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モノの危機とカネの危機。弾けりゃ地球ごと。

※前回に引き続きまた長いエントリーになってしまったことをお詫び申し上げる。

前回のおさらいと、今回の問い

前回の記事では、韓国とフィリピンで進行中の石油危機を追い、日本がその時間軸のどこにいるのかを整理した。ナフサが来ない韓国、LPGが24日で尽きるフィリピン。日本の備蓄は241日分あるが、それは「時間を買っているだけ」であり、ホルムズが開かなければ夏以降に深刻な事態に陥る——というのが前回の結論だった。

だが、あの記事を書きながら、ずっと気になっていたことがある。

石油の危機と、金融の危機や台湾有事が同時に来たらどうなるのか。

ホルムズ封鎖は「物資の危機」である。原油が来ない、ナフサが来ない、LPGが来ない。これは物理的な問題で、備蓄と代替調達で対処するしかない。

だが、その物資の危機の裏側で、まったく別種の爆弾が膨らんでいる。プライベートクレジット市場の崩壊と台湾有事である。そしてこれらが連鎖したとき、日本円の信認そのものが揺らぐシナリオが浮上する。さらには国家存亡の危機まで訪れるかもしれない。円の信認が崩れれば、「カネを出せばモノが買える」という前提が壊れる。そこに戦争まで加わればもう万事休すに近い状態になるかもしれない。前回の記事で描いた時間軸は、一気に短縮される。

今回は、この「複合危機」の構造を整理し、さらにそれが台湾海峡にどう影響するかまで考えてみたい。


プライベートクレジット——「次のサブプライム」が弾け始めている

2,650億ドルが消えた

ホルムズ海峡のニュースに隠れて、ウォール街ではもう一つの地殻変動が進行している。

プライベートクレジットとは、銀行を介さずにファンドが企業に直接融資するビジネスだ。低金利時代に爆発的に成長し、市場規模は1.8兆ドル(約280兆円)に膨らんだ。Blackstone、Apollo、KKR、Ares、Blue Owl——ウォール街の巨人たちがこぞって参入し、「高利回りだが安全」と謳って年金基金から個人投資家まで幅広く資金を集めた。

それが昨年9月から崩れ始めた。

きっかけは、サブプライム自動車ローンのTricolorと自動車部品メーカーFirst Brandsの連続破綻だった。この段階ではまだ「個別企業の問題」と見なされていたが、その後AIの台頭でソフトウェア企業の事業モデルが脅かされるとの懸念が広がり、プライベートクレジットファンドが大量に保有するソフトウェア企業向けローンの価値が急落。個人投資家が一斉に解約を求め始めた。

Fortuneの3月14日付記事によれば、PE大手5社の時価総額はピークから合計2,650億ドル(約41兆円)が消えた。Apolloが41%下落、Blackstoneが46%、AresとKKRが48%、Blue Owlに至っては3分の2が吹き飛んだ。

ゲートが閉まる——「半流動性」の嘘

問題の核心は、これらのファンドの多くが「セミリキッド(半流動性)」と呼ばれる商品設計を採用していたことにある。個人投資家に対し「四半期ごとに純資産の5%まで解約可能」と約束して資金を集めたが、実際に大量の解約請求が来ると、とたんに「ゲート」——解約制限——を発動した。

2月19日、Blue Owlは16億ドルのOBDC IIファンドの解約を恒久的に停止した。Blackstoneの旗艦ファンドBCREDには38億ドル(資産の7.9%)の解約請求が殺到し、幹部が自己資金4億ドルを投入して急場を凌いだ。BlackRockは260億ドルのHPS Lending Fundの解約を制限。Morgan Stanleyも解約上限5%のキャップを適用した。カナダでは不動産プライベートクレジットの約40%がゲートされた。

