066.『RANGE』〜経験の幅は、キャリアの"保険"になる─偶然を意味に変えるために
来週、いよいよ母校で講義をします
いよいよ来週、母校の岩手大学で、キャリアに関する講義をすることになった。しかもその日は、偶然にも、Catalyskiの開業日と重なっている。今回、講座をすることになった詳細は合わせてこちらを見てほしい。
講義のテーマについては、「キャリアとセレンディピティを絡めた話をしてほしい」という、少し余白のある方向性をもらった。
自分で『セレンディピティ』を売り込んでおいてなんだけど、正直に言うと、最初は少し迷った。セレンディピティという言葉は僕にとって大切な言葉で、とても魅力的に思っている事象だけれど、扱いを間違えると、途端にふわっとしてしまう。特に、これから進路や仕事を考える後輩達に向けて話すなら、なおさらだ。
だから今回は、セレンディピティそのものを語るのではなく、それが「あとから起きうる状態」について話そうと思った。
そう考えた末に、行き着いたテーマが『RANGE(幅)』だった。
第1章|キャリア選択において、幅は「保険」になる
キャリアについて考えるとき、私たちはつい"最適解"を探そうとしてしまう。
どの業界が将来性があるのか
どのスキルが市場価値を持つのか
どの選択が安定につながるのか
今の自分の学部や専攻が何に活かせるのか?
もちろん、情報を集めること自体は悪くない。ただ問題は、キャリア選択を「一度きりの決断」だと思い込んでしまうことだ。
実際には、ほとんどの人が、十分な情報も、十分な経験もないまま、最初の選択をする。学生においては尚更そうだ。だから最初のキャリアには、どうしても「偶然」や「成り行き」が混ざる。ここで意味を持ってくるのが『幅』という考え方だ。
幅は、迷いではなくリスクマネジメント
"幅を持つ"と言うと、「まだ決めきれていない状態」「覚悟が足りない状態」のように受け取られることがある。
でもキャリアの文脈では、幅はむしろ保険に近い。幅があると、
想定外の出来事が起きたときに立て直せる
選択を修正する余地が残る
一つの判断ミスが致命傷になりにくい
言い換えるなら、幅とは、"キャリアにおける「やり直しの可能性」を高めるための構え"だ。
早く決めた人が、必ず強いわけではない
この点について、とても示唆的なのが『RANGE』という書籍だ。今回のこのnoteのタイトルもここから拝借した。著者は科学ジャーナリストのエプスタイン(David Epstein)。
この本では、さまざまな分野の事例を通じて、「早期専門化」と「遅延専門化」の違いが描かれている。象徴的なのが、ロジャー・フェデラーとタイガー・ウッズの対比だ。

ロジャー・フェデラーは、幼少期に複数のスポーツを経験し、テニス一本に絞るのは比較的遅かった。
タイガー・ウッズは、幼い頃からゴルフに特化し、明確なロールモデルと環境のもとで圧倒的な深さを築いた。
重要なのは、どちらが正しいか、という話ではない。『RANGE』が示しているのは、環境が複雑で、不確実性が高い世界では、フェデラー型のキャリアが、あとから強くなることが多いという事実だ。
現代のキャリアは、正解が固定されていない。途中でルールが変わる。評価軸も揺らぐ。そうした世界では、最初から一直線に進める人のほうが、むしろ少数派なのかもしれない。
「器用貧乏」と言われた20代を、振り返る
ここまで、幅を「キャリアの保険」として整理してきた。ただ、正直に言うと、当時、僕自身がそう感じていたわけではない。
僕自身、20代の頃は、先輩社員たちから「器用貧乏だよね」と言われることが多かった。あれもできる。これも対応できる。卒なく無難にこなす自分。あれも知ってる、これも知ってる。なんの話題を振ってもそれなりに応える。でも、どれが"専門"なのか分からない。
今思えば、悪意のある言葉ではなかったと思う。(いや、皮肉は込められていたかもしれない。)ただ、評価軸が一本しかない組織では、そう見えるのも無理はなかった。当時の僕自身も、どこかで引っかかっていた。「このままでいいのだろうか」「何者にもなれていないのではないか」「もっと尖った方がいいのではないか」って。それは、不安であり、引け目でしかなかった。
幅は、成果になるまで時間がかかる
幅の厄介なところは、成果として可視化されるまでに時間がかかる点にある。その場では評価されにくいし、その人のキャリアのストーリーが一本に見えないし、比較されると不利に見えるし・・・だから「器用貧乏」という言葉が貼られる。
でも今、あの頃を振り返ると、確実に言えることがある。あの頃の自分が「迷っていた」おかげで、今深掘りができる僕だけのジャンルが生まれたように思えている。つまり、当時はまだ、どこを深く掘るかを決めきれていなかっただけだ。
いま思うのは、これだ。器用貧乏とは、能力が足りない状態ではない、ということ。器用貧乏とは、"伏線未回収の状態"である
幅は、回収されるまでの間、ずっと「未評価」のまま残る。でも、ある地点を超えたとき、それまで点だった経験が、一本の線としてつながり始める。その瞬間、「器用貧乏だった過去」は、「深く掘るための準備期間」に変わる。
まだ何者にもなれていないという焦りを、あなたはかつて、もしくは今も、抱えていませんか?
