8/12 ビシュケク→タシュケント
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さらば、ビシュケク!今日19時のバスで、しみじみと嫌いになってきたこの街を離れることができるので、我々は朝から晴れやかな気持ちになっている。太陽もサンサンと照って、3人の出発を祝福してくれているようだ。しかし依然空気が悪く、本当に不快である。
とはいえ、せっかく3日間も滞在したのだから、1つくらいはこの街の良いところを見つけて帰ってあげたい。12時半、これから6時間ほどの市内観光に、少なくとも多様は期待していた。

最初に向かったのは、ホステル近くのセントラルモスクである。ここは、2018年に政府の出資で建てられた中央アジア最大のモスクらしい。昨日バスターミナルに向かう道中でさななと発見していたので、道中で飯も食いがてら、とりあえず行ってみようということになったのである。
道中にはあのレストランもあり、昨晩のことを思い出して嫌な気持ちになってきた。よく見るとここらには中華系のスーパーやレストランが結構あり、中国系住民も多いエリアであることが伺い知れる。古くからの住民と中国系移民が心地よく共存できる未来を祈るばかりだ。
そんなことを考えていたら開いている店を全てスルーし、腹ぺこのままモスクに到着してしまった。戻るのも馬鹿らしいのでこのまま乗り込むことになったが、そもそも観光客が入れるのか誰も調べていなかったことに気づく。うーん、どうする?

暑くて調べるのも面倒だったので、とりあえず入ってみる作戦で行くことになった。恐る恐るゲートをくぐったが、中にはキックボードで遊ぶ子供もいたりして、観光客がいても全然大丈夫そうな雰囲気である。レッツゴー!
しかし、ここで思わぬピクトグラムに阻まれる。
・膝上の短パン禁止
マサカリはスポーティーなパタゴニアの短パンを履いている。このまま水に入っても大丈夫だという、非常に機能的な短パンなのだが、残念ながら丈が膝上だ。関係ないが、なんで街歩きにこれをチョイスしたんだろうか?
しかし、これはマサカリがちょっと腰パンになれば解決できる問題なので、多分大丈夫である。問題は次のピクトグラムであった。
・攻撃的なデザインのTシャツ禁止

こいつ(バナナ)があまりにも論外すぎるTシャツを着ているので、モスクに入れる可能性はゼロになった。ちなみに、これは自分で作ったらしい。
残念ではあるが、元々たまたま見て行くことを決めた場所だったので別にダメージはない。我々は切り替えて、中心部にある市内最大のバザールに移動することにする。
バスに揺られて30分、到着したバザール前は人でごった返しており、どこに本丸があるのか判然としない。ひとまず流れに乗って目の前の大きい建物に入ってみたが、そこはバザールではなくオフハウスだった。

Yandexマップ(中央アジアのGoogleマップ)曰く、バザールはオフハウスを出て右らしい。導かれるままに我々は30秒歩き、無事にバザールに到着できた。

着くなり食堂で腹ごしらえをしたのだが、ここでカードが使えず、手持ちの現金をほぼ使い果たしてしまう。これではバザールで何か買うことはできなそうだ。痛恨のミスをしたかもしれない。
しかし、歩き始めるとバザールの品物は果物を中心とした生鮮品ばかりで、あまり今購入したいものはなさそうだ。それに、活気はあるが似たような店ばかりで、正直あまり見応えもない。これまで訪れたどの都市にもあった類のマーケットである。

結局、20分ほどで全体を見終えてしまい、暑い中完全に手持ち無沙汰になった我々は、その辺のカフェでアイスを食べた。するとあっという間に17時になっていたので、西バスターミナルへと移動を開始する。バスは汚いターミナルの奥ですぐに見つかり、豪華なシートに腰を落ち着けると、いつの間にか国境にいて、出国手続きも終わっていた。この間特筆すべきことは何一つ起こらず、話すこともなくなったので、さななと多様はしりとりで3時間に渡り死闘を繰り広げた。

そんなわけで、特に嫌なこともなければ、特に良いこともないままに、ビシュケクでの観光は終わってしまった。結局のところ、この街はあまり我々の肌には合わなかったという印象だ。しかし、ビシュケク、そしてキルギスでできた思い出は、良い意味でも悪い意味でもこの旅行一と言えるものばかりで、この街を忘れることはきっと終生ないと多様は思う。
さらば、ビシュケク・キルギス!最高の思い出と最低の思い出をありがとう。ウズベキスタンでは、最高の思い出だけを作れたら良いのだが。