Houlihan Lokeyの幹部は「銀行への取り付け騒ぎに似ている」と形容した。

CNBCは3月25日——つまり昨日——「プライベートクレジットの『損失ゼロの幻想』が終わりつつある」と報じた。Morgan Stanleyはダイレクトレンディングのデフォルト率が8%に急上昇する可能性を警告している。過去の平均は2〜2.5%だった。

JP Morganのジェイミー・ダイモンが昨年10月に言った言葉が、いま不気味に響いている。「ゴキブリを1匹見かけたら、もっといると思え。」

なぜ「ホルムズ」と「プライベートクレジット」が連鎖するのか

一見すると、ペルシャ湾の石油とウォール街のローンファンドに接点はなさそうに思える。だが実際には、複数のチャネルで繋がっている。

第一に、原油高騰はインフレを再燃させ、金利の高止まりを長引かせる。プライベートクレジットの融資先企業の多くは変動金利で借りている。金利が高いまま据え置かれれば、返済負担が重くなり、デフォルトが増える。

第二に、原油高騰は企業のコストを直撃する。プライベートクレジットの主な融資先である中堅企業——とくに物流、製造、小売——はエネルギーコストの上昇を吸収できず、キャッシュフローが悪化する。

第三に、エネルギーショックによる景気後退懸念が市場全体のリスク回避を強め、プライベートクレジットからの資金逃避を加速させる。

UnHerdは3月22日付で「石油ショックがプライベートクレジット危機のトリガーになり得る」と明確に警告している。ロイターも3月10日付のコラムで「2007年のサブプライムとの類似性」を指摘した。規模は名目ベースでサブプライム市場を上回る。


円が壊れるシナリオ

160円の攻防——そして、その先

3月26日現在、ドル円は160円近辺で推移している。ホルムズ封鎖前の2月末は148円前後だったから、4週間で12円の円安だ。日本政府は為替介入の可能性を示唆し始めており、財務省幹部は「行き過ぎた動きには適切に対応する」と繰り返しているが、市場は構造的な円安圧力を見透かしている。

構造は単純だ。日本は原油の93%を中東から輸入していた。その原油価格が100ドルを超え、かつ円安が進めば、輸入金額は二重に膨らむ。貿易赤字は急拡大し、経常収支の黒字は細り、円を支えるファンダメンタルズが悪化する。

だが160円で止まる保証はどこにもない。ここにプライベートクレジットの問題が重なるとどうなるか。

日本の金融機関のエクスポージャー

金融庁の伊藤豊長官は3月18日、欧米のプライベートクレジット市場で引き出し制限が相次いでいることを受け、「日本の金融機関への影響をモニタリングしている」と述べた。この発言自体が、すでにエクスポージャーの存在を示唆している。

Bloombergは3月12日、日本の大手生命保険会社がプライベートクレジットへの投資を4月以降も拡大する計画を維持していると報じた。GPIFはオルタナティブ資産のデータベース構築に着手しており、プライベートクレジットを含むオルタナティブ投資を段階的に増やしてきた。メガバンクもCLO(ローン担保証券)を通じて間接的にプライベートクレジット市場に繋がっている。

問題は、これらのエクスポージャーの全容を誰も正確に把握していないことだ。FRBですら「銀行のプライベートクレジット向けエクスポージャーを特定する難しさ」を認めているのに、日本の規制当局が把握できているとは考えにくい。

1ドル200円、あるいは300円

以下のシナリオは「最悪の場合」の話であって、予測ではない。だが、構造的にはあり得る話だ。

ホルムズ封鎖が長期化し、原油が120〜150ドルに上昇する。日本の貿易赤字が月3兆円を超える。円は170円、180円と崩れていく。この過程で、プライベートクレジット市場のデフォルトが連鎖し、欧米の金融機関が信用収縮に入る。日本の金融機関が保有するプライベートクレジット関連資産の評価損が表面化し、株価が急落。海外投資家が日本株と日本国債を同時に売り始める——いわゆる「トリプル安」(株安・債券安・円安)だ。

