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【美術展2024#96】現在地のまなざし 日本の新進作家 vol.21@東京都写真美術館

会期:2024年10月17日(木)〜2025年1月19日(日)

「日本の新進作家」展は、写真・映像の可能性に挑戦する創造的精神を支援し、将来性のある作家を発掘するために、新しい創造活動の展開の場として2002年より継続して開催しています。21回目となる本展では、社会、環境、人と人との関係性を自身の立ち位置から問い直し、写真を通して世界の断片を提示する5 名の作家たちの試みを紹介します。

私たちは、これまで当たり前と感じていた価値観が揺らぐような数々の出来事に直面し、変化のある時代に生きています。写真表現も、技術の進歩と普及、表現手法の多様化にともない、その環境は激変しています。本展の出品作家たちは自身の感性にしたがって世界と向き合い、独自の視点で思考を深めて作品として提示します。生物や日用品など身のまわりにあるささやかな存在に目を向けて、時間を留める手法として写真を扱う大田黒衣美、自身が暮らす土地の仮設的とも言える変化を止めない風景を、淡々と観察し、記録し続けるかんのさゆり、ドキュメンタリーの視点と虚実を混ぜたイメージで現実をあぶりだす千賀健史、一般的な概念にとらわれず個と個の距離と関係性を切り取る金川晋吾、かつて誰かが見た光景を通じて、見るものが持つ記憶を喚起させる原田裕規。表現する手法として写真を選びとり、しなやかなまなざしで現実をとらえる作家たちの作品は、現在を生きる私たちにいつもとはすこし異なる角度から世界を見る視点を与えてくれます。5 名の作家たちの多様な試みを通して、今日の、そしてこれからのまなざしの可能性を改めて見つめる契機となることでしょう。

東京都写真美術館


東京都写真美術館にて、アレック・ソス「部屋についての部屋」から階を移しての企画展。

2002年より継続開催し今年21回目の今回は5名の作家を取り上げている。


・大田黒衣美

〈sun bath〉より
〈sun bath〉より

ふらりとやってきて昼寝をしていくネコの背中にチューイングガムの作品を乗せてシャッターを切るそうだ。
ひそやかな時間を写真に封じ込めているような感じ?
作品の意味は正直よくわからないが、私も幼少の頃ネコを飼っていたことがあり、やはり寝ているネコの背中に色々乗せてみたりしたことがあるのを思い出した。
そんな私小説的世界観を表出しているという理解でよいのかな?

娘にしまじろうを乗せられた我が家のルンバ
(ちょっと違うか)


〈sun bath〉より

写真とともに小さな絵画も並べられている。
プロフィールを見ると東京造形大の絵画を卒業後、東京藝大院の油画を修了しているので元々は絵画畑出身の人のようだ。

飲んだくれオヤジがいる。
「蒸発」中の金川氏の父親じゃないよな(後出)


・かんのさゆり

〈New Standard Landscape〉より

自身の出身地でもある宮城県をはじめとした東北の震災後の風景が並ぶ。
新たに道が作られ、家が建てられ、風景は塗り替えられていく。

〈New Standard Landscape〉より

新築の家が立ち並ぶ。
地名は変わらないが風景は大きく変わった。
生活感のない新しい景色。
だが震災以降に生まれた子どもたちはこの風景が故郷となる
考えさせられた。


・千賀健史

《窓のある風景》#1  #2  #3
《窓のある風景》#5  #6

身の回りに潜む闇を可視化する。
闇は私たちのすぐ隣に存在する。
自分とは全く関係ないだろうという生き方をしていても、タイミング次第ではふとそこに接点が生じるかもしれない。
写真に写る「誰か」
タイミング次第では私もその「誰か」になってしまうのかもしれないという恐怖を感じた。


・金川晋吾

〈father〉より
〈father〉より

「蒸発」を繰り返す父を撮った作品群。
なかなか複雑な環境で育った自身の私的なエピソードを赤裸々に語る。
近い存在である人間のことが、実はよくわからない。
私も親になって感じるが、最初は自分たちの「分身」であったはずの「子」は、いつの間にか「個」となり、そして別の人格を持った一人の人間になっていく。
手が届きそうで、手が届かない。
人間関係の中で誰にでも多かれ少なかれ存在するそんな繊細な部分に気付かされた気がした。


〈明るくていい部屋〉より

こちらのシリーズは自身の日々の生活を撮った作品群。
こちらでもなかなかパンチの効いた生活が描きだされる。
男女男ドリカムスタイルで暮らす日々。
はそれぞれのの「パートナー」でもある。
(ちなみにこのは今年の「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」展で物議を醸したパフォーマンスを行った百瀬文氏である)

私とは全く違う感覚や価値観での生活は、はっきり言って共感はできない。
だが、作品として見た時には、静けさの中にもインパクトがあり、そして今でももやもやしたものが残っている
それが作品としての強度なのかもしれない。

〈明るくていい部屋〉より


各々が覚悟と矜持を持って、各々のフィルターを通して「各々の現在地のまなざし」を切り取っていた。
それらは「世界の現在地のまなざし」の断片でもある。



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