ワークショップの依頼だと思ったら、理事になっていた話〜"セレンディピティの兆し"
ワークショップの依頼だと思っていた。
気づけば、理事就任のプレスリリースを書いていた。
セレンディピティは後から気づくものだと、ずっと書いてきた。
でも今回は、もしかしたらこれがそうかもしれない、と思いながら書いている。まだ渦中にいる。兆しの話だ。
2026年4月27日、プレスリリースを出した。
タイトルはこうだ。「代表 三上浩紀が『ジャパン・クライメート・アライアンス』理事に就任」。自分のことなのに、なんかどこか他人事みたい。
JCA(ジャパン・クライメート・アライアンス)は、気候変動・気候危機への対応を企業や社会に広めることを目的とした、国際的なネットワークと連携する非営利組織だ。Climate Bonds InitiativeやClimate Groupといったグローバルな団体とも繋がっている。
このプレスリリース、実はカタリスキーとして初めての配信でした。
お願いしたのは、香川県高松市を拠点にPR・広報を手がける合同会社higotoの代表、梶原さん。なぜ彼女に頼んだのかは、また後ほど書きます。
せっかくなので、このプレスリリースには書ききれなかった話を、今日はここに書き残しておこうと思う。
・なぜこの話が来たのか
・なぜ「10日間」悩んだのか
・それでもなぜ「Yes」と答えたのか
読み終えた後に、「なんだ、そういうことか」と思ってもらえたら十分です。
🔻 きっかけは、リノベーションの相談だった
今回の理事就任の経緯は、2020年。
きっと、5年ほど前まで時間を遡る必要があります。
当時まだ前職にいた時、ある外資系美容機器を扱う会社のオフィスのリノベーションについて相談を受けた。まちづくり・設計を手がける会社にいたこともあり、そういう話が舞い込んでくることがたまにありました。
話を聞いていくうちに、「まず社員のニーズを聞いた方がいいんじゃないか」という話になり、そこで、先輩社員が僕をアサインして、ワークショップ形式でのニーズ調査を提案できないかと相談を受けた。趣旨は理解したので、僕の方でワークショップデザインをして、一緒に提案に行った。
・・・しかし、結果、
リノベーションは予算が合わずペンディングになった。でも、話はそこで終わらなかった。
ワークショップの提案を聞いていた副社長が興味を持ち、その部分だけもう少し話を聞きたいと呼び出され、質問にお答えした。
とても勘の良い方で、このワークショップをきっかけに、チームビルディングと次世代リーダー育成、新規事業開発などにも応用できないか?と相談いただき、コンサルティング業務として、僕のチームが受注することになった。
失注に思えたことが、なぜか、次の扉を開けたってわけです。
🔻 "戦友"としか呼びようのない2年間
そのプロジェクトで一緒に働くことになったのが、ちょうど同じ時期に経営戦略室長として中途入社してきたIさんだった。副社長特命のミッションを、僕らチームとIさんとで担うことになった。
この2年間は、怒涛だった。
社内変革を進めようとすれば、既得権益を持つ人間が反発する。組織の中でそれなりの権力を持つ人物から、Iさんへの露骨な嫌がらせや嫌味が続いたこともあった。その場にいた僕は、次世代リーダーたちの前で、その人物と正面からぶつかった。感情的にではなく、冷静に、ロジカルに。
そういう局面を、いくつも一緒に越えてきた。
後からIさんに聞いたら、「あの時のことは今でも覚えています」と言っていた。僕にとっては仕事の一場面だったが、彼女にとっては違う意味を持って刻まれていたらしい。
そうやって積み上げてきたものが、信用残高になっていた。それが5年後、「困った時に顔が浮かぶ人」につながったのだと、今だから思える。
そのプロジェクトは、結局、コロナと美容業界の苦境が重なり、経営が苦しくなる中で社長がハシゴを外した。契約終了。Iさんも退職。次世代リーダーとして育てていた若手数名も、後を追うように会社を離れた。正直、やり切れない気持ちだった。僕らの契約が切れたこともそうだけど、それ以上に、結果を出せなかったクライアントに対しても、人生を変えてしまったプロジェクトメンバーに対しても。
余談だけど、この時の経験が今も僕の中に残っている。
チームビルディングや経営理念づくりのワークショップは、経営者も覚悟を持ってやらないと、"諸刃(もろは)の剣"になりかねない。「人が育ち始めた組織」でハシゴを外されることの怖さをこの時に身をもって知った。それ以来僕は、ワークショップを安請け合いしなくなったんだ。
🔻 細い糸は、切れなかった
プロジェクトが終わっても、Iさんとのつながりは続いた。特別なことは何もない。半年から1年に1回、近況報告という名のランチをしていました。
数年が経った2025年2月、Iさんから連絡が。
「今はJCAという組織にいます。お仕事の相談ですが、チームビルディングの研修を三上さんにお願いしたいのですが、引き受けてもらえる余地はありますか?」と。
その言葉が、正直うれしかった。
そして、7月に2回、ワークショップを実施した。参加メンバーの反応も上々で、10月からは追加で3回にわたって、経営理念づくりを目的としたワークショップを行うことになりました。
そして、JCAのメンバーと一緒に、組織のValueを言葉にしていった。僕も中の人のつもりでワークショップに参加し、当事者かのように議論に加わった。今、JCAのホームページに掲載されているValueは、あのワークショップでメンバー全員が自分たちの言葉で作ったものです。それは、小さくない話だと思っています。
🔻 "目が点"になった夜
10月のワークショップ、その2回目が終わった夜のこと。