この局面では、日銀は利上げで円安を止めるか、金融緩和で景気を支えるかの二択を迫られるが、どちらを選んでも片方が崩れる。利上げすれば住宅ローンと企業の負債が炸裂し、また政府の財政を悪化させる。緩和を続ければ円が底なしに落ちる。

1ドル200円は、この連鎖が起きれば視野に入る。300円は、さらにその先で——たとえば日本国債の格下げと海外保有者のパニック売りが加わった場合に——理論上は排除できない水準だ。

円が壊れたら何が起きるか

円の購買力が半分になるということは、輸入品の値段が倍になるということだ。日本はカロリーベースで食料の62%を輸入に頼っている。原油だけでなく、小麦、大豆、トウモロコシ、食肉、チーズ、バターの値段が倍になる。

さらに深刻なのは、円が信認を失えば、代替調達のための「買い物」自体ができなくなるということだ。前回の記事で、韓国がUAEから原油を確保し、フィリピンがロシアと交渉していると書いた。これらの取引は、ウォンやペソがまだ「通貨として機能している」から成り立っている。もし円がハイパーインフレーション的な暴落を起こせば、日本政府が海外から食料や原油を調達しようにも、相手が円を受け取ってくれない。ドルか、ゴールドか、現物の交換でなければ取引が成立しなくなる。

前回の記事で「封鎖が1年続けば年末から2027年にかけて餓死者が出る」と書いた。だが、物資の危機に金融の危機が重なれば、このタイムラインは数か月単位で前倒しになる可能性がある。


台湾海峡——「もう一つのホルムズ」は生まれるか

中国軍機が減った、その理由

ホルムズ封鎖と金融危機のさなかに、もう一つの「世界で最も危険な海峡」がどうなるかの考察である。

興味深い動きがある。Defense Newsは3月20日、「中国が台湾周辺の軍用機活動を急減させた」と報じた。3月7日以降、台湾国防部が記録したPLA(人民解放軍)の航空機出撃は1日2〜8機にまで減少した。通常は12機以上が常態だった。

理由について、アナリストの見方は分かれている。

第一に、3月4〜11日の全国人民代表大会(両会)の期間中は、例年軍事活動が減る傾向がある。だがそれだけでは3月下旬まで続く減少を説明できない。

第二に、1月に中央軍事委員会の上級副主席を含む将官2名が更迭されたことの余波で、指揮系統に空白が生じている可能性がある。

第三に、4月下旬に予定されるトランプ・習近平会談を控え、米国を刺激したくないという政治的計算。

そして第四に——これが最も示唆的なのだが——ジェット燃料の価格が80%以上上昇しており、軍事訓練のコスト計算が変わった可能性がある。台北のシンクタンク研究員は「コストの浪費であり、負担には違いない」と指摘した。

中国は世界最大の原油輸入国であり、日量約1,200万バレルを輸入している。イラン産原油はその14%を占めていた。ホルムズ封鎖で直接的にイラン産が途絶えただけでなく、世界市場全体の逼迫で調達コストが跳ね上がっている。国家発展改革委員会が精製品輸出を全面禁止したのは、中国自身が余裕を失いつつある証拠だ。

しかし中国には「クッション」がある

ここで重要なのは、同じ原油高でも中国と日本では受けるダメージの構造がまるで違うということだ。

備蓄の厚さ。SCMP(3月10日)によると、中国は2025年から2026年初頭にかけて1日約100万バレルのペースで原油備蓄を積み増し、推定12億バレル(約120日分の輸入量に相当)を蓄えている。さらにロシアからのパイプライン(「シベリアの力」等)やミャンマー経由の陸上ルートがあり、海上封鎖への耐性は日本と比較にならない。ホルムズ海峡もイランからの配慮で船が通ることができる。

