戦巫女は異世界を舞う 第一話

あらすじ

 プロ棋士を目指していたアユムは、昇段をかけた最終局の合間に気を失ってしまう。きがつくと全く知らない場所にいた。アユムに声をかけた少年アスカと一緒に帝都に向かう。この世界ではプロ棋士は「巫女」と呼ばれていた。強い人との対局を求めて、アユムは「巫女」を目指す。巫女になったアユムはアスカと共に、南での巫女の仕事を果たし、精鋭部隊に配属を言い渡される。


§0 目の前が真っ暗になった。

時間:夕刻
場所:将棋会館

決勝戦の最終盤だった。
選択肢は2つ。

1つは、手堅く守りを固めて相手の攻撃を耐える道。
勝つまでは長いけど、それでも確実な方法だった。

もう1つは、攻めの切っ先を見切って、切り合う道。
たぶん勝てる。でも、一手でも間違えば負けになってしまう。

私は。神宮寺歩夢は。
──手堅い守りを選択した。
残り時間が短いことを告げるブザー音を聞きながら駒を持って。
それを盤に置く前に。
まるでスイッチが切れるように真っ暗になった。

§1 こんにちわ異世界

時間:昼過ぎ
場所:帝都前の平原

少年「おーい。生きてるかー?」
少年の声で、アユムは目を覚ます。
少年「おっ。よかった。生きてた」
アユム、周りを見る。一面の平原。
アユム「いったい何がどうなって!?」
少年「オレ、アスカ。そっちは?」
アユム「アユムです」
アスカ「その格好。巫女候補生だろ?」
アユム「巫女候補生?ってなんですか?」
アスカ「え? 知らないの? 戦になったら、最前線で戦う戦巫女。その戦巫女になるために、一年に一回、国中から候補生が集まるんだけど」
アユム「──たぶん、違う? かなぁ」
アスカ「そうなの? まぁでも、街には行くんだろ?」
アユムM(確かに。ここにいても仕方ないかな)
アユム「うん。行きたい」
アスカ「ここであったも何かの縁。一緒に行こうか!」

時間:昼過ぎ
場所:帝都

アユムM(あ、やっぱりコレ、日本じゃないな。どうしよう)
そんなことを考えながら歩いていると、出店を見つける。
店長「帝都名物、カナツツの肉だよ! ひとつたったの500エイル。おひとつどうだい!」
出店から、美味しそうな香りが漂ってくる。歩夢のお腹が鳴る。
アスカ「500エイルか。アユムはお金持ってる?」
アユム「ううん。一円も持ってない」
アスカ「一円? まぁいいや。オレも持ち合わせがないんだよね。どうしようっかな」
アスカ周りを見渡す。あるものを見つけて、にやりとする。
アスカ「良いもの見つけた。お金がないなら、いっちょ増やしますか!」
そういって、親指で指差したのは、道の端でフードを目深に被り座っている人だった。見るからに怪しいが、その人物の前には、携帯用の将棋盤が置かれている。
アユム「あれは、なに?」
アスカ「真剣士だよ。知らない? 金をかけて将棋をするんだ。勝てば金が増える。負ければ減る。自分の棋力で飯食っているヤツ等だよ」
アユム「そういう人って、強いんじゃないの?」
アスカ「大丈夫。オレの方が100倍強いから。さ、行こう!」

アスカ「相手して貰える」
真剣士「金額は?」
アスカ「300エイル。少ない?」
真剣士「ああ、構わないよ。手合いと時間は?」
アスカ「平手で10秒将棋」
真剣士「わかった。始めようか」
2人の対局が始まる。

アスカの「右四間飛車穴熊」VS真剣士の「四間飛車高美濃」
アスカは、攻撃力の高い右四間飛車と、防御力の高い穴熊の組み合わせ。
対する真剣士は。守りから相手の力を利用して戦う四間飛車と、固さも広さも兼ね備えたバランス型の守り。
アスカの猛攻を、真剣士は真っ正面から受けて立った。真剣士が劣勢になるも、アスカが対応を迷う怪しい手を放ち、ミスを誘う。アスカの攻めっ気の強さが災いして敗勢になるが、それでも攻め続けた。際どい勝負になったが、最後はアスカが一手差の勝ちをもぎ取る。

