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小説『はと、いとこ、はとこ』

おいしいものから生まれる小さなストーリー」は、実際にあるお菓子等を物語の種として、そこから思い浮かんだストーリーを書き綴っていく小説集です。今回のストーリーの種となるおいしいものは、豊島屋の「鳩サブレ―」です。(約1.1万字)

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 同じ年であるいとこのすずちゃんは、鳩サブレ―のファンである。

 幼稚園生のころに鳩サブレ―を食べて以来、魅了され、一途に鳩サブレ―を愛している。

 わたしもすずちゃんの影響を受けて(というのは気に入らないが)、同じく幼稚園生のころからずっと鳩サブレ―のファンでいるのだけれど、わたしがすずちゃんにどうしたってかなわないと思うのは、すずちゃんは鎌倉在住で、わたしは東京在住だ、という点である。というのも、鳩サブレ―を売っている豊島屋本店があるのは鎌倉で、そして鎌倉銘菓といえば鳩サブレ―で、つまりはお膝元の街にすずちゃんは住んでいるのだ。

 そのことを思うと、くやしくて、ときどきわたしはきいっとなるけれど、鎌倉は好きだし、すずちゃんのことも嫌いじゃないから、同志であり、ライバルでもあるすずちゃんの家にわたしはたびたび遊びにいく。母と一緒に。小旅行気分で鎌倉へ赴き、母と叔母が居間のソファでくつろいでおしゃべりに夢中のなか、わたしとすずちゃんは、毎度鳩サブレ―でおやつをしながらマウントの取り合いをする。

 といっても、わたしにできるマウントは、母の受け売りの鳩サブレ―豆知識を多少披露する程度で、それはすでにすずちゃんの知っているところで、わたしはだからいつも簡単にノックダウンされてしまう。そして試合のとどめにすずちゃんは、黄色い缶をもってくる。なかにはすずちゃんが授業で描いた似顔絵や粘土でつくった小さな象さんやビーズのアクセサリーが入っているが、当然、すずちゃんの自慢は缶の中身ではなく、鳩の描かれた黄色い缶をそのものだった。わたしの母は結構シビアで、わたしだって、その缶入り鳩サブレ―が欲しくて何度もおねだりをしたことがあったけれど、そんなにあったら食べ過ぎちゃうでしょ、と言って買ってもらえたことは一度もなかった。そのことを知ってか知らずか(いや、たぶん知っているのだ)、すずちゃんはわたしが遊びに行くたび、へへんと黄色い缶を持ってきては得意げに披露する。いいでしょ、と鼻高々になりながら。

 わたしはくやしくて、きいっとなるけれど、でも、やっぱりうやましいから、愛でるようにそっと缶を撫で、じっと眺め、そして「いいなあ」とつい本音を漏らしてしまうのをぐっと耐えて、「でも、大事なのは中身だもん。おいしいのはサブレ―の方だからね」と強がってみせる。そして帰り道、母の手をつなぎながらまたしても缶のおねだりするのだけれど、当然、母の返事はいつも変わらずノーなのだった。

 だから十歳になった誕生日、あの缶入りの鳩サブレ―をもらったときには嬉しくてつい小躍りしてしまったほどだ。やったー、ついに、わたしも缶ゲット!しかもこんなに鳩サブレ―がたくさん入っているから、ずっと食べられるじゃん!と。もちろん、賞味期限の関係もあって、結局なかみは家族みんなでおいしく分け合って食べたのだけれど、鼻高々になったわたしは、早速すずちゃんの家に赴き、その報告をした。

 するとすずちゃんは、ほほう、と余裕の表情をみせ、それから自分の学習机の引き出しをすっと開けると、なかからなにかを取り出し、不適な笑みを浮かべたと思ったら、わたしの目の前にそれをぶらりんと手でつまんで見せた。

「なにそれ!小さい鳩サブレ―!」

「いいでしょ。鳩三郎だよ。本店でしか買えないグッズなんだよん」

 奇しくもわたしが鳩サブレ―缶を手に入れたのと同じタイミングで、すずちゃんは本店で販売が始まったばかりの鳩サブレーグッズを手に入れていたのだ。鳩サブレ―そっくりの根付。その名も鳩三郎。わたしはまたしても、きいっとなった。くやしさはすぐに苛立ちに変わり、そしてその苛立ちは嫉妬なのだと思った。わたしはその日の帰り、早速、母と一緒に本店に立ち寄り、なけなしのおこずかいをはたいてそれを買った。なんだかすずちゃんの真似みたいでしゃくだったけれど、それはわたしが東京在住がゆえのタイムラグなのだと自分に言い聞かせ、わたしは帰りの横須賀線のなか、それをニマニマと眺め続けたのだった。

