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056.僕らは理由を求めている〜伏線回収の旅 【福井編】

今日は、先週の出来事に関するお話をしたいと思います。


⏬それはもう半年も前の出来事

約半年前の4月、同じ職場のBさんが福井に旅をしました。
その時に起こったエピソードを後日教えてくれました。その内容がとても興味深く、起こったドラマ・エピソードについて『セレンディピティ思考』を用いてnoteで解説させてもらったことがあります。

結果として、3部作となりましたが、そのnoteをBさんがシェアしてくれたことで、福井の方々の目にも届き、セレンディピティに興味を持ってくれたこの物語の登場人物たちと、僕までもがSNSで繋がるという、ちょっと不思議なご縁が生まれたわけです。

でも、よく考えれば、付き合い程度にnoteに目を通してお終い・・・そんな尻すぼみな結末も、あり得たわけです。『セレンディピティ』という言葉をきっかけに、この不思議な距離感の関係性は、僕らの予想を遥かに超えて、急激に転がり始めました。そしてあれから半年経過した今、実際に僕は福井へ足を運ぶことになったのです。

そして現地では、あの物語の登場人物だけでなく、セレンディピティを愛する人たちが集まってくれていたのです。

福井に滞在した2日間のことを、詳細に振り返るというよりは、この旅の背景や、この2日間を通じて、セレンディピティとは何かを改めて考えてみたいと思います。

⏬今年の事は今年の内に伏線回収する

その登場人物というのは「くまさん」という愛称で呼ばれている福井市内でバーを営むマスターのことで、あのnoteの投稿以来、定期的に"長文のDM"を送ってきてくれて、気づけば、会ったこともないけど、どこか思いを寄せあう"文通相手"のような存在になっていました。

Agitのマスター:くまさん

他愛のない話もたくさんしたし、毎週のnoteに関する話もしたし、流行りの『国宝』の感想の言い合ったりもしたし、音楽の話もした。時には、誰にも話せない(話す必要もない)内面の話をしたこともある。2回り近く歳の離れた人生の先輩が、いまだに会ってもいない僕のことを"友"として扱ってくれて、僕もそれに遠慮せず、時にタメ口でチョケた返信をする。

そんなくまさんがある時、少し体調が悪く病院の検査を受けたという投稿を見かけた。それに続けて、気持ちに元気がないという投稿を見かけた。

少し唐突に聞こえるかもしれないけど、2年前、僕は"育ての父"を亡くして以来、自分の死についても考えるようになったんですね。ふと思い出すのは内村鑑三の『後世への最大遺物』という本だ。

それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。
それは何であるかならば、『勇ましい高尚なる生涯』であると思います。

後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)

僕はそれ以来、自分だけでなく、他者の死というものにもすごく意識的になったし、自分が死ぬまでに何を遺せるのかということを考えるようになった。その結果、自分に課してきたルールは、例えばこんな類のことだったりする。

①やらぬ後悔よりやる後悔
②時間は有限、すべての人・物・事に優先順位をつける
③テイカーに優しくしすぎない
④セレンディピティを一生のテーマにする
⑤何をするかより誰とするか

この"5つの物差し"が、クマさんに会いに福井に行けと言ったんだよね。「きっと、いつか絶対に会うことになる」とは思っていたけど、いつかじゃダメなんだ!って。

そんなこと考えるうちに、今年に起きた出逢いは今年のうちに伏線回収した方が面白い気がしてきた。だから、年内の予定を調整して、その日のうちに、くまさんにDMしたってわけ。それはそれは驚いていたよ。

※育ての父の死・僕の幼少期については、以下の投稿を見てください。

⏬セレンディピティの鍵は行動?

🔻ハードなスケジュール

実は、福井への旅はまぁまぁハードな日程の中に組み込んでしまいました。
とある用で、地元の岩手:盛岡で2泊して、その足でそのまま福井に向かい2泊。翌日は仕事のために福島に行かなくてはならず、始発に乗れば間に合うという非効率な弾丸ツアーでした。(寝坊しないかだけが不安で)

このnoteでも行動をすることの重要性を説いている立場としては、自分も当然ながら有言実行したいと思っていて、結果的に、詰め込みすぎてしまいました。好きなことだから何も苦ではないんですが、1週間ほとんど寝ていなくて、自宅に帰ったら泥のように寝ましたね(笑)

でも、この行動の結果、実は何個か思いがけないことが起きました。まさにそれはセレンディピティと呼ぶにふさわしいことなので、これはまた次の機会にお伝えしたいと思います。

