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セレンディピティを、「天才の話」だと思ってませんか?〜感度と筋力の付け方

僕のnoteでは音声解説も提供中です。
読むのが苦手な人、今日は文字を読みたくない・・・など色々事情もあると思うので、最下部のAIの音声解説もぜひ活用してください。

あらすじや、本文に書かなかった補足も入っています。見て・聴くことでさらに理解が深まったという感想もいただいています。

あなたが思い浮かべるのは、たぶん「他人」だ

セレンディピティ、と聞いて、あなたが思い浮かべるのは誰だろう。

ニュートンのリンゴ
ノーベル賞をとった研究者
歴史を変えた大発明家

・・・たぶん、そのあたりだと思う。
「ああ、一部の天才の、運がよかった話ね」と、そうやって、どこかで聞き流してきた人は、たぶん少なくない。

その瞬間・・・
自分には関係ないと、除外しませんでしたか?

僕も、そうでした。何者にもなれなかった側。8枚の名刺を持ち歩いているけれど、それは一枚で立てなかったということでもある。だから余計に、セレンディピティを「特別な人の話」として遠ざけたくなる気持ちは、よくわかるつもりです。

でも、そうやって聞き流すのを、いったん止めてみてほしい。

セレンディピティは、天才の伝記の話じゃありません。あなたがこれまで「ただの偶然」と片付けてきたような、いくつかの出来事の話です。その中に、まだあなたが拾っていない何かがあるとしたら、それをどう拾えば良いのか、一緒に考えてみませんか。


僕の言葉より先に、彼女の言葉を読んでほしい

僕の言葉より先に、読んでほしいnoteがあります。

来月、高松でトークイベントをやることは告知済です。主催してくれるのは、「ことねこ堂」の廣澤彩芽さん。猫の福祉と住環境を仕事にしている人で、つい最近、自分の事業を立ち上げました。その廣澤さんが、イベントに向けて、ご自分のnoteでこんなことを書いていました。

セレンディピティは、思考と行動の話なんだと私は解釈しています。

日常の中にある小さな気づき。見過ごしていた偶然。何気なく踏み出した一歩。そういうものを、どう受け取って、どう動くか。

これを読んだとき、僕は少し嬉しくなったんだよね。彼女は、僕のnoteの熱心な読者の一人ではあるんだけど、セレンディピティの理論を文献などで体系的に学んだわけじゃないはず。でも、(僕が思う)いちばん大事なところを、自分の言葉で言い当てている。そしてこうも言っている。

誰の身にも起きているけど、ただ、その言葉(セレンディピティという現象が言語化されていること)を知らないだけ。

そう。これは、一部の天才の話じゃないんです。


一言だけ、定義しておく

僕は、セレンディピティをこう置いている。

偶然を"意味ある発見"へと変換する営み

出来事ではなく、営み
ここにはこだわりがある。けれど、今日は、その細かい話はしない。今日伝えたいのは、この営みが、どこまで広がっていくかだ。僕が作った定義の詳細に興味がある人は、最下部に関連リンクを貼るので、そちらから読んでみてください。


リンゴは、最後のひと押しにすぎない

ここで、ニュートンのリンゴの話に戻りたい。

僕たちはあの話を「リンゴが落ちたのを見て、ひらめいた」エピソードだと記憶している。でも、本当にそうかな?