エネルギー構造の違い。CNBC(3月9日)の分析によれば、ホルムズ海峡を通過する石油・ガスは中国の総エネルギー消費のわずか7.2%にすぎない。石油と天然ガスは中国の発電量の4%しか占めず(アジア諸国の多くは40〜50%)、電力は石炭と急速に拡大する再エネが支えている。EV普及率は新車販売の50%超で、すでに日量100万バレル以上の石油需要を代替済みだ。CFR(外交問題評議会)のRush Doshiは「中国は過去20年かけて海上石油フローへの依存を構造的に下げてきた」と指摘する。

独裁国家の財政スピード。2008年のリーマン・ショック時、中国は4兆元(約60兆円)の財政出動を数週間で決定・実行し、世界に先駆けてV字回復を遂げた。IMFの分析によれば、中央政府が直接指揮したのは刺激策の4分の1で、残りは国有銀行が信用拡大で賄った。プライベートクレジット危機が中国の実体経済に波及しても——輸出先の需要減退を通じた打撃は避けられないが——国家主導の不良債権処理と財政出動で、日本よりも格段に早く立ち直る可能性が高い。

つまり、ホルムズ封鎖とプライベートクレジット危機が同時に進行したとき、日本・韓国・台湾が物資不足と金融不安の二重苦に苦しんでいるその同じ時間に、中国は備蓄と財政で国内経済を安定させている——という「回復速度の非対称性」が生まれ得る。この非対称性こそが、台湾海峡の計算を変え得るもっとも危険な要素である。

米軍の弾薬庫が空になりつつある

中国が相対的に余裕を保つ一方で、もうひとつの変数も動いている。アメリカ軍の消耗である。

FPRI(外交政策研究所、3月付)の分析は衝撃的だ。イラン戦争「オペレーション・エピック・フューリー」の最初の96時間で、米国・イスラエル連合は35種類・5,197発の弾薬を消費した。弾薬だけの補充コストは100〜160億ドル。史上最も集中的な航空作戦の開幕である。

中身が問題だ。巡航ミサイル「トマホーク」は72時間で300〜400発を使用。RTX社の年間生産能力は1,000発。消費した分の補充に53か月かかる。パトリオット迎撃弾は96時間で943発——年間生産能力620発の18か月分を4日で撃ち尽くした。THAAD迎撃弾は湾岸パートナー国の備蓄の3分の1以上が消耗。GBU-57大型貫通弾(B-2爆撃機専用)は残存約35発のうち8発を使用、補充は2028年以降。

さらに深刻なのはセンサー層の損害だ。イラン軍のミサイル攻撃で、カタールのAN/FPS-132早期警戒レーダー、複数のAN/TPY-2 THAADレーダーが破壊された。レーダー1基のガリウム使用量は約75kg。5,197発全弾薬に必要なガリウムが18kgなのに、レーダー1基だけで4倍以上を要する。そして世界のガリウム生産の98%は中国が握り、2024年12月に対米輸出を禁止している。壊れたレーダーを直す材料を、仮想敵国が握っている。

FPRIはこの構造を「リロード(再装填)の支配権」と呼び、「イラン戦争は、別の戦域での高烈度紛争に備えるための戦略資産を静かに出血させている」と結論づけた。撃ったトマホーク1発1発が、台湾海峡に向けられるはずだったミサイルである。

弾薬だけではない。物理的な兵力の移動も起きている。The Diplomat(3月14日)によると、韓国に配備されていたTHAADのランチャーとミサイル、パトリオットシステム、ATACMS戦術ミサイルが中東に移送された。Guardian(3月11日)は韓国の李在明大統領が反対しつつも「米国の決定を止めることはできない」と認めたと報じた。横須賀母港のイージス駆逐艦2隻もアラビア海に展開中。空母ジェラルド・R・フォードは300日超の長期展開で船内火災を起こし、修理に6〜12か月。The Diplomatの筆者はこう書いた——「言葉は安い。THAADのランチャーを韓国から抜き、海軍水上艦艇の3分の1を中東に送ることは、言葉とは真逆のメッセージを送る」。

