2026年2月22日詳解①-2:HICPAC廃止後の世界:感染対策ガイドライン・ガバナンスの多極化と日本の戦略的位置づけ
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2026年2月22日ー医療従事者の職業感染管理についての最近の動向の詳解①-2:HICPAC廃止後の世界:感染対策ガイドライン・ガバナンスの多極化と日本の戦略的位置づけについてです。
前編についてはこちらをご参照ください。
1. なぜこの知見が重要か
2025年5月、米国CDCのHealthcare Infection Control Practices Advisory Committee(HICPAC)が、トランプ政権の連邦官僚機構削減に関する大統領令に基づき正式に廃止されました。1991年の設立以来30年以上にわたり540件以上の推奨を発行し、その90%がCDCに採択されてきたHICPACの消失は、米国内にとどまらないグローバルな波紋を生んでいます。世界中の医療施設が「感染対策の標準」としてCDC/HICPACガイドラインを参照してきた現実を考えれば、この制度的空白がもたらす影響は、新興感染症や薬剤耐性菌の脅威が増大する現在において、極めて深刻です。
しかし、この危機はまた、感染対策ガバナンスの構造転換を促す契機ともなっています。米国ではAPIC・SHEAを中心とする学会主導のHIPAG(Healthcare Infection Prevention Advisory Group)が2025年12月に創設され、4学会合同のポジションペーパー「Raising the Bar」が同年4月に発表されました。国際的にはWHOのGlobal Strategy on IPC(2023年)とGlobal Action Plan 2024–2030が加速し、2026年5月のWHA78で進捗報告が行われています。日本では、HICPAC廃止への公式的反応は限定的であるものの、それ自体が独自の制度的基盤の強靱性を示唆しています。本レポートでは、この「ポストHICPAC時代」における感染対策ガバナンスの多極化の実態と、日本のIPC専門家が取るべき戦略的位置づけを分析します。
2. 論文の深掘り分析
2-1. テーマの現在地:HICPACの遺産と単一中心型ガバナンスの脆弱性
HICPACは、疫学、感染症、感染予防管理、病院管理、労働安全衛生、患者アドボカシーの各領域から選出された14名の投票権を持つ非連邦職員委員で構成され、CDC長官に対する諮問機能を果たしてきました。その推奨は法的拘束力を持たないものの、CMS(Centers for Medicare & Medicaid Services)の施設要件やJoint Commission認定基準に直結しており、実質的な「標準治療」の根拠として機能していました。手指衛生ガイドライン(2002年)、隔離予防策(2007年)、医療施設における消毒・滅菌ガイドライン(2008年)、そして医療従事者の感染管理ガイドライン(1998年)は、いずれも国際的に参照される基盤文書となっています。
しかし、この「単一中心型ガバナンス」には構造的脆弱性が内在していました。2023年のHICPACによるCDC 2007年版隔離予防策の更新ドラフトは、サージカルマスクとレスピレーターの防護効果の同等性を示唆する内容を含み、900名以上の公衆衛生専門家から批判を受けました。この論争は、単一の諮問委員会に科学的コンセンサス形成を集中させることのリスクを露呈しています。そして2025年5月、その脆弱性は政治的決定により現実のものとなりました。
SHEA・APIC・IDSA・PIDSの共同声明(2025年5月7日付)は、この廃止が「国家的準備対応能力における予防可能な空白」を生み出し、「新興病原体と薬剤耐性の脅威が高まるなかで、医療施設にエビデンスに基づく時宜を得た専門家主導の推奨を提供する機能が失われる」と警告しました。CIDRAPの報道によれば、CDCの最新データでは米国内で入院患者31人に1人がHAIを有しており、この公衆衛生課題の規模を考えれば、ガイドライン策定機能の空白は直接的な患者リスクに変換されます。
2-2. 新たな知見:ポストHICPAC時代の3つの対応軸
HICPAC廃止後の約9ヶ月間(2025年5月〜2026年2月)に展開された対応は、3つの軸で整理できます。
第一の軸:米国内の学会主導型ガバナンスの構築