 ―という、鳩サブレ―にまつわる思い出話をすると、圭祐けいすけは笑った。

「で、それが、その、鳩三郎なの?」

 圭祐の視線の先、わたしのガラケーには鳩三郎がぶらさがっている。が、それは当時のものではなく、わたしにとっての二代目鳩三郎だ。初代は黄色い缶のなかにいまも大切に保管してある。

「まあ、要するにえりは、その、すずちゃんっていういとこが好きなんだね」

 圭祐に微笑ましそうにそう言われ、びっくりしたわたしはすぐに、

「ちがうよ。わたしが好きなのはすずちゃんじゃなくて、鳩サブレ―だから」

 と否定したものの、たしかにわたしとすずちゃんはなにやら因縁めいたものがあるというのか、どこか似ているし、切っても切れない間柄であるのは事実である。こうしていま、高校生になり、初めての彼氏ができたけれど、同じとき、すずちゃんにも初めての彼氏ができたようだし、こうして同じようにすずちゃんのガラケーにも鳩三郎がついているし、中学生のころもなんだかんだいってしょっちゅう会っていたし、高校生になったいまでもふたりでちょくちょく遊んでいる。

「疲れてるの?」

 放課後、高校から駅まで続く道のりをふたりでぶらぶら歩きながら、圭祐は退屈そうにあくびをする。ひょっとして、わたしの鳩サブレ―小話にいい加減飽きたのかもしれない、と内心ひやひやしながら聞くと、

「なんだか、えりの話聞いてたら、ひさしぶりに鳩サブレ食べたくなったな」

 と圭祐が無邪気な笑顔をみせたので、嬉しくなったわたしは、

「なら、今度買ってくるから、一緒に食べようよ!」

 と言ったものの、内心、モヤモヤッしたものが渦巻いた。それでつい、やめておけばいいものの、

「あのさ、ごめん。ちょっと確認なんだけど」

 と立ち止まり、やや強い口調で指摘してしまう。

「いまさ、鳩サブレって言わなかった?サブレって。あのさ、鳩サブレ―は、サブレ―だから。レ―。伸ばすんだよ。レ―って。棒線つけるの。長音なの。これさ、結構間違える人多いんだけど、なんかモヤっとするんだよね。東京に住んでいる人にはとくに多いんだよね。って、わたしも東京人だけどさ。でもやっぱり、鳩サブレ―好きのひとりとしては、こう聞き逃せないんだよね」

 まくしたてるように言ってから、しまった、と思ったが遅かった。圭祐はなんだか冷めた視線をわたしに向けていた。

「…なんつうか、えりの人生には欠かせないもんなんだな。その、鳩サブレ――――って」

 嫌味ったらしく圭祐はレーの音を伸ばして言って、ひとり先にスタスタと駅まで歩きだしてしまった。ちがうちがう、ってなにがちがうのかも分からないまま、慌てて圭祐のあとを追ったけれど、結局、はじめてのこの恋はこの三週間後に見事に破綻するのだった。むろん、それは鳩サブレ―のせいではない。圭祐はなんでも人に指摘されるのが気に食わないプライドの高い男だったからである。そして同時期、すずちゃんの恋にも終止符が打たれていたが、それは、すずちゃんの彼氏が鳩サブレ―愛を語るすずちゃんをバカにしたことから始まった喧嘩が元だそうで、なんだかわたしとすずちゃんは不思議とどこか似ているところがあるのだった。

🕊

 そして大学生になり、わたしは東京の国立大学へ、すずちゃんは神奈川県の私立大学へ進学をはたした。そのころにはふたりで会う機会はだいぶ減っていたけれど、互いの鳩サブレ―に対する愛は変わらず、わたしはよく自分へのおやつに鳩サブレ―を買っていたし、所属した文芸サークルの差し入れにも鳩サブレーをよく買っていたし、授業で使う資料は当然、鳩サブレ―クリップスで可愛くとめていた。そして、すずちゃんはすずちゃんで、同じくやはり、ひさしぶりに会えば鳩サブレ―をお茶請け菓子として用意してくれ、鳩妻鏡ハトミラーを見ながらメイクをし、増えた黄色いハトサブレ―の空き缶には化粧品やそのサンプルなどをたっぷり詰め込んでいるようだった。

