ようこそ!フォーチュンカフェへ 2nd☕第3話 二人のはじまり ~キリマンジャロ×コスタリカ~
十一月の午後、木枯らしが通りを抜けていく。
まだ名前のつかない関係の二人が
ふと立ち寄った〈フォーチュンカフェ号〉。
塩味の豆菓子とコーヒーの香りが、
そっと二人の距離を近づけていく――。
十一月上旬の午後、一陣の木枯らしが商店街のシャッターを叩く。
焼きたてのパンと落ち葉の匂いが混ざり、秋の気配がした。
映画館を出た相川優一と富田沙織は、並んで歩いていた。
紗織は、同じ職場の二つ上の先輩。
ふだんから、何くれとなく面倒を見てくれる。
だが、紗織のおかげで優一は三年間この職場でやってこられた。
*
今日は、たまたま観たい映画が重なって、初めて一緒に行くことになった。
まだ「付き合っている」とも言えない。
けれど、紗織といると居心地がいい。
「風、ちょっと冷たくなりましたね。」
「うん。……でも、こういうのもいいよね。ね、相川君、ちょっと温かいものでも飲まない?」
「あ、いいですよ。」
紗織の横顔に、午後の日ざしが反射する。
優一は、その反射がとてもきれいだと思った。
通りの角に白い車が見えた。
なんとも、ユーモラスな形の車だ。
〈Fortune Café〉
――ドア横のターコイズブルーの文字が、鮮やかに見える。
「あれって……寄ってみます?」
「うん、行ってみよ。」
*
「いらっしゃいませ!」
こと葉が、近づく二人を見て声を掛ける。
後ろのカーゴの跳ね上げ窓の下では、修一が板を取りつけていた。
木目のカウンターが、午後の光をやわらかく返している。
「相川君、ホットでいいよね。」
「は、はい!」
「ホットを二つ、お願いします。」
紗織が、さっと注文をする。
「かしこまりました!」
女性が、珈琲豆を選び、ハンドミルでガリガリと挽いていく。
豆の微かな匂いが、二人の鼻腔をくすぐった。
*
豆を挽いていること葉と、カウンターを取り付ける修一。
それを見ていた紗織が、だしぬけに質問した。
「お二人って、ご夫婦ですか?」
「ううん、違うの。修一さんは、師匠に頼まれて、このミゼちゃんをもっと使いやすくしてくれてるんですよ。」
修一と呼ばれた若者は、黙々と作業を続けている。
「ミゼちゃん?」
「あ、このフォーチュンカフェ号のことです。名前がついているとかわいいでしょ。」
こと葉は、ターコイズブルーの瞳で二人をそっと見た。
「そちらは、彼氏さんですか?」
「いえ!いえ!会社の後輩です!今日はたまたま、観たい映画がかぶって……。」
顔を真っ赤にして、手を振る優一。
そんなやりとりの中、作業をしていた若者が女性に話しかけた。
「こと葉さん。これで、カウンター使えますよ。」
「わあ、ありがとう!修一さん。」
「このあいだ、杏さんとお話ししてるとき、こんなふうに珈琲を置いてお話できる場所があればいいかなって思って。」
「すごーい!そんなこと考えていたの。でも、これでもっと使いやすくなるわ。」
無邪気に喜ぶこと葉を見ながら、修一は照れくさそうに肩をすくめただけだった。
*
こと葉は、二人に小さな袋を二つ渡した。
開けてみると、中には薄く塩をまぶした豆菓子。
「この豆菓子、先週、港町の朝市で出会った焼き菓子屋さんからいただいたんです。ほんの少し塩味があって、コーヒーのうま味を引き立ててくれるんですよ。」
そう言いながら、こと葉は、湯気の立つカップと小皿をそっとカウンターに置いた。
「今日のブレンドは、キリマンジャロとコスタリカ。どちらも高地で風に揉まれて育った豆です。今日みたいな風の日に、ぴったり。」
豆菓子の塩が舌に残り、あとからコーヒーの香りがやさしく広がる。
優一が一口飲んで、紗織の方を見る。
「苦いけど、やさしい後味ですね。先輩みたいです。」
「なにいってるの?そんなふうに見えてるの?」
「あ、悪い意味じゃなくて、普段は厳しいけど、根っこは優しい……。」
「えーっ、普段は厳しいって思ってたの?」
優一は、頬が熱くなるのを感じた。
*
ふと、紗織が、車体のドアを見て言った。
「“Fortune Café”って、このお店の名前ですか?」
「はい、そうなんです。でも、ドアにしか書いてないから気づきにくいかもしれませんね。」
「とってもいい名前。」
紗織の言葉に、こと葉が少しだけ照れくさそうに笑った。
その会話を、修一は黙って聞いていた。
何も言わずに、道具箱を片付けている。
「こと葉ちゃんが使いやすい店にしてやれ。」
師匠の言葉が聞こえてきた。
修一は、黙ってカウンターを拭きながら、何かを思い描いていた。
*
会計のあと、こと葉が木箱を差し出した。
「ことばみくじです。よかったらどうぞ。」
「ことばみくじ?」
「あなたたちを、後押しする言葉が書いてあるかもです。」
優しく微笑む、こと葉。
二人はそれぞれ一枚ずつ受け取った。
「お帰りの途中にどうぞ。」
こと葉の言葉にうなずき、二人は紙をポケットにしまった。
*
商店街を抜けると、午後の光が傾き始めていた。
ベンチの上に落ち葉がいくつか舞い落ちる。
紗織が言った。
「……さっきの、開けてみる?」
「はい。」
二人は並んで、それぞれの紙を開いた。
優一のことばみくじには
『運命の風に、身を委ねてみるのも、いい。』
紗織のことばみくじには
『ともに風に乗れば、どこまでも高みに登る。』
「……おもしろいね。つながってる。」
紗織が笑う。
優一も、つられて笑ってしまった。
少しの沈黙のあと、優一が何かに後押しされたかのように口を開いた。
「次、また、一緒にどこか行きたいです。」
紗織は目を細め、少し照れながらうなずいた。
「……いいよ。一緒にこの風に乗っちゃおう。わたしも、どこまでも行ってみたい。」
午後の風が二人のあいだを通り抜けた。
――その風は二人の未来のページをそっとめくった。
(続く)
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物語があなたの癒しになれば幸いです。
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