短編小説7-1「ヴィッキーは乱雑に宙を舞う」
《さぁ、あなたもご一緒に!マンマミーア!!》
【1】汽車好きの少年
木製玩具の汽車で遊ぶ少年は母親に言う。
「マンマ! 僕は大きくなったら一日中汽車の中にいるんだ!」
「ママもお客さんで一日中連れてってねー」
「ねぇもうすぐ来るよマンマ!」
母親に手を繋がれるヴィッキーは、線路を走りゆく汽車を黒煙が消えるまで見送った。
【2】ピッツァ職人ヴィッキー
12年が経った。うっすらと星の見える薄暗い夕刻。
郊外のトマト畑で忙しなく収穫する少年がいた。
「良い感じだ。こりゃ絶品のマルゲリータが作れる」
小脇に抱えた箱に真っ赤なトマトを優しく詰めながら、目を細めて笑う。
「今日はこれくらいで足りるだろう」
箱を両脇に抱えて畑を一目散に走る少年。畑を抜けると停めてある車に箱を投げ込み、飛び乗る。
「ィヤッホォォウ! ヴィッキー帰りまぁす!」
ボゴン、と黒煙を吹き飛ばし爆走する。遠くの建物から灯かりの点いたランタンが出てきたのを確認したら、隣に置いてあるピザに手を伸ばした。
「ピッツァが食いたきゃヴィスタ・マリネーラへおいで!」
窓から紙きれを投げるヴィッキー。チラシには『イタリア1のピッツァ《ヴィスタ・マリネーラ》へ』と書かれていた。
【3】怪盗はいつも優雅に叫ぶ
ヴェネチア~ローマ間を結ぶ汽車では貴族たちがディナーをしている。車掌はすぅと息を吸い大きく声を張り上げた!
「ご乗車中の皆様! ただいま当機関車へ、か、怪盗アストロからの予告状が届きました! 皆様の安全は私共が保証します、どうかそのまま騒がず待機してください!」
貴族たちは、その全てが動きを止めた。それも束の間、今度は大歓声が上がった。彼らが口々にするのは
「我々は運が良い!」
「アストロだ」
「アストロはどこだ!」
「アストロ様ぁぁっ」
「エッヴィーヴァ!」
歓喜の言葉だ。もう車掌の声など聞く気がない貴族たち。
「み、皆さまお静かに!」
「エッヴィーヴァ! エッヴィーヴァ!」
乗客は声を揃えて唱える。
バチンッ。と車両の明りが消え、歓声が止まった。
『エッッッヴィーヴァァッ!』
一人が車両全体に響き渡る声と共にガラスを割った。ヒュンッと風を斬る音が残り、しんと静まる。
次にバチンッと明りが付くと、車掌の居た場所には鞭を持った黒マント、黒ハットの男が立っていた。
「貴族の皆様」
静かに発する男の言葉に、唾をのむ貴族。
「エッヴィーヴァ!!」
「「「エッヴィーヴァ!!」」」
男の叫びの後、歓喜の叫びが耳をしびれさせる。
男は鞭を振るう。貴族たちの身に着けている貴金属が次々と男のハットの中へと吸い込まれる。
高価なものを奪われているにもかかわらず、誰一人として悔しがっていない。むしろ喜んでいるのは、アストロの盗みが貴族たちのエンターテインメントとして成り立っているからだ。貴族たちはアストロに盗まれた事が自慢となり、名誉なことだとなるからだ。
「皆様のお宝はわたくし怪盗アストロが頂戴しました。それでは、良い旅を」
貴金属の入ったはずのハットを被りなおすアストロは、もう一度鞭で窓を割り外へ飛び出す。車両の上に上ったアストロはちょい、と逆さに顔を出し
「エッヴィーヴァ!」
しつこい程に決め台詞を残し、車両から消えた。
【4】ファミリアは全てをぶち壊す
「マルゲリータだよ!」
ヴィスタ・マリネーラでは、丁度二人の青年にマルゲリータを出したところだ。青年らは、ギロリと目つき悪く店員を睨みながらピッツァを口に運ぶ。
「あぁこりゃうめぇ。なぁペリッツァ」
「ちげぇねぇなぁルガーノよ」
くっちゃくっちゃと睨みつけながら言う。
「こんなうめぇピッツァ初めてだ。なぁペリッツァ」
