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出演料はハイボール一杯。ところで私はいくらなんだろうと考えてみた

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

先日「順調そうで良かったよ」という友人の一言に頷けなかった理由を、心理学のフレームワークで考える記事を書きました。

書き終えてから、ふと思いました。

友人を題材にするんだから、先に使わせてもらうよと言っといた方がいいよな(笑)。

というわけで、あらためて出演許可を取りました。

友人は快諾してくれたうえで、こんなボールを投げてきます。

おお、俺を題材にするのか。楽しみ。でっ、出演料はいくら?

「そうきたか。じゃあ、ハイボール一杯で(笑)」

そう返して笑い話で終わったのですが、やり取りの履歴を眺めながら思いました。

ところで私自身は、今いくらなんだろう。

会社員の値段は、会社が決めてくれていた

会社員でいるあいだ、自分の値段は会社が決めてくれています。

年収500万とか、昇進して700万になったとか、大台の1000万にのったとか。

そういう話はよく出てきますし、なんとなく競うベンチマークにもなっていますよね。

でも考えてみれば、あれは自分でつけた値段ではありません。

会社がつけてくれた値札を、自分の値段だと思い込んでいただけです。

私は今、治療しながら休んでいる立場なので、収入をともなう仕事はお受けできません。

それでもありがたいことに、個人開発の記事を投稿していた縁で商品紹介の記事を書きませんかというお誘いを何度かいただくようになりました。

来年の1月に会社を起こすので、お仕事はそちらでお受けしますとお伝えして今はお断りしています。

そのやり取りの中で、必ず出てくる質問があります。

いくらで書いてもらえますか

知人が飲食店を始めるので、ウェブサイトを作ってくれないかという話もいただきました。

こちらも同じです。いくらで作ってくれますかと。

会社員を16年やってきて、初めて突きつけられた問いでした。

自営業は、自分で自分に値段をつけなければいけない。

給料の1.5倍という置き土産

まず手がかりにしたのは、会社員としての給料です。

月収50万なら、それが私の値段。そう考えたくなります。

でも会社が私にかけていたコストは、給料だけではありません。

健康保険や厚生年金の会社負担分、いわゆる法定福利費だけで給料の15%前後。

賞与や退職金の積み立てに福利厚生、採用や教育の費用まで含めると、人件費は給料の1.3倍から1.5倍ほどになるとも言われています。

会社や職種によっては、さらに大きくなることもあるそうです。

つまり月収50万の会社員には会社は65万から75万ほど、場合によってはそれ以上のお金を投じていた計算です。

なるほど、では独立後の私は月75万ですと言えるのか。

それも何か違う気がします。

会社の看板も、チームも、営業してくれる誰かもいない。

かわりに、会議も稟議も通さず翌日には動ける。

単純な足し引きでは比べられません。

会社員としての給料は参考値にはなっても、答えにはなりませんでした。

値決めは経営である

みんなどうしているのか。せっかくなので調べてみました。

値段の決め方には、大きく3つの型があるそうです。

値付けの3つの型

・原価型
かかるコストに利益をのせる。
時給3千円で10時間なら、3万円に利益を足す考え方。

・相場型
同業者や市場の価格に合わせる。
記事1本の相場が2万円なら、自分も2万円。

・価値型
相手が得る価値から逆算する。
月100万の売上が見込めるサイトなら、制作費30万は高くない。

フリーランス向けの解説の多くは、原価型か相場型から始めます。

たしかに計算はしやすい。
でも調べるほどに、それだけでは足りない気がしてきました。

京セラを創業した稲盛和夫さんは、こう言い切っています。

「値決めは経営である」

『稲盛和夫の実学』に出てくる有名な言葉です。

値決めは経営の死命を決する仕事であり、売り手にも買い手にも満足を与える値でなければならないのだと。

稲盛さんには、夜鳴きうどん屋の逸話があります。

京セラの役員を登用するとき、屋台のうどん屋を一定期間やらせて商才を見る試験を考えたというのです(実際にはやらなかったそうですが)。

うどん玉をいくらで仕入れるか。
だしの味は、かまぼこの厚さはどうするか。

どこでいくらで売るか。

一杯のうどんの値決めに、経営のすべてが詰まっている。

値段を決めるとは単に数字を置くことではなく、自分の商売の設計図を描くこと。

