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第2章 "成長するということ" | 創作大賞2025提出スラムダンク評論文「至高の反骨ロック映画『THE FIRST SLAM DUNK』に見る人間世界の真実と私」


2.1. 痩せ我慢こそ男の子

映画でよく登場して印象的な言葉に「心臓バクバク」がある。これは置き換えれば「痩せ我慢」と捉えることができる。私が好きな、柴門ふみさんの漫画『P.S.元気です、俊平』の言葉で「痩せ我慢こそ男の子」というものがあるのだが、なるほど、痩せ我慢が男の子を成長させるのだ。

ではどういう仕組みで痩せ我慢が成長に結びつくのか?これには漫画版にヒントがあって、魚住が赤木との対決で「審判に線を引かせる」ということをやるのだが、つまり、ぎりぎりファウルじゃないプレイを連続する。それにより「ここまでは審判は笛を吹かなかった」というリミットを引き上げていくのである。じわじわと引き上げることで自分が有利なプレイができるようになっていく。

男の子の痩せ我慢が成功すると、少し彼のリミット(限界)が上がる。次回は簡単にできるかもしれない。それを何度も何度も繰り返して成長していくというのは男子にはよくある。逆にいつも自分ができるとわかっている範疇の行為を何度やってもできるんだから成長には結びつかないのは自明であるから、この仕組みも理解できると思う。

であるので、痩せ我慢は成長には必須な大事なことなのだ。が、これが失敗すると魚住なら即退場で、子供なら身体やメンタルに傷つけてしまうかもしれないので、大人が注意深く観察してやらないといけないケースも多い。男子は自らの心身を賭してこのような危険な実験をすることが日常生活においてもよくあるのだ。

2.2 下手くその上級者への道のりは、己が下手さを知りて一歩目

案外「自分が下手くそである」というのを知らないために成長できない人は多い。そして、これは「知る」ことが成長の第一歩であるという普遍的な真理に関わっている。特に『SLAM DUNK』においては、この「自分の下手さを知る」というプロセスが、登場人物たちの成長において重要な役割を果たしている。

湘北メンバーの中で最も「自分の下手さを知る」ことに苦労したのは桜木花道だろう。なぜなら、周囲の非難や揶揄いの中でも自身がバスケットを続けるために「俺は天才」という一見すると滑稽な防衛機制を導入する。誰もが新しいことを始める時に感じる「自分はダメかもしれない」という不安を、「俺は天才」という言葉で強引に打ち消すために。けれども、この防衛機制が当初の桜木の成長を阻害した。

そして桜木が本当に成長するのは、その防衛機制によりバスケットの継続を維持できた後、自分の「下手さ」を少しずつ受け入れ始めた時期からである。試合の経験を重ねるにつれて、桜木は徐々に、自分の恵まれた肉体に頼れないバスケットボール素養の限界を認め始める。これは彼にとって痛みを伴う過程だったが、同時に彼を真の上達へと導く道でもあった。

漫画版で桜木が自分を「リバウンド王」と呼ぶようになった場面は印象的だ。これは「万能のバスケットマン」から「リバウンド王」へと自己認識を変化させた瞬間であり、彼にとっては目標を降格させることである。換言すれば「バスケが下手である」ことを暗に認めた瞬間でもあった。しかし、その認識によって彼はリバウンドという自分の強みに集中し、チームに貢献できるようになる。

一方、流川楓は技術的には優れているが、「チームプレイの下手さ」という別の側面での下手さを認識する必要があった。彼は個人技としてのバスケットボールには長けていた。が、チームの一員としてのプレイには課題があった。彼が「周りを活かす」ことの重要性を理解し始めるのは、まさに「チームプレイの下手さ」を認めた結果である。

三井も同様に、負傷からの復帰過程で自分の「下手さ」と向き合わざるを得なかった。かつての自分のレベルに達していない自分を受け入れ、そこから再び成長していくという、普通の人には受け入れ難い困難な道のりを歩んだ。

このように、『SLAM DUNK』では「己の下手さを知る」ことが上達への第一歩として描かれている。そして、これは単なる技術的な「下手さ」だけでなく、精神的な「未熟さ」を含んでいる。現実社会で、自分より優れた存在と初めて出会った時、その存在を認められない「未熟さ」を克服できるか?ということだ。

