キャリアブレイク中の私が、妻の運転する車の中で気づいたこと。 「知識」と「体験」は別物だった
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
夫婦の会話シリーズ、今回は車の中からお届けします(笑)。
これまで何度か散歩や河川敷での会話を書いてきました。
ありがたいことに好評で、もしかしたらそれがきっかけで読んでくださっている方もいるかもしれません。
いつもは歩きながらですが、今日は移動中の車の中です。
うちは妻が運転して、私は運転しません。
珍しいと言われることも多いです。
もちろん理由はあります。言い訳に聞こえるかもしれませんが、少しだけお付き合いください(笑)。
私はペーパードライバーで学生時代に二週間の合宿で免許を取って以来、二十年ほどハンドルを握っていません。
東京にいたころは維持費も高く、どこへ行くにも電車で事足りました。
妻はもともと免許を持っていませんでした。
子どもにこれから車が必要になるねという話になり、コロナ禍の移住のタイミングで取った形です。
運転感覚が新しいのは妻のほうです。本人も運転が好きなので、自然とハンドルは妻に渡りました。
もうひとつ、私には右耳が聞こえないという特徴があります。
運転だけなら問題ないのかもしれません。ただ横や後ろで家族が話している中、集中してハンドルを握れるかどうかには不安があります。
命に関わることなので、運転しないで済むならそれに越したことはない。
そう考えて、私はいつも助手席にいます。
そんな我が家の事情が、今日の会話の入り口になりました。
「運転しろ」と「運転するな」を同じ口で言う
昨日の記事でも書きましたが、少し前に幼馴染と飲みました。
その報告をゆっくりできていなかったので、車の中でまずはその話になりました。
この幼馴染は私にとって完全に向かい風で、私が何か言うとまず反発から入ります(笑)。
少し前に「うちは妻が運転するんだ」と話したとき、私は今と同じ理由を説明しました。
すると彼は目を尖らせて言いました。
「それは奥さんの負担が大きすぎるだろ。お前が運転すべきだ」
ハンデを抱えても運転している人はいくらでもいる。そういう理屈でした。
強い言葉だったからか、私の中にも「一理あるな」という気持ちが芽生えました。
実際、耳が聞こえにくくても運転している人はいますから。
妻の体調が悪いとき、私が運転できたほうがいい場面は確かにある。
もし新しく子どもを授かれば、なおさら私が運転できたほうがいい。ここは東京じゃないですから。
家の近くに教習所もあったので、ペーパードライバー教習を受けてみようかと本気で考え始めていました。
だから今回の飲みでは、その報告も兼ねて言ったんです。「教習に通って、運転しようかな」と。
すると彼は、前回の会話などまるで覚えていない顔で言い放ちました。
「やめとけ。お前が運転したら、絶対に事故る」
どっちやねん(笑)。
この話を聞いた妻は、クスクス笑って「彼らしいわね」と言いました。
腹は立ちませんでしたが、外から見ているだけだと、人の言うことはこんなに簡単にひっくり返るんだなと思いました。
当事者ではないから、その場の気分で正反対のことが言える。
彼が見ているのは、私の人生のほんの断面だけなのだと思います。
子どもの溺水事故
そこから妻が、最近あったママ友との話をしてくれました。
そのママ友の子とうちの息子は仲が良くて、夏休みに一緒に水泳教室へ通おうという話になっていたそうです。
ところがその子は、私と同じように耳が良くない。そのクラスで泳ぐのは難しいと、教室から断られたというのです。
ここで妻が私に耳のことを尋ねてきたのは、私の母から私が子どものころ水泳教室に通っていたと聞いていたからでした。
私の場合は、普段言わなければ気づかれないくらいです。だからおそらく母も、特に問題があるとは思わず通わせていたのだと思います。
今ほど細かく申告する時代ではなかったのもあると思います。