最も注目すべき展開は、2025年12月2日のHIPAG(Healthcare Infection Prevention Advisory Group)創設です。APICとSHEAが共同で立ち上げたこのイニシアチブは、HICPACが担ってきた「協調的・学際的な感染予防対策の方向性整合」機能を、連邦政府外で再構築する試みです。SHEA会長David Weber氏は「エビデンスに基づく感染予防政策は命を救う——妥協の余地はない」と述べ、APIC会長Carol McLay氏は「感染予防が科学主導・実践的・現場の専門知識に根差したものであり続けることを確保する」と宣言しています。
HIPAGの構造的特徴として以下の点が重要です。第一に、医学会、医療機関、公衆衛生機関、患者アドボカシー団体からの招聘専門家を含む学際的構成を予定していること。これはHICPACの構成原則を継承しつつ、連邦政府の任命プロセスから独立した選出を可能にします。第二に、「参加組織と広範な医療コミュニティのニーズを支援する、時宜を得たエビデンスに基づく助言的専門性」の提供を使命としていること。第三に、「断片的または重複的な取り組みを防ぎ、方向性の整合を促進し、学際間・ケア設定間の協力を強化する」ことを意図していること。ただし、2026年2月時点でHIPAGの具体的な構造・メンバーシップは「今後数週間以内に確定」とされており、運用実績はまだありません。
さらに重要な並行的展開として、2025年4月28日に発表されたSHEA/APIC/IDSA/PIDS 4学会合同ポジションペーパー「Raising the Bar」があります。Infection Control & Hospital Epidemiology誌(46巻665–683頁)に掲載されたこの文書は、医療施設のIPCプログラムに関する要件と期待値を引き上げるよう求めるもので、体系的文献検索と正式なコンセンサスプロセスに基づいています。その核心的主張は、IPCプログラムが施設運営の「補助的」(ancillary)ではなく「基盤的」(foundational)部分として位置づけられるべきであること、そして医師とIPの「ダイアドモデル」によるリーダーシップ構造の確立です。CMSの「アクティブなIPCプログラム」要件の主観性を批判し、規制当局・支払者・施設管理者に対して基準の引き上げを求めるこのポジションペーパーは、HICPAC不在の環境における学会主導のスタンダード・セッティングの具体的実例です。
Infection Control Today誌のインタビュー(2026年1月)でAPIC前会長Connie Steed氏は、APIC・SHEA・IDSA・小児感染症学会の作業部会がHICPAC復活を最優先目標として活動していること、その実現が困難な場合には代替的なCDCとの連携モデルを模索する意向であることを明かしています。CDC長官の任命が完了するまで公式な意思決定は期待できないとしつつ、「継続的に声を上げ続けること」の重要性を強調しました。
第二の軸:WHOによるグローバルIPC戦略の加速
HICPACの廃止は、偶然にもWHOのIPCに関するグローバルな取り組みが加速するタイミングと重なりました。
2022年の第75回世界保健総会(WHA75)での決議WHA75.13を起点として、2023年5月のWHA76でGlobal Strategy on IPC(GSIPC)が採択されました。その3つの戦略目標は「Prevent(医療関連感染の予防)」「Act(IPCプログラムの確立と実施の確保)」「Coordinate(AMR・WASH等の補完領域との活動の調整)」であり、8つの戦略的方向性が提示されています。2024年のWHA77では、Global Action Plan and Monitoring Framework on IPC 2024–2030が採択され、グローバル・国家・施設の各レベルでの具体的なアクション・指標・目標が定められました。
2026年5月のWHA78における進捗報告では、2023年11月に150カ国以上で実施されたグローバルIPCサーベイの結果が共有され、さらにG20(ブラジル)、G7(イタリア)、国連総会AMRハイレベル会合、第4回AMR閣僚級会議(サウジアラビア)などの主要国際会議のアジェンダにIPCが組み込まれたことが報告されています。WHOのビジョン「2030年までに、医療へのアクセスまたは提供に関わるすべての人が、関連感染から安全である」は、HICPAC廃止によって皮肉にも重要性を増しています。
WHOのIPCコアコンポーネント(8項目)は、施設レベルのIPCプログラム、ガイドライン、教育・研修、サーベイランス、マルチモーダル戦略、モニタリング・監査・フィードバック、業務量・人員配置・ベッド占有率、環境・設備を包括しています。これらは、HICPACの個別疾患・手技別ガイドラインとは異なる「プログラム構築型」のアプローチであり、各国の制度的文脈に適応可能な枠組みとして設計されています。
