1年前。母が倒れた日に何が起きていたのか。
1年前。
母が、倒れて入院した。
そのときのことを、細かく記録しておこうと思って、なかなかできずにいたけれど、
1年経って、冷静に思い出せるようになってきたので、記録しておこうと思う。
願わくば、同じような経験をする人がいないことを祈って。
体にも心にも、負担が大きいので。
1/17の日中。
ラインをしたのに、夜になっても既読がつかない。
これは危ない、と思って、設置しておいたペットカメラをスマホで見てみる。
実家のリビングに設置しておいたペットカメラからは、台所方向の映像が見えていて。
台所前の、ありえない位置に、母の頭があった。
倒れているのは明らかだった。
動悸が高鳴る。
ペットカメラのスピーカーで呼びかけてみる。
大声で「おーい!」と呼びかけると、頭がかろうじて動いた。
「はーい」としゃがれた声で返事があった。
「あっ!生きてた!」とリアルに言葉にしていた。
「起き上がれる?」ときくと、一生懸命からだを動かしている気配はあれど
頭がぴょこぴょこ動くだけで、起きられるようには見えない。
母のところへは、24h対応の訪問看護サービスをお願いしていた。
これは、窓口へ電話して看護師さんに来てもらうしかない。
同時に、私はすぐに母のところへ向かうべきだ。
時刻は夜の12時近い。すぐ、夫に事情を話すと、夫は
「俺が運転していくよ。こういうとき、焦るから本人が運転しない方がいい」
と言ってくれて
貴重品や免許証、防寒できるものなどを持ち
夫と二人、深夜の高速道路を実家へと向かった。
道中、訪問看護師さんへ連絡すると
すぐに実家へ向かってくれることになり
実家へ到着したときには、訪問看護師さんが母の様子を確認してくれているところだった。
母は、意識はあったものの自分では起き上がれず。
足元に、電気ストーブが置いてあったため、両足の太ももから足の甲までがっつり、火傷を負っていた。
それでも「トイレへ行きたい」と言うので、
駐車場へ夫が車を入れてくれている間に、看護師さんと二人で母を助け起こし、トイレまで連れていき、排泄させ
看護師さんが、市立病院の救急窓口へ電話をつないでくれて
母を乗せてすぐに向かうことになった。
保険証や財布の入ったカバンは、日ごろよく使っているカバンだったのですぐ見つかった。
「頭が落ちる」「こわいこわい」とわめく母を二人がかりで車へ乗せ
市立病院の窓口へ向かった。
その日の担当は運よく、外科の先生で
母の火傷を見て、きれいに処置をしてくれて
「家では清潔な処置ができないと思うので、朝になったら皮膚科を受診して、可能であれば入院させてもらったほうがいいと思います」
とのアドバイスをいただいた。
朝になれば、土曜日。
土曜日なら、開いている皮膚科をいくつか知っている。
ただし、千葉のほうで。
迷っている時間はなかった。
実家に戻ると、母を車に乗せたまま、
貴重品と荷物の運び出しに取りかかる。
引き出しがタテ2列についた、車輪つきの衣装ケースがあったので
ひとまずそこへ、当面の着替えをすべて突っ込む。
通帳と印鑑、住所録、母のスマホ、防寒できる毛布などを適当な袋に詰めて
まるで夜逃げのように荷物を車に詰め込み
朝焼けの空を見ながら、千葉へと向かった。
朝の5時半を回ったころ、
千葉にいる義母が起きているのを期待して、電話をかけた。
実家の母が倒れたこと。
今から連れて帰るので、母家へ寄らせてもらいたいこと。
義母は
「わかった。部屋をあっためて、布団しいておくよ!」と
力強く請け負ってくれた。
それが、どれほど有難かったことか。
私は、一生、忘れないと思う。
家に着くと、奥の母家へ声をかけた。
義母はすぐ出てきてくれて、皆で母を母家へ運び込む。
夫はそのまますぐ、着替えて出勤していった。
夜通し運転して、救急へ付き添ってくれて、ありがとう、夫よ。
包帯がぐるぐる巻きになった足で、久しぶりの母家へ上がらせてもらった母は、思ったより痛がりもせず、元気だった。
義母がつくってくれたトーストと、野菜スープを食べ
あたたかいカフェオレを、おかわりして飲んだ。
そして、義母とふたり、母同士で話してもらっている間に
私は自分の家で子どもたちを起こし、朝の支度と登校を見守り、仮眠をとらせてもらった。
日が昇ると、皮膚科受診のため移動することになった。
仕事が入っていた義母は、職場(私と同じ地域のデイサービス)へ事情を話し、勤務を休ませてもらい、母の受診へ付き添ってくれることになった。
ただ、母は立って歩ける状態ではなかったため、車いすが必要だった。
自宅の、義父が使っていたリースの車いすはもう、返してしまっていたので急きょ、職場へ連絡して車いすを借りたいとお願いすると
たまたま、車いすのご利用者さんがいない曜日だったので、まる1日貸し出してもらえることになった。
勤務の調整と言い、車いすの貸し出しといい、すぐに対応してもらえて有難かった。
となりの市の皮膚科クリニックへ向かう。
火傷を見てくれた女医さんに、今までの経緯と、救急外来で「入院したほうがいいと思う」と言われたことを伝えると
「確かに、この状態だと自宅での処置は厳しいと思う。入院先を探してみますね」と言ってもらえた。
そしてしばらくすると、車で10分ほど離れた病院が、入院を受けてくれることになり
クリニックから直接、そちらの病院へ向かうことになった。
病院では、入院の説明を看護師さんが
病棟で必要なものの説明を介護士さんがしてくれて
母は、そのまま部屋へ案内され
私と義母は、必要なものの買い出しに向かった。
近くの巨大ホームセンターで、衣装ケースや日用品、タオル類や紙オムツなどをあれこれ買い揃え、病棟ですべての物品に名前を書いて
最後に、病院のベッドに落ち着いた母の顔を見に行き
ようやく、私たちの長い1日が終わりを告げたのだった。
そんな、母の入院のドタバタにつきあってくれた人たちへの
感謝をまとめた記事が、こちらになります。
あと、遠方にいる母の命を救ったペットカメラは、こちらの商品です。
離れて住む親御さんの見守りに、1台あるととても助かります。
スマホで角度を変えたり、録画したり、必要があればスピーカーで会話できるので、とても便利です。