真剣士「ありません」
アスカは真剣士をにらんで一言。
アスカ「お前の方が勝ってただろ。なんで、最後に手を抜いた? オレが男だからか?」
真剣士「そんなの関係ないよ。ただ、君が弱かったからだ」
アスカ、怒りに任せて、勢い良く立ち上がる。
真剣士「ほら、君のお金だよ」
アスカ「いらねぇっ!」
真剣士「それは困ったねぇ」
アユム「すみません。そのお金で、私と指して貰えますか?」
真剣士「ああ。構わないよ。向こうの坊やが良いって言えばね」
アスカ「オレの金じゃねぇ。好きにしろよっ!」
真剣士「良いみたいだね。手合いと時間は?」
アユム「平手。10秒将棋」
真剣士「わかった。始めようか」

アユムの「先手角換わり相腰掛け銀」

アユムM(この人、さっきは振り飛車だったのに、今度は居飛車を使ってきた。間違いなく、強い。でもっ!)
10秒のなかで、真剣士は歩夢に必死についてくる。アスカが思わず「──強ぇ」を漏らすなか、真剣士が踏み込む。それをキレイに受け流したところで、形勢がはっきりし、後は徐々に差が開き、最後には大差になった。

真剣士「負けました。しかし強いな。異次元だ」
アユム「研究の差だと思います。実力はあなたの方が上だった」
真剣士「これは完敗かな。君は巫女候補生だろ。名前は?」
アユム「ジングウジ・アユム」
真剣士「ジングウジ・アユムか。良い勉強させてもらった。覚えておくよ。これは約束の代金だ」
真剣士はアユムに1200エイルを渡す。
真剣士「それじゃあ、また会おう」
真剣士は盤と駒をしまい立ち去る。
その背中を見送る歩夢に、飛鳥は話しかける。
アスカ「お前、強いじゃん! 本当に巫女候補生じゃないのかよ?」
アユム「アスカちゃん。その巫女候補生について、詳しく教えて」

時間:夕方
場所:街の通り

アスカ「巫女は国の力だ。国同士の争いは、お互いに巫女を出し会って将棋で勝敗を決めるんだ。だから、優秀な巫女が居る国が強い国だ。この国では巫女は一年に一人だけしか選ばれない。その一人の座を目指して、国中から巫女候補生たちが集まるんだ。ただでさえ将棋が強いやつが、何人にも集まって一番を決めるんだ。そうして選ばれる巫女は、やっぱり特別なんだ」
アユム「そうなのね。ところで、巫女になれば、強い人と将棋を指せるようになるの?」
アスカ「それはもちろん」
アユム「巫女になるためには、どうしたら良い?」
アスカ「まずは受付を通らないといけないけど。そのようすだと推薦状をもってないだろ」
アユム「もちろんっ!」
アスカ「推薦状がなしでの受験はできなんだけど。──アユムの強さは本物だし。ダメもとで行ってみるのはありだと思う。行ってみる?」
アユム「もちろんっ!」

時間:夕方
場所:受付前

受付「シドウ・アスカさん。これで受付は完了です。頑張ってくださいね」
アスカ「ああ。今年こそ合格して見せるぜ。ただ、一つ問題があって。こいつがめちゃくちゃ強いんだ」
受付「そちらの方も受験者ですね。受付をしますので推薦状を提出してください」
アユム「それが、相談なんですが。推薦状は持っていなくて。どうしてもないとダメですか?」
受付「これは規定ですので。ちょっと難しいかと」
アスカ「なぁ、こいつ、本当に強いんだ。なんとかならない」
受付「私ではなんとも。受験の際は巫女からの推薦状は絶対です。例外はありません。──ですので」
××××「ならば、私が師匠になるよ」

