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「事実はひとつ、解釈は無限」|根に持つ私が過去を見つめ直す

「事実はひとつ。解釈は無限。」
頭で分かっていても
なかなか腑に落とすことが出来ませんでした。


「あれがあったから今がある」
「きっと必要な経験だった」
「前向きに捉えればいい」


だなんて、素直に思えない…!


思い出すだけで胸がキュゥゥウっとなったり、
腹が立ったり、寂しくなる。
「あのとき、どうして」と考えてしまう。
(結構、根に持つタイプです。笑)


ただ、ここ最近、
自身を俯瞰できるようになり、
内省もするようになった。


過去の辛かった出来事を
今の私が見た時、どう感じるか。


無理にポジティブな意味付けをするのは、
少し違う気がするけれど、
手放しても良さそうな出来事であれば
今時点の解釈で、意味付けをして
手放してしまいたい。


と、冷静に思えるようになりました。



前向きになれない出来事もある

冷静に
「これは他の見方もできるかもしれない」
と思えるときもありますが、
毎回そう思えるわけではありません。


出来事の真っ只中にいるときや
気持ちに余裕がないときは、
「別の解釈をしてみよう」
だなんて思えない。


過去の嫌な記憶が蘇り、
しんどい。
悲しい。
腹が立つ。
悔しい。
納得できない。
というような、感覚、感情が
改めて湧いてくることもあります。


その状態で、
無理に前向きな意味付けをしようとすると、
当時の自分の気持ちを
無視しているような感じがします。


だから、
すぐに解釈を変えられないことも、
私は自然なことだと思っています。


なので、
「解釈は無限と知っていても、
今はまだ、その出来事を別の角度から見られない」
それは、それでOKだと思うんです。


思い出したときに、気持ちが落ちるようならば
「あれは、しんどかったよね」
と感じたままを受け入れ、
当時の自分が感じたことは否定しない。
そのことのほうが大事だと思います。


だって、しんどかったんだもの…。



過去に執着するのにもエネルギー消費する

私にも未だに手放せていない過去がたくさんあります。


思い出すたび、当時の感情とともに、

「あのとき、こう言えばよかった」
「どうしてあんなことをされたんだろう」
「なんで私は、あの場で何も言えなかったんだろう」
「あのとき、私はどう立ち回るのが正解だったんだろう」

と、思考がグルグルし始めて止まらなくなる。


そして最近、少し思うんです。
過去に執着するのにも、
気力を使っているんだなー、って。


怒ることにも、
悲しみ続けることにも、
何度も思い出して意味を探すことにも、
エネルギーが必要。


だからこそ、
手放せたときに心が軽くなるのかもしれません。



今の自分だからできる解釈

過去の出来事は、
事実そのものが変わるわけではありません。


でも、
時間が経って、
自分もいろいろ経験して、
冷静に俯瞰することができるようになると
当時は見えなかったものが
見えてくることがあります。


例えば、
小さい頃に、欲しいものを親にねだったけれど、
買ってもらえなかった出来事があったとします。


そのときの子ども側から見れば、
買ってほしかった。
寂しかった。
我慢した。
自分だけ持っていない疎外感を感じた。

と、色んな気持ちが出てくると思います。


ただ、時間が経って、
大人になった自分の視点で見たときに、
親の事情に気づくこともあります。


もしかしたら、
お金にあまり余裕がなく、
買ってあげたくても、
買ってあげられない状況だったのかもしれない。


欲しいものは買ってもらえなかったけれど、
別の形で与えられていたものも
あったのかもしれない。


これは、
当時の寂しさを消すための解釈ではありません。
「だから我慢して当然だった」
と言いたいわけでもありません。


ただ、
当時の自分には見えなかった背景を
今の自分なら想像できるものもあると思うんです。



過去の出来事を仕分ける

過去の出来事を思い出したとき、
今でも気持ちが落ちるものは
まだ無理に意味付け、手放しをしなくてもいい。


でも一方で、
思い出したときに、
「あ、そうそう。そんなこともあったな」
と、軽く流せるようになっているものは
改めて解釈、意味付けをして
手放してもいいのかもしれません。


過去の自分が感じたことを認めたうえで
今の自分が別の解釈ができた。
意味付けをすることができた。


手放せないものは、そのままでもいい。
手放せそうなものは、今の解釈でそっと手放していく。


そんなふうに、過去の出来事を仕分けしています。



今の自分で改めて解釈してみる

色々経験してきた今の自分だからこそ、
改めて見えてくるものもあります。


当時は分からなかった背景。
相手側の事情。
自分が本当は何に傷ついていたのか。
あの出来事の中で、どうしたかったのか。


同じ出来事でも、
当時の自分が見ていた景色と、
今の自分が見ている景色は
少し違うのかもしれません。


だから、
過去を無理に明るく変換するのではなく、
今の自分の目で、もう一度見てみる。


当時の感情を否定せずに
今の自分だからできる解釈をしてみる。


事実はひとつ。
でも、解釈はひとつではない。


過去の出来事をどう見るかは、
当時の自分だけで決めなくてもいい。


いろいろ経験してきた今の自分で、
改めて解釈してみる。


今は、そんなふうに
過去の出来事を見つめ直していきたいと思っています。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もし
「無理に前向きにできない過去がある」
「今の自分なら少し違う解釈ができるかもしれない」
と感じるところがあったら、
スキで教えていただけると嬉しいです✨


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