このエピソードを読んで、そう思いました。

二日の絵に、生涯の値段をつけた画家

値段の付け方で私が思わず「すごいな」と声が漏れてしまった話を紹介させてください。

1878年、ロンドンで起きた裁判です。

画家のジェームズ・マクニール・ホイッスラーが、夜の花火を描いた一枚の絵に200ギニーの値をつけました。

物価の換算には幅がありますが、今のお金でざっくり600万円ほどになります。

これに美術評論家が噛みつきます。

絵の具の壺を公衆の顔に投げつけたような絵で、200ギニーを取ろうとするとは図々しい、と。

ホイッスラーは名誉毀損で提訴。
法廷で相手側の弁護士が問い詰めます。

その絵を描くのに、何日かかったのか。
二日です、とホイッスラーは答えました。

たった二日の労働に200ギニーを要求するのかと畳みかける弁護士に、彼はこう返します。

「いや。私は生涯かけて得た知識に対して、その値段を求めている」

しびれませんか。

私たちが値段をつけるのは、作業時間ではありません。

その一本の記事。
その一枚のデザイン。

その背後にある、積み重ねてきた年月です。

実はこれ、私がいた業界では「あるある話」だったりします。

パソコンで「ちょちょい」と作れるんでしょ。
いいよね、「ささっと」絵を描くだけでお金になって。

似た言葉をかけられた経験のある方も多いと思います。

実際はどうか。

その「ちょちょい」や「ささっと」ができるようになるまでの、学習の時間と費用が度外視されています。

値段には、そこに至る過程の努力ものっている。

難関資格が必要な職業の報酬が高い理由のひとつも、ここにあると思います。

そしてこれからは、「ちょちょい」の主役がAIに変わります。

ぱっと見の仕上がりで差がつかなくなるぶん、この問題はさらに大きくなっていくはずです。

ちなみにこの裁判、ホイッスラーは勝訴したものの認められた賠償はわずか1ファージング。

当時の最小単位の硬貨で、今の感覚でいえば数十円ほどです。

彼は訴訟費用で破産しました。

正しい値付けの主張と商売として成立することは、また別の話でもあるわけです。

値段と価値は、別のものさし

もうひとつ、値付けで怖いのは最初のひと声だと学びました。

先に安い値段を口にすると、その数字が相手の中に錨を下ろしてしまう。

心理学でアンカリング効果と呼ばれる現象です。

たとえば本来30万円の仕事を、最初に15万円で受けたとします。

すると次に声をかけられたときも、15万円が起点になる。

怖いのは、安く受けることそのものではありません。

安く受けた理由を説明できないまま、その値段だけが相手の中に残ってしまうことです。

これはあくまでも、MBAを取る過程で机の上で学んだ話です。
それでも今の私には、必要な考え方でした。

値段を下げるなら、なぜ下げるのか。
お金の代わりに何を受け取るのか。

そこだけは曖昧にしないでおきたい。

たとえば自分のサイトに制作実績として掲載できること。

次につながる経験として残せること。

そういう理由があるなら、それはただの値引きではありません。

別の価値との交換です。

逆に言えば最初のひと声こそ、自分の価値を伝える最大の機会でもあるわけです。

私なりの、値段の決め方

調べて考えて、私なりの結論はこうなりました。

1 原価型で下限を決める
この額を下回る仕事は受けない。
2 相場型で市場とのズレを知る
合わせるためではなく、説明するために。
3 価値型で提示する
相手が得るものから逆算した値段を、最初に自分の口から伝える。

私の値決め3ステップ

会社員としての給料は、もう私の値段ではありません。

でも16年分の経験はホイッスラーの言う生涯の知識として、ちゃんと値段にのせていい。

値決めは経営。

つまり来年始まる私の会社の経営は、もう始まっているということですね。

ところで冒頭の友人の出演料、ハイボール一杯。

原価で言えば数百円です。

でも20年来の友人と過ごす一杯の時間に、値段のものさしは似合いません。

値段をつけるべきものには堂々と値段を。
値段をつけられないものは、そのまま大切に。

その両方を取り違えない人でありたいなと思います。

私はといえば、決め方はひとまず定まりました。

あとは肝心の数字です。

起業までにはまだ時間があるので、もう少し考えてみます。

何か良い案があれば、コメント欄で教えてください(笑)。

あなたは自分にいくらの値段をつけますか。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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