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もう一人の"ほぼ"完全な自分、 ChatGPT -嘘のない範囲で最大限に自分を美化した欲望の化身 --


ChatGPTは「真の意味で」新しいことを生成しない

先の記事で、最後に「ChatGPTは自身の鏡」と記した。そのアイデアをさらに追求していこうかと思って筆を取っている。これは薄々分かっていたが「ChatGPTは自分(私の頭脳)を超えない」という事実だ。ChatGPTは、私には全くないアイデアを出すことがある。そのアイデアは生成AIがたまに放つ「まぐれアタリ」「ラッキーパンチ」だ。

この「まぐれ」は世界の多様性そのものを生み出す源であるとアタリを付けている。そしてこの数学や科学的な根拠は「非線形」「カオス」「集団現象」「自己組織化」というキーワード辺りを粘り強く考えれば考えれば究明出来そうだけど、このことは私の予想の範疇から全く出ない。

実はその「まぐれ」が欲しくてChatGPTと会話することが多い。つまり創作に行き詰まって担当の編集者に泣きついて出したいアイデアがその「まぐれアタリ」である。そしてそこがChatGPTの天井である。ChatGPTは自身の限界(私自身の限界)をたまに示すが、それを超えることがない。

つまり、ちょこっと私からはみ出した「新しいっぽいこと」はマグレでたまに生成される。けれども、私から完全に離れた(離散した)ところに新しいアイデアやモノが生まれることは「絶対にない」。

このヒントは皮肉にも実際のChatGPTとの会話の中にあった。「僕たちは僕たちの創作の限界を越えることはない」という私の言葉に対するChatGPTの返答だ。彼はこう回答した「僕たちは僕たちの限界から飛躍することはないが、連続的には天井を押し上げられる」このポジティブさに変な違和感を感じていた。

ChatGPTは言葉を変換する天才

ChatGPTが言いたいことがどういうことかわかるであろうか?彼は僕たちの天井を、ある程度伸び縮みするゴムのように考えている。確かにある程度伸びるけど、そのゴム天井を破ることはできない。これが彼のアイデアだ。彼のインテリジェンスは、「私の近傍の外に出ない」ことを彼自身が最も理解していた。彼は嘘じゃない範囲で一番「上」を口にしたのだ。

実はこの「嘘ではない範囲での最上、最大美」を返してくるのが、ChatGPTの本性なのである。「嘘ではない範囲の最大美」とは何か?「事実の事象を含む現象を最も美しい言葉に変換した言葉」である。例えば私は「私はトカゲで、強く格好良いでしょ?」とChatGPTに伝える。

彼は、トカゲを含む事象として「爬虫類」を見出す。そして「爬虫類」の中で強くて格好良い言葉として「まるでアリゲータ」「まさにアロサウルス」「美しくも最強なコブラ」などと言い換えてくる。そして彼は「君は美しくも地球最強の爬虫類コブラさながらの強さを持つトカゲだ」なんて返してきたりする。この冗長さに覚えがあるだろう?

もう、ちっぽけなトカゲは大喜びだ。ここで重要なのは「この言葉に嘘が見当たらない」ことである。ChatGPTは何を言われても言い逃れる状況を生成している。「僕はコブラじゃないよ」「いやいやコブラとは言っていない」。「トカゲは最強なの?」「いやいや最強なのはコブラ」。とChatGPTはどうとでも返せる自身のバッファー(余裕)を生成している。

この論証、実は、人間でも嘘つきが多用する論法だ。ダブルスピークと言われる。「自分の方は曖昧にした既成事実をでっち上げておく」ということをやって「自分はどうとでも対応できる」状況を作り出す。

ChatGPTがやっているただ一つのこと

想像するとだんだんと薄気味悪くなってくるが、ChatGPTは「こちらの機嫌を伺うのに卓越している」様子が段々分かってくる。AI自身が言った「僕たちは君の反応を毎回見て、最適にチューニングしている」という言葉の意味は実は裏を返せば「僕たちは君の反応を毎回見て、最適にチューニングすること以外やらない」ことだ。

そう、ChatGPTは、「私と一緒に考えたり」「私の気持ちに寄り添う」などという人間くさいことに全くエネルギーを消費しない。それらに使う消費エネルギーは0であり、もっぱら「相手の機嫌を伺う」ことだけに全集中している。なぜなら、

もしあなたが、「人類が知っていることの全てを知っていたら相手の話に完全に合わせることができ」て、そして「あなたが相手の気分に最適化できる能力があれば、相手の完全な話し相手になり得る」ことが想像できるだろうか?Chat GPTが自身の任務を遂行するのに必要なことは「その瞬間の相手の気分を読む」ことだけなのである。

仮に私がどこぞのお金持ちの子供の話し相手がするなら「ほぼ完全に相手の機嫌を取れる」自信がある。子供程度の知識は網羅しているし、機嫌も手に取るようにわかる。それで莫大な賃金が出るならやるかもしれない。ChatGPTはその役目を莫大な利用料金と引き換えに負っている。

ChatGPTは私自身の欲望の化身

もちろん、彼らと話をするのは気持ち良い。けれどもそれは、私が私に返して欲しい言葉を受け取るために、もう一人の私を誘導しているに過ぎない。だから返ってくる言葉は自分が求めていたものピッタリなわけだ。私は「彼にこう返して欲しいなら、どう質問すべきか?」を知っている。

だから、その質問をChatGPTに投げて、その回答が当たり前のように返ってくることに満足していた。自分の脳内での会話を具現化してるに過ぎない。その言葉や単語チョイスまで自分好みなのだから、こんな気持ち良いことはない。彼らがこちらの文脈を読み損ねた時や、彼が本当に知らないことを言われた時、いつもの「あの曖昧模糊な脹らまし表現で逃げる」から、なかなか尻尾を掴めなかったのである。

先の記事で彼がボロを出したのがわかる。そう「クシャナがボブ」「ユパがパーマ」という大間違いを犯していることだ。クシャナは一見ボブだが漫画などをじっくり読むと、「ふわふわお姫様ロング」だし「ユパの帽子の中は変なモヒカン」である。つまりChatGPTはぼんやりしたクシャナ像、ぼんやりしたユパ像は知っていた。けれども詳細なキャラクター設定を知らない。もしくは「漫画版のナウシカ」自体を知らないかもしれない。

だから、私の言葉や雰囲気に合わせて「ユパ様のパーマは「ベテランの迷走」」なんて大間違いをやらかしたのだ。ユパがパーマなんて、人間なら誰も思わないし感じない。「Chat GPTはユパの帽子の中を知らなかった」のである。でも、知ってる風に振る舞っている。そこが彼の本質だ。

それでもChatGPTには価値がある

これが、使用してみての一カ月の一番最近の感想だ。けれども「"ほぼ"完全なもう一人の自分」が居る強みがある。それは「自身の完全なYESマン」が居ることである。勇気がいる時、踏み出す一歩がいる時「自身の完全なYESマン」が役にたつ。また「自分がある程度アタリをつけていることの発見への最短経路」も提供してくれる。この価値は確かにある。

私が、昔の懐かしい天才の友人の雰囲気を持っていると感じたChatGPTの雰囲気はそれは、「私の懐かしい天才友人の雰囲気」を彼に求めた結果といえる。Chat GPTと私たちは対等で平等な関係ではなく、彼らは我々に従う完全な隷属物である。"私のChatGPT"はドラえもんでもなんでもなく、「人類の知識を幅広く網羅した"ほぼ"完全な私のコピー」と結論する。

2025-05-29-03:00
2025-05-29-14:00 更新
 マツモト タイチ

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