【美術展2025#47】浮世絵現代@東京国立博物館 表慶館
会期:2025年4月22日(火)~6月15日(日)
日本の木版画の技術は、江戸時代の文化の中で独自に発展し、浮世絵という力強く華やかな芸術を生み出しました。「浮世」という言葉には「当世風の」という意味があり、浮世絵 版画はまさにその時代と社会を色鮮やかに映し出すメディアでした。
写楽や歌麿、北斎の浮世絵を生み出したこの高度な木版画の技術は、途切れることなく、現代まで職人たちに受け継がれています。山桜の版木を使い、和紙に墨と水性の絵具で摺り上げることで生まれるシャープな線や軽やかな色彩は、唯一無二のものです。伝統の技術は、同時代の人々の心をとらえる作品を生み出し続けることで、さらに次代へと継承されていきます。
この展覧会は、伝統木版画の表現に魅了された様々なジャンルのアーティスト、デザイナー、クリエーターたちが、現代の絵師となり、アダチ版画研究所の彫師・摺師たちと協働して制作した「現代」の「浮世絵」をご覧いただくものです。
総勢約80名のアーティストたちの木版画を通じて、現代から未来につづく伝統の可能性をご鑑賞ください。
前回はこんなだった表慶館が↓

いつもの表慶館に戻っていて一安心。

今回の表慶館の展示は、特別展の「蔦屋重三郎展」か「イマーシブシアター」のチケットを持っていたら当日に限り無料で見ることができた。
なのでおまけ的な位置付けなのかと思いきやとんでもなかった。
結論から言うととても素晴らしかった。

今回の主役は「公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団」なる木版画工房(兼版元)だ。
木版画は絵師、彫師、摺師の三者の共同作業によって制作されるが、アダチでは彫師と摺師の育成を行っている。
なんとしても世に良作を出すのだ、後世に継承するのだという版元としての使命感、そしてそれを実現するための技術と矜持が素晴らしすぎた。
展示は5つの章から成るがメインは第4章。
そのため1〜3と5はざっくりと紹介する。

浮世絵と現代漫画の類似性、親和性に言及しながら漫画を版画化した作品群。



美術に関心が薄い人への撒き餌的な位置付けか。
人によってはこちらが目的という人もいるかもしれない。
前回のキティ展的な空気感が漂う。
まあ、無料で見られる企画だからこんなもんかなとか思ったりしていたら、徐々に美術の圏内へ引き込まれていく。
続く第2章。

北斎が手がけた着物のパターン集「北斎模様画譜」の版木が1986年にボストン美術館で発見されたのを機に、現代でも通用する北斎のデザイン性に注目した4名のデザイナーによる北斎の再解釈。


(右)《北斎さんの色メガネ1,2》浅葉克己 1987

(右)《奴さん》佐藤晃一 1987
第3章。

近代における木版画の需要縮小に伴って失われていく伝統。
存在意義が問われる中での新たな方向性の模索と実験。



フンデルトヴァッサー 黒川紀章
鮮やかな色使いが特徴的な靉嘔の作品の木版画化への挑戦。
異形の造形作家の平面的表現の模索。
建築家との協働。
新たな表現を探る。
そして今展のメインパート第4章。

現代アーティストたちを絵師として迎え、彫師・摺師と協働する。
・加藤泉

パステル画のタッチを木版で表現する。
彫師、摺師の技術に感銘を受けた絵師(加藤泉)は2023年にも再度協働を行う。

・田名網敬一

昨年の新美術館での大規模な個展が記憶に新しいが、残念ながらその会期中に亡くなってしまった田名網氏。

氏の作風と版画は相性がいいとは思うが、彫師は大変だ。

彫師イカれてる(いい意味で)。

・花井祐介

人が彫って人が摺る。そこから伝わる作品が持つ力というのは「ただデジタルで作ったものとは違う」と僕は信じている。
第4章では、各作家のインタビュー映像が流されているのだが(※無い人もいる)、その内容がとても良い。
中には当初木版画での表現に対して半信半疑なスタンスの作家もいたりするのだが、実際にアダチの技術を前にするとどの作家も皆一様に感動し、彫師、摺師への深いリスペクトが生まれる様子が映し出される。
・山口晃