「で、すずちゃんは一人暮らししないの?」

 すずちゃんの部屋のビーズクッションに背もたれ、鳩サブレ―をざくざく食べながらわたしが聞くと、

「うーん、しないかなあ。鎌倉好きだしねえ」

 と、すずちゃんはベッドのうえであぐらをかいた姿勢で鳩妻鏡ハトミラーをみながらアイラインを引き、間延びした口調でこたえる。うちは結構シビアなので、卒業して就職したら一人暮らしをする約束になっているのだけれど、すずちゃんの家では、一人娘であるすずちゃんが実家に居たければいつまでも家にいていいことになっているらしい。いいなあ、同じひとりっ子なのに待遇が違うなあと、とうっかり声を漏らすと、すずちゃんは、

「それにほら、東京って、なんだかモザイクっぽい街じゃん。いろいろ寄せ集めたような。個性あるようでないような。広がりすぎてぼやっとしてるっつうか、落ち着いていないっつうか」

 と畳み掛け、「やっぱり、古都鎌倉にいたいよねえ。山も海もひんもあるし。それになんといっても、鳩サブレ―の街だしねえ」と若干うえから目線で言われ、わたしは内心むっとする。鎌倉だって、人多いし、潮風あるし、湿気あるし、決して住みやすいとはいえないくせに。という負け惜しみに思われそうな言葉をぐっと飲み込み、代わりにミルクティーを優雅なふりして飲む。

「なら、やっぱり就職先は豊島屋とか狙ってるんだ」

 そう問うと、すずちゃんは外国の人みたいに首をすくめ、「いや、好きと仕事はべつでいいかな」とあっさり言って、ようやく合コンに向けてのメイクが済んだらしく鳩サブレ―を手にとり、ざくざく食べた。

 メイク濃いな、と思う。すずちゃんは大学生になり、ちょっとギャル化した。それでも変わらず好物は素朴な鳩サブレ―なんだから妙なギャップがある。そんな東京をちょっと小馬鹿にし、鎌倉愛を滔々と語っていたすずちゃんだったが、蓋を開けてみれば、メイク好きが高じて東京にある化粧品会社に就職し、卒業後はあっさり鎌倉に手を振り、東京にひとり移り住んだ。わたしはわたしで、無事公務員になって区役所に勤めることになり、実家の三駅先にあるアパートで一人暮らしを始めることになった。

 仕事から帰り、疲れた脳みそと体を癒してくれる甘いおやつには鳩サブレ―。自分でもまあ、よく飽きずに食べるもんだと思いながらも、社会人になってからもわたしは鳩サブレ―愛を継続していたが一方、すずちゃんに関しては、その動向がつめなかった。仕事が忙しく残業続きらしく、連絡がとれないし、会うことが叶わない。

 一度、心配して日曜日の昼間に直接家を訪ねてみたら、すずちゃんはすっぴんのげっそりした顔で出迎えてくれた。親が家賃を出してくれているという、新築マンションの綺麗なワンルームは、南向きで日当たりもよく、自分の暮らすアパートよりも明らかに格上だったが、不思議と空気はどんよりとしていた。シンクに溜まった洗い物や、畳まれないままぐちゃっと放置された洗濯物の山。くわえて、すずちゃん自身から発せられた負のオーラがあちこちに漂っており、わたしは叔母さんに頼まれていたのもあって仕方なく部屋の片づけをしてやると、散らかる美容雑誌の合間から鳩サブレ―を包んでいたフィルムがいくつか出てきた。袋のなかには甘い匂いのする粉がまだすこし残っている。

「すずちゃん、いまもやっぱり食べてるんだね!」

 ちょっと嬉しくなって言うと、すずちゃんはみるみる顔を赤らめ、眉をぷっくら膨らませると、「やっぱ、鎌倉で食べる鳩サブレ―の方がおいしいんだよっ!水も空気もいいからねっ。東京疲れたー!」と叫び、いきなりうずくまって派手に泣き出した。いや、蕎麦じゃないから、と言うわたしの声も届かないまま、すずちゃんが泣きじゃくるので仕方なくわたしは台所にいき、鳩サブレ―マグネットの貼ってある冷蔵庫の扉を勝手に開き、見つけた冷えた麦茶をグラスに注いで入れてやった。