そのとき妻からは、「耳抜きすればいいし、そこまで慎重にならなくても」という空気を感じました。
軽く流すこともできました。
でも、少し引っかかって考えてみたんです。
私自身がその子の側に立てる気がしたし、妻も本当は私の実感を聞きたいのだろうと思ったからです。
普段から耳が不自由だと、いつ聞こえなくなるかという不安がどこかでずっと消えません。
その状態で泳いで耳に水が入って聞こえなくなったら、息子と同じ年ごろの私はきっとパニックになっていたと思います。
そしてパニックは、足がつく場所でも人を沈める。
そう聞いたことがあったので、この機会に改めて調べてみました。
水の事故というと、手を振って大声で助けを求める姿を想像しがちです。でも実際は逆だそうです。
アメリカの専門家が「本能的溺水反応」と名づけた現象があります。
人は溺れかけると声を出すことも水面をたたくこともできず、呼吸だけで精一杯になって静かに沈んでいくそうです。
子どもの溺水事故では、水深の浅い場所でも起きる例があるといいます。
深さの問題ではなかったのです。
パニックになった瞬間、足がつくかどうかは関係なくなる。加えて私は、先生に急に指示を出されても応答できないかもしれない。
これを話したとき、妻は小さく呟きました。
「そこまでは、想像できなかった」
責めるつもりは一切ありません。
妻はとても想像力のある人です。
ただ、これは知識があるかないかの話ではないのだと思いました。
完璧でも、わからないことがある
哲学に「メアリーの部屋」という有名な思考実験があります。考えたのは、オーストラリアの哲学者フランク・ジャクソンです。
メアリーは色について世界中のすべての知識を持つ天才科学者です。ただ彼女は生まれてからずっと白黒の部屋だけで暮らしてきました。
光の波長も、網膜の反応も、脳の仕組みも、彼女は完璧に知っている。赤について、知識の上では知らないことが何ひとつない。
ではそのメアリーが、初めて部屋を出て本物の赤いリンゴを見たとき、彼女は何か新しいことを知るのでしょうか。
ジャクソンは「知る」と答えました。
どれだけ完璧に知識を持っていても、実際に赤を見るという体験だけは、外からは手に入らないからです。
私が水の中で感じるであろう恐怖も、これに近い気がします。
旅行のvlogをどれだけ見ても、現地の空気は吸えません。
妊婦体験として重りをつけて過ごした男性が「はじめてこんなに大変だと分かった」と漏らす。
あの感覚にも、言葉だけではたどり着けません。
わかろうと努力することは向き合うことそのものだと思いますし、それはとても尊いことです。
ただ、努力して見える景色と体験して初めて見える景色は、たぶん別物なんです。
幼馴染が私の運転を軽々と肯定したり否定したりできたのも、私の右耳の世界を体験していないからなのかもしれません。
手放してみないと、見えない景色がある
車の中の話は、そこから「手放すこと」に移りました。
会社を辞めて、こうして夫婦の時間が持てて息子とも十分に向き合えている。今、しあわせだよね、と妻と笑い合いました。
執着していたものを手放して、初めて見える景色があります。
自由に動ける時間を手に入れる代わりに、私は安定した収入と手厚い福利厚生を手放しました。
ただ収入については、投資とやりたい仕事を創ることで補っていく道を選びました。
福利厚生も立派でしたが、振り返ればほとんど使っていませんでした。
会社にいるうちは、安定した収入や福利厚生が命綱に見えていました。
資産形成をしていたから言える面もありますが、外に出てみると案外そうでもありませんでした。
人は得ることよりも、失うことを大きく感じる生き物だそうです。
ダニエル・カーネマンたちが、プロスペクト理論として示した話です。
だから「手放したら何を失うか」は、実際より大きく見える。手放す前の私の不安も、きっと同じからくりでした。
そういえば車の中では知識で先を読める人ほど会社という船から降りづらくなる理由についても話しました。
