2026年2月22日詳解③:Presenteeismと感染予防遵守の構造的限界:「個人の努力」から「システム設計」への転換
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2026年2月22日ー医療従事者の職業感染管理についての最近の動向の詳解③:Presenteeismと感染予防遵守の構造的限界:「個人の努力」から「システム設計」への転換についてです。
1. なぜこの知見が重要か
感染予防・管理(IPC)の実践は、医療従事者(HCP)個人の行動遵守に大きく依存しています。手指衛生、適切な個人防護具の着脱、病欠時の就業回避——これらはすべて、個々のHCPが「正しい行動を選択する」ことを前提としています。しかし、この「個人の意志と努力」に依拠するモデルは、構造的な限界を露呈し続けています。
Presenteeism(疾病就業)はその最も象徴的な現象です。Brown Marusiakら(2025)は、パンデミック期間を通じたHCPのpresenteeism動態を分析し、COVID-19の急性呼吸器感染症状を呈しながら就業を継続したHCPの割合が2020年から2024年にかけて増加傾向にあったことを報告しました。さらに衝撃的なのは、その動機が「同僚への負担回避」「プロフェッショナルとしての責務」という、医療文化に深く根差した価値観であった点です。つまり、HCPは「患者を守る」という使命と「チームを裏切らない」という規範の間で板挟みになり、結果として感染制御の最も基本的な原則——感染者の隔離——を自ら破っています。
この問題の解決は、個人の意識改革やポリシーの文書化だけでは不十分です。本レポートでは、Systems Engineering Initiative for Patient Safety(SEIPS)モデルを理論的レンズとし、IPC遵守とpresenteeismの問題を「ワークシステム全体の設計課題」として再構成する視座を提示します。
2. 論文の深掘り分析
2-1. テーマの現在地:従来の標準的理解
IPC遵守率の改善は、過去30年にわたり感染管理領域の中心的課題であり続けてきました。手指衛生を例に取れば、WHOの「My 5 Moments for Hand Hygiene」(2009年)以降、教育・監査・フィードバックを組み合わせた多面的介入が標準的アプローチとして確立されています。しかし、Bhattacharjeeら(2025)が指摘するように、こうした介入にもかかわらず手指衛生遵守率は施設によっては40%台にとどまり、持続的な改善を維持することの困難さが繰り返し報告されています。
この困難さの根本には、従来の介入が暗黙のうちに依拠してきた「合理的行為者モデル」の限界があります。このモデルは、「HCPに正しい知識を提供し、遵守の重要性を理解させれば、行動は変わる」という前提に立っています。しかし、行動科学の知見は、人間の意思決定が認知的バイアス、時間的制約、社会的圧力、環境的手がかりに強く影響されることを明確に示しています。
Presenteeismの問題は、この構造的限界をさらに鮮明にします。Websterら(2019)のシステマティックレビューは、感染性疾患によるpresenteeismの有病率を体系的に検証し、医療従事者が他の職種と比較して疾病就業の割合が高いことを明らかにしました。その理由は知識不足ではなく、組織文化、人員配置の構造的問題、そして「休むことへの罰則的認識」にあります。Szymczak(2017)がAHRQのPatient Safety Network論考で述べたように、HCPのpresenteeismは「ロジスティクス(人員補充体制)、文化(プロフェッショナリズムの規範)、知識(どの程度の症状で就業を控えるべきかの判断基準)」の三層の要因が絡み合った複雑な問題です。
2-2. 新たな知見:この報告が付け加えたこと
Brown Marusiakらの研究(ICHE 2025)が明らかにしたpresenteeismの動態変化
Brown Marusiakら(2025)の研究は、米国の学術医療センターにおけるHCPのpresenteeism動態をパンデミックの各フェーズにまたがって追跡した点で画期的です。COVID-19パンデミック初期(2020年)には厳格な就業制限ポリシーが導入され、症状のあるHCPの就業は積極的に排除されました。しかし、パンデミックが長期化するにつれ、presenteeismの頻度は増加に転じました。