 ついでにキッチンまわりも掃除していると、新たに増えた鳩サブレ―の黄色い缶が目に入り、開くとなかには出汁類や乾物類などがきれいに整理して保管されてあった。が、よくよく見るとそれらのいくつかは賞味期限が切れており、なんだかわたしは切なくなった。きっと、すずちゃん、そのうち会社を辞めて鎌倉に戻るのだろうな、と同情していたわたしだったが、そんな予想裏切り、すずちゃんはここから持ち前のガッツと負けず嫌いを遺憾なく発揮し、二年後には先輩風を吹かせるやる気満々社員になり活躍。そしてさらにその一年後にはフランス支社への勤務に抜擢され転勤。単身、パリ在住の身となった。

 一方、わたしは地道に区役所と家を往復する日々で大きな変化もなく、よくいえば平穏な日々、よくなくいえばとくに面白みのない日々を過ごして年を重ねていった。以前と変わらず、たまに鎌倉の叔母の家に母と一緒に遊びに行っては、他愛ないお喋りをし、すずちゃんから送られてきたというパリの美しい写真を見せてもらっては感嘆の声をあげたり、感心したりし、すっかりすずちゃんとは物理的にも精神的にも離れてしまったように感じられた。

 青空のもと、エッフェル塔を背景にキラキラした笑顔を見せる写真のなかのすずちゃんは、シンプルでお洒落なファッションに身を包んでおり、メイクも昔のように濃くなくナチュラルで上品な仕上がりで、いかにも充実しているようにみえた。あんなに鳩サブレ―をこよなく愛していたはずのすずちゃんだったのに、どうせ今頃こっちのことなんて忘れてマカロンばっかり食べているんだろうな、と、ひねくれていたわたしだったが、叔母いわく、すずちゃんのリクエストで定期的に鳩サブレーを国際郵便で送っているのだと聞いたときにはちょっと驚いた。

『それがさ、こっちの人にも好評なんだよねー』

 とは久方ぶりのすずちゃんからのメールである。様子を窺おうとメールをしてもなかなか返信を寄越さないすずちゃんであったが、鳩サブレ―のことを持ちだしたらわりと早めに返信があった。

『そりゃあ、えりちゃんが言うように、こっちはサブレの本場よ。でもね、やっぱりおいしいものは国境超えて愛されちゃうのよ。かわいいし、バターたっぷりだし、甘さもちょうどいいし、シンプルって強いからね。おいしいものは万国共通ってなわけ!』

 と相変わらず文面で熱く語るすずちゃんの言葉を読みながらわたしは懐かしい気持ちになって胸がちょっと熱くなった。それで、

『わたし、いま、初代鳩三郎持ち出してきて、緑茶飲みながら一緒に鳩サブレ―食べているんだよ~♪』

 と返信すると、

『鳩三郎!わたしもパリまで連れてきてるよ!でもって、このメール書きながら当然鳩サブレ―食べているんだけど、こっちじゃすぐに買いにいけるわけじゃないから大事にけちけち食べてるの。くやしいっ』

 と後日返信があり、わたしはひとりほくそえんだ。そして、そのころから再び、わたしとすずちゃんはメールでちょくちょくやりとりをするようになり、

『大変!運命の出会いがあった!』

 とすずちゃんからメールがあったのはちょうど二十七歳のときになる。

 聞けば、すずちゃんの同僚の家で、おやつやワインを持ち合う洒落たホームパーティーがあったらしく、その際、すずちゃんは日本から届いたばかりの鳩サブレ―を浮き浮きと持参していったらしい。すると、それに食いついてきたのが(とは人聞き悪いとすずちゃんに抗議されたが)、パリに滞在中のみっつ年上の日本人デザイナーだった。パッケージデザインをしている人らしく、会った瞬間からふたりは大いに盛り上がり、そしてあっという間にすずちゃんは恋に落ち、気持ちを確かめ合って、すずちゃんの言葉を借りれば、彼はすずちゃんにとってのモンシェリになったらしい(モンシェリってなんだと思ったら、フランス語でわたしの最愛の人という意味らしい)。