声の方を見る。そこには巫女装束を着た人が立っていた。

受付「オウカさん。戻られていたんですね」
オウカ「うん。ちょうど今しがたね。コレ、受けちゃんにお土産」
アスカ「オウカ巫女!? ほ、本物!?」
アユム「スゴい人なの?」
アスカ「スゴいもなにも。今まで戦で負けたこのない。無敗の巫女! 最強の鬼巫女って言われている」
オウカ「ところで、どうかしたの?」
受付「この子が、受験を希望しているんですけど。推薦状を持っていなくて」
オウカ「ふ~ん。推薦状ないんだ。キミの師匠は推薦状を持たせてくれなかったの?」
アユム「師匠は遠くに行っていて。それで」
オウカ「ああ。そういう事情があるんだね。なるほど。じゃあ、私が書くよ。受けちゃん、この紙使っても良い?」
受付「ちょっと、本気ですか!? オウカさん、弟子は取らないって」
オウカ「そんなこと言った? まぁ、いいよ。状況は変わるものだから。良くも悪くも、ね。はい、これでよしっと」
受付「こんなに雑な推薦状。見たことないですよ」
オウカ「問題ある?」
受付「問題しかありかせんけど。まぁ、規定上は問題ありません。──ジングウジアユムさんの推薦状、受理します」

アスカ、アユムとハイタッチをする。
受付、推薦状に書かれた名前を確認する。
受付M(あれ? オウカさん。なんでこの娘のフルネーム、知ってるんだろう?)

時間:夜
場所:巫女候補生寮

アスカ「おっ。アユムと相部屋だ。よろしくな」
アユム「よろしく」
アスカ「とはいっても、第1局は一週間後。そこから1か月。命がけで将棋を指す、ライバルだ。巫女になれるのは一人。オレは誰にも譲る気はない。もちろん、アユムにも」
アユム「分かっている。私も全力で指す」
アスカ・アユム「うん」
アスカ「じゃあ早速、1局教えてください!」
アユム「うん。私もアスカと指したかった」

練習対局。
アスカの猛烈な攻めをアユムが受ける展開。
始めこそアスカの猛烈な攻めに苦戦したアユムだったが、徐々に受けの力をあげ、勝率をあげていく。始めこそ勝率1割程度だったが、1週間で4割にまで上がっていた。

§2 組み合わせ発表

時間:朝
場所:将棋場

組み合わせ表を見る、アスカとアユム。

アスカ「一回戦の相手は、マジか。去年負けた相手だ……」
アスカが拳を握る。その拳は少し震えている。しかし、ニヤリと笑うと、手のひらに拳をぶつける。
アスカ「ヤバい。勝てる気しかしない。アユムと指して、だいぶレベルがあがったからかな」
アユム「お互いにね」
アスカ「そういえばアユムの一回戦の相手は? ──ああ、コイツか」
アユム「強いの?」
アスカ「ああ、結構強い。去年当たった時は、時間に助けられた。読みの深さが、他のやつらとは一段階違う感じ」
アユム「それは楽しみ!」
アスカ「じゃあお互い、初日を白星で飾ろうぜ」
アユム「うんっ」

§3 対局開始

時間:朝
場所:将棋場

初戦、アユムの居飛車穴熊VS相手の四間飛車穴熊。互角の捌き合いだったが、穴熊の堅城へ先に手をつけたのは相手だった。

アユムM(食いつかれた。この状況で受け潰しは無理。隙を見て反撃するしかない。こんなに食いつかれたら焦っていたのに、でも、今は余裕がある。相手がアスカだったらどう指すか。そして自分がアスカだったらどう反撃するか。手が読める。相手の隙が、見える。ここっ!)

反撃に転じるアユム。後者が入れ替わるが、アユムの一気の攻めに、相手は支えきれず、投了となった。

アユムM(まずは一勝! アスカはどうだったかな?)

