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ミッドライフクライシスは危機じゃない。足し算の一年を過ごして見つけた、引き算の美学。

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

仕事を辞めて3か月。休職の期間も含めると、キャリアブレイクと呼んでいる時間は1年になります。

このnoteでは、挑戦してきたことを中心に書いてきました。

そんな中で最近、記事を書いていてあることに気づきました。

ジャンルの違う話なのに、同じ言葉が自然と顔を出している。

「引き算」という言葉です。

AIと一緒に作ったサイトから、どの要素を引くか。

美術館で絵を見ながら、この画家は何を引いたのかと考える。

自分の文章から、どの説明を削るか。

以前の私は、推敲というと説明を足すことばかり考えていました。

それが少しずつ、どう引くかを先に考えるようになっている。

文章を見る目が、少しは肥えてきたのだと思いたいところです。

別々の場所から同じ言葉が出てくるときは、自分の中で何かが変わり始めているとき。

41年間の道のりを振り返ると、そう感じる場面がいくつもありました。

せっかくなので今日は、この「引き算」について考えてみようと思います。

足し算の一年だった

私は今まで、サラリーマン人生という敷かれたレールを歩いてきました。

そのレールの上で一旦立ち止まり、そして降りた。

キャリアブレイクと呼んでいるこの1年、私はできる限り「足す」ことに集中してきました。

会社を辞めるという大きな引き算をしたので、その分を補おうとしたのかもしれません。

AIを使った個人開発。
小説の執筆。
noteの毎日投稿。
資格の勉強。

「面白そう。やってみようかな」の温度で手を出しては、点を増やしてきた1年でした。

増やした点が振り返ると線になっていた話は、冒頭に貼った記事に書いた通りです。

だから足し算を後悔はしていません。
足さなければ、今の私はいなかった。

ただ、ふと思いました。

足し続けた私は今、余計なものまで抱えてパンパンになっているのかもしれない。

どうやらこれは、私だけの話ではないようです。

人はなぜ、足してしまうのか

ここで面白い研究があります。

米バージニア大学の研究チームが2021年に、科学誌ネイチャーで発表したものです。

ぐらついたレゴの構造物を安定させる課題では、ブロックを1個外すだけで解決できます。

それなのに多くの人は、ブロックを足して補強しようとしました。

8つの実験を重ねても、結果は同じ。

人は何かを良くしようとするとき、足す案ばかりが浮かんで引く案を見落とすそうです。

理由は、足す案はすぐ思い浮かぶのに引く案には考える労力がいるから。

つまり足しすぎてしまうのは、私の意志が弱いからではなく人間の仕様のようです(笑)。

引き算は、意識しないと出てこない選択肢。

だからこそ優れた作り手たちは、あえて「引く」ことを技術にしてきたのだと思います。

一輪の朝顔

豊臣秀吉に仕えた茶人、千利休にこんな逸話が伝わっています。

利休の庭に朝顔が見事に咲いていると聞いた秀吉が、朝顔の茶会を所望しました。

ところが当日、庭の朝顔はすべて刈り取られていた。

不機嫌なまま茶室に入った秀吉が目にしたのは、床に活けられた一輪の朝顔でした。

一輪だからこそ、際立つ美しさがある。

利休や茶の湯にまつわる逸話を集めた『茶話指月集』に残る話なので、史実かどうかは定かではありません。

それでも400年ものあいだ語り継がれてきたのは、この逸話が引き算の本質を突いているからだと思います。

咲き乱れる百輪を捨てて、一輪を選ぶ。

引き算とは減らすことではなく、選ぶことなのかもしれません。

水面下の八分の七

文章の世界にも、引き算の名手がいます。

アーネスト・ヘミングウェイです。

『老人と海』で知られるアメリカの作家です。

彼は著書『午後の死』の中で、のちに「氷山理論」と呼ばれる考え方を残しました。

作家が主題を熟知しているなら、知っていることを省いてもいい。真実を書いているかぎり、読者は省かれた部分も書かれたのと同じ強さで感じ取る。氷山の動きに威厳があるのは、水面の上に出ているのが八分の一だけだからだ。