多少、暴論なのは承知の上で書くけど、リンゴが落ちたのを見ただけで万有引力が解けるなら、あのリンゴ園で果実を見ていた農夫は、全員"ニュートン"になっている可能性があった。にもかかわらず、結果として、発見したのは農夫ではなかった。

つまり、リンゴは、最後のひと押しに過ぎなかったということ。その前に、ニュートンの中には膨大なインプットが積もっていた。だからこそ、目の前で起きた「落ちる」という出来事が、「なぜ落ちるのか」という問いに変わっていった。当たり前の光景が、考えるべき謎になったんだ。

リンゴそのものより、リンゴが落ちる前に何をしていたか。そっちこそが、セレンディピティを考える上での"主役"なんだと思う。この見方を持つと、セレンディピティはいろんな場所に顔を出しはじめる。

新しい事業のアイデアや、まだ世にないプロダクト。あれも、降ってくるのを待つものじゃなく、降ってくるようになるくらいのインプットを仕込んでいた人のところに、後から起きる。

キャリアもそうだ。幅を持って歩くこと、思いがけない誘いの受け止め方、ノイズだと思っていたものを面白がる姿勢。そういう日々の思考や習慣が、いつかの"リンゴ"を拾える自分を、少しずつ準備している。

発明も、事業も、キャリアも、暮らしも・・・一見バラバラの話に見えるけど、セレンディピティという一点から眺めると、それらが全部、同じものに僕には見えるのです。


偶然は起こせない。でも、準備はできる

ただし、7月23日に僕が話したいのは、発明とか、事業とか、キャリアとか、そのどれか一つの話じゃない。それら全部の、もっと手前にある話、それらの土台の部分の話です。

そもそも、まず押さえておきたいこととして、セレンディピティは、コントロールできない。だから、いつ、どこに、どんな偶然が落ちてくるかは、誰にも選べない。「これをやれば偶然を引き起こせる」なんて保証は、僕には、たぶん一生できない。

でも僕は、身の回りで起きてしまった偶然に飛びつく感度と、飛びつくための筋力はつけられる、とは思っている。

リンゴを落とすことは、たぶんできない。仮に落とせたとしても、それだけだ。落ちたことに気づけたとしても、まだ足りない。そのリンゴに意味を与えられるかどうか・・・それは、リンゴが落ちる前に、自分が何を積んできたかで決まる。だからこれは、特別な才能の話じゃなくて、普段の思考と、行動と、習慣の話なんだ

廣澤さんも書いている通り、「どう受け取って、どう動くか」が大事で、受け取るが感度で、動くが筋力。彼女は、このnoteを読み続けてくれたことで、確実に自分のものにし始めているのが、よくわかりました。


僕にとってアウェーなのに、なぜ人が集まるのか

今回のイベント、定員15名のところ、残り数席、ほぼ埋まったそうです。

すごーい👏ありがとうございます✨
主催者のみなさんのご尽力のおかげです。

でも、勘違いしてはいけないのは、僕の話を聞きたくて集まったわけじゃない、ということ。多くは、主催者であり、開業したばかりの廣澤さんを応援したい人たち。僕にとっては、完全にアウェーのイベントだ(笑)。

でも、大切なのはここからで、申し込んでくれた人たちは、「廣澤さんがそこまで惚れ込んだ『セレンディピティ』って、何だ?」という順番で、後から少しずつ、僕の領域に興味を持ち始めてくれている。僕が呼んだんじゃないけど、廣澤さんの熱が、セレンディピティを経由して、僕の元へみんなを連れてきてくれた。

前回のnoteでは、「解釈の余白が心地いい」、「(僕と)会話しているみたいだ」、「とても読みやすかった」という感想をもらった。これは、この数ヶ月間、ずっと意図して自分なりに工夫を続けてきた点だったから、それが読者の方に伝わり始めたことは、素直に喜ばしかった。


でも、「なぜ刺さり始めたんだろう?」と考えてみると

それは一貫して、僕が答えを配っていないからだと思うんです。



ツッコミという名の、共著

世の中の発信の多くは、正解を配っている。
「◯◯をするための3つのステップ」、「◯◯の5つの法則」・・・これをやれば大丈夫という、簡潔でわかりやすい、タイパ・コスパの良い情報が溢れている。僕もそういうものを読むのは嫌いじゃない。