失敗する理由を先に見つけてしまうからです。
起業のリスク。
倒産する確率。
失ったあとの暮らし。
それを並べると、勤め続けるほうが割がいいと出てしまう。
これも、損のほうを大きく感じる心の働きだと思えば腑に落ちます。だから外から「なんで起業しないの」とは簡単に言えません。
人にはそれぞれの天秤があって、その目盛りは中にいる本人にしか見えません。
ただ、その天秤を置く場所も少しずつ変わってきている気がします。
昔は、どの大学を出てどの会社に入ったかが名刺でした。今は、SNSのフォロワー数が名刺になりつつある。
会社でどれだけ貢献しても手柄は会社のものになりやすいので、個人の名前で立つ人が増えていくのは自然な流れなのかもしれません。
会社にいたころの私は、正直どこかでこう思っていました。
会社の看板がなければ、私のことなんて誰も相手にしてくれないと。
だから会社の外に出るのが怖かったのかもしれない。
ところが辞めてみると看板のない私の文章にも、こうしてたくさんの方が読みに来てくれる。中から見ていた景色はずいぶん違っていたわけです。
これも、外の景色と中の景色が入れ替わっていく話だなと思いました。
書くことで、私は少し他人の側に立てた
車の中で、私のnoteの話にもなりました。
「あなたの文章、けっこう自我が出てるわよね」と妻は笑います。
控えめに書いているなと思ったら、急にぐっと踏み込む。全部読んできた妻からすると、「大丈夫かしら」と思う瞬間が多いそうです(笑)。
私は正直、読む人がどう思うかを深く気にせず書くことが多いです。
気にしすぎると、たぶん書けなくなる。それも含めて、好きだと思って読んでくれる人に届けばいいと思っています。
ところが妻は、こうも言いました。
「でも、noteを書き出してから、ずいぶん人を意識するようになったわよ」
前はもっと我が前に出ていたけれど、今はこれを言われたら相手はどう感じるかを考えられるようになったね、と。
自分では、まったく気づいていませんでした。
書くというのは、読む人の目線に立ち続ける作業です。たぶん私は知識ではなく書くという体験を通して少しずつ他人の側に立てるようになっていた。
メアリーが部屋を出たように、私はnoteという部屋の外で他人の色を見始めていたのかもしれません。
お風呂で息子が告発した「ママのずるさ」
数日前に、息子と入ったお風呂での出来事を思い出しました。
息子が初めて私に直談判してきたのは、妻への愚痴でした。
「ぼくはちゃんと宿題やってるのに、ママは手伝ってくれない。目の前でゲームしてるんだよ。ずるくない?」
かなり本気で怒っていました(笑)。
少しチクった気もしましたが、まあ言わないとな、ということで妻に伝えました。
すると妻は、笑いながら種明かしをしてくれました。
「あの子が全然宿題をやらずにふざけてたから、わざと見えるところでゲームしてたのよ。ママは手伝わないからね、って」
息子に見えていたのは、ゲームをする母の姿だけでした。その裏にある狙いまでは見えていなかった。
幼馴染が私の耳の世界を知らないように。
妻が水の中の恐怖を想像しきれなかったように。
私も会社を出るまで外の景色を知りませんでした。
人は結局、自分に見えている断面だけで目の前のことを判断してしまう。
親子であっても、親友であっても、夫婦であっても、です。
だからこそ、見えていない景色があるかもしれないと、一度だけ立ち止まる。それだけで、ずいぶん人に優しくなれる気がします。
そして願わくは、まだ見えていない部分まで知りたいと思える相手と、これからも一緒にいたいですね。
我が家のハンドルは、今日も妻が握っています。
助手席の私は、まだ見えていない景色の話をこれからも書いていこうと思います。
この夫婦の会話が、あなたのまだ見ぬ景色のひとかけらになりますように。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも刺さるものがあれば、スキやフォローをしてもらえると励みになります。
