受け取った言葉は、頭の中で変換されて心に届いていた
相手に悪意があったわけではない。
それでも、
相手の一言に苦しくなることがあった。
相手の言葉そのものに傷ついたと思っていたけれど、
今思うと、
私の中で変換された言葉で
苦しくなっていたのやもしれない。
もちろん、
明らかな悪意ある言葉は別です。
これはどう受け取っても、苦しい。
中には、
「なにクソ!」
とバネにできる人もいるかもしれないけれど、
私には難しい。
今回考えたいのは、
悪意がある言葉ではなく、
人から言われた言葉を、
耳で受け取り、
頭で変換し、
心に届けているのだとしたら、
その途中で、
何が起きているのだろう、ということ。
同じ出来事でも、
頭の中でどう変換されるかによって、
心への届き方は変わる。
以前、
「事実はひとつ、解釈は無限」
ということを書いたことがありますが、
今回考えたいのは、
その解釈が生まれる少し手前のこと。
人から言われた言葉が、
自分の頭の中でどう変換されて、
心に届いているのか。
今回は、
この「脳内変換」について、
少し考えてみました。
「捉え方」ではなく、「脳内変換」と呼びたい
「捉え方」という言葉でも、
意味は通じると思いますが、
今回見たいのはもう少し具体的に、
人からの言葉が、
自分の頭の中でどう変換されているのか。
という部分です。
相手はそこまで言っていないのに、
自分の中で意味が足されることがある。
ただの一言が、
頭の中で別の言葉に変わって、
心に届くことがある。
その感覚が、
私には「捉え方」というより、
「脳内変換」に近い気がしました。
なので、今回は「捉え方」ではなく
「脳内変換」として書き進めていきます。
脳内変換では、いろいろなものが混ざる
人からの言葉を、
頭の中で変換するとき、
そこには、
言葉そのもの以外のノイズも
含まれている気がします。
相手の表情。
声のトーン。
その場の空気。
過去の経験、トラウマ。
自分への視線、評価。
「ねば」「べき」のような固定観念。
…など
良い意味でも、悪い意味でも、
頭の中には、
いろいろなノイズがある。
だから、
今の相手が言った言葉なのに、
昔、言われた言葉や、
過去の自分の記憶に引っ張られて、
別の意味に変換してしまうこともある。
相手はそこまで言っていないのに…。
私の中で、
過去の記憶や不安が足されて、
勝手に重たい言葉に変換している。
同じ言葉でも、届き方は変わる
例えば…
仕事や私生活で、自分がミスをしたとき。
そのミスを教えてもらうことがあります。
事実だけを見ると、
「ミスを教えてもらった」だけ。
でも、
ネガティブな脳内変換が起きると…
「否定された」
「責められた」
「呆れられた」
「もう頼まれないかもしれない」
「信頼を失ったかもしれない」
「評価がさがったかもしれない」
そんなふうに、
言葉にいろいろな意味が足されていくことがある。
そうなると、
相手の言葉そのものよりも、
自分の中で変換した言葉に苦しむことになる。
でも、
少し落ち着いて変換できると…
「大事になる前に教えてくれてよかった」
「次から気をつけられる」
「自分では気づけなかったところを教えてもらえてありがたい」
「認識が甘かった…改めて勉強になった」
そう受け取れると、
同じ出来事でも、
心への届き方が少し変わる。
これは、
無理にポジティブに変換しているわけではなくて、
事実と、自分の中で足された意味を、
少し分けて感じられるようになったんだと思います。
相手の言葉と、自分の変換を分けて見たい
もちろん、
毎回すぐに冷静になれるわけではありません。
苦しくなるときは、やっぱり苦しくなる。
不安になることもあるし、焦ることもある。
恥ずかしさや自責が出てきて、
過去の記憶がよみがえることもある。
でも、
少し落ち着いたあとに、
「あ、これは相手の言葉そのものじゃなくて、
私の中で変換された言葉かもしれない」
と気づけるようになりたい。
相手が言った言葉。
自分の中で足された意味。
過去の記憶や不安によって、
重たく変換された言葉。
それらを少し分けて見られると、
言葉の本質や真意を、
もう少し冷静に確認できる気がします。
脳内変換は、
直すべき悪い癖というより、
自分の中で何が起きているのかを知るための、
ヒントなのかもしれませんね。
これからも、
苦しくなったときほど、
「今、私はどんなふうに変換したんだろう」
と、少し立ち止まって見ていきたいです。

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