🔻福井での濃厚な2日間

そして福井でも色々なことがありました。
元々は市内で会場を借りて、トークイベントのように仕立てるつもりで考えていたのですが、急なこともあってか、都合がつかなくなりました。正直少し残念ではあったのですが、それは「どうせ行くなら+α福井で何かできたら」っていう、今思えば僕のわがままと言うか、欲を出しすぎてしまった部分かもしれません。

なので、この2日間純粋にくまさんとの時間を楽しむことができたし、くまさんと縁のあるお店に連れて行ってもらい、昼も夜も時間の許す限り、いろいろな方々と飲んで食べて語り合えた濃厚で贅沢な時間を過ごしました。

2日目の夜は、くまさんのお店【 Agit 】にお邪魔したんだけど、くまさんが前もって、『セレンディピティ三上』がやってくる!的な発信をしてくれたこともあって、平日にも関わらず、結果的に11名近い方が集まってくれました。そういう芸名じゃないからね。
一時期、くまさんが猛烈にセレンディピティにハマってしまって(笑)、いろいろなところで口にしていたそうで、初見では得体の知れないはずの『セレンディピティ』について、既に皆さんがご存知でした。
それどころか、僕のnoteも読んでくれている方もいらして、「僕の幼少期の話がドラマのようだった」と話してくれました。そんなこともあって、初対面とは思えないくらい、よそ者の僕をスッと受け入れてくれて、緊張感もなくリラックスしてお話しできて嬉しかったな。

他のお客様もいらしたので、僕らの様子をバーカウンター越しにみていたくまさんからは後日こんなDMをもらいました。

「昨日集まってくれた人の中には、誰1人としてつまらなそうにスマホを見ている人はいなかった。」
「きてくれた人たちにお礼のメッセージを送ったら、楽しかった!誘ってくれてありがとう!の文字が!」

勢いに任せて福井に足を運んだ結果、くまさんにも、そしてきてくれた皆さんにも楽しんでもらえたなら、来た甲斐があったというもの。僕はもういうまでもなく本当に楽しかった。約6時間喋りっぱなしでしたからね。ワイン何本空けたんだろ🍷?

🔻セレンディピティって何?

「セレンディピティに定義はあるんですか?」という質問をされました。

《 偶発と才気によって、"探していなかったもの"を見つけること 》
と、Catalyski(三上)は定義しています。

今回、わざわざAgitに集まってくれた方々、僕のLINEコミュニティに入ってくれている人、言わずもがな"行動力漲る人"が多いわけです。だから、みなさん、この定義は腑に落ちたみたい。

すると、こんな声が聞こえてきました。
「やっぱり行動が重要なんだ」と。その通り!さすが鋭い。みなさんは『セレンディピティ』という言葉自体は知らなかったけど、肌感覚でこういう現象を理解しているご様子。

⏬どんな行動をするかが重要

でも、一つだけ補足するのであれば、"ただ闇雲に行動すれば良いわけじゃない"ということ。

僕が尊敬しているクリスチャン・ブッシュは著書でこう語る。

私たちには各自それぞれの「ふつう」があり、偏った視点で世界を見ている。このバイアスがあるために、私たちは「予想していたこと」ばかり目に入るようになる。
では、その「予想」の範囲を広げられたらどうだろう。
すると、徐々に点と点のつながりが見えてきて、起こりそうもないことは常に身の回りで起きており、それを活用するかどうかは自分次第であることに気づくだろう。

クリスチャン・ブッシュ『The Serendipity Mindset』

その中で取り上げられてる行動や思考の特性が何個かあるんだけど、そのうち2つを紹介してみたい。

🔻「win-win」の精神

「ウィン・ウィン」は、みなさんご存知の言葉だと思うけど、要は、お互いにメリットのある落とし所はないかを考えている人ほど、直感的にセレンディピティ的なアイデアに辿りつきやすくなる。そして、そういう人ほど、信頼関係の構築、そしてお互いの本当のニーズや優先事項に関する情報を交換するのが上手いんだとか。

🔻「北極星」の存在

セレンディピティの起こる多くの状況は、なんらかの目的を持って場所へ出かけるが、予想外の展開にもオープンな人の周りだということ。そして大抵の場合、私たちのために点を繋いでくれるのは、自分自身ではなく、"他の誰か"だ。
とはいえ、自分が何を求めているかをなんとなくでもわかっている方が点は繋がりやすくなる。つまり、置かれた状況の中で、意識的あるいは無意識的に指針にするような原則、あるいは理念のような"指針となる考え方"を持っていると、なお良い。