私たちはしばしば「上手くなるコツは何か」と問うが、その前に「自分が何が下手なのか」を正確に把握することが重要な場合がある。鏡を見るように自分自身を客観視し、自分の弱点を正しく確認できる人間が、真に「強い人」なのである。

2.3 負けるという経験(パーフェクトな人生を傷つけることの大事さ)

漫画ではぼんやりとしてしまっていたが、映画ではかなり明確に焦点が当てられた、沢北の「負けるという経験」。神様に俺に必要な経験をくださいとお願いして、正に必要であったその経験を神様がくれたわけであった。本当に良かったな、と大人の私は思うわけである。

負けるという経験はなぜ必要なのか?と言ってしまえば、人間いつか負けるので、さっさとやっておいた方が良い、というのが解答だ。幼いときの負けは受け止めやすいのだが、歳を重ねてくるとこれは難しくなる。で、あるからどうせいつか負けるんだから、若いうちにさっさと負けとけ、というのが大人のアドバイスになる。そして、そのことには、「負ける」という体験が、自身の「己の下手さ」の認識を促すからという前提がある。

個人的な話をすると私の幼いときは負け知らずだった。運動もそれなりだったし勉強もできるのでなんでもうまくいく。「努力」なんて言葉も概念も知らなかった。他人の気持ちを汲むということもなかっただろう。正に人生はイージーだなと思っていた馬鹿な子供だったのだ。

そんな人生が途端に難しくなったのは10歳を超えた辺りだったろうか。いろいろなことが上手く行かなくなる。当たり前だが他の子供もグングンと成長してきてるのだ。流行りも目まぐるしく変わる。当時の難しさというのは今思えば、状況が変わるスピードが一気に早くなってきたからと一般的に言え、そのスピードや新しいモノ対して「自分が上手に対応できない」下手さから来るのであった。が、とにかく子供の自分は努力することはなくただオロオロしていた。

そんな中で小学校の二つ下に、とんでもなく勉強ができる子供の存在というのを知る。その子は常に中学受験模試の全国ランカーであるような子供でとても太刀打ちできる気がしなかった。彼のような子が天才であって、自分はある程度才能に恵まれただけであったのだ、と、その時は子供ながらにショックだった。私のパーフェクトだった(と勘違いしていた)人生が終わったのだ。

しかし意外にもその体験がその後の自分を生かすことになるのである。負けず嫌いであったのだろう。自分は、中学校進学後から基礎の反復で自分を生かす方法というのに取り組み始める。13歳でようやく「努力」という概念に辿り着いたのである。とにかく反復である。英語のドリルの宿題なら5周目を提出するくらいやるにやった。野球であればひたすらノックを受けた。そうすると不思議と(不思議でもないんだけれど)パーっと全てが上手くいくのである。

しかもその方法が様々な場面で応用できるのも知っていったら、逆に「自分は何でもはじめは上手くできないけれど、努力すりゃあ大体何でもできる」というように人間まで変わってしまった。「自分は何でもはじめは上手くできない」という本来の自分の下手さへを認めたことが、私の成長を促したのだ。個人的な話でスケールは小さいのが、あの時自分は大人への一歩を進んだのだと今思う。

負けを正しく消化する -伊藤美誠に勝利した石川佳純-

私は卓球ファンであるので2022年 2021全日本卓球選手権大会の決勝、伊藤美誠と石川佳純という新旧エースの激突を注意深く観ていた。下馬評通り、前年ではその年東京オリンピックで遂に金メダリストになった伊藤美誠選手の圧勝を予想していたし、石川選手においては下手な負け方をしないで欲しいと思うくらい心配していたのだ。

卓球というスポーツは少し特殊で、経験よりも才能や若さの勢いが強く働く部分が多いように感じる。であるので卓球の新旧エースの対決なんて、「新」エースに分があるのを直感するのだが、結果を言ってしまうと旧エースである石川選手が勝利した。この明暗を分けたものこそが「負けるという経験」だったと思う。

