白百合:短歌連作50首『箱庭幻想』
迷宮に咲く花を探して
──夢香歌五十首
「夢のなかで見た景色は、目覚めれば消えてしまう。」
そう申す方もいらっしゃいます。
けれど、わたくしは少し違うように思うのです。
夢は消えるのではなく、姿を変えて心の奥へ沈んでゆくもの。
神話となり、童話となり、音楽となり、一冊の本となり、あるいは一輪の花となって、再び私たちの前へ現れるのでございましょう。
わたくしが惹かれるのは、その「物語の源流」でございます。
人魚が失ったもの。
ラプンツェルが見つめた空。
オルフェウスが振り返った一瞬。
ペルセポネが知った静かな季節。
幾千年ものあいだ語り継がれてきた物語は、時代を越えてなお、私たちの夢の中で息をしております。
この連作では、それらの神話や文学、美術、幻想を、夢香歌という器に静かに映しました。
どうか迷宮を歩くようなお気持ちで、一首ずつ頁を巡っていただけましたら幸いでございます。
『箱庭幻想』(五十首)
人魚には足のかはりに嘆きあり進化の海に遺されし聲
ラプンツェル髮をほどけば消えにけり迷宮の果て縋る夢さへ
オルフェウス喪ひし歌をカデンツァに變へし時より響く旋律
黃泉坂の霧のむかふに消ゆる影呼びかくる聲とどかぬまゝに
ペルセポネ沈む世界の果てにして風のさゝめく靜けさばかり
ボルヘスの書に彷徨へる吾が手より零るる文字に名を問ふ者なし
進化論を拒めば泡と消ゆる脚メリュジーヌの嘆きを抱けり
水鏡に映る彼岸は遠き國呼べども應へざる君が影
黑薔薇の影を纏へば夜は深し鳥籠の奧靜かにゆるる
扉なら今も此処には在るけれど鑰を握るは誰が指なる
紅茶にはジャムを浮かべて夜更けには迷宮の窓そつと開けたり
靑薔薇は「それでも愛せ」と言ふやうに世界の端ゆらりと揺るる
獻身の爪を立てれば滴りぬ白黑の鑰沈める祈り
エーデルワイス觸るるたびただ壞れゆくそれでも勇氣と呼ぶものなのか
黃水仙落つる水底きらめけばオフィリアいまだ夢を見てゐる
蜜の香のただよふ棺閉ぢられて眠ることなく人魚は嘆く
彫像の翳る石に觸れしとき迷宮にありて思ふ神託
境界の花の名さへを知らぬまゝ踏み越えたなら戻れぬ夜明け
影ばかり長く伸びゆく夜の端踏み出すたびに風が揺らめく
信仰を棄てし指先觸れしとき氷の城には罅割れがあり
バベルの塔に殘れる言葉には迷路の果てを知る者もなし
ヴァニタスの果てに描かれし白薔薇を君が手折れば血潮に染まる
イカロスの燃ゆる翎を抱きしめて墜ちぬためには翼を棄つる
影のなき部屋の片隅座るひと蒼き指先沈默を裂く
エッシャーの迷ひし階を昇るたび遠ざかるのは君の幻
彷徨へば迷宮の底ひそやかに鍵盤の音君を誘ふ
夜想曲ひそかに奏づる獸耳の貴人に仕へて千年の罪
牙を持つ口は閉ざして祈るごと沈默のまゝに頸を垂れゐぬ
昇りゆく階の果てには扉なく降りる術さへ知らずに昇る
鳥籠の奧の靜寂囁けばゴシックの闇に滴る薔薇よ
囚はれぬために踊れと囁けば肋骨の檻響く旋律
籠の奧響く囁き觸れもせず手折るばかりが愛ではなきに
書割の森に囚はるる鳥はまだ飛び立つ術を知らぬまゝなり
箱庭に咲ける小さき白き花指でなぞればほどけて消ゆる
飛ぶことを知らぬ鳥にも翅はあり空を見上ぐる瞳の常夜
沈默のなかに滲みて揺るるもの言葉を棄てし唇の跡
蜜垂るる琥珀の壜を抱きしめば夢か現か波に攫はる
時計塔響く鐘音に惑ひつつ人は迷獄を彷徨ひ歩む
夜の底沈めたピアスひとつだけ片耳に揺れ夢を零したり
水脈に咲く白き花指に載せ呑むは虛ろか實の露か
振り向けば誰も在らぬと知ることがすべての旅の終りと知らず
誰よりも歌を知るがゆゑ喉を裂く人魚はなほも愛を乞ふたり
遠雷の森に哭くもの誰そ彼の夢のほとりを踏む半獸よ
ふと嗅げば微かな麝香おのが身に殘れる獸の記憶しづもる
夜明けには消ゆる言葉の隙間より迷宮の果て花は降るなり
黃水仙落とす影には意味があり「さよなら」よりも深き約束
鑰穴越し囁く聲の遠ざかる箱庭の燈そつと閉ぢたり
夢の底光の屆かぬ場所にゐて指が觸れれば砕けるやうに
終幕の鐘を鳴らせばその先にひそやかに降る白き花びら
迷宮の扉を開くそのときに君はまだ花を憶えてゐますか
神話は遠い昔の物語ではなく、今を生きる私たちの心にも静かに息づいております。
迷い、失い、祈り、それでもなお誰かを想うこと。
その姿は、時代が変わっても変わることはございません。
この五十首が、どこかで見た夢の続きを思い出す、小さな頁となりましたなら、これほど嬉しいことはございません。
夢宵庭園 白百合