🔻改めて自分と照らし合わせてみる

僕はセレンディピティを知ってもらえることで『世の中の幸せの総量を増やす』ことができると信じている。でも、それはスピリチュアルな話ではなく、思考や行動習慣をハックすることで後天的に身につけられるものだと僕は思っていて、僕のバックグラウンドである"教育"の力でそれを実現できないかと考えているのが、現在の僕の立ち位置であり「北極星」ってわけだ。

今回、くまさんに会いに行くのが僕の最大の目的だったことに変わりはない。でも、イベントとして企画ができたら、僕としても多くの皆さんにセレンディピティについてお話する機会になるのは嬉しいことだし、そのまま懇親会を【 Agit 】で開催したいと考えていた。やるからにはみんなが楽しめるものにしたかった。

結果的にイベントの企画は頓挫してしまったけど、くまさんが親しくしている人や、セレンディピティに興味のありそうな方々に直接DMをしてくれた結果、それに呼応した皆さんが【 Agit 】に集合した。(普段くまさんは、勧誘のDMなどをしないそうで、DMが届いた人が「くまさんのアカウントが乗っ取られた?」と勘違いするほどだったらしいwww)

結果論だけど、頓挫したことが幸いして、【 Agit 】(くまさん)と馴染みのある常連客や、久しぶりの人たちのほか、違う目的で来た人も加わり、『セレンディピティ』という話題を酒のツマミに賑やかな時間が過ごすことができた。

僕にとっては、くまさんをはじめ、全員が初対面にも関わらず、『セレンディピティ』というきっかけから始まり、お互いの仕事のことや価値観などについて深く話せたこの時間は、すごく有意義な時間でした。

セレンディピティにおける時間軸のズレ

セレンディピティは、待つものではなく、「動きながら考える」 もの。
準備と即興、思いやりと柔軟性。これらを持ち合わせた人のところに、偶然は集まるように思えます。

今回の福井での再会は、それを改めて体感する機会でした。
このnoteを通じて、セレンディピティについて毎週4,000文字発信すると掲げた年始には、僕がなんの縁もない福井にプライベートで来て、こんなに楽しい時間を過ごしているなんて、夢にも思わなかっただろうな。

今この時点を、「セレンディピティが起きた!」と喜んでも良いと思う。
でもね、僕が好きなのは、この出逢いがまた次のセレンデピティにつながる可能性があるという、未来への連鎖がここからまた動き出したと思える、この"不確かで曖昧な感覚"だ。

行動とは、未来への"伏線"を自分で仕込むこと
その糸が、どこで、誰と、どんな形で繋がるかは、行動した人だけが後に知ることができる。だから今回お会いした人たちと、もしくはお会いできなかった人ですら、次に何が一緒にできるのか、それを考えるのが楽しみでしょうがない。

そして、また福井に来て、【 Agit 】に足を運び、くまさんに会いに行く理由も同時につくれるのですから。

⏬最後に

「このnoteが急に有料になった!」とイジられました(笑)
読んでくれている人がいるというのは嬉しいことです。ですので?、無料に戻しますので、ご覧いただいた方は、noteへのスキ❤️や、コメント、フォローをお待ちしています!

✨Special Thanks✨

楽しい時間を共有した皆さんを、あの時、あの空間で呼ばせていただいたお名前で。くまさんは3〜4人くらいになるかなと思っていたそうですwww

楽しい時間をありがとうございました。
直恵さん、田川さん、ヒロンさん、高岡さん、
マサさん、鷹屋さん、朝倉さん、鷹野さん、
大壁さん、リョウさん、大連さん

僕がついた時点で既にいてくれた皆さん
途中から合流した第2陣の皆さん
閉店まで一緒にいてくれた皆さん

美味しい時間をありがとうございました。
かくれわ食堂、Cafe CoCotte、こうみんかん、サルヴァトーレ

お休みの日に特別にお店を開けてくれたヒロンさん
くまさんを語る上で欠かせないお店

素晴らしい2日間をありがとうございました。
くまさん、Agit

また、福井でお会いしましょう。
福井を離れる日が、「カニの解禁日」だったのが心残りでしたから。。。

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三上浩紀:Catalyski CEO | セレンディピティオタク| 点と点をつなぐ人 | 8枚の名刺 いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。

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