板橋マラソンの振返り
小江戸川越ハーフ2023を終えて
ハーフを完走した後は、自然な流れでフルマラソンを完走したいという欲に駆られてエントリー。
人生初のフルマラソンは、念には念を入れて、制限時間に余裕がある大会を調べた結果、板橋Cityマラソンをチョイス。制限時間は7時間。
板橋シティマラソンとは?
東京を代表する市民マラソンのひとつであり、毎年多くのランナーが参加する人気大会。
実は現在の「板橋Cityマラソン」は、もともと別の名前で開催されていた歴史があるらしい。
第1回大会は1998年に開催。
当時の名称は「東京・荒川市民マラソン in ITABASHI」。東京都初の本格的な市民参加型マラソンとしてスタートした。荒川河川敷の広大な空間を活用したコース設定が特徴だった。

感じるものだ。
EAST END×YURIとは?
1990年代のJ-POP・ヒップホップブームを象徴するユニットの一つ。
1994年に、ヒップホップグループEAST ENDと、アイドルグループ東京パフォーマンスドールの市井由理(YURI)が結成したユニットで、日本語ラップをお茶の間レベルまで広めた先駆的な存在として知られている。代表曲の「DA.YO.NE」はミリオンセラーを記録し、ヒップホップグループとして初めてNHK紅白歌合戦に出場した。
代表曲
* 「DA.YO.NE」
* 「MAICCA〜まいっか〜」
* 「いい感じやな感じ」
2011年大会から現在の「板橋Cityマラソン」へ名称変更。それまでの「荒川市民マラソン」という名前から、開催地である板橋区を前面に出したブランドへ移行した。

徐々に埼玉に取り込まれつつある。
なぜ荒川河川敷なのか?
河川敷は交通規制の影響を比較的抑えながら42.195kmのコースを確保できる。
コース全体の高低差が少なく、初心者でも挑戦しやすいらしい。

それほど大きくはない。
大会の特徴
日本陸連公認コース。世界陸連(WA)認証コースでもある。制限時間は7時間と長め。
※日本陸連、世界陸連公認コースだから何?
👉距離が正確に測量された公式コースのこと。このコースで出したタイムは正式な記録として認められる。
完走目的ならあまり気にしなくてもよいが、自己ベスト更新を狙うランナーにとっては重要なポイントである。
完走率は95%以上と高く、初フルマラソンにも人気。フラットなコースのため記録を狙うランナーからも支持されている。

荒川をひたすら上る。
コロナ禍と復活
2020年以降は新型コロナウイルスの影響を受けた。2021年・2022年大会は中止となった。
2023年に4年ぶりの復活開催。2024年大会では5kmやキッズランなどのサブ種目、飲食ブースも再開された。

集合場所に向かう
集合・スタート会場は、荒川河川敷の戸田橋上流側にある特設会場。今回は電車で移動。最寄り駅は浮間舟渡駅。そこから会場までは徒歩で移動した。駅前のコンビニでおにぎりと飲み物を買おうとしたら、ランナーで混み合っていた。こんなに大繁盛しているコンビニは初めてである。

当日の朝はランナーでごった返していた。


浮間公園を突っ切るのだが、地味に距離がある。
河川敷に到着、スタートまで待機
トイレ問題についてあまり重視していなかった。マラソン大会の名物(?)ともいえるらしい、トイレ待ち。スタート前には長い列ができることも多く、早めの行動が快適なレースにつながる。簡易トイレはたくさん設置されているものの、長蛇の列は避けられない。

事前にチェックしておいた方が良い。
板橋Cityマラソンも申告タイム順のアルファベットブロック制。当然、わたしは後ろから数えた方が早い。

いざ、スタート
序盤は順調な立上がり。
無理をしないペースで走り、距離を稼いだ。この時は小野田坂道の鼻歌クライムを体現するほど、走ることを楽しむことができていた。これは小江戸川越ハーフを走った経験を活かすことができていたと推測する。

