「これっておかしくない?」職場に残る無意識の不公平を考える
数年前、結婚を機にわたしの年収は突如100万円近く上がった。
もちろん、昇進や評価ではない。ただ「結婚した」というだけの理由で、家賃補助の対象になったからだ。「もらえるものはもらっておく」の精神でありがたく受け取ったものの、違和感はぬぐえなかった。
結婚する前後でわたしの仕事のアウトプットはなにも変わっていないのに、ただ既婚か未婚か、というだけで線が引かれ、無視できない金銭的な差がつく。
yaykoさんのDiversity and Inclusionに関する記事に触発されて、わたしも職場に色濃く残る無意識のバイアスや不公平な制度について書きたい。
長くなったので、気になるところからどうぞ。
日本の大企業の変なところ
わたしが勤めている会社は、いわゆる日本の大企業。
男性が働いて、女性が専業主婦で、子どもは二人で、終身雇用で。そんな化石のような時代の制度をずるずる引きづっている会社です。でも、ちょっと男性が多くて、古い体質なだけで、そこまで悪い会社ではありません。働く人も、尊敬できる人がそこそこいます。
そんな会社でも、違和感を感じるところは多々あります。
たくさんありますが、ベスト3をどうぞ。
既婚者家賃補助で年収100万円アップ
年齢・性別による役割の固定化
管理職の女性比率の低さ
まずは1つめから。
①既婚者家賃補助
勤務先の現状:既婚者家賃補助で年収100万円アップ
勤務先には既婚者家賃補助制度があり、結婚すると毎年手取りで100万円近くの補助がもらえます。わたしは結婚しただけで、収入が上がったのです。それも1年だけでなく、この先しばらく。
「結婚」しただけで収入が増えるの?
この制度はおかしな点がたくさんあります。
結婚は個人の自由。なのに、結婚した人だけが経済的に優遇されるのは不合理ではないでしょうか。
パートナーシップの形はさまざま。法律婚しか認めないのも変です(同性カップルは?シングルペアレントは?事実婚は?)。
昭和の人生モデルに合わせた制度。男性が働き、女性が家で子育て、終身雇用で若いころは給与が抑えられる構造だったから、補助が必要で成り立っていた制度のはずです。生き方の多様性が認められるようになり、法律婚をしている家庭でも共働き世帯が過半数で、終身雇用も崩れつつある中、時代に全く即していません。
既得権益を手放したくないから、制度改定は遅々として進まない
勤務先も、働いている人もこの制度のおかしさに気づいており、改革の話は毎年上がりますが、改革は遅々として進みません。
それもそのはずです。
改定とは、つまり、今恩恵を受けている人の取り分を減らし、他の人に分配することです。年100万円弱、通算で500万円以上もらえる家賃補助の一部を諦めてほしい、ということです。
制度がおかしいと思っても、自分の利益になるうちは知らんぷりする人が多いのです。
解決策:ゼロベースで考える
わたしは自分が既得権益を得ている側だとしても、不合理な制度、多くの人が不幸せになる制度は変えていきたいと思っています。
現状からの変化と考えると、どうしても損をすることにフォーカスしてしまいます。一度リセットして、ゼロベースでどんな制度を定めるのかを考えないと、改革は難しいと感じます。
一方で、報酬は仕事の不満を減らす「衛生要因」にしかならないことも心にとめておきたいです。(多く報酬を支払ったところで、従業員のやる気やモチベーションは向上しないなら、不満を解消するために原資を分配すべき)
仕事の満足度に直結する「動機づけ要因」は、責任があり成長ややりがい、意義を感じられる仕事をしているかどうかであり、金銭的報酬は仕事の不満を減らす「衛生要因」にすぎない。
②年齢・性別・雇用形態による役割の固定化
職場の現状:みんながやりたくない仕事の押しつけ
飲み会やイベントの幹事、来客や大きな会議の準備。
誰でもできる、誰がやってもいいけど、みんなあまりやりたくない。
そんな仕事をやる人が年齢・性別・雇用形態によって固定化されています。
若手が雑用や幹事役をする
若手や女性が飲み会のお酌をする
女性が不在者の社内郵便物の受け取りをする
一般職の女性がお土産やいただきもののお菓子配りをする
固定化する合理的な理由、ある?
