記憶として残る旅 | ポーランド、冬
2025年の終わりが近づく頃、夫婦でポーランドを訪れました。
今回の旅の一番の目的は、負の遺産として世界遺産に登録されているアウシュヴィッツ強制収容所を訪れることでした。
ポーランドを後にしたいま、心に残っているのは「楽しかった」という言葉ではなく、「行ってよかった」という感覚です。
この旅の記録が、ポーランドに関心を持つきっかけとなり、これから訪れる方の参考になれば嬉しく思います。(ポーランドの滞在はとても充実したものとなり、内容が多くなりそうなので日にちを分けて投稿します)
旅程表

ポーランドでの滞在は約1週間。ターキッシュエアラインを利用し、イスタンブール経由でポーランドへ向かいました。

航空券の総額:332,940円(2名分合計)
【フライト】
12/14 22:05 羽田発(日本)→ 12/15 05:40 イスタンブール着(トルコ)
12/15 07:20 イスタンブール発 → 07:50 ワルシャワ着(ポーランド)
12/21 19:20 ワルシャワ発 → 12/21 23:55 イスタンブール着
12/22 15:25 イスタンブール発 → 12/23 08:45 成田着
ターキッシュエアラインに搭乗した特典として、エコノミークラスでもアメニティをもらえました。私が搭乗したときは、ラコステとのコラボ品で、中身はソックス、スリッパ、歯ブラシセット、耳栓、アイマスクが収納されていました。
また、イスタンブールからの乗り継ぎ便をご利用で、6~24 時間の乗り継ぎ時間がある場合、ターキッシュエアラインが無料で提供している無料ツアー(Touristanbul)に参加することができます。私たちは8:00~11:30の観光ツアーに参加しました。

ここからは、ポーランドの旅の記録をはじめていきたいと思います。

DAY1(ワルシャワ)
AM7:50、ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港に到着。空港の名前にショパンと名前がついているのは、作曲家であるフレデリック・ショパンの名からきています。
空港に到着後、まずは鉄道でワルシャワ中央駅を目指しました。初めて訪れる国に足を踏み入れた瞬間の高揚感。これから出会う景色や人、そしてさまざまな経験への期待が、一気に胸に広がりました。

ワルシャワ中央駅に到着後、コインロッカーに大きなキャリーケースを預けました。
コインロッカーの使い方を確認していると、隣にいた外国人の方が、少し戸惑った様子で声をかけてきました。
「使い方が分からなくて……」
話を聞くと、彼女はウクライナ人で、観光のためにポーランドを訪れているとのことでした。現在、戦争が続くウクライナ。そんな状況の中で旅をしている方と出会えたこと、そして一緒に考えながら無事に荷物を預けることができた瞬間、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。
平和な世界を、心から願います。

ワルシャワ中央駅を出たのがAM 10:00。ようやくポーランドの景色の中へと足を踏み入れます。

37階建て、高さ234mを誇る文化科学宮殿(Palace of Culture and Science)。この高層ビルは、ソ連時代にスターリンの指示によって建てられたという歴史を持っています。1952年から約4年の歳月をかけて建設されました。
現在では多くの観光客が訪れるワルシャワの象徴的なスポットとなっていますが、「かつてのワルシャワの人々にとって、この建物はどのような存在だったのだろうか」と考えずにはいられませんでした。
ワルシャワの雰囲気と景色を楽しむため、ゆっくり歩きながら街を散策しました。







このお店の名前は、A.Blikle(ア・ブリクレ)。1869年創業の老舗で、ポンチキというバラのジャムが入ったドーナツが名物になります。
クリスマスの雰囲気やヨーロッパらしい建築物を眺めながら歩いていると、時間を忘れてしまいますが、時には適度な休憩も必要だと思います。(初日の歩数計は15,943歩でした)
ポーランドにはおしゃれなカフェやレストランもたくさんあるので、こまめに休憩を挟みながら街歩きを楽しむのがおすすめです。

ぜひ、ワルシャワに来た際はポーランド風ドーナツを食べてみてください。
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「太陽が地球を回っている」という天動説が当たり前だった時代。そんな時代に、コペルニクスは「地球が太陽のまわりを回っている」という地動説を唱えました。
そんなコペルニクスの像(Monument to Nicolaus Copernicus)が、ワルシャワにあります。


このコペルニクスの像、そして後に訪れたシンドラーの工場やアウシュヴィッツ強制収容所を通して、
「自分の軸や信念を持ち、常識やその場の空気に流されずに行動することは決して簡単ではない」ということを痛感しました。だからこそ、人や社会が少しでも良い方向へ向かうよう、自分なりに考え、多数派だけでなく少数派の声にも耳を傾け、寄り添いながら、信念を胸に行動し続けていくことが大切だと思いました。



旧市街広場そばの路地にあるポーランド料理レストラン「Zαpiecek(ザピエチェク)」に向かいます。「ポーランド料理を堪能したい!」と色々調べていたところ、ここがヒットしたので訪問。

ターキッシュエアラインの機内食、先ほど食べたスイーツのポンチキ、ですがお腹はポーランド料理を欲しており、




思わず4品も注文してしまい、気がつけばフードファイターのような量の料理がテーブルに並んでいました。
ポーランドでの食事も、その国の文化のひとつ。日本から離れた土地に足を運び、その土地ならではの雰囲気の中で味わう料理や、お店の方との何気ないコミュニケーションは、とても有意義な時間でした。
なお、料理はすべて食べきれなかったため、パッキングして持ち帰らせていただきました。急なお願いにもかかわらず、快く対応してくださった店員さんには感謝の気持ちでいっぱいです。




初日にどうしても訪れたかったのが、ポーランド・ユダヤ人歴史博物館(POLIN Museum of the History of Polish Jews)。この博物館は、かつてワルシャワ・ゲットーがあった場所に建っています。
ゲットー:元来ユダヤ人などが強制的に隔離・居住させられた特定の居住区
数十年前、この場所で多くのユダヤ人が犠牲にあっていたと思うと、とても複雑な思いになりました。

ポーランド・ユダヤ人歴史博物館では、日本語対応のオーディオガイドが用意されています。ギャラリーは年代別に分かれており、日本語ガイドを聞きながら展示を見て回ることで、時代ごとの背景や歴史をより深く理解できます。

ダビデの星が描かれた標識の着用は、ユダヤ人を社会から切り離すためのものでした。展示を見ながら、差別は特別な出来事ではなく、日常の中で当たり前のように行われていたことを痛感しました。
ここは、アウシュヴィッツ強制収容所へとつながる歴史を理解するための博物館だと思います。



2日目へと続きます。