一方、WHO EIOSシステム(Epidemic Intelligence from Open Sources、2017年開始、2025年10月v2.0リリース)は、120カ国以上が日常使用するリアルタイム脅威検知・監視ツールとして機能していますが、ガイドライン策定やエビデンス合成といったHICPACのコア機能を代替する性質のものではありません。EIOSの真価は「早期脅威検知 → WHO/国際学会による迅速ガイダンス更新」というフィードバックループの起点としての役割にあります。
第三の軸:日本の「静かなる強靱性」と内在する課題
JSIPC、日本感染症学会、厚生労働省、職業感染制御研究会(JRGOICP)を含む包括的なサーベイにおいて、HICPAC廃止に対する日本からの組織的な公式反応・共同声明は確認されていません。日本国内で最も直接的な言及は、2025年5月14日の個人ブログ(Ramon Tomey氏運営)による報道であり、SHEA・APICの共同声明内容と「国家準備対応能力の空白」への懸念を日本語で紹介したものでした。主要学術団体や行政からの公式コメントは発出されていません。この「反応の低調さ」は、一見すると関心の欠如に見えますが、実態は日本の制度的自律性の表れであり、同時に「米国内政」として位置づける認知フレームの反映でもあります。
日本の感染対策ガバナンスは、「三位一体」の構造で支えられています。(1) 法的義務化:医療法(2006年改正以降の院内感染対策義務)、(2) 経済的インセンティブ:診療報酬における感染防止対策加算(1996年院内感染防止対策加算として導入、2010年感染防止対策加算として新設、2025年度改定で加算1・2の施設基準を継続・強化)、(3) 学会自律:1986年設立のJSIPCを中心とする学会主導のガイドライン策定。この三重の制度的基盤は、HICPACのような単一の諮問委員会に依存しない分散型ガバナンスを実現しています。
注目すべきは、HICPAC廃止とは直接連動しない形で、国内の制度強化が並行して進展していることです。第一に、地域連携の深化があります。佐賀県では保健所・大学病院連携による地域連携協議会(独自に「HICPAC-S」と命名)が活動を継続し、長崎県でも同様のモデルが展開されています。厚生労働省の「院内感染対策ネットワークと保健所の連携推進事業」も2025年以降継続しており、HICPACに相当する中央集権型ではなく、地域分散型のネットワーク構築が進行しています。第二に、学会主導のガイドライン更新が着実に行われています。JSIPCワクチン委員会による「医療関係者のためのワクチンガイドライン第4版」(2026年1月26日公表)では、旧HICPAC文書を参考文献として維持しつつ、新型コロナ・RSV等の新ワクチンを追加し国内エビデンスに基づく更新を実施しました。さらに、エアロゾル・PPE関連では、HICPACの2023–2024年隔離予防策ドラフトの影響を受けつつも、日本独自の「感染性呼吸器粒子」概念を提唱する動き(2025年論文)へ移行しています。第三に、職業感染管理の実務面では、JRGOICPが厚生労働省受託事業として医療従事者PPE適正使用実態調査を2025年以降も継続しており、JSIPC総会でのセッション出展も維持されています。
しかし、この強靱性には限界も内在しています。第一に、国際最新知見の迅速な取り込みが遅れるリスクです。JSIPC誌2026年1月号の坂本史衣氏らの論文「空気を介する感染経路と感染対策を整理する」が、HICPACの2023–2024年隔離予防策ドラフト(2025年4月アクセス)を明示的に引用し、エアロゾル伝播概念の整理を試みているように、日本の学術的議論は依然としてCDC/HICPAC文書を参照しています。廃止により「凍結」状態にあるこれらの文書が今後更新されない可能性は、日本における参照先の再構築を迫ります。第二に、地方格差の問題です。ICD(Infection Control Doctor)やCNIC(感染管理認定看護師)の配置は大規模病院に集中しており、佐賀県型の地域連携モデルが全国に展開されているわけではありません。中小病院やクリニックにおける「科学的助言機能」は分散化されたまま体系的な保障がありません。第三に、HICPAC相当の「職業感染管理に特化した学際的科学的助言委員会」が日本に存在しないことです。厚生労働省の院内感染対策中央会議やJSIPCのガイドライン委員会はこの機能の一部を担い、JRGOICPは職業感染の実務研究を継続していますが、HICPACが有していた「疫学・感染症・IPC・病院管理・労働安全衛生・患者アドボカシーの全領域を統合する学際的委員会」としてのエビデンスレビューの深度を完全に再現しているとは言い難いのが現状です。