Iさんから「よかったら食事でも」と誘われた。行くとJCA創業者と、現理事も同席していた。創業者は元グリーンピースのアクティビストであり、その後パタゴニアで環境に携わり、今はJCAの代表を務めている。現理事はAppleでアジアの環境担当をしていた人だ。
4人で食事をした。話が弾んだ。
そのテーブルで、理事の打診を受けた。
正直に言う。目が点になった。
🔻 10日間、悩んだ
その場では即答しなかった。「少し時間をください」と言って、10日間ほどお時間をもらいました。
悩んだ理由は、主に2つだ。
ひとつは、気候変動・気候危機に関する知見が、自分にはほぼゼロだということ。組織開発やチームビルディングは得意でも、この領域については完全な素人だ。
もうひとつは、「アクティビスト」という言葉の持つ印象のこと。自分がその文脈に入ることで、これまで積み上げてきた仕事上のキャラクターに、望まない"色"がつく可能性がある。それが気になった。
ただ同時に、前のめりになっている自分もいた。
ソーシャルセクター(非営利)の中の人としてどっぷり関わるのは、これが初めてだ。その文脈で何ができるのか、やってみたい気持ちがあった。
そして、もうひとつ。独立してから、ずっと意識していることがある。
「海外で働く選択肢を持ちながら日本にいるのか、日本にいる選択肢しか持てないのか」という問いだ。
日本経済の先行きに対して、どこか他人事でいる人が多いと感じている。緩やかな低迷が続く中で、気づかないうちに"茹でガエル"になっていく怖さ。JCAは外資系の組織で、国際的なネットワークの中で動いている。そこに関わることは、自分が「選択肢を持つ側」に踏み出す一歩になりうると、どこかで感じた。
潜在的な動機だったかもしれない。でも、確かにあった。
🔻 それでもYesと言った理由
10日後、Yesと伝えた。
仕事をする上で、自分が大切にしている軸がある。
「doing(何をしたいか)」でも「being(どうありたいか)」でもなく、「doing with(誰と成し遂げたいか)」だ。
Iさんとは、2年間の現場を一緒に戦った。彼女が声をかけてくれたことの重さを、僕はちゃんと知っていた。期待に応えたかった。それは義理ではなく、シンプルに、そういう人の期待に報いることが好きなんだと思う。
創業者と話した時に感じたことも、大きかった。彼は「セレンディピティ」という言葉は使わない。でも、話していることや仕事への向き合い方は、まさにその考え方そのものだった。共通言語を持てる人だと感じた。
現理事もそうだ。AppleでアジアパシフィックのEHS(環境・安全衛生)を担ってきた人が、今ここにいる。
気候変動は専門外だ。でも、ボードメンバーをはじめ、一緒にワークショップをしたこのメンバーと一緒に気候危機に取り組むという経験は、きっと自分にとって新しい何かになる。そして、自分の経験を活かすことで、この組織に貢献したいと心から思えたのです。
このワクワク感は、10日間の逡巡を越えてきました。
🔻 おわりに
これがセレンディピティになるかどうかは、まだわかりません。
ここで正直に書いておくと、僕はこういう話を「だから全部うまくいく」という方向には持っていきたくないのです。プロジェクトが梯子を外された時、悔しくなかったわけじゃない。無駄じゃなかったと今思えるのは、その後に続きがあったからで、続きがなければただの苦い記憶でしかない。
セレンディピティは、それが起きた人だけが、後から気づける。起きなかった人の話は、誰も書けないのだから。
今回、それでも、糸は切れなかった。
あなたにも、そういう糸が、どこかにあるんじゃないだろうか。今は何にもつながっていないように見えても、5年後に突然、その先に扉が現れることがある。
切れたと思っていた糸が、別の扉に導くことがあるのです。
Special Thanks
最後に一つ、感謝を伝えたい人がいます。
冒頭で触れた通り、今回のカタリスキーとして初めてのプレスリリースの協力をお願いしたのが、合同会社higotoの代表・梶原さんだ。香川県高松市を拠点にPR・広報を手がける、PR TIMESの公認プレスリリースエバンジェリスト(香川初)でもある。
僕が3月末まで2年間コーディネーターとして関わっていた香川県の施設で出会い、僕が企画に携わったビジネスコンテストの審査員をお願いしたこともあるし、副代表の林さんとも仲良くさせてもらっています。
でも、higotoさんとの関係で忘れてはいけないのが、僕がnoteを書くようになって初めて人前でセレンディピティについて語ったトークイベントを、一緒に企画してくれたことなんだよね。およそ1年前の話だ。
梶原さんは僕のnoteの読者で、内容に共鳴して声をかけてくれた。告知から集客、当日のオペレーションまで一気通貫で動いてくれた。「得体の知れないセレンディピティの話でイベントをやろう」と面白がって動いてくれた、その"一番目"の人たちだ。

だから、今回、初めてのプレスリリースをお願いする時、顔が浮かんだのは自然なことだった。結局、この記事も『doing with』の話になるんだ。
糸はまだ続いている
それから、もう一つだけ。
この記事を書いていた最中に、また一本、"糸"が動きだした。詳しくはまだ書けないんだけど、これもまた僕の"セレンディピティ史"の1ページになる可能性が高く、とても気分が高揚しています。
兆しは、まだ続いている。
また頃合いを見て、皆さんにお伝えできたら嬉しいです。
082.
ワークショップの依頼だと思ったら
理事になっていた話
〜"セレンディピティの兆し"
Fin.
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