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【日記】啓蟄

さてけいちつです。
啓蒙の「啓」に、蟄居の「蟄」。読めるけど使ったことない単語どうしを合体させたような、そういうトーナメントの決勝みたいな言葉です。
啓蟄も、それ自体も読めはしますが自分が使うのは初めてです。優勝。

意味としては、冬眠していた虫がうごめきだす頃…だそうです。ギャー。「蠢」の字がもう凄いですね。春に虫を一匹どころか二匹も合体させたトム・ブラウンみたいな字です。ダメー。
あと、ふきのとうが芽吹く頃…とも。こっちはこっちで私のトラウマです。

それはさておき、さすがに寒さが和らいできたのが分かります。コートは要るもののジャケットは無くても大丈夫です。実際、昼休みにご飯を買いに行くにもシャツとベストだけで大丈夫でした。安心してください、ズボンも履いてます。
さて、前回に引き続き、最寄り駅までに通る橋を、その眼下に横たわる自然を観察いたします。そのためにいつもより10分早く家を出ました。

橋のたもとで、おばあさんが3人談笑していました。外で談笑できるということは、やはり気温が上がってきたのでしょう。
三人のたいよう…まるで「春」の字を連想させる素晴らしいスタートです。

やはり鴨がいました。前回居なかったのはたまたまだったみたいです。
河川敷の雑草に霜は降りていません。鮮やかとまでは言えないですが、それでも草の色はしています。季節が…進んでいる!

あとは、初めてセキレイを見かけました。…たぶんセキレイです。セキレイかも。ちがったらごめんなさい。

ちがうかも

話が進まないので、いったんセキレイということにします。セキレイは留鳥(一年中みられる鳥)らしいので、あまり季節の移ろいとは関係ないかも、とのことでした。なんなら秋の季語だそうで。やはり話は進まなかったです。

何気に二十四節気では初写真です。あれだけ毎回「鴨かも」言っていたのに初写真がセキレイ(たぶん)とは。かわいそうなので鴨の写真も載せます。

かもです(断定)

ざっと景色を見ていて、川岸の木々が気になりました。カレーに福神漬けを添えるが如く、おでんに芥子を寄せるが如く、河川敷としてベタ過ぎるかもですが、いつも見ているこの川は両岸に桜の樹をたくわえています。
気のせいかもしれませんが、なんとなく表面が桃色じみた気がしました。近寄ってみます。動植物全般について詳しくないので、元からそういうものかもしれないのですが、木の芽が膨らんでいるように見えました。

写真の明るさは調整していますが
彩度はいじっていません

そういえばもう3月でした。今月末には咲いていてもおかしくはありません。
それから橋を渡りきり、街路樹のある大路に沿って進みます。街路樹のふもとにも草が生えていました。何か面白いことを言ったのかもしれません。

いや、一番の変化は街中の植物に目を向けるようになった私です。

これまで違いを見つけられないながらも、それでも例年より景色に目を配るように生活してきました。その成果が、芽が、やっと出たということになります。春が来ました(これが言いたかった)。


はしさん主催の #私の二十四節気 という企画に参加しております。

そしてようやく今回、鈍感な私でも変化を感じ取ることが出来ました。参加してよかった。明らかに文体のテンションが高く、明らかに文量が多いです。


ちなみに、bingで「啓蟄 2026」と検索すると雨が降ります。たぶん当日限定だと思います。「雨水 2026」では降らなかったので。

などとWebの画面を見て思い出しました。冒頭で「蠢」などと言いましたが、本業ではバグと戦う日々です。もうかれこれ2週間ぐらい、1個のでかいバグに悩まされています。ギャー。

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