2-3. 批判的吟味:各対応軸の限界と未知数
HIPAGに関する批判的視点として以下を指摘する必要があります。第一に、HIPAGは民間学会主導であり、連邦政府の公的諮問委員会としての法的位置づけを持ちません。CMS要件やJoint Commission基準との直接的な連携メカニズムが不透明であり、HICPACが有していた規制当局への直接的な影響力をどこまで代替できるかは未知数です。第二に、財源と持続可能性の問題があります。HICPACはCDCの予算で運営されていましたが、HIPAGの運営資金はAPIC・SHEAの会費や寄付に依存すると推定され、長期的な持続可能性に疑問が残ります。第三に、HIPAGの「助言的専門性」がどのような形式で発信されるか——正式なガイドラインか、ポジションステートメントか、それとも非公式な推奨か——が未確定です。
WHO IPC戦略に関する批判的視点としては、150カ国を対象とするグローバルサーベイの結果が、各国の実装状況の大きなばらつきを反映している点が重要です。WHOのIPCコアコンポーネントは「プログラム構築型」の枠組みとして汎用性が高い一方、HICPACが提供してきた個別手技レベルの詳細な臨床推奨(例:特定のカテーテル管理手順、特定病原体の隔離期間)を代替するものではありません。EIOS v2.0は脅威検知に優れていますが、検知された脅威に対する臨床的推奨の策定プロセスは別途必要です。
日本の制度に関する批判的視点としては、「反応の低調さ」が「問題の不在」と同義ではない点を強調します。日本の感染対策が国際標準から乖離するリスクは顕在化していませんが、それはこれまでCDC/HICPACガイドラインが定期的に更新され、日本の学会がそれを参照できていたからこそ成立していた均衡です。この参照先が凍結された状態が長期化すれば、国内での独自エビデンスレビュー能力の強化が不可避となります。
2-4. 探求すべき問いと視点
この状況は、感染対策ガバナンスの本質に関するいくつかの根本的な問いを投げかけています。
第一に、「ガイドラインの正統性は何に由来するか」という問いです。HICPACの正統性は「連邦政府の公的諮問委員会」という制度的位置づけに依存していました。HIPAGや学会ポジションペーパーの正統性は「専門家の科学的コンセンサス」に依拠します。WHOのIPCコアコンポーネントの正統性は「国際機関による加盟国合意」に基づきます。日本の制度は「法的義務+経済的インセンティブ+学術的権威」の三重構造に拠っています。これらの正統性の源泉は相互に補完的であり、単一の源泉への依存がHICPACの事例で示されたリスクを生むことを、すべてのIPC関係者が認識すべきです。
第二に、「リビングガイドライン・モデルはIPC領域に適用可能か」という問いです。COVID-19パンデミック中に臨床治療ガイドラインで広く採用された「リビングガイドライン」(継続的に更新されるガイドライン)のアプローチは、感染対策の分野ではまだ本格的に導入されていません。HICPAC廃止後の空白を埋める手段として、WHOや国際学会連合による「IPC Living Guidelines Platform」の構築は検討に値します。
第三に、「アジア太平洋地域におけるIPCリーダーシップの空白を日本が埋められるか」という問いです。WHOの西太平洋地域におけるIPCレポート(2025年3月)は、カンボジア、ラオス、パプアニューギニア、フィリピン、ソロモン諸島、ベトナムにおけるIPC体制の強みと危険な欠陥を報告しています。日本のJANISサーベイランスシステム、EPINet-Japan、JSIPCの学術的蓄積は、地域のIPC能力強化に直接貢献しうる資産です。
3. 臨床的思考の深化と再構築
3-1. 既存知識との衝突と融合
「ガイドラインはCDCが作成し、それを参照すれば良い」——この暗黙の前提は、多くの国のIPC専門家が長年依拠してきた思考様式です。HICPAC廃止はこの前提を根底から覆しましたが、日本のIPC専門家にとっての衝撃は、米国の同僚とは質的に異なります。