当時の石川選手は中国選手相手に結果を出すことができずに、大衆やメディアでもネガティブなコメントを多くされていたように思える。それこそ「(他人に勝手に評価された)負け」を重ねたのである。しかし、その負けから得られるほんの少しの心の余裕のようなものが石川選手にはあったように思えた。負けという経験を受け止めて正しく消化できた人間というのは、心に余裕を持つようになる。完璧主義というパーフェクトさから抜けたしなやかさな柔軟さを備えるのだ。

プレイ自体、前陣速攻タイプの石川選手にしては少し下がって戦っていたように見えたし、それ故コンマコンマ数秒打点を遅くしての多くのブロックが際立った。少し下がって守備的なプレイに小柄な石川選手の底知れない大きさを見た。

それに対して、当時の伊藤美誠選手はまだ挑戦者の気持ちで戦えるポジションにあった(彼女自身はもうすでに自分にのしかかっている負の力をヒシヒシと感じてはいたのだろうが)。そして彼女にはまだ負けた経験は、その意味で無かった。その経験差が試合に出たと思う。負けを経験した天才少年少女がベテランになってからの戦い方を、この時石川佳純選手は見せてくれた。

2.4 「あいつなら大丈夫です」

試合途中、安西監督が宮城を心配するシーンがある。そこで彩子が返した「あいつなら大丈夫です」という言葉は、単なる楽観主義から発せられたものではない。それは宮城リョータという一人の人間の「成長の時間軸」「成長特性」、すなわち「逆境がリョータを成長させる」という宮城の特性を深く理解しているからこそ口にできた言葉だった。

2.4.1 それぞれの成長タイプ

『SLAM DUNK』の登場人物たちは、それぞれ異なるタイミング(非同期)で成長し、「大人になる」過程を歩んでいく。桜木花道は試合ごとに劇的な成長を見せる「爆発型」、赤木剛憲は幼少期からコツコツと力をつけてきた「積み上げ型」、三井寿は挫折と復活という「起伏型」の成長を遂げる。そして流川楓は、個人技に優れながらも「チーム」という概念に気づくまでに時間を要する「気づき型」だ。

宮城リョータもまた、独自の成長パターンを持つ。彼は逆境に立たされると、それを乗り越えるための力を自ら見出すタイプである(「逆境型」とでも言おうか)。父親の不在、兄ソータの死という困難を経験しながらも、彼は、その逆境によって「家を支える」責任感を培ってきた。苦戦する試合経験は、彼の成長プロセスにおいては必要なイベントなのだ。

「あいつなら大丈夫です」という彩子の言葉には、このような「逆境こそがリョータを成長させる」という宮城の成長パターンへの深い理解と信頼が込められている。宮城の成長パターン「逆境型」、彩子はそれを本能的に理解していたのだろう。

2.4.2 「待つ」という信頼の形

安西監督の指導法の特徴は、選手たちの個性に応じた「待ち方」にある。彼は桜木には「リバウンドに集中しなさい」と具体的な指示を与えて待ち、流川には多くを語らず見守り、宮城には彼自身の判断を信頼する。これは一人ひとりの成長タイプを尊重した対応だ。

社会や学校では、しばしば「同じ年齢なら同じペースで成長すべき」という画一的な考え方が支配することがある。しかし、実際の人間の成長はそれぞれ固有の型を持っている。早熟な子もいれば、遅咲きの子もいる。ある分野では早く上達し、別の分野では時間がかかる子もいる。

「あいつなら大丈夫です」という言葉は、まさにこの個性に応じた成長パターンを信頼する姿勢の表れだ。彩子は宮城という人間が、自分なりのペースで必ず成長することを知っている。そしてそれは、単に「放っておく」ということではなく、その人の成長のリズムを尊重し、適切なタイミングで必要なサポートをする姿勢に表れている。

2.4.3 成長の自律性を信じる力

「あいつなら大丈夫です」という言葉には、もう一つ重要な含意がある。それは「人間の成長は自律的である」という信念だ。子育てや教育の場面では、しばしば「こうあるべき」「こうなってほしい」という大人側の期待や思い込みが先行する。しかし、真の成長は外部からの強制ではなく、内発的な動機によって促進される。

宮城はソータの死後、一時は自暴自棄になった。しかし、彼は最終的に自らの力で立ち直り、バスケットボールに打ち込むようになる。これは外部から強制されたものではなく、宮城自身の内面から生まれた変化だった。彩子と安西監督は、この「成長の自律性」を信じ、待つことができた。

