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危機への備えと「キャズム理論」。あなたと周囲はどこにいるか?

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はじめに

2026年3月末、日本の日常は静かに、しかし確実に変わり始めている。

ガソリン価格は補助なしで220円/Lを超えた。スーパーではトイレットペーパーの棚が歯抜けになり、食用油の値札が先月と変わっている。SNSには「備蓄」「買い占め」という言葉が飛び交い、テレビでは有識者が「冷静な行動を」と呼びかけている。

こうした状況の中で、すでに備蓄を進めている人がいる。一方で、「まだ大丈夫だろう」と思っている人もいる。この差はどこから来るのか。そしてこの差は、今後どのような意味を持つのか。

マーケティングの世界に「キャズム理論」という考え方がある。新しい製品やサービスが社会に普及していく過程を、人々の行動パターンによって5つの層に分類したものだ。本来は技術やサービスの話だが、「危機への備え」という行動の普及にも、驚くほどよく当てはまる。

キャズム理論とは何か

1962年にエベレット・ロジャーズが提唱し、後にジェフリー・ムーアが発展させたこの理論は、新しいものの採用者を5つに分ける。イノベーター(革新者、約2.5%)、アーリーアダプター(初期採用者、約13.5%)、アーリーマジョリティ(前期多数派、約34%)、レイトマジョリティ(後期多数派、約34%)、ラガード(遅滞者、約16%)。

そしてムーアが指摘した最も重要なポイントが「キャズム(溝)」の存在だ。アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には深い断絶があり、ここを越えられるかどうかが普及の成否を分ける。

これを「危機への備蓄行動」に当てはめてみよう。

イノベーター──危機が存在しない時期から備えていた人たち

全体の約2.5%。この層は、2026年のホルムズ海峡封鎖に反応して動いたのではない。もっとずっと前から備えていた。

たとえば2018年。世界経済は比較的安定し、日経平均は2万円台、原油は60〜70ドル台。コロナウイルスもウクライナ戦争もトランプ返り咲きもホルムズ海峡危機も、影も形もなかった時期だ(ちなみになんで2018年を例に出したのかというと、私が備蓄を本格的にはじめたのがその年だったからである)。

そういう時期に備蓄を始めた人がいる。

彼らは「何が起きるか」を予測したのではない。「何かは必ず起きる」という前提で行動した。日本のエネルギー自給率が致命的に低いこと、食料自給率が先進国最低水準であること、グローバルなサプライチェーンが一点の障害で崩壊し得ること、日本の財政が持続不可能な軌道にあること。こうした構造的な脆弱性を理解し、平時のうちに備えた人たちだ。

東日本大震災の経験者かもしれない。安全保障の研究者かもしれない。歴史を学び、1973年のオイルショックや1990年代のロシア危機を知っている人かもしれない。あるいは単純に、「最悪を想定する」という思考習慣を持っているだけの人かもしれない。

この層の最大の特徴は、備蓄が「反応」ではなく「習慣」であることだ。特定のニュースに慌てて買い走るのではなく、日常の買い物の中で少しずつローテーションしながら積み増している。食料品は消費期限の管理をしながら常に一定量を維持し、カセットコンロのボンベや乾電池や医薬品を定期的に補充している。

だからこそ、コロナでマスクが消えたときも、ウクライナ侵攻で小麦価格が跳ね上がったときも、慌てずに済んだ。今回のホルムズ海峡封鎖でも、おそらく淡々と「予定通りの追加」をしている程度だろう。

周囲からは長年「心配しすぎ」「変わった人」と言われてきたかもしれない。しかし結果的に、彼らは何度も正しかった。正確に言えば、「正しかった」のではない。「どんな事態が来ても対応できる状態を維持していた」のだ。予測が当たったのではなく、予測に依存しない備え方をしていた。それが本当のイノベーターである。

アーリーアダプター──危機の初期兆候で動いた人たち

全体の約13.5%。2026年2月下旬、米国・イスラエルによるイラン攻撃やホルムズ海峡封鎖の兆候が出始めた段階で、備蓄を開始または強化した層だ(あるいは2025年のイスラエル単独のイランに対する攻撃を見て備蓄を考えた層)。

この層は普段から経済ニュースや国際情勢をフォローしている。英語の一次ソースに当たる人もいれば、信頼できるアナリストやジャーナリストのSNSを追いかけている人もいる。共通するのは、「これはまずい」と判断する能力を持っていることだ。