RUSIの警告——「第三次湾岸戦争は台湾海峡戦争の予告編」

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のフィリップ・シェトラー=ジョーンズは3月11日、「第三次湾岸戦争(第三次オイルショックの間違い?)は、台湾海峡戦争がもたらす影響の予告編だ」と題した論考を発表した。

要旨はこうだ。ホルムズ海峡の封鎖は、世界の化石燃料の一部を止めただけでこれだけの経済的衝撃を生んでいる。だが台湾海峡で紛争が起きた場合、影響はこの比ではない。世界の海上貿易の60%がアジアを通過し、中国・日本・韓国・台湾の4経済圏で世界の名目GDPの4分の1以上を占める。グローバルな造船量の95%がこの3か国(中日韓)に集中している。アジアの海運が止まれば、世界経済は「重い風邪」どころでは済まない。

Bloombergは2月に「台湾有事のコストは10兆ドル(約1,550兆円)」とモデル推計した。中国のGDPは初年度に11%、米国は6.6%縮小するという。

ホルムズ危機が台湾有事に与える「二つの効果」

では、現在のホルムズ危機は、台湾有事の確率を上げるのか、下げるのか。

短期的には「下げる」方向に働く可能性がある。 理由は三つ。

第一に、エネルギーコスト。中国も原油高の直撃を受けており、大規模な軍事作戦を遂行する余裕が狭まっている。台湾への渡海侵攻には膨大な燃料が必要であり、原油100ドル超の環境では軍事的合理性が低下する。

第二に、米軍のプレゼンス。イラン戦争に伴い米海軍の空母打撃群がペルシャ湾周辺に展開しているが、「台湾海峡への武器供給は遅れていない」と米国防総省は明言している(Military Times、3月17日)。米情報機関が「中国は2027年の台湾侵攻を計画していない」と評価していることと合わせて読むと、少なくとも直近では現実性が低い。

第三に、習近平の政治的計算。4月のトランプとの首脳会談を控え、台湾周辺で挑発的な行動を取ることは得策ではない。貿易戦争とエネルギー危機を同時に抱えた中国にとって、米国との関係をこれ以上悪化させるインセンティブは低い。

しかし中長期的には「上げる」方向に作用する。 ここでプライベートクレジット危機と米軍の消耗が絡んでくる。

ホルムズ封鎖が長期化し、同時にプライベートクレジットのデフォルト連鎖が金融危機に発展した場合、日本・韓国・台湾は「物資不足」と「通貨・金融の毀損」という二重のダメージを負う。一方で中国は、先述の通り備蓄石油と財政出動で先に立ち直る。米軍はイラン戦争で弾薬と防空資産を大量消費し、インド太平洋の兵力は中東に引き抜かれている。

この三つの条件——①中国の相対的な経済的安定、②日本・韓国・台湾の経済的混乱、③米軍の弾薬枯渇とインド太平洋からの兵力引き抜き——が同時に成立したとき、北京の計算は変わり得る。

Reuters(3月25日)は、台湾当局が「中国が米国の中東への注意集中を利用する」可能性を警戒していると報じた。中国国営メディアはすでに米軍の兵器性能を批判し、台湾の防衛が弱体化する可能性を示唆する「認知戦」を展開している。同時に中国の台湾事務弁公室は「高速交通リンク」やエネルギー安全保障の提供を統一の条件として提示し始めた。「武力」と「懐柔」の両面作戦である。

もっとも現実的なシナリオは、実は正面からの軍事侵攻ではないかもしれない。Asia Times(3月)は「中国は武力よりも圧力と政治的吸収を優先する」と分析している。Lowy Institute(2025年5月)のVincent Soが論じた「北平モデル」——グレーゾーン作戦で台湾の意思決定を疲弊させ、「統一は避けられない」という空気を醸成し、最終的には「憲法的手続き」の体裁で吸収する戦略——は、台湾がエネルギー不足と金融危機で弱っているときにこそ効力を持つ。銃弾は一発も撃たれない。

