8/11 ビシュケク
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今日はビシュケク郊外の町・トクマク近くの遺跡、ブラナの塔を見に行く予定だ。10時過ぎ、昼前には出発したいので、まだ寝ている2人を起こしに行く。聞くと、暑さで2人ともなかなか寝付けなかったらしい。
実はこのホステルにはエアコンがなく、開け放しの窓だけが唯一の冷房設備だ。ここに限らず中央アジアには冷房がない建物が多く、あっても若干効いている程度でしかないことがほとんどである。マサカリは本当に辛かろう。

気になるマサカリの体調だが、1晩寝たら普通に良くなったらしい。しかし、実はあれが人生2回目のゲロでありかなり消耗してしまったとのことで、本日はホステルでお留守番する運びとなった。ということで、今日は多様・さななの2人回だ。
11時半、昨日買ったクッキーをつまみながらホステルを出発し、1キロ先の東バスターミナルへテクテクと歩く。そこでマルシュルートカという乗合バスを捕まえて、80キロ先のトクマクまで1時間だ。ちなみに、運賃は130ソム≒235円である。
もう3日も滞在しているからだろうか。歩くうちに、ビシュケクの空気の悪さが本当に堪えてきた。排ガス、あるいは土埃のせいか常に息苦しく、酸欠で頭もクラクラしている。宿のキルギス人に聞くところによれば、現地でもここの大気汚染は悪名高く、中央暖房の排気が加わる冬はさらにひどいらしい。正直なところ、この3日間ビシュケクでは悪い思い出ばかりができてしまい、多様も一刻も早くここを離れたくなりつつあった。トクマクの空気が綺麗だと良いのだが…

大抵古いスプリンターである
草原をマルシュルートカで疾走すること1時間、トクマクに到着した。バスターミナルを出てすぐ目に入るのは、軍用機のモニュメントとWWⅡでの対独戦勝を記念するパネルである。人はまばらで、営業しているのか分からない商店がぽつぽつと建つトクマクは、旧ソみ溢れる寂しい田舎町という印象である。

我々は「アジアコーラ」なる謎の炭酸をお供にケバブで腹ごしらえしつつ、目指すブラナの塔への交通手段をリサーチした。一応マルシュルートカが通っているものの滅多に来ないようなので、ヤンデックスGO(中央アジアUber)の運賃500ソムと、ネットで見た「タクシー片道100ソム」の情報をベースに、タクシー運転手と価格交渉する方針で行くことにする。

ターミナルに戻るとすぐ運転手に捕まり、さっそくゴングが鳴った。オッサンが最初に提示してきたのは「往復2000ソム」。あまりにも法外な値段だ!インフレ前の価格ではあるようだが、多様はネット情報をベースに「200ソム」で応戦してみる。流石に有り得ないレートだったようで、爆笑されお互いに握手をした。仕切り直し。
今度はヤンデックスの値段「往復1000ソム」を提示し、これより下げろと言ってみる。オッサンは観光中の待ち時間込で「往復1200ソム」で粘る作戦のようだ。しかし、それならヤンデックスに乗った方がいいので、我々が首を縦に振るわけがない。
その後、3往復ほどのやり取りを経て、最終的に「往復900ソム」で我々がオッサンを下した。もう少し値切れた気もするが、十分安いのでこれが現実的なラインだろう。オッサンは不服そうだったが、アウディを飛ばしてちゃんとブラナの塔に送り届けてくれた。

ブラナの塔はカラ=ハン朝時代のミナレットの成れの果てらしい。周辺にはもっと前に突厥が作ったという人面岩群(そのまま石人というそうだ)もあるが、どちらも30分で十分見て回れる内容だ。我々は無難に散策したり、真っ暗で急すぎる危険なブラナの塔の階段を登り、平原を眺めたりして楽しんだ。
昨日はマサカリだったが、今日は大陸の歴史が好きだというさななが非常に嬉しそうである。さななが、石人はなんのために作られたのか未だ解明されていないのだと教えてくれた。石人は墓であり、埋められた奴ではなく、そいつが殺した敵の顔をFlexのために彫ったという説もあるらしい。中世の遊牧民族は本当に野蛮だ。

シルクロードの歴史に思いを馳せ非常に満足した我々は、マルシュルートカに乗って夕方にビシュケクに帰ってきた。昨日の国立公園といい、キルギスはいいなあなんて車内では思っていたが、ビシュケクの終わった空気を吸うとやはり殺意が湧いてきてしまう。一刻も早くここから立ち去りたいと6時間ぶりに再び思う。

咳き込むさななと宿に戻り、マサカリと合流を果たして、一休みの後に近くのレストランへ夕食を摂りに出かけた。はっきり言って、ビシュケク市内で良い思いをしたことは今のところ1度もない。なんとかこの食事で挽回して欲しいところであったが、この街への多様の悪印象はここで決定的になってしまう。
まず、そこそこ値段がした料理が普通に期待外れであり、かなりダメージが入った。しかし、これは多様が冒険しようと「ステーキと副菜盛り合わせ」なる謎メニューを頼んでしまったのが悪い。さななの中央アジアグリルは美味かったので、自分のミスである。

味は学食のハヤシライスみたいな感じだ
本当に残念だったのは、店に入った時からの勘繰りが確信に変わった退店時の出来事だ。
席に案内され、注文をするまでの間、店員の態度がなんとなく素っ気ないことが気になっていた。頭によぎったのは、昨晩宿のキルギス人から聞いた、ビシュケク市民の対中感情に関するエピソードだ。近年、「一帯一路」の下で中国資本と中国人の進出が著しいここビシュケクでは、中国人への差別意識が蔓延しつつあるという。我々は、進行形で差別を受けているのではないか?その後も食事中に会計を急かされたり、他のテーブルにはあるパンの提供を断られたりし、我々が特別扱いされていることはほぼ確実になってきた。
退店間際、疑念を確かめるべく、多様は店員らに自分たちが日本人だと伝えてみた。この前に中国語の翻訳を提示されていたので、彼らが我々を中国人だと思っていることは確実である。すると…「I'm so sorry, my bad」と平謝りされ、打って変わって満面の笑みで街や料理の印象を尋ねてくるのだ。
もちろん、3日滞在しただけの分際で、ここに暮らす彼らの歴史や感情を無視してこんなことを言うのは無責任だ。でも、ここまで来て国籍による差別を目の当たりにし、多様は本当に悲しかった。その上、彼らはどうも、それが明るみに出ることすら恥ずかしいと思っていないようだったので、多様はいっそうがっかりしてしまった。
明日は初めて終日ビシュケクで過ごし、夜にウズベキスタン・タシュケントに向けて出発する。最終日こそは、ビシュケクで良い思い出が作れることを願ってやまない。
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