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「玉ネギを食べると犬は死ぬ」という嘘

2019年9月マユのご飯を僕が作り始めた時に家族は反対した。「人と同じものを食べさせると犬は死ぬ」というのである。

たしかに昔は早く犬は死んだ。2代目のクロ、多分フェラリアで死んだ。しかし、元気に生きてコロリと死んだものである。獣医に行くことは「病気」の時だけである(笑)。今や私達は病気にならないために「治療」をする。

妻は犬を買ったことがなく、子供たちはマユが大好きであった。専門家の言うことを聞き、ペットフードを食べさせることがペットの幸福の為だと信じていた。かく言う僕も、同じようなものであった。
学は大いなる光であり、みなを幸福にすると思っていたのである。

ピンピンコロリではない「人生の終わり」

確かに、昔に比べて犬は死ななくなった。長生きするようになった。
しかし、年取ったら獣医のもとに毎日のように通い。投薬に注射である。「ヒト」とまったく変わらない。
この50年で変わった「食事」の中に原因があるのだ。すでに、犬と人の食事は同じようなものである。

この50年で大きく食事は変わった。「家庭で作られるのが当たりまえ」であったものが、今や買うのが当たりまえである。

嘘の起源と進化

『「玉ねぎ」を食べさせてはいけない』というのは上手にできた嘘である。
長く、「誰がいつどこで」研究したのか疑問であった。
先日、面白いブログを読んだ。

麻布大学の教授や研究者だ。その論文が日本獣医学雑誌に英文で発表されている。実験室の試験管の中に玉ねぎの濃厚なエキスを入れて、それに犬の血液を加えたところ貧血の症状に似た兆候が出た。だから、犬は玉ねぎで溶血性貧血になる可能性があると結論付けている。論理が飛躍すぎている。この説は物事を科学的に、論理的に、正しく考えることのできない愚劣な連中の愚説だ。

下記リンクより

大本の論文(英語の専門誌に掲載された論文)はどこにあるのかはわからなかった。しかし、論じていることはよく分かった。僕も同意見である。

犬の食い物いに対しての論文だからいい加減に精査もされていないのであろうが、この問題は「犬のみの」ものではない。
「食事と生命の物語」である。買い取られた医学の問題である。
私達の直面している社会の問題なのだ。

そして、彼は実践している。そこが素晴らしい。
鳥の手羽先をメインに調理しているということである。
幸せなワンちゃんである。


「商品化された食事」こそがペット、そして飼い主を苦しめて殺すのだ。

「玉ねぎを食べると犬は死ぬ」「塩の代謝が出来ないから味はつけてはならない」よく言われることである。
この2つの釘が刺されていると、余ったご飯を食べさせることが出来ないのだ。実によく出来ている。

素材から作る。キャベツが大好きである。

僕の食事メソッドでは、「工業的に作られた食事」には「生命:立体構造を維持したタンパク・脂質」が失われている。そしてその「フォールディング(立体構造)」こそが重要なのだという考えがベースになっている。

身体は数限りない「マイクロバイオーム」が互いに「『協力・牽制・貪食』のディール」を繰り返している。「恒常性(ホメオスタシス)」を生命は維持するというが、「無」から生まれ暗黒に帰る一瞬の姿でしかない。
コロニーの形は消えても、食物の連鎖の一部となるだけのことである。

生命は必ず死ぬ、ピンコロの終わりこそが望み

犬もヒトも「ほぼ同じ食事の連鎖」のレンジの内に生きる。

大事なことは、家族に時間をかけて料理を作っているというところである。

犬は何も知らない。
飼い主が用意するものを食べる以外何も出来ない。



マユは、精一杯食べる。
僕も精一杯作る。

口で食べれなくなったら、そのまま静かにあちらに逝きたい。

うんうん。

#ドッグフード

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幸運な病のレシピ 厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。