ようこそ!フォーチュンカフェへ 2nd☕第2話 分け合う幸せ
潮風が珈琲の香りを運び、焼きたての甘い匂いが通りを満たす。
港町の朝、フォーチュンカフェ号はひとりの旅するパティシエと出会った。
迷いとぬくもりが交わる場所で、“分け合う幸せ”が生まれていく――。
フォーチュンカフェ号は港町の朝市にやってきた。
こと葉が「ミゼちゃん」と呼ぶ、この小さな車は、商店街の端に静かに停まっている。
ミゼちゃんは、小さくて、どこにでも入り込める。
「今日もよろしくね、ミゼちゃん。」
こと葉は相棒に挨拶するかのように、トンとつついた。
*
潮風が、珈琲の匂いと混じる。
ふと、修一が顔を上げる。
なにやら、別の匂いが風に乗ってやってきた。
こと葉も目を細める。
「……あっちのワゴンも、いい匂いですね。」
黄色いワゴンの後ろのドアから、香ばしい匂い。
その匂いの向こうに、浅く日に焼けた女性が声を掛けてきた。
「おはようございます!」
こと葉は思わず笑顔で返す。
「おはようございます。いい匂いですね。」
「はい! クッキー・フィナンシェ・マドレーヌ、焼菓子ならなんでもござれの “An’s Baking Caravan”(杏の旅する焼き菓子屋)店主の立花 杏(たちばな・あん)です。朝市に参加される方やんねぇ?」
こと葉よりは、少し若いだろうか。
京都訛りの混じった元気の良い声が、朝の通りに抜けていく。
「はい。杏さん。はじめまして。私は、このミゼちゃんの相棒、和泉 こと葉です。」
名刺を渡しながら、こと葉も自己紹介した。
「ミゼちゃん?」
「あ、本当は“フォーチュンカフェ号”っていうんです。でも、お店の名前で呼ぶより、ちゃんとした名前があった方が、この子も頑張れると思って。」
「名前かぁ。うちのワゴンにもつけようかなぁ。」
二人は微笑み合う。
「そうや! せっかくやし、ミゼちゃんを隣につけてみはる? 焼き菓子と珈琲やったら、一緒に買ってくれそうやない?」
「え? いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて!」
(一瞬で打ち解けられるって、すごいよなあ。自分にはできないよ。)
盛り上がる二人を横目に、感心しきりの修一。
というわけで、いきなりのコラボが始まった。
*
昼前。
朝市の賑わいがひと息つき、潮風の音が戻ってくる。
焼きたての甘い香りと珈琲の匂いが、少し落ち着いた。
杏が、片づけの手を止め、こと葉の差し出した紙コップを受け取る。
「おおきに。……珈琲の香りって、落ち着くんやねぇ。」
「こちらこそ。焼き菓子の匂いで、お客さんがたくさん来てくれて。今日誘ってくださってありがとうございます。」
にこやかに答えること葉を見て、杏は意を決したかのように話し出す。
「なんか、こと葉さんて話しやすいし、初対面だとは思えへんぐらいやわ。ちょっと聞いてほしいんやけど。」
こと葉は、そっとうなずいた。
「うちの実家、京都で“立花庵”っていう和菓子屋をやってるん。親からは、そろそろ戻って継げって言われてて。」
潮の香りが、さあっと二人の間を通り抜けた。
「和菓子も大好きなんやけど、自分が作ったこの“おいしさ”を、もっとたくさんの人と分かち合いたいんよ。……でも、まだまだ道半ばのような気がしてるん。」
そんな杏を、そっと見ていたこと葉は、静かに木箱を取り出した。
「杏さん。これを引いてみませんか?」
「これは?」
「『ことばみくじ』です。」
「……ことばみくじ?」
「はい。今のあなたに、必要な言葉が出るかも。」
杏は、興味深そうに一枚を引く。そっと開いた。
白い紙に、黄色の文字でこう書かれていた。
『道に迷うことは、道を知ること。』
杏はその言葉を見つめたまま、しばらく黙っていた。
潮風が二人の髪をそっと揺らす。
「……いい言葉やねぇ。」
「迷っている今も、きっとあなたの道の一部なんですよ。」
「そっか……迷う自分を、責めなくてもええんやね。」
「ええ。迷うたびに、あなたの味が深くなっていくと思います。」
杏は胸に手を当てて、ふっと笑った。
「おおきに……もう少し、やってみる。」
*
午後。
店を片づけること葉のもとへ、杏が段ボールを抱えてやってきた。
「そろそろ行かせてもらいます。さっきのお礼。これ、豆菓子。塩味なんよ。珈琲に合うと思うて。」
こと葉は目を丸くした。
「わあ、こんなにたくさん! ありがとうございます。」
「ぎょうさんあって、ちょっと邪魔になるかもしれへんけど……みんなに分けてあげてな。なくなるころに、また出会えるとええねえ。」
杏はそう言って手を振り、黄色いワゴンに戻っていった。
そして、ワゴンは発進した。通りの角を曲がると、姿は見えなくなった。
こと葉はワゴンをじっと見送った。
そして、段ボールを見つめ、そっとつぶやいた。
「でも、段ボールのままだと湿気ちゃうかも。」
修一はそれを聞き、しばらく考えると静かにうなずいた。
*
港の灯りが、波の上にゆらめいている。
夕日が、修一の手元を照らしていた。
彼は無言で木を切る。
板を合わせる。
ねじを締める。
内側にアルミ板を貼り、ふたにゴムパッキンをはめる。
やがて、豆菓子ケースが完成した。
豆菓子を詰めると、ちょうど収まる。
ふたを閉めると、「カチリ」と小さな音がした。
修一は、ゆっくり微笑んだ。
木の香りと珈琲の香りが混じる中、道具箱をそっと片づけた。
*
こと葉が買い物から帰ってくると、荷台の奥に木目の美しい箱が置かれていた。
ふたを開けると、豆菓子がきれいに並んでいる。
内側にはアルミ板、ふたには小さなゴムのふち。
仕上がりは丁寧だった。
「……修一くんが?」
修一は、運転席でうなずいた。
「湿気ないようにと思って。」
「ありがとうございます! すごく助かります。」
修一は、その言葉にはっとした表情をしたが、すぐにそっと笑った。
「じゃあ、ミゼちゃん、発進!」
ウインカーが、まばたきするみたいに点滅する。
フォーチュンカフェ号は軽いエンジン音を響かせ、潮風に背中を押されるように走り出した。
夕方の柔らかい光が、車内に差し込んできた。
――道に迷うことは、道を知ること。
分け合う幸せは、今日もどこかへ向かっている。
(続く)
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
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