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利益が756倍変わる!? 〜管理を徹底するほど社員は動かなくなるのか〜

多くの経営者やトップマネジメントと向き合う中で、繰り返し目にしてきた問題があります。
経営者が組織を良くしようとして導入した人事評価制度や、成果を確実に出すための進捗管理が、かえって社員の創造性を失わせているという問題です。
「目標を達成したら、ボーナスを支給する」
「数字が出なければ、評価を下げる」
「進捗を毎日報告させ、行動を細かく管理する」
一見すると、どれも合理的なマネジメントに見えます。
成果を出した人を評価し、成果を出せなかった人には改善を求める。組織である以上、当然のことだと考える方も多いでしょう。
しかし、認知科学の観点から見ると、この「アメとムチ」に依存した管理には大きな問題があります。
外から報酬を与え、罰を避けさせることで人を動かそうとすると、社員は次第に、自ら考えて行動しなくなります。
上司から指示されたことはこなす。
評価の対象になる数字は達成する。
失敗しない範囲で、無難に仕事を進める。
その一方で、自らリスクを取り、新しい方法を考え、既存の仕組みを変えようとする行動は減っていきます。
経営者が必死に社員を鼓舞し、細かく管理しているにもかかわらず、突き抜けた成果が生まれない。
優秀な人材を採用したはずなのに、決められた予算や役割の中で、無難な仕事をする人ばかりになっていく。
その原因は、社員の能力や意欲だけにあるのではありません。
人間の脳の仕組みに合わない組織設計そのものに、問題がある可能性があります。
今回は、「アメとムチ」による管理がなぜ社員の主体性を失わせるのか。
そして、構成員が互いの能力を信じ、自発的に現状の外側へ向かう組織を、どのようにつくるのか。
認知科学の視点から解説していきます。

「アメとムチ」で人を動かす組織

まず、「コアーシブ」と呼ばれる組織の状態について整理します。
コアーシブとは、リーダーが恐怖や報酬を利用し、構成員を外側から動かそうとする、抑圧的な組織カルチャーのことです。
たとえば、次のような状態が挙げられます。
リーダーが威圧的な態度を取り、部下を緊張させる。
「今月の目標を達成できなければ評価を下げる」「失敗したら担当から外す」といった、恐怖によって行動を促す。
一方で、「この数字を達成すればボーナスを出す」「成果を出せば早く昇進させる」といった、報酬によって行動を促す。
恐怖によって人を脅すことに問題があるのは、多くの人が理解していると思います。
しかし、ボーナスや昇進によってモチベーションを高めることまで、なぜ問題になるのでしょうか。
ここに、「アメとムチ」による管理の見落とされやすい本質があります。
恐怖で脅すことと、報酬で釣ることは、一見すると正反対の方法に見えます。
しかし、どちらも「外部から与えた刺激によって、相手の行動をコントロールしようとしている」という点では同じです。
「怒られたくないから、目標を達成する」
「ボーナスが欲しいから、売上をつくる」
「評価を下げられたくないから、ミスを避ける」
「昇進したいから、上司の期待に応える」
この状態では、行動の理由が本人の内側ではなく、外側にあります。
社員自身が心から実現したいと思っているわけではありません。
罰を避けるため、あるいは報酬を得るために動いているだけです。
オーセンティック・コーチングでは、自分の内側から「やりたい」と感じている状態をWant to、外部からの義務や強制によって動いている状態をHave toと呼びます。
アメとムチによる管理が続くと、社員の仕事は次第にHave toへ変わっていきます。

Have toの脳は、省エネを始める

Have toの状態に置かれた脳は、できるだけエネルギーを使わずに、現在の環境を切り抜けようとします。
余計なことを考えない。
指示された範囲を超えない。
失敗する可能性のある挑戦を避ける。
評価項目に含まれない仕事には手を出さない。
これは、社員が怠けているからではありません。
失敗したときに罰を受ける環境では、新しい挑戦を避ける方が合理的だからです。
仮に、社員が自分なりの工夫をして新しい提案をしたとします。
成功すれば、会社の成果になるかもしれません。
しかし、失敗すれば評価を下げられたり、責任を問われたりする。
その一方で、指示されたことだけを確実にこなしていれば、大きな失敗は避けられます。
この状況で、わざわざリスクを取る人は減っていきます。
リーダーが「チャレンジを大切にしよう」「失敗を恐れず挑戦しよう」と語ったとしても、評価制度の根底にアメとムチがあれば、社員は言葉よりも制度を見ます。
失敗した人が本当に守られているのか。
挑戦したこと自体が評価されるのか。
上司の指示と違う方法を選んでも認められるのか。
社員は、リーダーのスピーチではなく、組織内で実際に何が起きているかを通して判断します。
言葉では挑戦を求めながら、制度では失敗を罰する。
その矛盾がある限り、社員の脳は自律的に動こうとはしません。