日本では既に医療法によって「院内感染対策マニュアルの作成」が各施設に義務づけられており、CDCガイドラインは「参考」であって「準拠義務のある標準」ではありませんでした。しかし、その「参考」が更新されなくなる可能性に直面して初めて、日本のIPC関係者は自施設のマニュアルがどこまで「独自のエビデンスレビュー」に基づいているのか、あるいはCDC文書の「翻訳・適応」にどこまで依存していたのかを自問する必要があります。JSIPCワクチンガイドライン第4版が旧HICPAC文書を「参考文献として維持」しつつ国内データで補完している事例は、この二重構造を端的に示しています。
この自問は、4学会合同ポジションペーパー「Raising the Bar」が提起した「IPCプログラムの基盤的位置づけ」の議論と共鳴します。IPCプログラムが「規制要件の最低限の充足」を目指すものなのか、「あらゆる感染性リスクに対処する能動的な予防・リスク低減活動」なのかという問いは、日本の文脈に翻訳すれば、「感染防止対策加算の取得要件を満たすこと」と「患者・HCPの安全を最大化するIPCプログラムを設計すること」の間の距離を測る問いとなります。加算制度が「最低基準の遵守」を促す効果を持つ一方で、「加算取得=十分なIPCプログラム」という等式が成立しないことは、米国における「CMS要件充足=十分なIPC」という同型の陥穽をHICPAC廃止前から経験してきた日本の制度設計者にとって、重要な示唆を含んでいます。
3-2. 臨床推論の解像度向上
HICPAC後の世界における感染対策の「エビデンスから実践への経路」は、従来の線形モデル(研究→レビュー→HICPAC推奨→CDC採択→施設実装)から、多層・多極型モデルへの移行を求めています。
最上位層(グローバルフレームワーク)はWHO GSIPC・Global Action Plan 2024–2030が担い、「何を達成すべきか」のビジョンと指標を提供します。中間層(分野別エビデンス合成)は、学会連合(HIPAG、SHEA/APIC Compendium、各国学会のガイドライン委員会)が担い、「どのようなエビデンスが何を支持するか」の批判的評価を行います。実行層(施設レベル実装)は、各施設のICT・IPCプログラムが担い、「自施設の文脈でどう適用するか」を決定します。
この多層モデルは、HICPAC時代の「中央から周辺へ」の一方向的な情報フローに比べ、各層間のフィードバックループを必要とします。WHO EIOSは最上位層の「早期検知」機能を強化しますが、検知された脅威を中間層の「エビデンス合成」に接続し、実行層の「施設レベル実装」に落とし込む経路は、各国・各地域の制度的文脈に依存します。日本の場合、NIIDのサーベイランスデータ → JSIPCのガイドライン委員会 → 各施設のICT/感染管理委員会という経路が、このフィードバックループの日本版を構成します。
3-3. エビデンス評価軸の洗練(メタ認知)
HICPAC廃止が教えるメタ認知的教訓は、「権威の源泉」と「科学的妥当性」を区別する能力の重要性です。
HICPACの推奨がCMS要件やJoint Commission基準に直結していた米国では、「HICPAC推奨=従うべき標準」という等式が成立していました。この等式は行政的には効率的でしたが、推奨の科学的妥当性を「制度的正統性」で代替するリスクを内包していました。2023年のエアロゾル論争は、まさにこのリスクが顕在化した事例です。
翻って、HIPAG・WHO・学会連合が発信する推奨は、「制度的正統性」(連邦諮問委員会としての法的位置づけ)を欠く代わりに、「科学的厳密性」と「専門家コンセンサス」により正当化されなければなりません。「Raising the Bar」ポジションペーパーが体系的文献検索と正式なコンセンサスプロセスを明記していること、HIPAGが「エビデンスに基づく」という形容詞を繰り返し強調していることは、この正統性の転換を反映しています。
日本のIPC専門家にとっての実践的含意は、情報源の多極化に対応する「エビデンス・ナビゲーション能力」の必要性です。CDC/HICPACという単一の参照先に依存する代わりに、WHO IPC Core Components、SHEA/APIC Compendium、各国学会(ECDC、JSIPC等)のガイドライン、そして一次文献を横断的に評価し、自施設に最適な実践を「自ら設計する」能力が求められます。
3-4. 新たな視座の獲得
本レポートを通じて浮かび上がる統合的視座は、「ガバナンスのレジリエンスは分散性に宿る」という原則です。
HICPACの廃止が米国に深刻な影響を与えた根本的理由は、感染対策ガイドラインのガバナンスが単一の連邦諮問委員会に集中していたことにあります。日本のシステムが相対的に強靱であるのは、法的義務(医療法)・経済的インセンティブ(診療報酬)・学術的権威(JSIPC)・サーベイランスデータ(JANIS)が分散的に機能しているからです。