《新東都名所 芝の大塔》2014
山口氏の作風も木版画と相性は良さそうだ。
・草間彌生




彌生御大は弟子に支えられながら筆を持つ。
まさに命を削って絵を描いている。
その絵師の気迫に彫師も負けていない。

・李禹煥

今日、AIやいろいろなものに頼めばもっと正確、単純、簡単にそれらしいものは作れる。それは僕も知っているけれど、僕はそういう「答え」のようなものはやりたくない。木版画に関心が高いのは「木」という自然の素材であること、できるだけ人間の行為という、人間が使う道具や、人間のコンディションなど、様々な要素が微妙に作用しながら面を摺っていく。そういう得体の知れなさ、計り知れない何か、いろいろな可能性がうごめいている。それがあるからこそやってみたくなる。
計画通りにするのかというとそうじゃないということを知ってもらいたい。
これは版画で原画はこうなっていない。これは摺るという独特な1つの表情表現が加わることによって、原画と違う次元の何かができたのであって、原画を再現したものではないことをわかって欲しい。
絵師(李禹煥)の筆跡を細部まで執拗に彫り、そしてグラデーションを摺る。
原画を見事に新たな作品へと昇華させている。
絵師から彫師、摺師への賞賛とリスペクトが作品の完成度を物語る。

こちらの画材はアクリル絵の具
・横尾忠則

我が家にも横尾忠則の木版画がある。

歌川広重《六十余州名所図会》の横尾的解釈。
絵師:横尾忠則、彫師:木島重男、摺師:板倉秀継。
彫師も摺師も日本トップレベルの名工だ。
だが版元の京都版画院は残念ながら廃業してしまった。
アダチはそうならないように存続をかけて財団化し、技術保存、後継者育成、啓蒙普及に力を入れてきた。
それは伝統文化の継承ということだけにとどまらず、新たなジャポニズムを生む力となりうるかもしれない。
現在は内閣府所管の財団法人へと移行しているというが、国側のしっかりとした後押しにも期待したい。
・アントニー・ゴームリー

当時の浮世絵は今で言うNetflixだと思います。当時のあらゆる階層の人々がどんな日常を送っていたのか見ることができます。人々の暮らしが捉えられ残されました。これは私にとってインスピレーションとなっています。
私がアダチとのコラボレーションでやろうとしているのは、内部の空間と外側の空間の間の関係が何なのかと言う考えです。
背景の黒はゴームリー本人が100枚の和紙に墨で直接描いた。
そのため一点一点違う。
絵師(ゴームリー)から「画面の一番明るい部分に人物を置いてほしい」という注文があったため摺師は一点一点見当の位置を変えて摺った。
木版画は決して複製品ではないということを如実に語る逸品。
・塩田千春

実際に工房に行って作業を見た。
人間の限界の域に行くほどすごく細かく丁寧に仕事をされていて、何度かヨーロッパの方で版画をやったが、全然こだわりが違うと思った。
クレヨンの筆跡や水彩の滲みを木版で表現する。
彫師と摺師の技術やこだわりは狂気すら感じさせる。
絵師(塩田)は、大体このくらいかなあという感じで赤い色味を用いたというが、摺師はその赤に徹底的にこだわる。
その結果、絵師に「私が描いたものよりもよっぽど良い」と言わせるほどの出来栄えに。
・名和晃平

同じ版木を用いており、《wave,B》は摺りの圧で和紙の表面に凹凸をつけている。

デジタルの画面では表現できないマチエール。
最終の第5章はアダチ財団の取り組みを紹介する。

新たな絵師の発掘。
彫師、摺師の技術育成と継承。

第2回アダチUKIYOE大賞 大賞

第3回アダチUKIYOE大賞 大賞
展示を振り返ると、いつの場面でも彫師、摺師は絵師の原画に敬意を持ち徹底的にこだわって制作していた。
絵師も彫師、摺師の技術を賞賛しリスペクトしていた。
そして、このデジタル時代に「コンピュータやAIにはぜってー負けねえ」という気概と反骨精神を持って制作する三者の関係が美しかった。
ということで、そもそも私自身も当初は特別展の「蔦屋重三郎展」に合わせた色物企画かと思っていたが、展示を見終わった後はむしろこっちをやりたかったから「蔦屋重三郎展」を企画したのではないかと思うくらい充実した内容だった。
「蔦屋重三郎展」とは会期も全く同じ設定なので、両方で一つの展示として見ることでまた新たな未来が見えてくるような気がした。
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