アーネスト・ヘミングウェイ『午後の死』趣旨より

省くためには、水面下の八分の七を知っていなければならない。

引き算とは、手抜きの正反対にある行為です。

引かれたものは消えるのではなく、水面下から作品を支えている。

推敲で説明を削るたびに、この言葉を思い出すようになりました。

中年の危機は、彫刻の始まり

ミッドライフクライシスという言葉があります。

日本語にすると、中年の危機。

名付け親は、カナダ出身の精神分析家エリオット・ジャックスです。

彼は1965年の論文で、ダンテやミケランジェロら歴史上の創作者310人を調べました。

すると多くの天才が、30代半ばから後半にかけて作風の転機を迎えていました。

ジャックスによれば若い頃の創造は、炎のように一気に燃え上がり形になる。

それが人生の折り返しを過ぎると、彫刻のように削って仕上げる創造へ変わる。

きっかけは、自分がいつか死ぬという自覚。

残り時間に限りがあると知ったとき、人は全部を抱えることをやめて何を残すかを選び始める。

この話が、私には他人事に思えませんでした。

私のペンネームの由来は「メメント・モリ」。
死を想え、というラテン語です。

41歳で足し算をやめたくなったのは危機ではなく順番だったのかもしれません。

そう考えると、ミッドライフクライシスという言葉も少し優しく聞こえてきます。

削りたくなったら、それは成熟が始まった合図。

だから私はこの時期を、ミッドライフアウェイクニングと呼んでいます。

中年の危機ではなく、中年の目覚め。

目覚めてしまった以上、二度寝はできません(笑)。

AIと、やりたいことの棚卸しをした

先日、AIを相手に「これからのこと」を壁打ちしました。

相手は復活したばかりのClaude Fable 5。

7月7日までの期間限定で、月額プランのまま試せる最上位モデルです。

息子の夏休みに向けた新しいアプリを一緒に考えながら、その合間に続けた雑談のような時間です。

やっていることと、やりたいこと。

試しに全部書き出してみたら、思っていた以上の山になっていました。

やりたいことを抱えすぎて、力が分散していたのだと思います。

それでも厄介なのが、私のクセです。

頭の中で優先順位を下げても、リストに残しておくとふとした瞬間に手を付けてしまう。

だから優先順位を付け直すのではなく、いくつかはすぱっと切ることにしました。

もちろん未練はあります。

なので月に一度くらいは、切ったものを見直す日を作ろうと思います。

百輪を刈り取った利休も、朝顔そのものが嫌いだったわけではないはずです。

何を残すかを決めることは、何を大切にするかを決めること。

そう考えたとき、まず確かめたくなったのは自分の出発点でした。

原点に、戻ってみた

引き算をするなら、基準がいります。

何を残すのか。その答えを探して、自分の最初の記事を読み返しました。

元気なことは、たぶん無理に言いません。自分が困ったときに読み返せるメモとして書き、 同じように立ち止まっている人の参考になれば十分です。ゼロベースからどんな道を創るか、その過程を見ていただけるように書いていこうと思います。

自己紹介記事より抜粋

なるほど。きれいにまとめなくていい。

今の葛藤を、そのまま書き残していけばいい。

答えはnoteを始めたときの自己紹介文に書いてありました。

正直に言うと、この記事を公開するかどうかは少し悩みました。

まだ答えの出ていない、削っている途中の話だからです。

でも氷山理論を借りるなら、迷いながら削っているこの時間こそ水面下の八分の七になる。

そう思って、今のタイミングで公開することにしました。

最後に。

私はいつまでキャリアブレイクを取るのだろうか。

ふと考えましたが、1月の起業が一つの節目になりそうです。

ただ私にとって起業は、選択肢を増やすためのHOWです。

根本にあるのは、家族との時間を存分に取ること。

目指すサイドFIREも、そのためのかたちにすぎません。

キャリアブレイクの前半は、足し算の時間でした。
やりたいことを全部並べて、点を増やしていく時間。

後半はたぶん、引き算の時間になります。

並べた点の中から、線にしたいものだけを選んでいく時間です。

足し算には勢いが要りますが、引き算には基準が要ります。

1年かけて足したからこそ、ようやく引けるものができました。

もしあなたも何かをやめられずに抱え込んでいるなら、それは意志が弱いからではありません。

人は放っておくと足してしまう生き物だと、科学が教えてくれています。

削っていくほど自分が本当に残したいものが見えてくるのかもしれません。

夏が始まる

そんな文章を書いていたら、虫かごをぶら下げて虫取り網を持った息子が書斎に入ってきました。

クマゼミが鳴いたんだと言います。

私は聞こえませんでしたが、せっかくなので聞こえたふりをして付き合おうと思います。

こればかりは、引けませんからね(笑)。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

少しでも刺さるものがあれば、スキを押してもらえると励みになります。