しかし、この「分散性」は自動的にレジリエンスを保証するものではありません。分散した各要素が有機的に連携し、相互にフィードバックループを形成して初めて、システム全体のレジリエンスが確保されます。WHO EIOSの事例はこの原則を象徴的に示しています。EIOSは120カ国以上が使用するリアルタイム脅威検知に優れたシステムですが、検知した情報をガイドライン策定やエビデンス合成に接続する「中間プロセス」が欠落すれば、検知結果は行動に変換されません。添付資料の機能比較が明確にしたとおり、EIOSが「代替できること」(リアルタイムのHAI関連イベント検知、脅威情報の迅速共有)と「代替できないこと」(科学的文献の体系的レビュー、臨床推奨の公式発行、施設レベルIPCプログラムの最低要件策定)の間には本質的な断裂があります。ポストHICPAC時代のグローバルIPCガバナンスが成功するかどうかは、この断裂を誰がどのように橋渡しするかにかかっています。
日本のIPC関係者が今後注視すべきは、以下の3つの連携メカニズムの強化です。第一に、国際 → 国内のフィードバックループです。WHO IPC Global Action Plan 2024–2030の指標・目標を日本の制度(JANIS・感染防止対策加算)と照合し、ギャップを特定する定期的な評価プロセスを確立すること。第二に、学会 → 施設のフィードバックループです。JSIPCガイドラインの更新頻度とエビデンスレビューの深度を、リビングガイドライン・モデルに近づけること。第三に、施設 → 学会のフィードバックループです。各施設のICTが蓄積する実践知を、EPINet-JapanやJANISを介して学会・行政にフィードバックする経路を強化すること。佐賀県「HICPAC-S」型の地域連携モデルの全国展開は、このフィードバックループの地域版として有望なアプローチです。
最終的に、HICPAC廃止がもたらした「ポストHICPAC時代」は、世界の感染対策ガバナンスにとって危機であると同時に、より強靱な多極型システムへの移行を促す機会でもあります。「米国中心 → WHO・多国間中心」へのシフトが中長期的に加速する見込みのなかで、欧州(ECDC)・日本(NIID・JSIPC)・国際学会が補完的役割を担う新たなエコシステムが形成されつつあります。日本は、その制度的自律性を活かしつつ、WHOフレームワークへの積極的貢献とアジア太平洋地域のIPC能力強化におけるリーダーシップを発揮することで、この新たなグローバル・エコシステムにおいて独自の戦略的位置を確立する可能性を有しています。
4. 継続的な探求に向けて
HIPAGの具体的な構造・メンバーシップ・初期成果は2026年中に明らかになると予想されます。同時に、CDC長官の任命後にCDCが既存ガイドラインの更新をどのように進めるか——HICPAC不在で内部プロセスのみによるのか、HIPAGや学会との何らかの連携メカニズムを構築するのか——は、米国のみならず世界の感染対策にとって決定的に重要です。
日本においては、JSIPCのガイドライン改訂サイクルがHICPAC文書の凍結にどう対応するか、また2025年度の診療報酬改定で感染防止対策加算の施設基準がどのように進化するかを注視する必要があります。「HICPAC遺産」の科学的価値ある部分を「リビングドキュメント」として国内学術コミュニティが継承し、独自のエビデンス蓄積と統合する能力の構築が、中長期的な課題として浮上しています。
WHO EIOS v2.0の脅威検知能力とWHO IPC Global Action Planの実装フレームワークが、HICPAC不在の空白をどこまで埋められるかは、今後数年間のグローバルIPC体制の試金石となるでしょう。日本のIPC専門家は、この動態的な国際環境を「他山の石」として傍観するのではなく、自国の制度的強みを国際的貢献に変換する能動的な参画者となることが期待されます。
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終わりに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。本記事が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。今後とも良い記事を配信していけるよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願い致します。
なお、以下が本記事の元ページへのリンクです。
本記事は生成AI Claudeで作成したものを、一部加筆修正して公開しています。