この研究で特に注目すべきは、presenteeismと関連した因子の分析です。患者との直接接触が少ないHCP(調整オッズ比3.73)、大学院以上の学位を持つHCP(調整オッズ比1.90)、年収10万ドル以上のHCP(調整オッズ比1.74)でpresenteeismの頻度が高いことが示されました。これは、presenteeismが「知識や教育水準の低さ」によるものではなく、むしろ「プロフェッショナルとしてのアイデンティティ」や「組織への責任感」と強く結びついていることを示唆しています。
Munroらの研究(J Hosp Infect 2025)が示した迅速検査の行動変容効果
英国のSIRENコホート内で実施されたMunroら(2025)の研究は、ラテラルフロー検査(LFD)の結果がHCPの就業判断に与える影響を調査しました。5,357名のHCPを4つの仮想シナリオ(検査利用不可、陰性、COVID-19陽性、インフルエンザ陽性)に無作為割付した結果、以下の重要な知見が得られています。
COVID-19またはインフルエンザ陽性の場合、80%以上が自宅待機を選択しました。しかし、検査が利用できない場合は54%に低下し、陰性結果の場合はさらに39%にまで低下しました。就業を継続する主な理由は「同僚の負担増加への懸念」でした。そして84%のHCPが、病院の方針にかかわらず、インフルエンザ様症状がある場合は出勤前にLFDを使用すると回答しています。
この研究は、「客観的な検査結果」というフィードバックが、個人の主観的判断に基づく就業決定よりも一貫した行動変容をもたらすことを示しています。言い換えれば、「体調が悪い時は休みましょう」という主観的基準ではなく、「検査陽性なら休む」という客観的ルールの方が、行動の標準化に有効であるということです。
SEIPSモデルによるIPC課題の再構成
Xieら(2024)は、手術室の環境清掃・消毒をSEIPSモデルのレンズを通じて体系的にレビューしました。40の研究を分析した結果、改善介入の大多数が「ツールと技術」(20研究)という単一のワークシステム要素に焦点を当てており、「タスク」(3研究)、「組織」(3研究)への介入は少なく、複数のワークシステム要素を統合的に対象とした介入はわずか2研究にとどまりました。この知見は、IPC領域全体に敷衍可能です。現行のIPC改善は、技術的ソリューション(新しい消毒剤、電子モニタリング)や教育的介入に偏重し、ワークシステム全体——人、タスク、ツール・技術、物理環境、組織——の相互作用を包括的に設計する視点が欠如しています。
2-3. 批判的吟味:研究デザイン妥当性、バイアス、残るギャップ
Brown Marusiakらの研究にはいくつかの方法論的限界があります。第一に、単一施設の学術医療センターを対象としており、コミュニティ病院や長期療養施設など異なる組織文化を持つ施設への一般化には慎重さが必要です。第二に、自己報告に基づくデータ収集は社会的望ましさバイアスの影響を受けやすく、presenteeismの真の頻度を過小評価している可能性があります。
Munroらの研究は仮想シナリオに基づく調査であり、実際の行動との乖離(intention-behavior gap)が生じ得ます。84%がLFDを使用すると回答した一方で、実際の使用率はこれを下回る可能性が高いです。
より根本的なギャップとして、presenteeismとIPC遵守を統合的に扱う介入研究がほぼ存在しない点が挙げられます。presenteeism研究は主に産業保健・組織行動学の文献に、IPC遵守研究は感染制御の文献にそれぞれ閉じており、両者を「ワークシステムの単一の設計課題」として統合的に分析する研究は極めて限られています。Pennathurら(2017)がヒューマンファクターズ工学のIPC領域への適用における「ギャップと機会」を指摘してからすでに8年が経過していますが、この統合的視座の欠如は依然として解消されていません。
2-4. 探求すべき問いと視点
第一の問いは、presenteeismの防止とIPC遵守の向上を同時に達成するワークシステム設計は可能かというものです。現行のアプローチはこの2つを別個の問題として扱っていますが、SEIPSモデルの視点からは、両者は「HCPの作業システムがいかに健康的行動を支援するか(あるいは妨げるか)」という共通の構造に根差しています。
第二の問いは、「デフォルト」の力をIPC領域でいかに活用するかです。ナッジ理論の中核概念である「デフォルト効果」——人は選択のデフォルト(初期設定)に従いやすい——をIPC実践に組み込むことで、個人の意志力に依存しない遵守向上が期待できます。Bhattacharjeeら(2025)が紹介したAI駆動型ナッジ(スマートディスペンサー、ウェアラブルデバイスによるリアルタイムフィードバック)は、遵守率を最大30%向上させた事例を報告しています。