アユム周りを見渡す。
アスカと目が合う。
アスカ、ピースと笑顔で返す。
アユム駆け寄って手を取る。

アスカ「まずはお互い好発進だな。部屋に戻って観想戦やろうぜっ!」

時間:夕方
場所:巫女候補生寮

アスカ「だからなんでここで踏み込まないんだよっ!」
アユム「ここで踏み込んだら、読む量が増えるでしょ! こっちの方が安全で確実でしょ! なんでわざわざ危険な手順に踏み込むのよっ!」
アスカ「そっちの方が短い手数で決着がつくからだろっ! 人間は間違える生き物だ。どんなに優勢でも終盤の一手でひっくり返る。長く指すってことはそのリスクを大きくするんだぜ」
アユム「それでも、アスカのはやり過ぎ!」
アスカ「このくらいやらないと、勝ち抜けないから。怖くても突っ込むんだよ。できなきゃできないで、オレは別にいいけどさ。どうせ今年、巫女になるのはオレだから」
アユム「なにいってるの。アスカの対局。相手が私だったら勝ってた。今はまだアスカの方が強いかもしれないけど。対局する頃には私の方が絶対強くなってる」
アスカ「なにをっ!」

睨み合うアユムとアスカ。それから、アユムが口を開く。

アユム「言ってても埒が明かない。将棋で証明しましょう」
アスカ「望むところだっ!」

二人で盤を挟み、駒を動かしていく。

§4 中盤戦

時間:夕方対局後
場所:将棋場

アユムM(2局目以降、私の将棋が変わっていった。いままでは100分あったら、95分は自分の王様の方を見ていた。その時間がだんだん減っていった。アスカならどう攻めるか。それを考えて、相手の王様を見るようになった。攻められた以上に攻め返せば、勝てることがわかってきた。自分の将棋に、いままでにない、広がりを感じた。紙一重を制して、相手を切り伏せる気持ち良さを知った。──誰にも負ける気がしない。だから、もっと指したい。そう思って対局に挑んだ。そんな最中だった。──読みのエアスポット。誰しもが一目で分かる、こちらの詰み筋を見落とした。1敗。それは、両足では支えきれないほど、重かった)

アスカ「オレが言うのもなんだけどさ、1敗だったらまだ可能性はあるから」
アユム「うん。別に気にしてない。ううん。気にしてるけど、それと次の対局は別物だから。だから大丈夫」
アスカ「そうか。ならよかった。観想戦──」
アユム「今日は疲れちゃったから、先に寝るね。おやすみ」

アユムM(その次の対局でも、私は負けた。2敗。それは自分ではどうしようもないほどに、重かった。一瞬、アスカが1回負ければ。そんな考えが頭をよぎった。そんな考えを振り払うように、頭を振る。それから顔をあげた。近くにいる相手よりも、遠くにいるアスカが目に飛び込んできた。その表情に。私を心配してくれている表情に、胸を突き刺された)

アユム「すみません。体調が優れなくて。これで失礼させてください」

そう言って、観想戦をせずに席を立った。それが、最悪のマナー違反だとわかっていたけれども。アスカの表情が焼き付いて離れない私には、どうすることもできなかった。
そのまま、知りもしない街の方へ、飛び出してしまった。

§5 街なかで

時間:夕方
場所:街の通り

アユムM(飛び出してきちゃったけど別に行く当てないんだよなぁ。どうしようかなぁ)
店長「帝都名物、カナツツの肉だよ! ひとつたったの500エイル。おひとつどうだい!」
アユムM(あ。あのお肉屋さんだ。そういえば、お腹すいたなぁ。お肉食べたいなぁ。でも、お金ないし。そうだ!)