ガソリン価格がまだ158円/Lだった3月初旬の段階で、「これは一時的な変動ではなく構造的な問題だ」と読み取れた人たち。3月16日に民間備蓄の放出が始まったことを、「平時の対応では足りなくなった証拠だ」と受け止めた人たち。政府が緊急的激変緩和措置を打ち出した3月19日のニュースを聞いて、「一度止めた補助金を短期間で再開しなければならないほど事態は深刻なのだ」と理解した人たち。

投資をしている個人、中小企業の経営者、金融機関に勤める人、過去の災害経験から危機感度が高まった人などが多く含まれる。

ただし、イノベーターとの決定的な違いがある。アーリーアダプターは、平時には備蓄をしていなかった、あるいはしていても少なかったたという点だ。情報感度は高く、判断力もある。しかし行動のトリガーは依然として「イベント」に依存している。危機が見えない時期には行動しない。危機の兆候を「読める」が、危機が存在しない世界を「疑う」ところまでは至っていない。

ここにイノベーターとアーリーアダプターの間の、小さいが本質的なキャズムがある。「世界は壊れ得る」という前提を内面化しているか、「普段は大丈夫だが今回は違うかもしれない」と判断しているか。同じ「備蓄している人」でも、その動機と準備の深さはかなり異なる。

キャズム──最大の断絶はここにある

ムーアが指摘した「キャズム」、つまり最も深い溝は、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある。

2026年3月末の今、我々はまさにこの溝の上にいる。

アーリーアダプターまでは「自分で判断して動く」人たちだ。情報を集め、分析し、リスクを評価し、自分の意思で行動する。しかしアーリーマジョリティは違う。彼らは「周囲が動き始めたのを見て動く」人たちである。

この溝を越えるトリガーは何か。おそらく、日常の中で危機が「可視化」される瞬間だ。

スーパーに行ったら、いつもある商品の棚が明らかに空いていた。ガソリンスタンドで「お一人様20Lまで」の張り紙を見た。職場のランチタイムに同僚が「うちは米を多めに買った」と言っていた。テレビのワイドショーで「備蓄特集」が組まれた。自治体から備蓄の呼びかけのメールが届いた。子どもが学校から防災プリントを持って帰ってきた。

こうした「自分ごと化」の瞬間が、キャズムを越えるトリガーになる。そしてこのトリガーが引かれたとき、社会は一気に次の段階に進む。

アーリーマジョリティー──「みんながやるなら自分も」の層

全体の約34%。4月以降、数週間から数か月の間に動き始めると予想される層だ。

テレビや新聞、あるいはメジャーなネットメディアを主な情報源とし、SNSも使うがフォローしているのは友人やタレントが中心で、地政学アナリストや経済評論家ではない。アーリーマジョリティーは必ずしも情報感度が低いわけではない。ただ、日常が忙しいのだ。仕事があり、家事があり、子育てがあり、介護がある。ホルムズ海峡がどこにあるかを地図で確認する暇がない。

しかし、生活に直結する情報にはしっかり反応する。ガソリン代が家計を圧迫し始めれば気づく。スーパーの食用油が先月より100円高くなっていれば気づく。ママ友のLINEグループで「お米買っておいたほうがいいらしいよ」という一言が回ってくれば、動く。

この層の行動原理は合理的だ。限られた時間と注意力の中で、「周囲が動いている」という情報を行動の根拠にすることは、進化的に見ても効率的な戦略である。問題は、全員が同時にこの戦略を取ると、需要が一気に跳ね上がるということだ。

アーリーマジョリティーが動き始めた瞬間、供給網には巨大な負荷がかかる。棚が空になる。空になった棚の写真がSNSに投稿される。それを見てさらに多くの人が買いに走る。品薄が品薄を呼ぶ正のフィードバックループが回り始める。

ある意味で、この層の行動開始が「パニック買い」の本番の始まりである。

レイトマジョリティー──「まだ大丈夫」が口癖のある意味「最悪の層」

全体の約34%。事態がかなり悪化してから、ようやく動く層だ。

この層を支配しているのは「正常性バイアス」である。人間の脳には、異常な事態に直面しても「まだ普通の範囲だ」「自分だけは大丈夫だ」と思い込む傾向がある。これは平時には精神的な安定を保つために有効な機能だが、危機時には致命的な遅れをもたらす。以前の記事で言った「冷静屋」の一部はここに入る。

