ようこそ!フォーチュンカフェへ 2nd 第1話 フォーチュンカフェ号の旅立ち
――それは、雨漏りから始まった。
ぽとん。
ファンタジー小説がすき間なく埋まる、本棚の上に置いたバケツがかすかに音を立てた。
こと葉は天井を見上げ、そっと笑った。
ぽとん。
「うちの天井も、そろそろ限界かな。」
外では、秋雨がしとしと降っている。
閉店後の店内は静かで、コーヒー豆の香りと雨漏りの音だけが満ちていた。
「これ、見てもらわなきゃね。えーっと、”はしうち……”。」
頼れるのは、あの人だ。
《橋内工務店 0×××-△△-◇◇◇◇》
「クロさん、天井が泣いています。」
*
次の日の昼過ぎ、古びた軽トラックが路地裏に止まった。
鼠色のバケットハットに作業服。
クロさんが脚立を立て、懐中電灯で天井を照らす。
「けっこう、ひでぇな。チェックと修繕に二か月はかかるぞ。しばらく店を閉めねぇとだめだぜ。」
「二か月ですか。」
少し、眉を曇らせたこと葉。
だが次の瞬間には、もうその愁眉が開いた。
「クロさん、天井の修理をお願いします。その間に、思い切って“外”に出ます。」
クロさんの手が止まった。
「外?」
「はい。いままでカウンターの中で積もってきた“ことばみくじ”を、外の世界にも届けたいと思っていたんです。行く先々で、言葉を渡せるようなオープンカフェをやってみたいって。」
クロは、黙ったまま天井を見上げた。
「……相変わらず突拍子もねえなぁ。」
しばらくして、何かを思いついたように、ふっと息を吐く。
「まあ、こんな時だからできることもあるってもんだ。よし、俺も力を貸してやる。その代わり、一つ言うことを聞いてもらうぜ。」
「え?」
小首をかしげること葉の、ターコイズブルーの瞳が窓の外の雨を映した。
*
翌朝。
フォーチュンカフェの前に、一台の小さな車が静かに停まっていた。
ミゼットⅡカーゴ。
少しくすんだ白の車体。
けれど、どこか人懐っこい佇まいがあった
「え、クロさん!これ可愛いんですけど!」
目を輝かせること葉。
「昔、俺が内装を手がけた移動販売車だ。使う奴がいなくてな。まだ動く。こと葉ちゃん、これを“フォーチュンカフェ号”にしてみねぇか。」
運転席のドアを叩きながら提案する。
こと葉は目を丸くした。
すると、運転席から降りてきたのは、弟子の修一だった。
工具箱を胸に抱え、額の汗を拭いながら深く頭を下げた。
「修一。この車をこと葉ちゃんが使いやすいように直せ。二か月で仕上げろ。それが独立の試験だ。」
「はい、親方。」
「お願いってのはこれだ。こと葉ちゃん、こいつも連れて行ってくれねぇか。」
「いいんですか?」
「いいも悪いもねぇ。こいつの腕はもう一人前だ。あとは、自信だけだよ。」
「もちろんです。車も使わせてもらって、修一さんにも手伝ってもらえて、なんだか面白そうじゃないですか。」
「よし、話は決まった。早速準備しな。」
無邪気に喜ぶこと葉を見て、クロさんもうれしそうだ。
*
夕方
必要な荷物を車に積み込んだこと葉は、店の棚から「ことばみくじ」の箱を取り出してきた。
「これは、今までのお客さんが残してくれた言葉なんです。」
こと葉は微笑みながら言った。
「この子たち、ずっと店で眠っていたので、そろそろ外の風に触れさせてあげたいんです。」
「外の風、ですか?」
「ええ。言葉って、風に乗って広がっていくから。」
修一は、こと葉の横顔を見つめた。
その言葉の意味は、まだよく分からなかったが、
カウンターの上に積まれた紙片は、なんだか輝いて見えた。
ミゼットの荷台には、黒板、選りすぐった豆、ドリッパー、ドリップフィルター、携帯コンロに紙コップ、それに小さい折りたたみのテーブルと椅子二脚。
そして、修一の道具箱。
最後にフォーチュンカフェで代々使われてきた古いドリップポットと、店の片隅の額に飾られていたタロットカードが積み込まれた。
*
出発の朝。
フォーチュンカフェの黒板には、こと葉が新しい一文を書いた。
ようこそ!フォーチュンカフェへ
『想いを、形に。』
見送りに来たクロさんは、フォーチュンカフェ号のドアをじっと見ていた。
「修一、最初の仕事はこれか?」
「そうです。」
ドアには、ターコイズブルーで
「Fortune Café」。
クロさんは、大きく頷く。
「いい仕事だ。これから、こと葉ちゃんの想いをきっちり形にしてやれ。」
「はい!」
小さなエンジンが唸りを上げる。
修一は、運転席でハンドルをぎゅっと握りしめた。
「フォーチュンカフェ号、出発!」
こと葉は助手席の窓を開ける。
「クロさん!行ってきます。お店、お願いします!」
「まかせとけ。一ミリも雨漏りしない天井にしとくぜ。早く行け。」
クロさんが、軽くあしらうように手を振った。
*
秋の雨上がりの風が、頬をやわらかくなでる。
フォーチュンカフェ号は、ゆっくりと大通りに出た。
濡れたアスファルトが、陽の光を反射してきらめく。
「技は形で残るが、想いは――言葉で残るってか。」
遠ざかるフォーチュンカフェ号を、見つめるクロさんの目は優しかった。
こと葉は、陽を浴びる道の先に目を細め、そっと微笑む。
――旅の始まりは、いつだって、誰かの“ひとこと”から。
(続く)
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