第2章|選択後の深掘りにおいて、幅は「土台」になる
ここで、よく出てくる反論がある。
「幅を持っていたら、結局どれも中途半端になるのではないか?」
この疑問に答えるために、少し別の角度から考えてみたい。
深い穴を掘るには、幅がいる
実際の土木工事では、深い穴を掘るほど、周囲の支えが重要になる。周りを掘らずに、真下にだけ深く掘れば、土は崩れる。だから現場では、周囲を広く掘り、法面をつくり、支えを入れる・・・といった工程を踏む。これは比喩ではなく、物理的な事実だ。キャリアや思考も、よく似ている。これを僕は『穴掘りの理論』と呼んでいる。
視点が一つしかない状態で深く掘ると、折れやすい。行き詰まったときに逃げ場がない。一方で、幅があると、
・別の見方に切り替えられる
・他分野の知識で補強できる
・一度止まっても、別ルートで続けられる
そう考えると、幅とは、深く掘るための「耐震構造」なんだ。
専門性は、幅を通過してから生まれる
多くの場合、本当に強い専門性は、最初から決まっているものではない。
いくつかの経験を経て、自分に合う問いが見えてきて、そこで初めて、深さが立ち上がる。これは迷走ではない。助走だ。幅があるからこそ、「どこを掘るか」を、自分で選び直せる。
僕の息子は、「ダブルダッチ」という縄跳びを習っている。アーバンスポーツと呼ばれる括りで、ブレイキン、3on3、BMX、パルクール・・・などの総称で、オリンピック競技にもなっている種目もある。
まだまだダブルダッチの競技人口も認知度も、高いとは言えないから、世界ランカーや、"レジェンド"と言われる黎明期から始めてきた現役プレイヤーたちが、息子のコーチだったり、とても身近な存在として側にいて教えてくれる。そんなコーチ達が、息子によく言っているのが、「いろんなスポーツをやりなさい」ってこと。野球、バスケ、水泳・・・好きなことを一生懸命楽しんで、それをまたダブルダッチに昇華させる。
子どもの習い事だからこそ、これから好みも変わっていくかもしれないし、でも、ダブルダッチプレイヤーとしても成長してほしいし、そんな思いから"フェデラー的なアプローチ"で接してくれていることがわかります。
第3章|アイデアやイノベーションは、なぜ幅から生まれるのか
この構造は、アイデア創出やイノベーションの世界でも、繰り返し確認されている。
オリンピアンの多くは、複数競技経験者
トップアスリートの多くは、10代までに複数の競技を経験しているというデータがある。それによって得られるのは、
・身体感覚の引き出し
・パターン認識の多様性
・状況への適応力
などで、これは「器用」という話ではない。異なる文脈を行き来できる力の話だ。
ノーベル賞受賞者も、専門の外を通っている
研究の世界でも、同じ傾向が見られる。ノーベル賞受賞者は、同世代の研究者と比べて、
・他分野の研究経験
・芸術・音楽・文学への関与
を持っている割合が高いことが、複数の研究で示されている。重要なのは、専門を捨てたわけではない、という点だ。問いの立て方や視点を、外部から更新している。イノベーションは、専門の外側から、専門を揺さぶることで生まれているんだ。
第4章|偶然は、どうやって「後から意味」になるのか
ここで、ようやく「セレンディピティ」の話に戻る。
何度も僕のnoteで言っていることですが、大切なのは、セレンディピティは、起きた瞬間の名前ではないということ。起きた瞬間、それはただの偶然・偶発・予定外の出来事にすぎない。
それが後になって、「あれが転機だった」「意味のある出会いだった」と回収され、このとき初めて、それを『セレンディピティ』と呼ぶべきだし、これらの営み全てが『セレンディピティ』なんだ。
プランド・ハップンスタンスという考え方
キャリア理論には、『Planned Happenstance Theory(計画的偶発性理論)』という考え方がある。提唱したのは、キャリア心理学者のクランボルツ(John D. Krumboltz)。
要点はシンプルだ。
キャリアは、計画通りにはいかない。だからこそ、
・好奇心
・柔軟性
・行動
を持つ人ほど、偶然をチャンスに変えやすい。ここで言う「構え」こそが、これまで話してきた「幅」とは言えないだろうか。
幅とは、偶然が起きたときに、それを捨てずに持ち帰るための態度である。
第5章|成果は、どこで決まるのか
キャリアにおいて、幅は万能ではない。すぐに成果が出るとは限らないし、分かりやすく評価されるとも限らない。もっと正直に言えば、成果が出ないまま終わる可能性だってある。
ここまで「幅の価値」を語ってきたけれど、この点だけは、誤魔化したくない。ただ、ここで一度、「成果とは何か?」を立ち止まって考えてみたい。
