。

【2022年2月12日】弁慶カレイ1000円である4つに切って煮付けたが、少しに過ぎであった。しかし、いい魚である。

【2022年2月11日】ヤキソバの日であった。昼は豚肉丼であった。1日根を詰めていただ頭痛がひどい。無理ができるできないではなく、これが適量なのだ。そもそも若い頃から無理など出来た試しがない。



いいなと思ったら応援しよう!
厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。