アユム。あたりを見まわす。あの場所に、あの真剣士を見つける。

アユム「すみません」
真剣士「ああ、アユム。久しぶり。元気にしてたか」
アユム「──はい」
真剣士「ふ~ん。どうやら元気では無さそうだね。どうしたんだい?」
アユム「あれから巫女候補生になったんだすけど。最近、2回も負けちゃって。勝ち抜けが難しくなって」
真剣士「なるほどねぇ。それで落ち込んでいるんだ」
アユム「それもあるんですけど。──一緒に居た男の子が全勝していて、それで、私、その男の子が負ければ、って考えちゃって。そんなことを考えている自分が嫌で。落ち込んでいます」
真剣士「なるほどねぇ」

真剣士は話を聞きながら駒を並べる。
アユムもそれにならって駒を並べる。真剣士が初手を指した。アユムもそれに応える。

真剣士「アユムは将棋で、相手が悪い手を指して欲しいと思う」
アユム「? 状況によります。普段はないですけど。でももう、自分できることは全部やって、その上で相手に間違えてもらうことしか、勝利に繋がる道がなかったら、その時はミスをして欲しいと思います」
真剣士「そうだよね。将棋指しは常に最善手を探し続ける。そこには、相手も最善手を指してくると思っているわけだ。不思議だね。勝つためなら、相手にミスしてもらった方が良いのにね」
アユム「何が言いたいんですか?」
真剣士「別に、意味はないよ。ただ思ったことを言っただけ。ああ、でも」
アユミに、今この将棋の選択を、間違って欲しくはないかな」

真剣士の細い攻めにたいして、正面から受けて攻めを切らすか。それとも、攻め合いに行くかの選択。
アユムの第一感は攻め合いだった。でも、すぐにあの読み落としが脳裏に浮かぶ。何度も何度も確認するが、不安は消えない。駒へ伸びた手は、震えて、手元に戻された。

真剣士「いっぱい悩みな。時間はたっぷりあるから」

アユムは真剣士の顔を見る。目深に被られたフードで邪魔されて、その表情は見えない。でも。口許は優しく笑っていた。

アユム「ありがとう、ございます」
真剣士「いいんだよ。それと、ごめん。早速でごめんだけど、時間はたっぷりあるって、あれウソだった。王子さまは思った以上に早く来たみたいだ」

アユムがその意味がわからずに不思議そうにそうしていると、向こうからアユムを呼ぶ声が聞こえた。

アスカ「アユム!」
アユム「アスカ! どうして?」
アスカ「心配でさ、飛び出てきちゃった。ごめん、対局中だったね」
真剣士「別に気にしなくて良いよ。ただの遊びだから。ごゆっくり」
アユム「ねぇアスカ。アスカは攻めてて怖くなったことはある?」
アスカ「いつも怖いよ。受け潰されるのも怖いし、攻めた反動でこっちの王様が詰まないか、いつも怖い。いつだって、全部読みきれる訳じゃないからさ」
アユム「じゃあ、どうしてそんな怖いのに、指し続けられるの?」
アスカ「強くなりたいから。怖さに勝てたら、今よりも強くなれると思うから。それにさ。自分で決めて、自分で指したらさ。もし負けても、反省して、きっと強くなれるから」
アユム「そうか。そうだね」

アユム、盤の前に座る。
震える右手をさすって、それから一手指した。
切り合いを選んだ。

真剣士「へぇ。そう来るか。受けてた方が安全じゃなかったの?」
アユム「勝つためだったら、そうかもしれない。でも私は、こっちの方が面白そうに感じたから。勝っても負けても悔いはないから」
真剣士「勝負はね、勝たないと意味がないよ」
アユム「うん。だから、勝つつもりです」
真剣士「じゃあ、特別に、本気だしちゃおうかな」

真剣士の攻めの切れ味が上がる。強い人が本気で攻めてくる時に、駒には圧倒的な迫力が出てくる。同じ性能の駒とは思えないほどに、働きが強くなる。アユムはそれを、ひしひしと感じていた。そして同時に、真剣士に同じことをした。一手指すごとに、指した方が優勢に感じる。どうしようもない局面なのに、どうにかしてしてしまう。
真剣士の詰めろ(あと一手で王様が詰む状態)を、アユムは詰めろ逃れの詰めろ(自分の詰めろを解除しつつ、相手に詰めろをかける状態)、で返した。それを真剣士は、詰めろ逃れの詰めろ、逃れの詰めろ、で返す。
読みの量は莫大になる。それはまるで、水のなかでどのくらい息を止めていられるか、我慢比べをしているようだった。その我慢比べて、先に水面に顔をあげたのは──。アユムだった。
詰めろ逃れの詰めろ、逃れの詰めろ、逃れの詰めろ。それをかけることが精一杯だった。真剣士は詰めろ逃れの必死(次の手で必ず詰みになる状態)をかけた。最後の最後で真剣士の読みが、アユムを上回った。

