第4章 "知るということ" | 創作大賞2025提出スラムダンク評論文「至高の反骨ロック映画『THE FIRST SLAM DUNK』に見る人間世界の真実と私」
環境とは「知っている人」の割合である
映画『THE FIRST SLAM DUNK』で宮城の環境の劣悪さを、最も感じさせたのはドリブルの音を「うるせえな」と怒鳴られなシーンである。バスケ経験者にとっては、ドリブルの弾む音や体育館で響く“キュッキュ”というシューズの音は、仲間や青春の象徴として心地よいものだ。しかし、バスケットに興味がない人や初めて触れる人には、それがただの騒音として響くこともある。
これが示唆することは「環境」というのは「知っている人の割合」を指すかもしれないということである――つまり「知っている人の割合」で、その場の健全さが決まるということを示している。そこで、今度は重要になってくるのは、「知っている」とか「知らない」とはどういうことなのか––––
4.1 「知っている」とは何か?(知識の明文化・理解の段階)
漫画版『SLAM DUNK』で、「バスケを知っている」と田岡監督から評されたのは陵南の植草である。このシーンを見た時、小学生だった自分は、「知っていることは重要なのか?できるとか上手いとかいう方が重要ではないのか?」と咄嗟に思った。けれども自分がだんだん大人になっていくと「知っている」というのが重要であることが分かっていった。
子供の時に私が感じていた「知っている」とは「ルール」や「技術」を知っているという明示知のことだった。だが大人になるにつれて、「知っている」というのは、そのスポーツや分野の「全体像や文脈、プレイの動機、状況判断を深く理解している」ということであることを理解していった。そして、その「知っている」は、「全体」を理解し「賢く振る舞える」状態を--つまり暗黙知を、指しているという風に至ったのだ。
4.1.1 「明示知」を知っていることの重要性
ルールを知ること、道具を知ること
「明示知」「明文化された知識」とは、ルールブックや説明書に書かれている「誰でも調べれば分かる知識」のこと。たとえば卓球のラケットは、「板」と「ラバー」が別々に売られていて、「ラバーをハサミでチョキチョキ切って、糊で板に貼る」という自分で組み合わせる必要がある。
この「基本の知識」を知らずにいくら練習しても、そもそも正しい道具を使えないのだから上達もままならない。どんな分野でも、「まずはルールや基礎構造を正しく知ること」が成長の土台となる。これは、どれほど努力しても「土台がズレている」と成果につながらない理由だ。最低限「明示知」は知らないといけない。
4.2 「知る」ことの広がり――暗黙知と本質理解
ここまでのように、知識はしばしば「明文化された知識(明示知)」と「明文化できない知識(暗黙知)」に分けて語られる。けれども、マイケル・ポランニーが指摘したように、私たちは、自分が説明できる以上のことを知っている
4.2.1 「明文化されていないことを知る」暗黙知
バスケットボールで言えば、「シュートのフォーム」や「パスの種類」は明示知として伝えやすい。しかし、「絶妙な間合い」や「相手との呼吸」、さらには「この場面で本能的に選ぶ一手」は言語化が困難で、むしろ無意識的な反応として身体や直感に染み込んでいる。
【明示知→暗黙知への変化】
明示知から暗黙知を上手に導けるのは「優れたプレイヤー」の条件である。明示されている道具、ルール、技術、アドバイスから自分だけが「納得」する見えない形を作っていく。たとえば新しい技術や戦術を「知識」として頭に入れても、最初は意識的でぎこちない。しかし何度も失敗や痩せ我慢(第2章)を繰り返し、身体で「納得」したとき、はじめてそれが「考えずにできる」もの――暗黙知となる。
【暗黙知の伝承(暗黙知→明示知)】
もう一つ考えたいのは、「暗黙知は他者にどう伝えられるか?」という問いである。安西監督や田岡監督のような「真の指導者」は、自ら蓄積した暗黙知を直接「言葉」にしたり、また選手に「体験させる」「気づかせる」という方法を多用する。
安西監督は、これまで多くの暗黙知を自身の言葉に落とし込んで来たのであろう。その本質や抽象の塊である言葉の集合が、薬籠中の物として安西監督のみが使用応用できる。その言葉の組み合わせから「桜木にリバウンドに徹するように」とか宮城に「ここは君の舞台ですよ」というアドバイスをすることが可能なのだ。