成果は、外から与えられるものだけなのか
世間一般で言われる「成果」は、たいてい次のような形をしている。
・昇進した
・年収が上がった
・有名な会社に入った
・分かりやすい実績を出した
もちろん、これらは立派な成果だ。否定するつもりはない。この成果は、僕も嬉しい。
でも、キャリアの途中にいるとき、私たちはしばしばこう感じる。
・まだ何者にもなれていない
・評価されていない
・正解から外れてしまったのではないか
この感覚は、とても自然だ。
このとき、「成果=外部評価」だけで考えてしまうと、キャリアは一気に苦しくなる。ここでひとつ言えるのは、「世間から見た成果」と「自分にとっての成果」は、必ずしも同じタイミングで現れないということだ。
幅を持つ人は、「成果の定義」を内側に残している
ここまで見てきたように、幅を持つというのは、短期的な成果を取りに行く態度ではない。「失敗」や「無駄」として切り捨てるのではなく、むしろ、いまは評価されていない経験、途中で終わった試み、うまく言語化できない違和感・・・そうしたものを、「まだ確定していない素材」として抱え続ける態度だ。
この姿勢があると、成果の定義を、完全に外に委ねなくて済む。
いま成果が出ていないとしても、それを「失敗」と決める必要はない。まだ途中だと言える。
この余白を持てるかどうかが、キャリアの耐久性を大きく左右する。
中間地点としての成果、という見方
成果は、ゴールにだけ置かれているとは限らない。
むしろキャリアでは、「あの経験があったから、次に進めた」、「当時は無駄だと思っていたが、後から効いてきた」という形で、途中に現れる成果のほうが多い。それは、その時点では、世間から見て「成果」と呼ばれないことの方が多い。けれど、その中間地点の積み重ねがなければ、後に自分だけでなく、他者からも認められる成果にたどり着くことはできない。
第6章(終章)|選んだ道を、正解にしていく
自分の選んだ道を「正解にできる」ということ
"幅を持って歩く"というのは、成功を約束される道を選ぶことではない。
そうではなくて、自分が歩いてきた道に、後から意味を与え続けられる状態でいることだと思っている。
うまくいかなかった選択も、評価されなかった時期も、あとから振り返れば、
・どんな視点をくれたのか
・何を残したのか
・次にどうつながったのか
を語ることができる。この「語り直せる力」こそが、キャリアにおける最大の自由なのかもしれない。
だから僕は、「正解の道を選ぶこと」よりも、「選んだ道を正解にすること」が大切だと考えているのです。
自分の物語を、自分で語る
僕が会社をつくるとき、一番大事にしたかったのは、この感覚だったのかもしれません。成果が出ているかどうかを、常に外の評価軸だけで測るのではなく、
・いま自分はどこにいるのか
・この経験をどう位置づけるのか
・どんな物語として語るのか
それを、自分の言葉で引き受けること。キャリアは、誰かに採点されるための直線ではなくて、自分で意味を与えながら、書き換え続けていく物語だ。
そして、また歩き続ける
今日の選択が、正解かどうかは、いまは分からない。
毎週末、このnoteを4,000〜5,000文字書いているけど、やるべきことだってたくさんあるわけで、他人からしたら、この時間はもしかしたら無駄なのかもしれない。
でも、成果が見えない時間もきっとある。それでも、幅を持って歩いていれば、その時間を「無意味」として切り捨てずに済む。だから、僕は続けることに意味を見出し、今もこうして原稿を作っている。そして、いつか振り返ったとき、「あれがあったから、ここにいる」と言える日が来るかもしれない。
その"未知の回収"が僕にとっての楽しみなんだ。なんかある種の"わらしべ長者"みたいだよね。それまでは、自分の歩幅で、歩き続ければいい。
"正解の道"を探す旅は、今日で終わりにしよう。
今いるその場所から、
"あなたの道を正解"にする旅を始めてみませんか?
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さらに理解を深めたい人へ
このnote記事についてパーソナリティーが解説する音声配信も、セットで提供しています。
記事をただ読み上げるのではなく、あらすじや、評論、時に記事に書いていないことを補足しながら解説してくれていますので、この投稿を読むだけでなく、音声配信の視聴の両方をしていただくと、さらに理解が深まる・・・そんな構成になっています。
是非こちらも併せてお楽しみください。(所々日本語がおかしいのもご愛嬌)
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