 ええっ、すごいじゃん、と驚いたのは、奇遇にも同じころ、わたしも運命の出会いをはたしていたからだった。しかもきっかけは同じく鳩サブレ―。といっても、わたしの場合は、お菓子ではなく、鳩がうえに乗ったボールペンである。

「あ、ハトカー」

 四月一日付けで同じ課に異動してきた男性の手に握られていたそのペンを見て、思わずわたしはつぶやいてしまった。ハトカーとは、ボールペンの頭についた鳩を取り外して後ろに引くことで駆動することができる遊び心あるグッズのひとつで、その持ち主の男性あらため田辺くんは、気がつかれたのがうれしいのか、「あ、知ってます?」と椅子をくるりと回転させて振り返り、笑顔で反応してくれた。そしてそこから会話は弾み、(これ可愛いけどちょっと重たいんですよね。いや、じつはうちの祖父母の家が鎌倉にあるんですよ。鳩サブレ―も好きなんですけど最近は『きざはし』が好みでして―)、意気投合し、日を重ねるうち、わたしも気がつけばあっけなく恋に落ち、流れ辿り着くように田辺くんはわたしの恋人になっていた。真面目で、穏やかで、年齢がみっつ年下の田辺くん。田辺くんの通勤用の黒い四角いショルダーバッグには鳩ぽっぽという、これまた鳩サブレ―グッズの白い鳩の根付が付いていたが、それは田辺くんの趣味ではなく、田辺くんのおばあさんがくれたお守り的な存在らしい。

「鳩って、八幡様のシンボルだし、平和の象徴だし、愛らしいから、ということでいただきまして」

 昼時、一緒に職場近くの公園のベンチに腰掛け、弁当ランチをしながら照れくさそうに田辺くんは言って頭を掻き、

「でも、まえに環境課にいたときには、敵のような扱いをされることもありましたけどね」

 と、足元で餌を探してのんびり歩く鳩たちを見つめながらそう笑って付け加え、最後に、

「まあ、でも、外野がいろいろ言ったところで、結局、鳩は、鳩でしかいられないですから」

 そう落ち着いた口調でまとめる田辺くんを、わたしはなんだかより一層いいなと思った。そして、たぶん、この人と結婚するのだろうな、と、ふわっと胸で捉えた予感は正しく、付き合って一年ほどでプロポーズされ、わたしは田辺くんと結婚し、そしてなんと鎌倉へ移住してしまった。

 というのも、田辺くんの祖父母が鎌倉で作家物を集めた器屋をやっており、その後を田辺くんが継ぐことになったからだ。役所をふたりして辞め、籍を入れ、いざ鎌倉のリノベ古民家で新婚生活へ、と気合いを入れてやってきたものの、すぐにわたしの妊娠が分かり、鎌倉暮らしをたのしむ余裕もなく慌ただしく日々は過ぎていった。田辺くんは必死になって古めかしい店を改装し経営し、わたしは新しい住まいを整えつつ、母と叔母に協力してもらいながら初めての妊娠、出産を経て、育児に奮闘。正直、そのころの記憶はほぼないに等しい。

 そして同じころ、同じような経験をしていたのが、すずちゃんである。

 パリでの任務を無事終えたすずちゃんは、運命の人こと、モンシェリ梁井やないさんと仲良く一緒に帰国をして即結婚。華やかな結婚式を鎌倉で挙げ、プチギフトには当然のごとく、鳩サブレ―をみんなに配った(ちなみにわたしと田辺くんは将来にかかる費用をシビアに考え、結婚式は挙げずに籍だけを入れた)。その後もバリバリと仕事をこなすすずちゃんであったが、結婚して間もなく妊娠が判明。ぎりぎりまで勤務を続け、産休に入るとすぐに鎌倉へ戻り、休む間もない叔母のサポートを全面に受けながら、わたしが利用したのと同じ産院で無事出産をし、わたしの半年遅れでママとなった。

「いやあ、身近に先輩がいるのは頼もしいもんだね」

 すずちゃんは電話越しによくそう言ったものだ。わたしもすずちゃんもともに女の子を生んだので共通の話題も多く、成長速度の確認も気兼ねなく話題にしやすく、それが互いの励ましにもなったのかもしれない。そして娘が三歳を過ぎたころ、我が家にすずちゃん一家を招き、待望のファースト鳩サブレ―の日を迎えた。