まさに楽しさが全身から溢れだす。そんな気分なのだ。
ただ、18キロを過ぎたあたりで事態は急変。
両膝に激痛が走り、両ふくらはぎが攣るという最悪のコンディションに陥り、完全に脚が止まってしまった。こんなことができるのはあいつしかいない。

か弱い初心者ランナーに闘魔傀儡掌とは、容赦ない。
ミストバーンとは?
漫画・アニメ『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』に登場する魔王軍の幹部。
* 魔王軍六大団長の一人で魔影軍団長を務める。
* 全身を覆い、素顔を見せない謎多き人物。
* 光を極端に嫌い、闇の力を操って戦う。
* 冷静沈着で知略に優れ、感情を表に出さない。
* その正体は大魔王 バーン に深く関わる重要な存在で、物語終盤の大きな伏線となっている。
まさか、ただの凡人であるわたしが、南斗六星の帝王サウザーと同じ末路をたどるとは。。

まさか翼をもがれるとは思いもよらやかった。
小江戸川越ハーフマラソンの失敗を反省して、ランニングの量を見直したはずだった。でも実際は井の中の蛙。ワンチャン🐶サブ4なんて夢のまた夢。とんだ裸の王様である。じぶんの傲慢さと無知を反省しなければいけない。

リタイヤか、続行か。せっかくエントリーしておいて、このままおいそれと諦めたくない。気持ちだけはサウザーのままでいたかった。

サウザーのように振る舞いたい。
といいたいところだが、気持ちは完全に折れた。それでも、リタイヤを選択しなかった理由は、数え上げれば枚挙にいとまがないが、1つある。
リタイヤのやり方が、わからないのである。
くだらない理由だが、深刻である。マラソン初心者ゆえに、途中で棄権するという選択をした場合の流れを調べていなかった。
身体の痛みは治らないまま、時間だけはあるので歩きながら足りない頭でリタイヤのやり方をシミュレーションしてみた。
可能性の1つとして、まずバスで回収されることが考えられる。それであれば、このまま歩き続ければ、きっと、トトロのように心やさしい人たちが、乗せていってくれる。それが1番ありがたい。

ただ、来るか来ないかわからないネコバスを待つほど、気持ちに余裕は無かった。予想よりも両脚の状態が悪かったからだ。
そうすると、セカンドオピニオンを準備しておかなくてはいけない。初心者ながら、今後のマラソン人生のことも考えるとできるだけ爽やかにリタイヤをしたい。誰も見ていないタイミングで素早く土手の芝生に寝そべり、両手を枕に空をぼーっと見上げて、あたから最初からそこにずっといましたと言わんばかりの雰囲気を醸し出して、いつのまにかギャラリーといっしょに消えてしまいたい。

かぶいていたいのだ。
でも、それも簡単ではない。なぜならゼッケンをTシャツに安全ピンでしっかり固定しているからだ。しかも、4箇所も!外している姿をギャラリーが見たら、「何やってんだ、コイツ」と訝しむのは間違いないだらう。もはやまな板のカープ。退路は断たれた。(じぶんでたった感しかない)やはり、歩みを進めるより他ないのである。

もうあとは、あとは気持ちの問題。山崎まさよしである。

もはや、やれるだけやるしかない。
当人不譲の想いで歩き抜いて、42キロ地点まで辿り着くことができた。これはもうマラソンではない。立派なウォーキングだ笑

周りにランナーの姿はほぼない。

レースを終えて
実力不足を痛感したレースになった。ハーフマラソンとフルマラソンは別物であった。ど素人がふらふらと参加して完走できるわけがない。この反省を次に活かすことにしよう。
あと、マラソンを完走すると完走賞としてメダルをもらえる大会があることを知った。

タイムは約7時間。
制限時間いっぱいである。最後まで走る力は残ってなく、ほぼ歩きという始末。
地獄の帰宅
レースが終わって、両足はすでにボロボロ。帰りのことを考えていなかった。河川敷の堤防の階段ですら、手すりがなければ昇り降りができない。浮間舟渡駅までの15分という道のりも果てしなく遠く感じた。

うひー。