5年間で生まれた、営業利益756倍の差

「管理を徹底した方が、短期的には成果が出るのではないか」
そう考える経営者もいるでしょう。
実際、恐怖や報酬による管理は、手順が決まった単純な作業や、既存のビジネスモデルを効率的に運用する場面では、一時的に機能することがあります。
やるべきことを明確にし、進捗を監視し、未達成に対して厳しく改善を求める。
短期的な数字だけを見れば、成果が上がることもあるでしょう。
しかし、中長期的な組織のパフォーマンスでは、異なる結果が現れます。
原稿で紹介されている調査では、抑圧や恐怖、報酬によって人を動かすコアーシブな組織と、構成員が互いのエフィカシーを高め合う組織を比較しています。
その結果、5年間で売上高には2倍、営業利益には756倍もの差が生じたとされています。
なぜ、これほど大きな差が生まれるのでしょうか。
管理型組織の社員は、失敗を避けることに多くのエネルギーを使います。
自分の身を守る。
評価を下げない。
責任を負わない。
上司に否定されない。
こうしたことが重要になると、脳のRAS、つまり情報フィルターも、その目的に合わせて働きます。
市場の変化や新しい事業機会よりも、上司の反応が重要になる。
顧客にとって本当に必要な価値よりも、社内で評価される数字が重要になる。
その結果、新しい可能性が目の前にあっても、それを重要な情報として認識できなくなります。
スコトーマ、すなわち心理的盲点に隠れてしまうのです。
社員は既存のルールに適応することには長けていきます。
しかし、既存のルールそのものを疑い、新しい市場や価値を生み出す力は失われていきます。
一方、構成員が互いの可能性を信じ、高いゴールを共有している組織では、異なることが起こります。
社員は、上司に言われたからではなく、自分自身が実現したいと思って動きます。
Want toの状態です。
脳はリラックスしながらも高い集中状態に入り、自分の知識や経験を超えた解決策を探し始めます。
一人が壁にぶつかったときには、異なる視点を持つ仲間が、その人のスコトーマを外します。
「その問題なら、別の方法がある」
「この部署と連携すれば、実現できるかもしれない」
「そもそも、その前提を変えた方がよいのではないか」
互いの視点を重ねることで、一人では見えなかった方法が見えてきます。
この状態が、コレクティブ・エフィカシーです。
上司の顔色を見ながら、過去のやり方を正確に繰り返す組織。
互いの能力を信じ、現状の外側にある解決策を探し続ける組織。
両者が5年間競争すれば、結果に大きな差が生まれるのは不思議ではありません。

経営者自身が、会社の可能性を狭めている

多くの経営者は、会社の利益を高めるために管理を強化します。
数字を細かく確認する。
進捗報告の頻度を増やす。
未達成の理由を厳しく追及する。
成果に応じて評価や報酬に差をつける。
どれも、組織の成果を上げるために行っているはずです。
しかし、その管理によって社員の内発的な動機を失わせ、創造性を止めているとしたら、経営者は自ら会社の可能性を狭めていることになります。
もちろん、目標数値や進捗管理そのものが不要なのではありません。
企業活動には、売上、利益、コスト、納期、品質など、管理しなければならない数字があります。
問題は、数字を人を支配する道具として使うことです。
数字は、現状を把握し、ゴールとの距離を確認するための情報です。
社員を脅し、行動を強制するためのものではありません。
経営者やリーダーの役割は、社員を思い通りに動かすことではありません。
一人ひとりが持つ能力を、組織のゴールに向かって最大限発揮できる空間をつくることです。
管理するほど成果が上がるという前提を、一度疑う必要があります。
管理を強めることで、短期的な数字は整うかもしれません。
しかし、その代わりに、社員が自分で考える力、新しい価値を生み出す力、互いの盲点を補う力を失っていないでしょうか。