こういった、無意識の慣習にどれほど合理的な理由があるのでしょうか。
あんまりなさそうです。
みんなで交代で幹事まわし、やりたい人がお酌して、近くの人が隣の席の人への郵便物を受け取り、お土産を持ってきた人がお菓子を配るのはどうでしょうか。
暗黙の了解でこういった役割を押し付けられている当事者はきっとすごく嫌だろうなと思います。
社内郵便物については私も当事者ですが、すごくいやです。だれが受け取っても全く問題ないのに、配達を担当している年配の男性は席が遠くても、リモート会議中でも、とにかく女性に受け取ってもらおうとするのです。
解決策:無意識の慣習に気づいたら、明るく声をあげる
こういった役割の固定化は、本当に無意識で気づいていないので、変に怒ったり縮こまったりせずに、明るくカラっと「みんなでやりましょう!」とでも声をあげたいです。
③管理職の女性比率の低さ
勤務先の現状:管理職の96%は男性、4%が女性
勤務先の管理職の96%は男性、4%が女性。
経営層に女性はいません。
管理職の女性のうち1名が部長で、他は全て課長です。
経営層に上がれるような役職(本部長など)についている女性はひとりもいません。
管理職の女性の7割は人事/総務系の部署の課長です。
売上や利益に責任を持つ営業部や事業部の管理職に、女性はひとりもいません。
女性が経営に関わる部署の役職についていない、肩書だけで経営決定権を持っていないというのは2020年にスタートアップの男性マネージャーが書いた記事と同じ状況です。
「経営会議」と呼ばれる、会社にとって重要な会議にも呼ばれるようになったんだが、いざ出席してよくよく見渡したら周りにいるのが自分を含めて見事に全員おっさんだった。
社長、おっさん
営業マネージャー、おっさん
総務経理マネージャー、おっさん
エンジニアマネージャー、おっさん
カスタマーサクセスマネージャー(オレ)、おっさん
しびれるくらいのおっさん5連ガチャだった。
昔から「経営会議」の存在は知ってたし、誰が出席者かなんてわかっていたのにいざ自分が出席して当事者意識を持つまで、比率についてなんて考えたこともなかった。だからその時はじめて、この会社の意思決定に女性は1ミリも参加していないとわかった。
一応言っておくと、うちの会社に女性のマネージャーがいないってわけじゃない。でも「経営会議」には出席していない。
彼女らは「広報」とか「人事」のマネージャーなのだけど、その部署はいずれも1~3人くらいの小さいチームで、それぞれに裁量は与えられていない。
勤務先の総合職の女性比率は12%です。
たしかに女性は少ないです。でも、それ以上に女性管理職が少ない。
比率だけで見ると私の勤務先の男性は女性の3倍、管理職になりやすいのです。
これは、わたしが体感していることとおおよそ合致しています。
10年程度働いてきて、社内で見る上級女性管理職は1人だけです。
ここでいう上級管理職というのは、マネージャーや課長ではなく、その上の部長や本部長、関連子会社の社長などです。この職位まで上がっている女性は10年間で一人だけ。
それも、伝説のような人で、後にも先にもその人だけです。
平等と公平は違う
平等(Equality)と公平(Equity)の話をする時によく見る図があります。

平等はみんなに箱をひとつずつ
公平はみんなが障壁を越えるように、それぞれに必要な箱の数を
女性の積極登用やAffermative Actionの話をすると、いつも不平等だという声を聞きます。勤務先の社内アンケートでも、女性の積極登用については男女関わりなく8割が反対、評価に応じて平等に登用すべき、との結果が出ていました。評価に応じて平等に登用すべき、と考えるのはなぜでしょうか?