簡単な単純な言葉に聞こえる、たとえば安西監督の「ここは君の舞台ですよ」という言葉には、膨大な暗黙知の抽象の塊を根拠にしている。この言葉だけで考えると少なくとも安西監督は3つくらいの本質を利用している。
宮城以外でボール運びをするのは無駄(最も優れている人で不可なら不可)
宮城にこの言葉自体が効くことを知っている(言葉は人を発奮させる)
相手の意表を突くことで一瞬の隙ができる(完成されたものだからこそ想定外に弱い)
という風にだ。「最もドリブルに優れている宮城以外は、意味ないから前に走らせちゃう」→「その意表を突かれた山王の守備には、想定外からの隙ができる」→「この、お前が特別だという(主人公感覚)が宮城を発奮させる」→「結果、宮城一人でのボール運びが成功する」
もちろん、実際にそれを生かすかどうかは宮城自身の「経験」と「気づき」に委ねられている。であるから、ここでの宮城の、「明示知から暗黙知を上手に導ける」「優れたプレイヤー」の条件すらも4番目の本質として利用されていることになる。宮城は安西監督のアドバイス(明示知)から完璧に、賢い振る舞い(暗黙知)を導出したのであった。
4.2.2 作中の「解説者=批評家」の存在と“バスケットそのもの”の評価
スラムダンクの世界には、常に“批評する視点”が存在している。試合中、観客席には牧紳一や高頭監督、田岡茂一といった「プレイヤーではないが深く競技を知る者」が配置され、彼らはプレイの意図や選手の心理、試合の流れを言葉に落とし込んで“解説”し続ける。
これは、野球中継の解説のようなもので、読者がただ“盛り上がり”だけを感じるのではなく、「今のパスはなぜすごいのか」「このプレーにはどんな工夫があるのか」を理解できる仕組みになっている。こうした「批評者」の視点は、プレイヤー自身では気づけない“成長の本質”や“スポーツの奥深さ”を読者に伝えてくれる。スラムダンクは、スポーツ漫画でありながら、“バスケットボールそのものを“読者と一緒に評価し、深く味わう”作品でもあるのだ。
こうした“批評者”の存在は、読者が単に選手たちの感情を追体験するだけでなく、「バスケットそのものの価値」「何がすごいのか」「成長とは何か」を常に“メタ視点”で考えさせてくれる装置となっている。詰まるとこ、ここでの「批評者」は「暗黙知」と「明示値」の往復が可能な、「優れたプレイヤー」かつ「真の指導者」という両質を併せ持つのだ。
コラムでは、近代数学においてのクラインやドュドネが「数学の優れたプレイヤー」かつ「真の指導者」という分野そのものを完全に知る、「批評者」という役割を果たしたことにより、その文化の成熟や発展に非常に貢献した例を挙げたい。
コラム 「数学の森」を知っている数学者たち–––真のレビュアーの真面目な批評がその部門を発展させる
フェリックス・クライン
フェリックス・クラインは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの数学者であり、幾何学の分野で特に著名である。しかし、クラインの最も重要な貢献の一つは、「エルランゲン・プログラム」と呼ばれる数学的視点の転換だった。これは幾何学を「変換群の下での不変性の研究」として捉え直す革新的なアプローチであった。
クラインの偉大さは単にこの新しいパラダイムを提案したことだけではない。彼は数学の異なる分野間の関連性を見抜き、それらを統合する視点を提供した。まさに「知っている」ということの本質を体現していたのである。
特筆すべきは、クラインが数学教育の改革者としても大きな影響力を持っていたことだ。彼は数学を単なる抽象的な学問としてではなく、実世界と密接に関連した生きた学問として教えることを提唱した。その著書『高い立場からみた初等数学』は、数学教育の古典とされている。
クラインはまた、当時の数学界における「真のレビュアー」としての役割も果たしていた。彼は新しい数学的アイデアを批評的に検討し、その本質を見抜く能力に長けていた。そしてその批評は単に欠点を指摘するものではなく、数学全体の発展を促すような建設的なものだった。
