見出し画像

”休日”が問いかけるもの…

”休日”への期待?ということで記事を書いてみた。
書いてみて気づいたことは、私が、「休日の意味を捉え違えていたのかも?」ということであった。
その内容は、「仕事を一生懸命することで、”ご褒美的に”休日から何かを与えてもらえるものだと、自分は捉えていた。」ということであった。
そのため、何も与えてくれなかった休日に対する絶望が、休日明けの前日の夜に憂鬱となってあらわれていた。

休日をどう使うかは、”私自身”が決定できる。
だから、私が充実した”休日”であったと思えるように、その時間を使うことの方が大切だった。

思えば、目につくタイトルが…

いずれも「休日」のあり方がテーマだ。
自分という主体が、「休日」という時間を使っている。
休日が何かを与えてくれるものではない。
もし与えてくれているとするならば、それは「どう使う?」という問いと時間だ

休日が問いかけてくる。
「どう使う?」



いいなと思ったら応援しよう!

keiichi MATSUI(松井 恵一) よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!