「管理」から「エフィカシー」へ

アメとムチによる管理を手放した後、リーダーは何をすればよいのでしょうか。
何も管理せず、すべてを社員の自由に任せればよい、という話ではありません。
リーダーの重要な役割は、構成員一人ひとりと、組織全体のエフィカシーを高め続けることです。
エフィカシーとは、「ゴールを達成する自己能力に対する自己評価」です。
一般的な自信や、根拠のないポジティブ・シンキングとは異なります。
「自分たちは、現在の能力で何ができるか」という評価ではありません。
「私たちは、掲げたゴールを達成する能力を持っている」という、ゴールを前提とした自己評価です。
現状の外側にあるゴールは、現在のやり方では達成できません。
今の能力や知識だけで判断すれば、「できない」という結論になるでしょう。
しかし、エフィカシーが高い組織は、こう考えます。
「今はまだ、やり方が見えていない」
「しかし、私たちには、その方法を見つける能力がある」
「必要な知識や人材、技術を獲得し、必ず実現できる」
ここで重要なのは、現在の実力を過大評価することではありません。
現在の能力が不足していることを認めたうえで、自分たちは変化し、必要な能力を獲得できると評価することです。
組織のエフィカシーが高まると、現在の状態に違和感が生まれます。
「私たちなら、もっと大きな価値を提供できるはずだ」
「この程度の成果で終わっているのは、自分たちらしくない」
「まだ見えていない方法が、必ずあるはずだ」
この認知的不協和を解消するために、脳は新しい方法を探し始めます。
RASの重要度が変わり、これまで見えていなかった情報が意識に上がる。
スコトーマが外れ、異なる選択肢が見えてくる。
そして、誰かに細かく指示されなくても、メンバーは自発的に行動し始めます。

リーダーは「答え」ではなく、ゴールへの確信を示す

エフィカシーを高めるリーダーは、部下の仕事をすべて監視し、逐一答えを与える人ではありません。
メンバーが掲げているゴールをともに見つめ、その価値を認め、より高いものへとリファインする人です。
「そのゴールには、どのような社会的価値があるのか」
「さらに高い視点から考えると、何を実現できるのか」
「今の前提を外したら、どのような可能性があるのか」
このような問いを通じて、メンバーのゴールを現状の外側へ引き上げていきます。
そして、そのゴールが見えたら、リーダーは確信を示します。
「あなたなら、そのゴールを達成できる」
「今は方法が見えていなくても、必ず見つけられる」
「私たちには、その未来を実現する能力がある」
これは、根拠のない励ましではありません。
過去の実績だけで未来の可能性を決めず、人間には自分のブリーフシステムを書き換え、新しい能力を獲得する力があると理解したうえでの確信です。
リーダーが高いエフィカシーを持ち続けることで、組織内にもその空気が広がります。
失敗を恐れて縮こまるのではなく、失敗から情報を得る。
できない理由を探すのではなく、実現する方法を探す。
一人で抱え込むのではなく、互いのスコトーマを外し合う。
このような文化が形成されると、社員を細かく管理する必要は次第に減っていきます。
管理をなくしたから動くのではありません。
自分たちが実現したいゴールと、それを実現できるという確信があるから、自発的に動くのです。

コマンダーから、真のリーダーへ

社長やCEOという肩書きは、社員を脅したり、報酬で動かしたりするための権力ではありません。
組織がどのような未来を目指すのかを示し、構成員の能力が最大限発揮される環境をつくるための役割です。
優れた管理体制をつくることが、経営の最終目的ではありません。
管理は、あくまで組織が機能するための手段です。
リーダーが本当に誇るべきなのは、細部まで統制された組織ではありません。
構成員が他人の評価や目先の報酬だけに縛られず、自分たちの能力を信じ、社会に提供したい価値に向かって自発的に動いている組織です。
誰かが答えを持っているのを待つのではなく、一人ひとりが考える。
一人では見えないものを、仲間とともに見つける。
現状のルールに適応するだけではなく、そのルール自体を問い直す。
このようなコレクティブ・エフィカシーの高い空間をつくることが、リーダーの重要な仕事です。
アメとムチを手放すことは、評価制度や数値管理をすべて廃止することではありません。
恐怖や報酬によって人を操作しようとする発想を手放すことです。
数字は、社員を追い詰めるためではなく、ゴールへ近づくための情報として扱う。
評価は、社員を序列化するためだけではなく、成長や能力発揮を支援するために使う。
リーダーは、答えを押し付けるのではなく、高いゴールと、その実現への確信を共有する。
その転換が起きたとき、社員は「管理されなければ動かない人」ではなくなります。
自ら考え、自ら行動し、互いの可能性を引き出しながら、新しい価値を生み出す人へと変わっていきます。
組織を変えるために、最初に変えるべきなのは社員ではありません。
人は管理しなければ動かないと考えている、リーダー自身の認識です。
その前提を手放したところから、本当の組織改革が始まります。


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