第三の問いは、IPCの「コスト」を誰が負担しているのかという分配の問題です。IPC遵守の負担は現在、ほぼ全面的にフロントラインのHCPの認知的・時間的資源に課されています。Zengら(2025)のメタ分析が示すように、ICUの看護師、契約職員、若手看護師でpresenteeismスコアが高いことは、最も脆弱な立場のHCPに最大の負担がかかっている構造を反映しています。この不均衡な負担配分自体が、システム設計の失敗の指標です。
3. 臨床的思考の深化と再構築
3-1. 既存知識との衝突と融合
本テーマが突きつける最も根本的な認知的衝突は、「IPC遵守率の低さは個人の怠慢や知識不足の問題である」という暗黙の前提への挑戦です。多くのIPC専門家は、遵守率低下に対して「もっと教育を」「もっと監査を」「もっとフィードバックを」というアプローチを反射的に採用してきました。これは「Knowledge-Attitude-Practice(KAP)モデル」に依拠する思考であり、知識が態度を変え、態度が行動を変えるという線形的仮定に基づいています。
しかし、Brown Marusiakらの知見——教育水準が高いほどpresenteeismの頻度が高い——は、この線形モデルの限界を端的に示しています。問題は知識の欠如ではなく、知識と行動の間に介在する組織文化、構造的制約、そして競合する価値観の力学です。Madrazoら(2025)の医師・研修医におけるpresenteeismのスコーピングレビューは、医学界における「休まないこと」の規範がいかに深く内面化されているかを明らかにしています。
この認識は、IPC専門家の役割認識の転換を要求します。従来の「教育者・監査者」としてのアイデンティティから、「ワークシステムの設計者」としてのアイデンティティへ。手指衛生遵守率が低い部署を見て「HCPの意識が低い」と判断するのではなく、「このワークシステムのどの要素が低い遵守率を生み出しているのか」と問い直す視点の転換が求められます。
3-2. 臨床推論の解像度向上
SEIPSモデルをIPCに適用する際の解像度向上は、以下の5つのワークシステム要素の相互作用を体系的に分析する能力にあります。
**人(Person)**の次元では、HCPの認知的負荷、疲労状態、動機づけ、そして健康状態を考慮します。Presenteeismの文脈では、HCPが症状を抱えながら就業する際の認知機能の低下が、IPC遵守のさらなる低下をもたらすという「負のカスケード」が生じます。
**タスク(Task)**の次元では、IPC実践がHCPの業務全体の中でどのように位置づけられているかを分析します。手指衛生の「5つの瞬間」は理論的には明確ですが、集中治療室で1時間に20回以上の患者接触が生じる状況では、累積的な認知的・時間的負担は無視できません。
**ツール・技術(Tools & Technology)**の次元では、IPC実践を支援する物理的・デジタルツールの設計を評価します。Munroらの研究が示したLFDの行動変容効果は、「診断ツール」が同時に「行動変容ツール」として機能し得ることを示しています。
**物理環境(Physical Environment)**の次元では、手指消毒剤のディスペンサーの配置、隔離室のアクセシビリティ、スタッフ休憩室の設計などが分析対象となります。ディスペンサーが動線上の自然な位置に配置されているか、それとも迂回が必要な位置にあるかは、遵守率に直接影響します。
**組織(Organization)**の次元では、病欠ポリシー、人員配置基準、代替要員の確保体制、そして組織文化が含まれます。Munroらの研究で「同僚への負担増加への懸念」がpresenteeismの最大の動機であったことは、組織の人員配置の脆弱性がIPC違反を構造的に生み出していることを意味します。
3-3. エビデンス評価軸の洗練(メタ認知)
本テーマの知見を評価する際に必要なメタ認知的スキルは、「介入の効果」を「どのレベルで評価するか」という階層的思考です。
従来のIPC介入研究の多くは、「遵守率」を主要アウトカムとして評価してきました。しかし、SEIPSモデルが示唆するのは、遵守率は「プロセス指標」であり、真のアウトカムは「患者安全(医療関連感染率)」と「職員安全(職業感染率、ウェルビーイング)」の二重構造であるということです。この「デュアルアウトカム」の視点は、介入の評価軸を根本的に変えます。