ホルムズ危機は、シーレーンの脆弱性を世界中に見せつけた。中国の指導部は、自国のエネルギー輸入がいかに海上輸送に依存しているか、そしてそれがいかに容易に遮断され得るかを、今まさに身をもって体験している。

この教訓から導かれる中国の戦略的選択肢は二つある。一つは、エネルギー自給率を上げ、陸上パイプライン(ロシア、中央アジア経由)への依存を強め、海上リスクを下げる方向。もう一つは、「だからこそ台湾海峡と南シナ海の制海権を確保しなければならない」という結論に至る方向だ。

後者の論理が北京で支配的になれば、ホルムズ危機は皮肉にも台湾有事の下地を固めることになる。RUSI論文が指摘するように、「台湾問題が誰かの『内政問題』であるかのように振る舞うのは、現在の湾岸紛争が当事国だけの問題であるかのように振る舞うのと同じくらい馬鹿げており、無責任だ」。


複合危機の全体像——三つの爆弾が同時に鳴るとき

ここで、これまでの議論を一つの絵にまとめてみる。

第一の爆弾:ホルムズ封鎖(物資の危機)。 原油・ナフサ・LPGの供給途絶。製油所と石油化学プラントの停止。食料・医薬品の物流縮小。前回の記事で書いた「日本は5月にプラスチック不足、7月に給油制限、年末に餓死者」というタイムライン。

第二の爆弾:プライベートクレジット崩壊(金融の危機)。 2,650億ドルの時価総額消失。デフォルト率の急上昇。解約制限(ゲート)の連鎖。日本の金融機関のオルタナティブ投資損失の表面化。

第三の爆弾:円の信認毀損(通貨の危機)。 貿易赤字の急拡大。金融市場のトリプル安。日銀の政策的ジレンマ。輸入購買力の喪失。

そしてこの三つの爆弾が鳴り響く先に、もう一つの断層線がある。台湾海峡だ。先に書いた通り、中国は備蓄120日分の石油と財政出動のスピードで日本より先に立ち直り得る。米軍はイラン戦争で弾薬と防空資産を消耗し、インド太平洋から兵力を引き抜いている。この「回復速度の非対称性」と「米軍の空白」が重なったとき、北京の台湾に対する計算が変わるリスクが生まれる。

三つの爆弾が順番に鳴るのか、同時に鳴るのかで、日本の運命は大きく変わる。

順番に鳴る場合:前回描いた時間軸がほぼそのまま適用される。物資の危機が先行し、金融の危機は数か月のタイムラグを持って顕在化する。5月にプラスチック不足、夏に金融市場の動揺、秋以降に通貨危機——という段階的な悪化。台湾海峡も当面は静かなままだろう。中国自身が原油高で軍事訓練のコスト増に直面しており、短期的には台湾周辺の活動を抑制する方向に動いている。対応する時間はある。

同時に鳴る場合:時間軸が圧縮される。たとえばホルムズ封鎖が長期化する中で、5月頃にプライベートクレジットの大型ファンドがデフォルトを起こし、日本の金融機関の損失が一斉に表面化し、円が一気に180円、200円を突破するようなシナリオだ。この場合、「物資はあるがカネで買えない」という事態が夏よりも前に到来する。前回の記事で「秋」と書いた食料危機が、夏の手前に繰り上がる可能性がある。

そしてこのシナリオがもっとも危険なのは、日本・韓国・台湾が経済的に混乱しているまさにその瞬間に、中国が備蓄と財政で安定を取り戻し、米軍がイランで弾薬を撃ち尽くしている——という構図が完成することだ。RUSIが警告した「第三次湾岸戦争は台湾海峡戦争の予告編」というシナリオが、絵空事ではなくなる。必ずしも軍事侵攻である必要はない。エネルギーと金融の複合危機で疲弊した台湾に対して、中国が「北平モデル」——グレーゾーン作戦と経済的懐柔による静かな吸収——を仕掛けるには、これ以上ない好機になる。