「日本で物資不足なんて起きるわけがない」「政府が何とかするだろう」「テレビで言ってないからまだ大丈夫」。こうした考えが支配している間は動かない。彼らは知能・見識が人よりも高いと自認しているものが多く(実際本当にそうかはわからない)、「まわりの愚民なにするものぞ」と軽蔑の眼差しで見ている。実際はせいぜい平均レベルであるにも関わらず(むしろ周囲の状況をちゃんと認識して独力で情報の吟味ができないという意味で彼らはあまり地頭が良い方ではない)無駄にお高く止まっており、大衆に逆らう自分に酔っているきらいがある。認知能力へべれけな連中に何を言っても無駄なのだ。

彼らが動くトリガーは、「自分自身の体験」だ。報道ではなく、自分の目で見たこと。いつも行くスーパーで米が売り切れていた。ガソリンスタンドに30分並んだ。電気代の請求書が先月の倍になっていた。こうした原体験がないと、行動に結びつかない。それも一回だけでは駄目だ。レントマジョリティー(冷静屋)は正常性バイアスが極めて強固なので、一度や二度そういった光景を目にしただけでは動かない。「たまたまだろう」「今は品物の入れ替え季節だし」「発注の都合かもしれない」そんな自分に取って都合の良いストーリーをかってに作り出して、行動しない理由をこれでもかというくらい作り出す。そしてまた冷静でいる自分と慌てて品物を抱え込む大衆を見て、自分は知的で冷静な人間なんだと一人ほくそ笑んでいるナルシストである。

一番迷惑な人達

高齢者にも多そうなイメージだが、年齢に関係なく存在する。むしろ「今まで大きな危機を経験したことがない」世代──1990年代以降に社会に出た世代──にも広く分布しているかもしれない。バブル崩壊もオイルショックもリアルな記憶としては持っていない世代だ。

この層が動く頃には、すでに品薄は深刻化している。備蓄したくても、物理的にモノが手に入りにくくなっている可能性が高い。ここに来てようやくレントマジョリティー(冷静屋)は自分が賢くも地頭が良かったわけでもないことを悟る。スーパーやコンビニに駆け込む。しかしものがまったくない。そして手に入らないことへの怒りと不安が、さらなるパニックを生む。いつもの自称「知的で冷静」な仮面などアスファルトの上に叩きつけて、次から次へと店をはしごするのはこういう連中である。おそらく今回のキャズム理論で取り上げた中で、一番はた迷惑なのがこのレントマジョリティーだろう。頑なでうぬぼれが強く他人の意見や周りを見るということしない。さらに、少なくとも自分自身が思っているほど賢くも冷静でもないので、一度タガが外れると、傍若無人な振る舞いで物資を買い漁るようになる。こういう連中のナルシシズム的行動原理こそが、社会を破壊する最も大きなちからになってしまうのである。全5種類の人間のうち、最も愚かなのがこのレントマジョリティーで間違いない。正直言って私はこの手の連中を軽蔑している。いざとなったら「クレクレ君」になるのもこの層(冷静屋)が多いからだ(次点はアーリーマジョリティー)。こういううぬぼれだけのバカ連中には飢餓なり疫病なりの天罰が必要だと思っているのは私だけではあるまい。

ラガード──動かない人、動けない人

全体の約16%。最後まで備蓄行動を取らない層だ。

ここには、性質の全く異なる二つのグループが含まれている。

一つは、「動かない」選択をしている人たちだ。何が起きても自分の生活スタイルを変えないという信念、あるいは「なるようになる」という達観を持っている。備蓄を勧められても「そんなことをしても仕方がない」と答える。ある種の哲学とも言えるし、諦観とも言える。ただし農家や漁業などの生産に携わっている人だったり、自然農法を実践している人ならばこの限りではない。彼らはかかる自体において最強の生存者にもなり得るからである。

もう一つは、「動けない」状況にある人たちだ。経済的余裕がなく、日々の食費を切り詰めている状態で備蓄に回す余裕がない。施設に入っている人。一人暮らしの高齢者で情報にアクセスする手段が限られている。身体的な制約があり買い物自体が困難。社会的に孤立しており、「備蓄したほうがいい」という情報自体が届かない。