平等に登用することが公平だと考えている?
目に見える男女の差はだいぶ小さくなりました。
女性も高等な教育を受けられるようになりました。受験や就職時にあからさまに差別することは法律で禁じられています。育児や介護も分担する機運が高まっています。
それでも、まだまだ埋めるべき差はありそうです。
幼少期:女の子がリーダーシップを取ると、「生意気」「いばっている」と評価されがち。
学生時代:男性と比較し短大や専門学校への進学は多いが、理系学部への進学は少数派。
就職時:女性には事務職や一般職の選択肢があるが、男性にはほぼない。
社会人:女性はお菓子配りやイベントの幹事、準備などの雑用を任されがち
社会人:女性は子どもを産むと、産休・育休で一定期間勤務できなくなる。
社会人:育児や介護などのケア労働を担うのは、女性のほうが多い。
社会人:(労働時間の制約を考慮してか)昇進や人脈形成につながるポジションにアサインされる機会が少ない。
社会人:人事権を持つ管理職は男性が多く、役職が上がるほど男性の割合が高くなる。
どれもわたしが周りで目にしていることです。おそらく、統計データを引っ張ってきても、まだ差があることが明確になるでしょう。
「評価に応じて平等に登用」は「公平」でしょうか。
そもそも、多様性が組織を強くすることを信じていない?
組織が成果をあげるために、多様性が重要ということは共通認識になっているでしょうか。
均質な集団が、バイアス/硬直化した見方/重要な事実の見落としによって、致命的な間違いを起こす過程を克明に示す。
多様性が組織を強くする理由と、どのような観点からの多様性を意識すると組織の知性が増すのかがわかる。
読み物としてもおもしろいし、組織論としても興味深い。
評価に応じて平等に登用すると、わたしの勤務先を含め、多くの日本の会社は同じような人を昇進させるはずです。
上長である『おじさん』たちの基準で成果をあげる人
すなわち、おじさんとの密なコミュニケーション(たばこ部屋、会食、ゴルフ含む)を通じて、おじさんの評価基準と困りごとや今の関心を良く理解し、必要な時に労働時間を増やして、成果をあげることができる人です。
これは必然的に、下のような人が有利になります。
勤務時間外の交流ができる:休日や勤務後の夜の時間も仕事関係の活動に充てやすい。
誘われやすい:男性同士の食事や交流に誘われやすい。
残業ができる:突発的な残業に対応しやすい。
勤務地の制約がない:赴任や出張がしやすい。
家庭環境の制約がない:育児や介護の制約がない、またはパートナー(多くの場合は女性である妻)にカバーしてもらえる
均質な組織になることを良しとしないなら、女性枠や外国人枠など意図的に多様性を増やす制度設計をする必要があります。
多様性を認めることは組織を強くするだけでなく、みんなが生きやすい社会になると思っています。いわゆる「マイノリティ」だけでなく、強者とみなされる人もみなそれぞれ認められる社会。
でも、ここでは職場の話をしているので、そういった多様性を認めることによる生きやすさは置いておいて、一旦成果にフォーカスしました。
解決策:手を上げて、上にあがる。下を引き上げる。
人の意識の問題と、制度の問題がこんがらがっているので、すぐに女性リーダーを増やすのは難しいです。
個人としてできることとしては、機会があれば手をあげて、上に上がること。そして、上に上がったら後につづく女性を引き上げることでしょうか。
今は全然そんなイメージが湧きませんが、柔軟な働き方でも成果が上げられるように試行錯誤していきたいです。
最後に
yaykoさんの記事のように、そしてここで書いたような無意識のバイアスはいろいろなところにあるのではないかと思います。
こういった職場が変わるのには、きっと時間がかかります。
それでも、変だなーと思うことには感度高くいたいです。
あなたの職場に残る無意識の不公平があればぜひ教えてください。
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こんなところまでお読みいただきありがとうございます!
なにか心が動きましたら、チップでお知らせいただけるととってもうれしいです。