でも、もう動いていて、ひとりで足掻いている人は、たぶん世間の"正解"には飽きている。前回のnoteにも書いた通り、そういう人に足りないのは、正解じゃなくて、自分の選択をどう正解にするか、納得解を導き出せるかどうかだ。だから、答えを配らないこのスタンスが、読者それぞれのタイミングが来たときに、ようやく届き始めるんだと思う。

完成した思想は、たぶん「へぇ、すごいですね」で終わってしまう。でも、編み終わっていない途中経過を晒していると、共感や、応援や、興味が寄ってくるようになった。途中だから、誰かが一緒に編める。最近、やっとそう思えるようになってきたんです。

だから、このnoteで発信している「セレンディピティ思考(仮)」は、まだ生まれかけだ。現在88本書いていても、まだ途中。ただし、あなたが、この途中に立ち会えるのは、たぶん、今このタイミングだけだと思う。

まだ僕の理論が固まりきっていないから、ツッコミどころがたくさんある。実際、前回のnoteにも、僕の言葉の使い方ひとつに「編むと織るが混在してるけど、意図的?」と指摘をくれた人がいた。使い分けはしていたつもりだったんだけど、途中で僕もわからなくなってきたようで、おかげで僕は少し恥をかいたけど(笑)、その箇所はすっかり修正してしまった。

でも、その「直す前」と、直っていく過程は、あのときコメントをくれた人だけが、リアルタイムで体感したものだ。あとから完成形を読む人には、もう見えない。

この人も、僕のnoteの読者の方で、そのツッコミはただの粗探しなんかじゃないことは僕もわかってる。一緒に考えながら読んでくれているからこそ、疑問が湧いたんだ。立ち止まって「あれっ?」と思えることが、たぶん、その人にとっても、理解をするための近道なんだ。

きれいに整えられた答えを渡されるより、
自分が感じた違和感を通じて対話する方が、
ずっと深く残るはずです。

感想も、コメントも、DMも、僕にとっては、思想に手を入れてもらえるみなさんからの貴重な働きかけです。ただ読む側だったはずのあなたが、いつのまにか、一緒に書く側に回っている。

たぶん、それが、このnoteのいちばんの楽しい関わり方で、そして、それこそが波紋になるんだと思うのです。


魚は、釣ってあげない

よく知られた言葉に、こんなものがある。

魚を与えれば一日食べられる、釣り方を教えれば一生食べていける。

老子の言葉だと語り継がれてきたこの言葉は、最近は違うことがわかってきたらしい(笑)大好きな言葉だっただけに衝撃でした。まぁ、それはさておき、僕がやりたいのは、たぶん、この手前のことなんだ。

7月23日のイベントは、僕が答えを配る会じゃない。それどころか、釣り方すら教えない。魚は、参加者のみなさんの、それぞれの海にいて、海の場所も、釣れる魚も、人によって違うと思うんです。

だから、僕にできるとすれば、あなたが「自分にも、海があったんだ」と気づくきっかけを提供することくらいかもしれないって思っています。

だから、当日持って帰れるのは、答えじゃない。
たぶん、既にあなたの中で起きていたのに、なんと呼べばいいのか分からなくて、気づけずにいたものだ。これまで"たまたま"で片付けてきた出来事に、セレンディピティという言葉が与えられた瞬間、「ああ、これがそうだったのか」と、初めて見えるようになる。あの感覚を、肩書きの違う三人の体験談を通して、一緒に掘り起こせたらと思っています。

最後に、ひとつだけ聞かせてほしい。


Q. あなたが、これまで
"たまたま"で終わらせてきた出来事は
ありませんか?


もし、何か浮かんだ人は、
読んで「わかった気」になるだけで終わらせず、
書き出して、僕に届けてみてほしいです。

言葉にして誰かと共有した瞬間に、その"たまたま"が、少しだけ意味を持ちはじめるはずです。


Talk Night in 高松
📅 2026年7月23日(木)19:00〜20:30(開場18:30)
📍 蛙珈琲 kaeru coffee & Gallery kaeru
💰 参加費:3,000円(軽食付・ドリンク別途)
👥 定員:先着15名限定・チケット制(残りわずか)