後者は「選択しなかった」のではない。「選択肢がなかった」のだ。

そして危機が深刻化したとき、最も大きな被害を受けるのは、まさにこの層である。物価は上がり、棚は空き、支援は遅れ、情報は届かない。社会のセーフティネットが最も必要とされるのはここだが、危機時にはそのセーフティネット自体が機能不全に陥りやすい。この層の存在を忘れてはならない。ただし前者の哲学的ラガードについては自分の信念の結果飢えたり生活物資が亡くなっても、決して他人にたかるべきではなと考える。ちゃんと自らの心の宗教に準ずるべきだろう。もしそれが天地神明に誓え無いのであれば、そんなくだらない思想だの哲学などは今すぐかなぐり捨て、備蓄なり農耕・狩猟・漁業などの生産に走るべきなのだ。できなければこのラガード層から国家社会がほつれていく。自己責任をまっとうできるならある意味一番いさぎがいい層であり、生き意地汚く他人にたかるのであればレントマジョリティーの冷静屋と同じくらい醜いのがこのラガードだちである。

備蓄行動の普及曲線が教えてくれること

ここまで五つの層を見てきて、一つ重要なことに気づく。

「備蓄行動の普及曲線」は、そのまま「パニックの発生メカニズム」と重なっているということだ。

イノベーターとアーリーアダプターが静かに備えている段階では、供給網への影響は微々たるものだ。全体の16%程度にすぎない。しかしキャズムを越えてアーリーマジョリティが動き始めると、需要は一気に34%分増加する。さらにレイトマジョリティが追随すれば、合計で84%が同時期に買い求める。物流も小売も、そんな急増には対応できない。

つまり、問題の本質は「備蓄する人が多すぎる」ことではなく、「備蓄する人が同時に動きすぎる」ことにある。

もし全員が2018年からイノベーターのように少しずつ備えていたら、2026年3月にパニック買いは起きなかっただろう。もしアーリーマジョリティが3月初旬の段階で少しずつ動いていたら、4月以降の棚の混乱は大幅に軽減されただろう。備蓄行動は、早ければ早いほど、少しずつであればあるほど、社会全体への負荷が小さくなる。

遅く、一斉に、大量に動くことが、パニックを生む。早く、静かに、少しずつ動くことが、パニックを防ぐ。これは個人の心がけの問題であると同時に、情報の伝え方と社会の構造の問題でもある。レントマジョリティーや一付のラガード=冷静屋は事極まるまでこれが理解できないから愚か者なのである。

あなたはどの層にいるか

この文章を読んでいるあなたは、おそらくアーリーアダプターか、それに近い層だろう。noteで経済や危機管理に関する文章を読むという行動自体が、情報を自ら取りに行く姿勢の表れだからだ。

もしあなたがまだ何も備えていないなら、今が動くタイミングだ。キャズムを越えてアーリーマジョリティが殺到する前の、まだ棚にモノがある時期に、少しずつ、冷静に、計画的に備えることが、最も合理的な行動である。

もしあなたがすでに備えているなら、極めて近しい周囲の人にこの話をしてほしい。煽るのではなく、「少しずつ買い足しておくといいよ」と伝えるだけでいい。一人でも多くの人がキャズムの手前で動けば、その分だけ、キャズムを越えた後の混乱は小さくなる(ただし、そういうことを他人に言うと、いざ世の中が乱れた際にたかられるリスクもあるので、信用のおける人・本当に大切な人のみに言うこと)。

そしてもしあなたが、何年も前から静かに備えてきたイノベーターなら、おそらくこの文章に新しい情報はほとんどないだろう。ただ、あなたが「変わった人」扱いされながらも続けてきたことの意味が、今まさに証明されつつある。それだけは伝えておきたい。

おわりに

危機への備えは、悲観主義ではない。

「最悪は来ないだろう」と信じることと、「最悪が来ても大丈夫なようにしておく」ことは、矛盾しない。前者は希望であり、後者は理性だ。両方を持つことが、危機の時代を生きる人間にできる、最も賢明なことだと思う。

そして備蓄とは、究極的には自分だけを守る行為ではない。自分が慌てずに済むということは、パニックに加担しないということであり、本当に困っている人に物資と注意を回す余裕を持てるということだ。

早く備えた人が多いほど、社会は脆くならない。それが、キャズム理論が危機管理に教えてくれる、最も大事な教訓である。


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