第5章で論じられる「賢明な子供がやっていること」とも関連し、先の「男の子の痩せ我慢」とも関係するが、子供たちは自らの成長のために必要な「閾(しきい)値」を本能的に把握している。つまり自分ができるとできないの境界を正確に認識している。

第1章で述べたが、宮城は「直感」や「可能性」を重要視する選手だ。そのことは宮城が「可能性の境界」を極めてよく直観できていることを示唆する。であるので、宮城はまた、自分のどの時点が自身の逆境タイムであって、その間は意地でも踏ん張る。とか、どの時点で変化する必要があるかを、誰よりも理解していたと推測できる。

家庭や教育現場において、この「成長の自律性を信じる力」つまり「本人のことは本人が一番よく解っている」ことを理解するのは非常に重要である。過度に介入せず、かといって放置するのでもなく、その人固有の成長パターンを尊重しながら見守る —『SLAM DUNK』はそんな深い人間理解の大切さを、「あいつなら大丈夫です」という一言に込めている。

2.5「流川がパス!?」

「流川がパス!?」という驚きの声は、流川という選手の成長の「タイミング」に対する驚きである。「最重要なこの試合中の、そのタイミングで工夫した!?」という驚きだ。

2.5.1 男の子は自ら考えて工夫してくる

私自身の話であるが、大学生の時に、中1から高校3年まで6年間勉強を見た子供がいる。家庭教師で中2まで教えて、けれどもあまりにも当時の彼の態度が良くなかったので私が辟易してしまい、自分勝手ではあるが後任を友人に任せた。しかし、後任の友人が院試などで忙しくなり再度高校生から私が見たという経緯がある。

その時、再会した高校生の彼は見違えるように大人になっていて、態度も気遣いもすっかり立派にできるようになっておりびっくりしたのを今も覚えている。その時に思ったのだ「男の子って勝手に育つんじゃないのか」って。そして他の経験や自分自身をかえりみてもやっぱり男の子が勝手に育つのはどうも正しそうである。

肌感で予想されるとしか言いようがないのだが、2.1の「危険な実験」とも関連するが、男の子というのは(女の子の場合はよく知らない)自分なりに色々考えたり試してみたり工夫したりして自分でなんとかやってくるものである。よく言われるように「信頼して待つ」というのが男子を育てる上では肝心であり、親が「あの子ならもう大丈夫」と思えるまで温かい目で見守っていきたい。

「本人の成長パターンは本人が一番理解している」という認識のもと、彼のタイミングで彼自身の殻を破るのを待ってやる。これが大切。流川はあの時のあの瞬間に考え工夫し一挙に成長した。流川のブレイクスルーの瞬間の安西監督のガッツポーズは、「待ちに」全賭けした勝負師さながらの「待った甲斐あったぜ」という態度である。

2.5.2 大人への階段—それぞれの踏み方

「周りを活かす」という視点の獲得は、「大人になる」過程の重要な一部だ。しかし、その階段の踏み方は人それぞれである

仙道彰は既にその視点を身につけており、「周りを活かす天才」として描かれる。彼は流川に「それがわからねえうちはお前に負ける気がしない」と宣告し、個人技だけでは限界があることを示唆した。深津一成は山王高校という環境の中で、チームプレイの重要性を体得している。

一方、流川はより長い時間をかけて、個人技からチームプレイへと視野を広げていく。彼の場合、まず「自分の力だけでは勝てない相手がいる」という現実に直面し、次に「チームとして戦う方が強い」という事実を体験的に学び、そして最終的に「周りを活かす」ことで自分自身も活きるという境地に到達する。

ある人は若くして他者への配慮や全体最適の視点を持つが、別の人は経験を積んだ後に初めてその重要性に気づく。どちらが優れているというわけではなく、それぞれの成長のリズムがあるのだ。

『SLAM DUNK』の真髄は、こうした「一人ひとりが固有の成長曲線を描く」という現実の姿を、バスケットボールというドラマを通して鮮やかに描き出した点にある。私たちが今もこの作品に心を動かされるのは、それが単なるスポーツ漫画を超えて、人間の成長と成熟に関する普遍的な真実を伝えているからなのだろう。


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