母の突然の入院で知った、人のあたたかさ💓
先日、実家の母が突然入院した。
細かくはまた、書けるようになったらまとめるけれど、
埼玉にいた母を深夜に確保し、
救急外来を受診し、
そのまま母の身柄と貴重品と、それなりに過ごせるであろう荷物を車に積み込み、
夫と二人で早朝に、千葉まで連れ帰ってきた。
そこから、義母が付き添ってくれた地元のクリニックで、入院先を紹介してもらい、その日のうちに病院へ落ち着くことができた。
そこに至るまで、わたし一人の力で母を避難させることは勿論できなくて、いろんな人の心遣いに助けられた。
なので、これは、母の命を救うべく、動いてくれた人たちへの感謝の記録です。
🌕夫
はじめに、母の異変へ気がついたとき、真っ先に相談したのが夫だった。
夫は翌日仕事だったが、すぐに「俺が運転していく」と言ってくれ、何のためらいもなく付き添ってくれた。
房州から草加まで向かう道々、実父の時も夜間にこうして、高速道路を二人で走らせたっけ、という話になった。
そのときは大雨で、アクアラインは真っ白で前が見えないほど。速度制限もかかっていたほど荒天の中を、やはり車を走らせてくれたのは夫だった。
それ以降、夫の父が調子を崩したり、腹部に入っていたチューブを抜いてしまったりするたびに、私たち夫婦は、特に夫は、深夜の道を車でひた走った。
そんな、「夜の緊急ドライブ」をさんざん引き受けてくれた夫に、あまり十分に感謝が返せていないのだけど。
改めて、とても心強かったし、わたし一人では母の介助と受診と、荷物の運搬をこなすのは無理だったと思う。
本当に、ありがとうと言いたい。
🌕訪問看護師さん
二時間ほど、深夜の高速を走って実家のマンションへ着いた時、そこにはすでに、母が契約していた訪問看護ステーションの、看護師さんが来てくださっていた。
母の異変を察知してすぐ、契約していた訪問看護ステーションの、緊急対応電話へ連絡させてもらった。
看護師さんは、すぐに実家へ向かうと言って下さり、私たちが到着したときには、母をベッドへ移動させ、バイタルなど体のチェックを一通り終え、夜間対応の病院へも連絡を着けてくれていた。
私たちが着いてからでは、母の容態はもっと深刻なことになっていただろうし、救急をお願いするにしても、もっと時間がかかっていたと思う。
看護師さんのおかげで、母は一命をとりとめ、病院の急な受診も、スムーズに行うことができた。
(救急の窓口がどこにあるか分からなくて、職員通用口へ行ってしまったのは仕方ない💦)
本当に助かった。
ありがとうございます。
🌕救急外来のお医者さん、看護師さん
母を連れていった救急外来で、対応してくださったのは外科の先生だった。
(母の主症状が火傷だったので、非常に助かった)
深夜にも関わらず、先生はじめ看護師さんたちは、穏やかにてきぱきと対応、処置をしてくださり、あたたかな言葉もかけてくださり、
その病院で入院はできなかったが、
紹介状を書いてくれた。
下世話な話をすると、夜間の救急だし、紹介状を書いてもらったぶん、さぞかしお高く請求されるだろうと思っていたのだが、
渋沢栄一どころか北里柴三郎がびっくりするほど、お財布にも心にも優しくて、有り難かった。
弱っているときのあたたかで落ち着いた対応は、ほんとに染みた。
ありがとうございます。
🌕夫の母
嫁いでからずっと、隣の母家で私たち夫婦を支えてくれている夫の母。
「お母さん」と呼ぶのは、実の母より義母になった(実の母は名前に“さん”付け)
実は、母が倒れる2日ほど前、義母に最近の母の体調と、心配ごとについて打ち明けていた。
その時に、
「部屋は空いてるし、一緒に住んだっていいんだから」と言ってくれて、どれほど有り難かったことか。
まさか、その言葉を聞いた2日後に、本当に部屋を整えてもらうことになるとは思わなかったけれど…。
夜中に実母と荷物を車に積み込んだ私たちは、早朝に千葉へと向かった。
その車中で、義母に連絡を取ると、義母はすぐに
「わかった!部屋を暖めとくから!」と即答してくれた。
そして、母をあたたかく迎え入れ、好きなコーヒーを入れてくれ、朝ごはんの支度までしてくれた。
そして、母どうし、しばしの歓談タイムになり、昼間の受診まで私は安心して、母を義母のもとへ預けることができた。
何より、父を10年前に亡くしてから、ずうっと一人きりで朝を迎え、自分で朝食を準備し、一人で食べていた母にとって、
誰かに朝食を準備してもらい、話し相手をしてもらいながらあたたかいコーヒーを飲む時間は、そのひとときがなかったら、もしかしたらもう持てなかったかもしれず。
貴重な団らんの場と、あたたかい時間をつくってくれた義母には、心から「ありがとうございました」と言いたい(本人にもお伝えしたけれど)
その上、昼間の通院と入院手続きにも、まる1日付き添い、怖くて車の乗り降りができなくなってしまった母を、励ましながら私と一緒に介助してくれた。
本当に、心から、ありがとうございます。
🌕皮膚科クリニックのお医者さん
日中、義母と私で母を連れていった皮膚科のクリニック。
私は何度かかかったことのあるお医者さんだったが、最近はご無沙汰だった。
土曜日でも開いていて、皮膚科専門の近いところがそこだったのだが、正直、かなりの範囲で水泡などができている火傷だったので、どこまで診てもらえるか不安もあった。
でも、丁寧に状態を診て、軟膏やガーゼなどできちんと処置をしてくれた先生に、「入院したほうがいいですか?」ときいたところ、「そうだね。2件ほど受けてくれそうなところがあるから、当たってみる」と言って下さり、
さして待たないうちに入院先が決まり、紹介状も書いていただいた。
救急車を呼んでも、あちこちの病院をたらい回しになってしまうことも多いこの頃。
すんなりと入院先を決めることができたのは、皮膚科の先生が繋いでくれたおかげなので、とても有り難かった。
🌕入院先のお医者さん、医療スタッフ
いざ入院、となって、初めての診察を受けたとき、全身状態や今後の見通しを説明してくれたドクター、手続きの説明をしてくれた事務員さん、身のまわりをお世話してくれているヘルパーさんや、体の状態をチェックしてくれている看護師さん、これからもいろいろとお世話になりますが、
母をどうぞよろしくお願いします。
🌕🌕🌕
これから、母も私も、いろいろな方にお世話になっていくのだろうと思う。
「人は、迷惑をかけずに生きていくことはできない」という言い方よりも
「人は、いろんな人に、お世話になりながら生きていく」
という言い方のほうが好きだな、と思う。
尊敬する熊谷晋一郎先生の言葉。
お世話になることを当たり前と思わず、常に感謝の気持ちをもっていられる人になりたい。
