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アメノミナカヌシと聞こえた気がして大阪まで行ってみた話②


(前回のあらすじ)
ある日の朝、「アメノミナカヌシ」と聞こえ、「なんですか?」と心の中で問いかけると「あなたに必要なエネルギーをダウンロードします」と言われた。アメノミナカヌシさんを祀る神社が大阪にあることが分かり、出発の日にちを7月25日と決めた。

▼前半の記事はこちら


久しぶりの一人旅

名古屋から新幹線で向かった。
行先はサムハラ神社しか決めてなかったので、急ぐ理由もなく、こだまに乗ってみたら、がら空きで優雅だった。

新幹線が動きだした瞬間に、「よっしゃーーーーー!」ってこう、なにかがぶち上るような喜びがあふれてきた。

旅の中でも、一番盛り上がった瞬間かもしれない。

周りにほとんど人がいないので、堂々と殴り書きし放題


大阪に着いたら、地下鉄に乗って神社の最寄り駅で降りた。出口までが長くてびっくり。出口までの道中にほかの路線のホームを通ったりして15分くらい歩いた。それすらワクワクだった。



サムハラ神社到着




お昼ごろだった。
コンスタントに参拝客の方がいらっしゃる。後ろの方に迷惑かけたくないので、ご挨拶程度に短めに参拝。

短い時間であっても、背骨やおなかがカイロを貼ったように熱くなり、背骨に伝わってくる細かい振動でしびれるような感覚だった。確かにエネルギーが強いと感じた。

御朱印をお願いしたら、待ち札が好きな数字で嬉しかった。こういうことでも、歓迎されてるのかなと嬉しくなる。

裏の摂社もお参りして、とりあえず近所のカフェへ。神社の近くで飲食して、体に気を取り込みたい、そういう密かな目的があった。
せっかく大阪に来たけど繁華街のたこ焼きに行かず、おしゃれなガレットをいただく。観光客らしさがない自分に、これでいいのか?いいのだ、と確認した。


ガレットはとてもおいしかった。優雅な気分。最高の癒し時間だった。


もう一度神社参拝。神様と押し問答

3時頃、参拝客が途切れたのを見計らい、本殿の前でじっくりとお参りをさせていただいた。




本殿の前に立つと、やはり背骨が熱くなる。

私「自分の価値がわからないんですけど」

アメノミナカヌシさん「価値があるから呼んだ。自分の中に光があると自覚すること」

私「えーでも、自覚するの難しいんですけど」

アメノミナカヌシさん「自覚するだけ」

私「自信がありません」

アメノミナカヌシさん「大丈夫。意識するだけ」

私「意識しても信じるの難しいです」

アメノミナカヌシさん「信じるだけ。あなたは愛と光」


このような押し問答を続けて、根気よく励ましてくださったんだと感じた。

このような「自問自答の妄想をしてる頭おかしい人」と思われたくない、という気持ちも出てくるので、書かなければと思いつつ公表したくなかった。

でも、自分の力を信じるということは、自分が感じたことを表現するということだと思って書いてみたい気持ちも強かった。


この体験を書けなかったもう一つの理由


書けなかったもう一つの理由は
ほとんど仕事をしてなくて金銭的に余裕なんてないのに、お告げを頼りに大阪まで行ってきたというのが、地に足ついてなさ過ぎて恥ずかしいやばい人間だと思ったので書けなかったのだ。

でも、これから、地に足つけてお金を頂く働きもしていくためには、とにかく自分が感じて行動したことと、妄想かもしれないけど、自分を信じて表現してみること、これが一歩だと思ったので勇気を出した。


私に必要なエネルギー


愛を渇望している私は、40代後半になっても度々道に迷ってきた。

愛を差し出す人になりたいと願いながらも、なかなか自分を認めて自分に愛を注ぐことができないために、自己犠牲的になったり、どこかに無理が生じていたり、苦しさがあったように思う。

7月に、頭頂からエネルギーを感じた日、「アメノミナカヌシ。あなたに必要なエネルギー」と言われた。

自分の力を信じること。自分を愛で満たすこと。周りに愛を放つこと。
これが私の生きる意味であり、喜びなんだろうと思う。

公表できないでいると、自分の中だけの夢物語のようで、ダウンロードのことなんて忘れて、ちょっとした人間ドラマの中で悲しみに暮れることも多かったのだが、苦しい場面に直面したら、「アイアムプレゼンス」と意識してみようと思う。

「アイアムプレゼンスと意識すればエネルギーは発動する」というメモのこともすっかり忘れていたので、今回振り返れてよかった。

そして「アイアムプレゼンス」は誰にでもある力だと改めて伝えたくなった。


神社だけ見て帰るのはやばい人かもと気にして、
とりあえず写真だけ撮りに行ったグリコ




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