『SLAM DUNK』の世界に置き換えれば、クラインは安西監督のような存在かもしれない。単に技術や知識を持つだけでなく、その本質を理解し、次世代に伝える能力を持った人物。そして何より、批評的な視点を持ちながらも、常に全体の発展を見据えていた人物なのである。
ジャン・ドュドネ
ジャン・ドュドネはフランスの数学者であり、20世紀の数学に大きな影響を与えた。特に代数幾何学と代数的位相幾何学の発展に貢献したが、彼の最も広く知られた功績は「ブルバキ」グループの中心メンバーとしての活動だろう。
ブルバキは、数学を厳密な公理的方法で再構築することを目指した数学者の集団であり、ドュドネはその中心的な推進者だった。このグループは数学の基礎から応用までを統一的な視点で捉え直す壮大なプロジェクトを進めた。
しかしドュドネの真の偉大さは、このような研究活動だけでなく、彼が数学界における「真のレビュアー」としての役割を果たしたことにある。彼は膨大な数学的知識を持ち、新しいアイデアの価値を正確に評価する能力に長けていた。
特に、ドュドネは若い数学者の研究を評価し、その可能性を見出すことに秀でていた。彼の批評は時に厳しかったが、常に建設的で、批評される側の成長を促すものだった。数学界における「親方」的存在として、多くの優れた数学者を育てたのである。
ドュドネの例は、「知っている」ということが単なる知識の蓄積ではなく、その本質を見抜き、評価し、さらには次世代に伝える能力を含むことを示している。彼は数学という分野の「守護者」であり「育成者」でもあった。
『SLAM DUNK』の文脈で言えば、ドュドネは田岡監督に似ているかもしれない。厳しくも的確な批評によって選手たちの真の潜在能力を引き出す存在。単に技術を教えるだけでなく、その本質を理解させ、選手たち自身が成長できる環境を作る存在である。
このように、クラインもドュドネも、単に数学的知識を持っていただけでなく、その知識の本質や歴史を理解し、批評し、次世代に伝える能力を持っていた。彼らは「真のレビュアー」として、数学という分野全体の健全さと発展に貢献したのである。そして『SLAM DUNK』が示すように、スポーツの世界でも同様の「真のレビュアー」が、選手たちの成長と競技全体の発展に欠かせない存在なのである
4.2.3 まとめ
「暗黙知」を「明示知」に変えるのが優れた指導者であり、「明示知」を「暗黙知」に変えるのが優れたプレイヤーである。その両方を兼ね備えるものが「真に知る批評家」としてその分野を健全に発展させる。
指導者は自らの経験や体感、無意識のコツを言葉や理論として伝える。一方、プレイヤーはその言葉をただの知識で終わらせず、実践を通じて自分の“感覚”や“反射”として自家薬籠中のものとする。スラムダンクの世界は、この二つの運動が何度も交差し、選手と指導者、批評家が解説者として「知ること」のリレーを繰り返している。
4.3 「知らない」ことの本質――環境と成長を阻むもの
逆に「知らない」とは「全く知らない」ということではなさそうである。「知らない」というのは「狭い範囲を知っている」ことなのだ。
4.3.1 「狭い範囲を知っている」ことの落とし穴(ベン図の話)
ベン図の「狭い範囲内を知っている」ことは大きな悪である。狭い範囲では知っているし、実際に正しいので、その本人が誤認してしまう。そしてそれが過大評価、過小評価をもたらしてしまうし、それらのロジックは「詭弁的」である。
しかし「ほぼ全ての範囲を知っている」本当に知っている人の主観はほとんど神の視点である。神様の主観は客観というか宇宙の真実であろうから、そういうことが言えてくる。つまり「知っている」主観はその知っている範囲から「害」にもなるし「真実」にもなる。
4.3.2 雪を知らない人が多すぎた北京冬季五輪
何かと運営上のミスが目立った北京の冬季オリンピック。色々と噂されたこの大会の運営だが、根本的には、私はこれらのミスはもしかすると、スタッフが雪を知らなすぎるのではないかと思っている。つまり「雪を知ってる」暗黙知がなかった大会なのだ。
冬季のオリンピックなので当然雪が必要なのだが、北京は雪国ではない。なので雪そのものは人工雪に頼った訳である。そこで問題になるのはスタッフである。スタッフはプレイヤーであり「雪を知ってる」暗黙知が必要だ。けれど雪に慣れたスタッフが少なかったんじゃないだろうか?
