こどくのち#6 【#創作大賞2026 #ホラー小説部門】
村へ降り立った茂晴らは
中央を走る通りを歩いていった。
「みなよろしいか?
気を抜いたらあきまへんよ」
茂晴は周囲を見渡しながら問う。
皆一様に祝詞を上げながら頷く。
やがて中央に一本の大木が立つ広場に
辿り着いた一行。
「ここがええようやな」
茂晴は大木の前に白い灰で円を描くと、
その周りに記号や文字を描き、
五芒星の陣を構えた。
そして5人はその内側に立つ。
手には、細い木簡。
「……始める」
静かに放ち、木簡が掲げられる。
空気が、張り詰めてくる。
茂晴は、円の中心に一歩踏み出すと、
ゆっくりと、口を開く。
「掛けまくも畏き、天津神、
国津神の御前に申し上ぐ」
それは低く、響く声だった。
「此の地に満つる穢れ、荒ぶる気、
鎮め給え、祓い給え」
段々とあたりに霧が立ち込めてくる。
「血に染みし念、土に積もる怨、
今ここに断ち切らん」
周囲を取り囲む木々が大きく騒ぎ出す。
「清め給え、鎮め給え」
ふと、ミシ、と地面が軋んだ。
陣の外、大木の前の土が、
わずかに盛り上がった。
補佐の一人が、喉を鳴らした。
来る。
だが、陰陽師達は、止まらない。
「祓戸の大神の御名をもて、、」
声が、強くなる。
「穢れを祓い、気を断ち、地を鎮めん!」
その時だった。
陣の外で、“何か”が動いた。
見えない、だが確実に、“そこにいる”。
陣の外側に囲む様に気配が増える。
一つではない。
まるで戦さの最前線に放り込まれた様な
荒ぶる悍ましい気配をいくつも感じる。
「焦ったらあきまへん。
慎重に……まだ押さえられます」
茂晴の言葉に補佐達は祝詞の声量を上げる。
まるで見えない何かに押し込まれている様に
陣の内側に寄っていく5人。
止まらない。
内側へ、にじり寄る。
陰陽師達の額に、汗が滲む。
「……ぐっ」
一人がバランスを崩して片膝をついた。
次の瞬間。
地の奥からゴボッと何かが
息継ぎする様な音が上がる。
「大丈夫!まだや!体制を整えろ!」
茂晴の言葉に立ち上がる補佐役。
「……うぉーっ!」歯を食いしばり膝を伸ばす。
そのタイミングで茂晴が叫ぶ。
「鎮まれっ!」
その瞬間、周囲の音が消えた。
気付くと周囲の霧は晴れたが、
それは足元一面にかかり、
地面が見えない状態になっていた。
息が上がった茂晴の視線の先に何かが止まる。
靄の中に浮かぶ人間の頭。
それは俯いた女性で、
長い髪は地面に付くほどだった。
しかし首から下がよく見えない。
睨みつける茂晴の額には脂汗が滲む。
そして女の頭が顔を上げる。
「あぁ、、」
その顔は、目の場所が黒く窪んでおり、
その穴から血を流しニヤリと微笑んだのだった。
「あかん、逃げよか」
5人が一斉に陣から出た瞬間、
補佐の陰陽師の1人が倒れた。
抱き起こすが、その顔は女のように
目がくり抜かれて、穴から血が流れていた。
「祝詞を止めるな!陣を変えて走るで!」
茂晴は叫びながら補佐の方を振り返る。
その声は届かなかった。
3人は、3人の首は、横並びに整列して、
寝た胴体の上に綺麗に乗せてあったからだ。
茂晴は盛大に舌打ちした。
ーーー
その頃、井伊直政は、腕を組み目を瞑り、
鳥居の前で仁王立ちしていた。
気配を感じて目を開くと、橋の向こう側に
甲冑を着た鎧武者が立っていた。
しかしすぐに様子がおかしい事に気付く。
頭が付いていない。
しかも頭のある位置には背骨が突き出た
異形のものだった。
「やはり現れたか」
直政は腕を組んだまま睨みつける。
硬直状態の両者、しかし霧が濃ゆくなると
鎧武者は踵を返し、霧の中に消え失せた。
その瞬間、代わりに茂晴が
ボフッと霧を割って
飛び出して来た。
入った時とは打って変わって
真剣な表情の茂晴は、
鳥居をくぐり直政の前まで来ると、
くるりと翻して橋を睨む。
「はぁっ、はぁっ。
申し訳ありまへんなぁ。
あれはもう、祓える段階では
ありませんでしたわ」
そう言って先に作っておいた鳥居に
しめ縄を渡たすと、
その前に立ち右手の指を2本立てた。
「ここに丸ごと封じるしかありまへんわ」
茂晴は、ゆっくりと目を閉じ、小さく呟く。
「天つ神、国つ神の御前に申し上ぐ
此の地に満つる穢れ、荒ぶる魂魄、
今ここに縛し、断ち、封ずる、、、」
その瞬間、橋の上の風が止み霧が濃ゆくなった。
するとその霧の中にすっと顔が浮かんできた。
「なっ!?土御門殿!
あの者らは!?
あ、あれは何じゃ!?」
それは茂晴の補佐の4人の顔だった。
ただし全員目の部分が
真っ黒な空洞になっていて、
そこから流れる血が滴っている。
そしてそれらは頭だけで、
ふわふわと浮かんでいた。
「、、動くこと能わず、出づること能わず、
永劫この地に留まれ、急急如律令」
茂晴は祝詞を唱え終えると
最後に空に指で印を切った。
すると4人の首は霧の中にすうっと消えていき、
橋の上にも風や虫の鳴き声が帰って来た。
茂晴は長細い息を吐き、
どかっと尻餅を付いて地べたに座り込んだ。
「はぁ〜しんど。
あの子らは残念やったが、
封じれたから良かったわ」
言いながら直政を見上げると、
いまだに驚愕の表情で橋の方を見つめていた。
「あー、あれですねぇ?
そうですねぇ、あれは、何と言いますか。
龍、とでも言っときましょか」
「りゅ、龍、でござるか?」
呆気にとられている直政を尻目に、
茂晴は続ける。
「はい、まぁ、皆さんが思うとる様な
神聖なもんじゃ
ありませんけどね。
数多の人の怨念が連なり、重なり、
合わさる事で、出来上がった言わば
邪神みたいなもんですわ。
ありゃあ祓えるような代物じゃございません。
ここに封じるだけで精一杯、
後は、この地へ永遠に
誰も立ち入らせん事ですわ」
茂晴は立ち上がると、尻の砂を払った。
軽い口調と裏腹に、泥だらけで
血に濡れたその顔が
死闘の後を物語っていた。
「とわ言いましても、この先長い年月が経つと
再び忘れ去られ悲劇が繰り返されかねません。
今後この土地は土御門家が責任持って
管理していかせて頂きます。
井伊殿、宜しいですかな?」
直政は居住まいを正して茂晴に向き直ると
「無論、其方に任せる」と頷いた。
こうしてその地は土御門家の
預かる所となったのだった。
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