例えば、ある介入が手指衛生遵守率を80%から95%に向上させたとしても、同時にHCPの認知的負荷を増大させ、バーンアウトを悪化させ、結果として離職率の上昇やpresenteeismの増加を招いたとすれば、総合的な評価は必ずしも肯定的ではありません。Xieらが指摘したように、ワークシステムの一要素のみに焦点を当てた介入は、他の要素に予期せぬ悪影響を及ぼすリスクがあります。
さらに、presenteeism研究の多くが自己報告データに依存している点は、エビデンスの質を評価する際に重要な考慮事項です。社会的望ましさバイアスにより、presenteeismの頻度は過小報告されている可能性が高く、実際の問題の規模はデータが示すよりも大きい可能性があります。
3-4. 新たな視座の獲得
本テーマから得られる最も重要な新たな視座は、**「患者安全と職員安全は競合するのではなく、同一のシステム設計によって同時に最適化されるべきである」**という認識です。
従来、IPC領域では「患者安全のためにHCPが追加的な負担を引き受ける」という暗黙の枠組みが支配的でした。手指衛生の遵守、PPEの着脱、感染患者の隔離——これらはすべて、HCPの時間と認知的資源を消費する「追加的タスク」として位置づけられてきました。この枠組みの下では、IPC遵守の向上は常にHCPの負担増加とトレードオフの関係にあります。
SEIPSモデルの「デュアルアウトカム」概念は、このトレードオフを解消する可能性を示しています。Carayonらが初期のSEIPSモデル(2006年)で提示し、SEIPS 2.0(2013年)、SEIPS 3.0(2020年)で拡張してきたこの枠組みは、ワークシステムの設計が患者アウトカムと職員アウトカムの両方に影響することを明示しています。
具体的には、IPC遵守を「HCPが選択すべき追加行動」ではなく、「ワークシステムのデフォルト設定」として組み込むアプローチが考えられます。Bhattacharjeeら(2025)が報告したAI駆動型ナッジ——患者の部屋に入る際にスマートディスペンサーが自動的に光や音で手指衛生を促す——は、この方向性の具体例です。遵守を「忘れない」のではなく、「忘れにくい」環境を設計することで、HCPの認知的負荷を増大させることなく遵守率を向上させ得ます。
Presenteeismに対しても同様の設計的アプローチが可能です。Munroらの研究が示したように、LFDの出勤前使用という「客観的チェックポイント」の導入は、「自分は大丈夫か」という主観的判断をシステムに委ねることで、HCPの意思決定負荷を軽減します。さらに、検査陽性時の代替要員が自動的にアサインされる組織システム(十分な人員プール、オンコール体制のデフォルト設定)が整備されていれば、「同僚への負担増加への懸念」という最大の障壁も構造的に解消されます。
日本の文脈では、この「システム設計」への転換は特に重要です。日本の医療文化は、「個人の努力と自己犠牲」を美徳とする傾向が強く、presenteeismを是とする組織規範が根深く存在します。しかし、IPC遵守が個人の意志力ではなくワークシステムの設計品質に依存するという認識は、この文化的障壁を迂回する可能性を持っています。「もっと頑張れ」ではなく「もっと良いシステムを設計しよう」というメッセージは、HCPの自己犠牲に依存しない持続可能なIPC実践への道筋を示しています。
4. 継続的な探求に向けて
IPC実践をSEIPSモデルの枠組みで再設計するためには、いくつかの研究・実践上の課題が残されています。第一に、presenteeismとIPC遵守を統合的に扱う介入研究の蓄積が急務です。両者を「同一のワークシステム設計課題」として位置づけ、デュアルアウトカム(患者安全+職員安全)で評価する研究デザインの開発が求められます。
第二に、AI駆動型ナッジやLFDベースの就業判断支援といったテクノロジー介入の費用対効果分析が必要です。導入コストだけでなく、presenteeismの減少による院内感染防止効果、HCPの離職率低下による人件費削減を含めた包括的な経済評価が、施設管理者の意思決定を支援するでしょう。
第三に、日本の医療文化における「休むことへの罰則的認識」を変革するための組織的介入の開発とその効果検証が求められます。文化変容は一夜にして達成されるものではありませんが、「システム設計が個人の行動を形作る」という原則に立てば、環境と制度の変更が文化の変化を先導し得るという仮説は、検証に値するものです。
5. References
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終わりに
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本記事は生成AI Claudeで作成したものを、一部加筆修正して公開しています。