「きっとトマトがうめぇんだルガーノよ」
「こんなうめぇトマトはどこで作ってるんだ。なぁペリッツァ」
「おれの知る限りぁぺスカんとこだルガーノよ」
「ぺスカんとこなら世界一だ。なぁペリッツァ」
「んだなぁルガーノよ」
「てこたぁ、これぁうちの農園のもんだ。なぁペリッツァ」
「ちげぇねぇルガーノよ」
「最近ぺスカの奴がうちに来たなぁ、ペリッツァ」
「来たなぁルガーノよ」
「なんてったっけなぁ、ペリッツァ」
「なんだっけなぁルガーノよ」
くっちゃくっちゃとピッツァの枚数は減っていくが、顔の向きは変わらない。数人いた客はこそこそと代金を置き去っていく。
「思い出した。なぁペリッツァ」
「思い出したなぁルガーノよ」
「トマトが盗まれた。ってなぁペリッツァ」
「んだなぁルガーノよ」
「このトマトはうちのもんだなぁペリッツァ」
「んだなぁルガーノよ」
会話が終わった。ピザを焼く窯の燃える音だけが聞こえる。
「このトマトはうちのもんだなぁって言ってんだよ!!! カルロォォ!!」
「出てこいやカルロォォ!!」
前後のテーブルを蹴り飛ばし窯場へ乗り込んでいくペリッツァとルガーノ。窯の横で震えるピザ職人のカルロは、わずかな抵抗のつもりかピザピールを構えている。それを足で踏みつけ顔面を蹴り飛ばすペリッツァ。その次にルガーノが髪を鷲掴み調理台に押し付ける。
「よぉカルロォ、このトマトはどこのもんだ」
「る、ルガーノ、あんたらのじゃない」
「なぁ、カルロ。ガッパーニョファミリーに嘘をつくのか。この街でピッツァが焼けなくなるぜ」
「ペリッツァ、トマト食ってみろ」
箱に積まれたトマトをかじるペリッツァは、憐みの目で
「あぁこれぁぺスカんとこのだ。なぁルガーノよ」
ボスンと外で音が鳴る。バタンと扉の閉まる音。タタタタタと足音。
「カルロさん、今日のトマトは最高だ!」
「逃げろヴィッキーー!」
「ガッパーニョ!?」
「やめろヴィッキーに手を出すな!」
ヴィッキーは片手にトマトを持っていた。それを見た瞬間に、ペリッツァとルガーノが標的を変えたように見えたカルロはすぐに足にしがみつく。
頭、背中、腕と何度も踏まれたカルロは手を離され、ペリッツァ達は外へ駆けだす。
寸でのところで、車を出し逃走するヴィッキー。ペリッツァらも車から機関銃を出し撃つが、当たらない。無理だと悟った二人は車で追うことにした。
「列車の方はどうするペリッツァ!」
「他の奴に任せとけ、俺たちはトマト泥棒を追うルガーノよ」
「ちくしょーボスに怒られちまう」
ブババババと砂埃をあげて、消えていく。
【5】貴族は天国と地獄を味わう
線路わきに数台の車が停まってる。闇に紛れたその中の一つ。葉巻を吹かす髭の男が口を開いた。
「ボスもすげぇことを考える。貴族が乗った汽車を襲えだとよ」
「ジョアキーノさん、おれ、こんなでっけぇ仕事初めてで」
「心配すんな、てめぇは汽車に張り付いて車走らせりゃいい」
新参のトンマーゾは、血色の悪い顔を手で覆い冷静さを保とうとしている。
「おいおい、大丈夫かトンマーゾ。事故ったら殺すぞ」
「だ、大丈夫っすジョアキーノさん。殺さんでください」
「さあて、そろそろ汽車が通る。車を出せ」
「は、はい」
「おれが乗り込んだら後は任せろ」
「んぐぉおおおおおおお!!」
闇の中を数台の車が走り出した。その車両からは機関銃が覗く。
ガダガダガダガダと汽車が迫る。砂埃にまみれ、線路わきを走る車が並び、一斉に機関銃が放たれた。
◆まとめ
短編小説7-1「ヴィッキーは乱雑に宙を舞う」
短編小説7-2完「ヴィッキーは乱雑に宙を舞う」
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