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にゃくいちさん 十二話

 言いにくさを押し隠しているような乗務員の態度は、李亜の神経を逆撫でたようだ。彼女は嫌悪感を含んだ視線で彼を凝視する。
「あたしが一人でこの船に乗ったという事ですか!?」と捨て鉢気味に乗務員にそう言うと、その男性乗務員は苦笑を交えながら「落ち着いてください」と丁寧に李亜を宥める。
 彼女が案内されたのは、落ち着いた木の風合いの装飾の「カンブ―ザ」というレストランの個室。スウエット姿にサンダル履きの李亜の服装はそこにも馴染んでいないが、彼女はそんな事を全く気にしていない。露悪的ではないにしても、それが投げやりな態度を強調させている。
「システムがどうのこうの言うてましたやんか? よーわからんけど、さっきは自分らの手違いや言うてて、今度はあたしが間違ってるっておかしないですか?」
「それはどういう事でしょうか? はじめから東様は、最上級のペントハウスをお一人でご予約いただいております」
「いやいや。なんやったら、港に連絡して下さい。運営の責任者の久慈とあたし電話で話したで」
「確認しましたが、東様はお一人で乗船しております」
「いや、それ、おかしいですやん?  なんでそうなるんよ。ほな、部屋を案内した背の高いオッサン呼んでや。手違いがあったから、お詫びに部屋にある服やなんやかんやは好きなだけお持ち帰りください言うてました」
「お詫びとかでなく、そもそも最上級のお部屋はそういうサービスです」李亜の苛立ちが募る。彼女はテーブルを平手でバンと叩きながら、男性乗務員に食ってかかった。
「は? 服を何でも持ってかえっていいというサービスなんて、そんなんありますの? とにかく、ここに背の高いオッサンを呼んで下さい。ほんの少し前の事や。確かにそう言うとったし、そのオッサンにあたしは春松と二人で案内されたんです」男性乗務員は戸惑ったように「少々お待ち下さい」とだけ言い、部屋を出て行った。
 李亜はソファに腰掛けて、足を組みながら貧乏揺すりをする。その動作に落ち着きがないのは明らかで、悪態をつきながら、テーブルのコップに注がれた水を一気飲みした。
「クソが……」と李亜はさらに一言漏らす。
「お待たせしました」乗務員が再び顔を出すと、李亜は隣の男を見て更にイライラした。
「それ、誰やねん!」
「私が東様を先ほどお部屋にご案内いたしました、バトラーの久慈です」
「ちょ、あんたらあたしをおちょくっとるやろ?  バトラーかなんか知らんけど、なんちゅうか、もっと背の高いオッサンに、あたしは部屋に案内されたで」
「私が東様の担当をしております、バトラーの久慈と申します」
「いやいや、二回も名乗らんでええし。ほんで、あんたとちゃうやん?  ほな、あの背の高いオッサンは誰やってん?」
 久慈はバトラーとしての矜持を誇示するかのように、あくまで落ち着いて、紳士的に振る舞おうと努めている。乗務員も困惑を悟られないように、申し訳なさそうな顔を作っている。
「もうええ。もうええです。ってか、なんで全員久慈やねん。お前ら、何者やねん」と吐き捨てる李亜。乗務員がその剣幕に気圧されながらも「ちなみに、お食事はここで召し上がりますか?」と尋ねる。李亜は「はぁ? メシの話なんかしてへんやん。いらんっちゅうねん! なんでそんな事を聞くねん」と怒鳴りながら、立ち上がり「こんな船に乗っとったら気ぃ狂うわ」と吐き捨てて、部屋を出ようとドアを開けた。
「あの、東様。大変申し上げにくいのですが」とバトラーの久慈が恐縮しながら話しかける。「なんやねん!  何の用があんねん!」
「ルームサービスでご注文されたお食事が出来上がっております」
「誰が頼んだか知らんけど、いらんわ!」
「お料理が冷めてしまいますし……」
「知るかっ。ってか、お前らあの久慈とグルか?」と怒りの色を口びるに宿して、李亜は二人に喰ってかかる。
「いいえ。東様のお怒りは重々承知しておりますが、これには理由がありまして」
「あぁ?  もうええ。とにかく、あたしはこの船を降りるわ!」と李亜は言うが、久慈の「お代もいただいておりますし……なにより、もう出航していますので下船はできません」という言葉が彼女の神経を逆撫でしたようで「もうええわ!」と彼女は捨て台詞を吐いてレストランを出る。
「どないやっちゅうねん」と呟きながら、彼女はトイレへと入った。そして個室に入った瞬間、彼女はその場で凍り付く。
「なっ……」と声にならない声を上げる。そしてすぐに通路へ飛び出した。
「すんません!」彼女は大声をだすと、すぐさま先ほどの乗務員とバトラーの久慈が彼女の側に駆け寄った。
「と、トイレに……」彼女の声が上擦ったように震えている。
「ちょ、トイレ、赤ちゃん……血まみれ」と彼女が泣きそうな声になっている。「え?」二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐにトイレの中に入り、李亜の指差す先を見る。しかし、そこには血の跡も何もない。その前で李亜は「確かに見たんや。血まみれの赤ちゃんやった」と弁解するが、久慈はすぐに冷静な表情に戻り「東様、落ち着いて下さい」と彼女を宥める。
「いや、でも……」
「大丈夫ですから」とバトラーの久慈は彼女の肩に手を置きながら微笑んだ。
「あ、あの……あたし、ちょっと、どうしたらええんや……」と李亜は訴える。
「東様。お部屋までお送りいたします」バトラーの久慈がそう言うと李亜は「いや、ええです。一人で行けますし」と手を振る。
「とにかく、行きましょう」久慈は優しく微笑む。しかし李亜は気が動転しているのか、その場を動こうとはしない。久慈が彼女の腕を掴もうとすると振り払われる始末だ。
「いえ。ここから動いていただかないと、我々が困るのです。東様。二本木に着くまでお部屋にいてください。最大限のサービスをいたしますので、ご容赦ください」と久慈は穏やかに彼女に語り掛けた。


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中島亮 一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!