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PS. ふたつだけ、おまけを

ひとつ。
もし、自分のエリアでも、セレンディピティに関するイベントをやってみたい、という人がいたら、ぜひ声をかけてほしいです。

今回の主催の廣澤さんは、実はイベントの企画も運営も、ほぼ初めてでした。「三上さんに少しでも感謝を伝えたくて、それがやっと少しカタチになった」・・・準備の途中、彼女はそんなことを言ってくれました。その律儀さが、たぶん、このイベントの企画の原動力になっているのは間違いなくて。僕にとっても、それはとても有難いことです。

同時に彼女は、こうも言っていた。
イベントは、開くこと自体が目的じゃない。来てくれた人に何を持ち帰ってもらうのか、その目的意識を持ち続けることがいちばん難しい、と。自分が「良い」と思ったものを、どう伝えれば「行ってみたい」に変わるのか。今も答えは出ていなくて、手探りだ、と。

これは、この記事でずっと書いてきたことと同じ。良いと思うものを、どう手渡すか。もし皆さんも「やってみたい!」と思ったなら、場の作り方や企画の仕方なら、いくらでも一緒に考えるので、気軽に声をかけてください


ふたつ。
実は、あなたが今これを読んでくれていることを、僕は知る術がないのです。スキを押してくれて初めて、「ああ、誰か(あなた)に届いた」とわかる。手段は、何でもいい。スキでも、コメントでも、どこか別の場所でかけてくれる一言でもいい。

ただ、その1アクションがあるかないかで、波紋になるかどうかが決まる。読んでくれているのに、何も表明されなければ、それは、何もなかったことと、さほど変わらないんです。(ちなみに、noteのアカウントがないと、スキを押しただけでは、誰が押してくれたのかは、僕には分からなかったりもします。)

だから、小さくていい。
水滴を、落としてほしい。
波紋を、起こしてみてほしい。

スキは、いちばん小さな波紋です。それでも、僕にはちゃんと届く。コメントは、もう少し大きい。フォローは、その波紋を続けてくれるということ。

僕に話しかけ、僕と対話してくれること、これはもっと大きい。質問でも、反論でも、雑談でも、感想でも構いません。誰かと交わるたびに、この理論はほんの少しずつ強くなります。あなたとの会話が、次の記事のきっかけになるかもしれません。

そして、
僕にも想像がつかないような
遠くまで届く波紋は


誰かに渡してくれること


最近、「あの記事、友達にも教えました」って言われたことが続いて、とても嬉しかった。あなたの波紋が、僕の知らない誰かの水面に広がっていくというのは、とても神秘的に思える。あなたの関係性の中に、あなたの言葉で手渡してもらえたら、それで十分です。


089.
セレンディピティを
「天才の話」だと思ってませんか?
Fin.


🔗 この記事と、糸がつながっている話

今回のイベントを主催してくれている、ことねこ堂・廣澤さんのnoteはこちら。この記事は、彼女のこの言葉から始まりました。

そして、「セレンディピティとは何か」を、僕なりに定義した回があります。今日さらっと触れた「偶然を"意味ある発見"へと変換する営み」を、もう少し丁寧に書いています。

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セレンディピティ、仕事、AI、三上個人のこと。
届いた問いには赤裸々に向き合います。気軽にどうぞ。
👉 https://note.com/qa/melo_da_handsome

🎧 音声配信

この記事のAI音声解説で、あらすじや評論、本文に書かなかった補足も。セットで聴くと理解が深まります。

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セレンディピティに関する講演・登壇を承っています。テーマ・時間は柔軟に対応。お問い合わせはこちら、またはnote・各種SNSのDMから。

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三上浩紀:Catalyski CEO | セレンディピティオタク| 点と点をつなぐ人 | 8枚の名刺 いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。