「どう?どう?どう?」

 目を輝かせてしつこく我が子に迫る母ふたりのことを、田辺くんも梁井さんも苦笑いで見守ってくれていた。

「うんっ、おいしー!」

 満面の笑みをみせる我が子たちをみて胸熱くなり、目に涙を浮かべる母ふたりのことを、田辺くんも梁井さんも半分引き気味で見守ってくれていた。

 それからわたしとすずちゃんは、たびたび、互いの家に集まり、家族ぐるみの親交を深めていった。シンプルな白シャツにチノパンをさらっとハイセンスに着こなす、時代の先端をゆく梁井さんと、ポロシャツとジーパンを年季のこもったような渋さで着こなす、古きを重んじる田辺くんは、一見、合わなそうにみえたけれど、互いの違いを面白がって認めあって気が合ったらしく、たまにわたしたちの知らない場所でさかずきを交わして飲んでいるらしい。そんな流れもあってか、我が器屋のパッケージデザインを梁井さんがしてくれることになった。藍色の地に、震えたような細い線で描かれた器のイラストがいくつもある、味わい深いデザインである。

「うーん、やっぱりいいねえ。センスあるねえ。モンシェリの手掛けるデザインはねえ」

 向かいのソファに背もたれ、包装紙をまじまじ見つめながらすずちゃんは惚れ惚れした声で言う。今日はひさしぶりにすずちゃんの鎌倉の実家に集まり、みんなでランチをしたところなのだ。もちろん、このあとのおやつとして、鳩サブレ―が藤カゴにたくさん盛られて用意されてある。

「お客さんにも好評なんだよー。国内外、老若男女問わずにね」

 冷えたルイボスティーを飲みつつ笑顔を向けると、「でしょうねえ」とすずちゃんは自分の手柄のように自信たっぷりうなずき、「モンシェリ人気で忙しいからさ。えりちゃんたち、ほんとうにラッキーだったよ」と例によっての上から目線での物言いをしてくるが、もう慣れっこである。「はいはい、ありがとうねー」とわたしはむかつくことなく、受け流すすべをすっかり身に付けている。本当は、今日、梁井さん本人に改めてお礼をちゃんと言いたいところだったけれど、梁井さんは実際人気デザイナーで多忙を極めているらしく、今はロンドンに出張中だという。そして田辺くんは今ごろ店で接客中で、母も叔母もさきほど満開になってきた明月院の紫陽花を鑑賞しに出かけたところなので、この広い居間を、わたしとすずちゃん、そして四歳になったわたしの娘えなと、すずちゃんの娘りりちゃんの四人で独占するかたちになっている。そのせいもあってか、居間に敷かれたラグのうえには鳩サブレ―グッズが散乱している。というのも、えながこれまで集めてきたそれらグッズを、りりちゃんに披露すべく、わざわざ自宅から徒歩二十分かけてえっさほいさと持ってきたからだ。

「これいいなあ。あ、こっちはね、あたしも持ってる」

 りりちゃんはラグのうえに足を投げ出し、目をきらきらさせてグッズを鑑賞している。鏡だの、消しゴムだの、付箋紙だの、定規だの、求められたそれらを次々買い与えてしまったのは、うちがシビアで幼少期になかなか手に入らなかった反動もあるかもしれないし、やはり親の影響、あるいは洗脳により、えなも同じく鳩サブレ―がえらくお気に入りになったせいもあるかもしれない。対してりりちゃんは、といえば、やはり同じく鳩サブレ―がお気に入りだけれど、すずちゃんのような対抗心はなく実に友好的である。

「ねえ、ママ。あれ、あれ、はやく出してっ」

 駆け寄ってきたりりちゃんがすずちゃんにねだると、すずちゃんはわたしをちらり得意気に見たあと、奥の和室に行ってなにやらガサゴソと音をたてながら身を潜めた。と思ったら、満を持したように、

「じゃーん!いいでしょう!」

 と言って、大きな鳩サブレ―のクッションを見せつけるように胸の前に持ってあらわれた。

「あー、キュッションじゃん!当たってたのー?えー、わたしたち、外れたのにい」

 三月六日の鳩サブローの日を記念して数量限定発売された鳩サブレ―のかたちをしたクッションはとても人気で、かつ抽選制だったため、わたしたち親子は外れてしまったのだが、どうやらすずちゃんたちは見事に当選をしていたらしい。へへん、と、子どものころと変わらずの得意げな表情を浮かべるすずちゃんであったが、りりちゃんはクールに「ねえ、ママ。早く貸して」とキュッションを受け取るとすぐにえなのもとへと駆け寄り、