いまのところ、プライベートクレジット市場は「弾け始めている」が「全面崩壊」には至っていない。Continuation Vehicle(継続ファンド)という仕組みで解約圧力を吸収しようとする動きもあり、2008年のリーマン・ショックのような即座の全面崩壊を想定するのは時期尚早かもしれない。だがCNBCが昨日報じたデフォルト率8%の警告は、「コントロールされた後退」が「制御不能な崩壊」に変わるリスクが高まっていることを示している。台湾海峡の静けさも、中国の軍用機が減ったことが「平和の兆し」なのか「嵐の前の静けさ」なのか、いまはまだ判断がつかない。


では、何を持っておくべきか

最後に、ごく実務的な話を書いておく。

この複合危機シナリオにおいて、資産と自分や家族を守る手段は大きく三つある。

米ドル。円が崩れる局面では最も直接的なヘッジになる。ただし外貨預金は銀行の信用リスクを負うし、金融危機の極端な局面では外貨送金制限(資本移動規制)の可能性もゼロではないし、以前のエントリーで何度も触れてきたことだが、日本が財政破綻でもしようものなら没収されるリスクも有る。なのでドルを保つならドル現金か、ステーブルコインなどにしておくほうがいいだろう(ステーブルコインはステーブルコインで、アメリカ政府に使用を制限・禁止されてしまうというまた別のリスクはある)。またこれも以前のエントリーで何度となく書いてきたことだが、アメリカは5000兆円以上の債務を抱える借金大国であり、さらに覇権が揺らぎつつある今日このごろだ。ドルは決して無条件に信用して良い資産ではないことを肝に銘じておくべきである。

金(ゴールド)。通貨の信認が揺らぐ局面では歴史的に最も強い資産だ。円でもドルでも信用できない最悪のシナリオでは、現物の金が最後の価値保存手段になる。ただし日常の決済手段としての実用性は低い。

現物の備蓄。食料、水、医薬品、日用品、カセットコンロのボンベ。韓国とフィリピンが教えてくれているのは、「カネはあるがモノがない」段階は思ったより早く来るということだ。そして円が壊れた場合、カネはモノを買う力を失う。

金融資産としてのドルと金は「円が弱くなるフェーズ」で有効で、現物は「モノが消えるフェーズ」で有効だ。複合危機では両方のフェーズが重なるか、あるいは短い間隔で連続するため、どれか一つに偏るのではなく、三つすべてに分散しておくのが最も堅い構えだと思う。


おわりに——「起きないかもしれない」は備えない理由にならない

この記事で書いたシナリオは、複数の「最悪」が重なった場合の話だ。ホルムズが来月開通するかもしれない。プライベートクレジットはContinuation Vehicleで収拾されるかもしれない。円は160円で踏みとどまるかもしれない。台湾海峡は当面静かなままかもしれない。

だが、「起きないかもしれない」は、「備えなくていい」とイコールではない。

1か月前、ホルムズ海峡が閉じることも「起きないかもしれない」ことだった。プライベートクレジットのデフォルト率が8%に跳ねることも、PE大手の時価総額が2,650億ドル消えることも、フィリピンのLPGが24日で尽きることも。それらはすべて「起きないかもしれない」ことだった。そして、すべて起きた。

前回の記事の最後に、「韓国とフィリピンは日本の未来を先に見せてくれている」と書いた。今回付け加えるならこうなる。プライベートクレジット市場は、金融危機の未来を先に見せてくれている。ゲートが閉まり、解約できず、「安全だ」と言われた資産が紙くずに変わる——その過程を、いまリアルタイムで見ているのだ。

物資の備蓄と、通貨の分散。どちらも「いまならまだ間に合う」ものだ。スーパーの棚にモノがあり、為替レートがまだ機能しているうちに。来月も同じことが言えるかどうかは、わからない。


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