私は札幌で小中学生時代を過ごしたので冬は雪遊びがほとんどだった。そうすると雪や氷の柔らかさも硬さも、冷たさも温もりも肌が覚えていくのである。でもその感覚は一朝一夕で身につくものではない。
冬季のスポーツは夏季よりずっと評価が難しいと思う。その個人の能力と同等くらいに、天候のコンディションや道具の良し悪しが強く作用するからである。それこそ「知らない」人が正しく会場をセッティングしたり、また何かを正しく評価したりすることは不可能だ。
実際雪がない場所でやるのなら、ハワイに人工雪を降らせて大会を行うのと大して変わらない。人を育成するのには時間がかかる。人工雪を降らせても即席のスタッフを作るのは無茶なのである。
4.3.3 「知らないことを知る」ことが自分を変える
第2章の復習のようだが、「知らないこと」は時として大きな障壁となる。自分の下手さや未熟さに無自覚なままでは、成長の機会すら掴めない。スラムダンクにおいても、桜木花道は「自分は天才だ」と思い込むことで、本当の“下手さ”を直視せずにいた。しかし、何度も失敗や負けを経験し、徐々に「自分はまだ知らない」「もっと学ぶ必要がある」と気づいた瞬間から、彼の成長曲線は一気に伸びていく。
言い換えれば、「知らない自分を知ること」が、どんな成長にも不可欠な最初の一歩である。ここで大事なのは、「知らない」ことに気づけた瞬間、それはもう“知る”への扉が開いたということ。壁はスタートであり、「知らないことを知る」恥は成長の証――。スラムダンクはその事実を登場人物の成長ドラマとして、鮮やかに描き出している。
4.3.4 そして「知ること」が環境を変える
「知る」ということは、単なる知識や技術の蓄積ではない。それは「自分が何を知らないのか」を直視し、時に恥や負け、痛みを味わいながらも、新たな納得を獲得し続ける過程そのものである。この「知る」「納得する」のプロセスこそが、環境を変え、自己を変え、最終的にはチームや社会全体を変えていく力となる。
安西監督やクライン、牧紳一のような「真に知る人」は、自分の経験や知識を単に保持するだけでなく、暗黙知として深く血肉化し、それを明示知として言葉や行動で次世代に伝えていく。彼らの「知っている」や「納得している」雰囲気は、単なる点ではなく「線や面として」立体的に広がり、周囲の環境自体を「知る人の割合が高い空間」へと転換していく。つまり環境を良くしてその分野の健全な発展を促すのである。
4.4 「真に知っている人」が居るという「魂の球済」
第3章で語ったように、どれだけ多くの“ムカつく客”に評価されようとも、人間が本当に救われる瞬間は――「たった一人でも“自分を本当に知ってくれる”存在」と出会えたときだ。赤木が「もう俺の願いは叶っている」と言えたのは、全国制覇や勝利そのものではなく、「自分の情熱や苦悩、努力、そのすべてを正当に知ってくれる仲間」を得られたからだった。それは木暮という理解者であり、宮城という対等な仲間であり、チームの誰かだった。
「知っている/知られている」ことは、人間の魂の孤独を救済する唯一の処方箋である。たとえ社会や大衆が自分を誤解し、狭い範囲だけで評価してきても、「お前を正しく知っている」と言ってくれる仲間。自分の強みも弱さも、夢も痛みも“まるごと受け止めてくれる人”がいるだけで、人はもう一度世界の健全さを信じ直し、世界と復縁して前に進むことができる。
『SLAM DUNK』の登場人物たちは、“知られること”“分かち合うこと”を通じて――孤独から解放され、希望を取り戻し、再び人生という試合に戻っていった。「知っている/知られている」ことは、単なる知識や技術の獲得ではない。誰かの魂と深く共鳴し合い、自分自身が「恋した世界に承認される」こと。それが、個人の救済となり、やがて環境全体の健全さ・豊かさにつながっていくのだ。