「これ、いつでも貸してあげるからね」

 と天使のような笑顔をみせ、わたしは思わず感動してしまう。りりちゃんの性格はどうやら梁井さん譲りのようだ。

「優しいねえ、りりちゃん」

 ソファに戻ってきたすずちゃんに感心気味に言うと、「わたしに似てね」とさらっと真顔で言うものだから、思わずわたしはうしろにひっくり返りそうになる。一体、すずちゃんの自信はどこからくるのだろうか。恐ろしい反面、ちょっとうらやましくもある。そんなこちらの胸の内など知る由もなくすずちゃんはソファに転がしていた華奢なハンドバッグを手元に引き寄せると、なかから小さな黄色いライトを取り出し、「じゃじゃーん、鳩ビーム!」と元気に言って、ライトを点灯させ、壁に当てた。鳩サブレ―のかたちをした黄色い光が壁のうえで踊る。

「それはねえ、わたしも持ってるよー。今日は家に置いてきちゃったけど」

 というか、鳩サブレ―の光を映し出すミニライトは勢い買ったものの、使い道が分からないのが本音なのだけれど、

「今度、仕事でプレゼンするとき、ポインターとして使っちゃおうかなあ」と、すずちゃんはいたずらっ子のような表情をみせ生き生き話す。新作グッズに浮き浮きする姿は子どものころとなんら変わっていない。

「にしても、グッズの進化がとまらないねえ」

 感心するわたしの声に「ほんとほんと」ととなりですずちゃんも大きくうなずき、ライトを再びバッグのなかに戻すと、カゴにどっさり盛られてある鳩サブレ―に手を伸ばした。

「これはでも、昔も今も、変わらず、だけどね」

 すずちゃんはそう言って笑うと、

「ほら、りりもえなちゃんもおやつにしよー!」

 と声掛けし、子どもたちふたりも元気よく駆け寄ってくるなり鳩サブレ―に次々手を伸ばす。

 そしてみんなでソファに座り、一斉にピリリと袋を破る。ザクザクッと音をたてて食べれば、甘くて優しい、素朴な味わい。自然と笑みがこぼれてしまう。向かいでえなとりりちゃんがとなり合って座って見つめ合い、なにやら耳元でこそこそ内緒話をしながら笑いあっている。そんな微笑ましい姿に、

「きみら、はとこ同士でほんと仲良しだねえ」

 と思わず言葉を漏らすと、ふたり同時にきょとんと、「はと、…こ?」と声を出すものだから、今度はわたしがすずちゃんと顔を見合わせてふきだしてしまう。まったくもって息ぴったりだ。

「あのね、わたしたちの関係はいとこっていうでしょ。で、りりとえなちゃんの関係は、はとこっていうの」

 すずちゃんが不思議そうな顔をする我が子らに胸を張って堂々説明し、

「で、これは、はと!」

 と、最後に鳩サブレ―を指さしてけらけらっと笑う。

 すると、

「あたしたちははとこ、ママたちはいとこ、これは、はと!」

 と、えなたちもすぐさま輪唱するように真似をして、なぜだかお腹を抱えてげらげら笑う。

 そんなふたりの様子にすずちゃんはふうっと満足そうな笑みを浮かべると視線をこちらに寄越し、

「まあ、でもホント、わたしたちの人生に鳩サブレ―って、つくづく欠かせないもんだよねえ」

 としみじみ言って、早くも二枚目に手を伸ばした。

 おや、と、わたしは思う。

 その台詞、いつだったか、誰かにも言われたような。

 思い出せないけれども、でも、振り返ってみれば、確かにその通りのような気もするから否定はせずに、わたしもすずちゃんに負けじと、普段は一枚でおさえているところ、今日はもう一枚いいかと、カゴに盛られてある鳩サブレ―にうふふと手を伸ばした。

(了)

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お読みいただきまして、ありがとうございました。
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ちなみに作中でてくる、田辺くん最近のお気に入りのおやつ『きざはし』はこちらです♪

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