アユム「負けました」
真剣士「うん。良い将棋だったね。さぁ、もう日が沈む。君たちも寮に戻りなさい」
アユム「教えていただいて、ありがとうございました。あの、名前を聞いてもいいですか?」
真剣士「私の本気に勝てたら、その時に教えてあげる」
アユム「どうやったら、今日みたいに本気で指して貰えますか?」
真剣士「100万エイム。そのくらいは積んで欲しいかな」
アユム「いつかかならず、持ってきます」
真剣士「いつかなんて言わなくて良いよ。アユムが巫女になったら、その時は無料(ロハ)で指してあげる」

真剣士はそういうと、盤と駒をしまって、街の夕闇に消えていく。

アスカ「帰ろう」
アユム「うん。ありがとうね」

§6 終盤戦

時間:朝
場所:将棋場

最終戦。
2敗のアユムと途中で1敗をしてしまったアスカとの直接対決になった。
勝数が同じ場合、直接対決の勝者が勝ちとされる。アユムはこの対局に勝てば、優勝ができるようになっていた。
両者の「お願いします」の声で、対局が始まる。

アスカの「先手角換わり腰掛け銀」
先手が攻めて、後手が守る。攻めが得意のアスカと受けが得意のアユム。お互いにうってつけの戦型。そのはずだった。
しかし、先攻したのはアユムの方だった。この戦型はギリギリの攻めを繋げる。と同時に、相手のとの距離感を常に意識しなければならない。どんなに攻められていて、自分の王様が危険な状態でも、相手よりも厳しい攻めをできれば、受けなくていい。死ななきゃ安い。そんな無茶苦茶な攻防が繰り広げられる。アスカの攻めに対してアユムは攻めて返す。そんなアユムの攻めを、アスカはしっかり受けた上で反撃する。

アユムM(やっぱり、アスカは強い。攻めが芯に入ったと思っても被害を最小限にして、その上で攻めてくる。まるで手負いの虎。瀕死のはずなのに、気を抜けば噛み殺されそう。でも、今なら分かる。アスカだって怖いんだって。その上で、踏み込んできている。だから私も、引かない)

互いに肉を切らせて骨を断つような切り合いに。
不意に、アスカの手が止まった。
小さく息を吸う音が聞こえる。
それが、覚悟の呼吸だと言うことがアユムにはわかった。
勝利を確信した呼吸。そして、間違わないために自分を落ち着かせる呼吸。その呼吸をしてから、アスカは指した。
でも、そこで将棋は終わらない。

アユムM(正確に指されたら、私の負け。でも。負けるまでは、負けてない)

アユムは最善手から、相手が間違いやすい局面になるように誘導する。アスムはそれを逃がさないように網を絞っていく。誰が見てもアユムの負けだった。そんな状況でも、アユムは最後まで、祈らなかった。相手が間違いそうな局面に誘導し続けた。一見、どちらでも良さそうな局面。でも、正解はひとつだけ。そんな局面を何度もぶつけた。
人間は正解し続けることは難しい。だからアユムは淡々と間違いが起こる可能性を追い続けた。
そうして、それが起こった。
アスカのミス。終盤のミスは一回で形勢が入れ替わる。一度入れかわった形勢を戻すのは難しい。優勢であればるほど、焦りと落胆で、正常な判断がとれなくなる。
だが、アスカは折れなかった。アユムがアスカにしたことを、そのままやり返した。ただ、アユムはたった一瞬のチャンスを掴み取った。
何回な21手詰めを決め、アスカに勝った。

アスカ「……負けました」

アスカの言葉はアユムの胸に刺さった。アユムは、どう声をかけたら良いか分からなかった。そんなアユムに、アスカは顔をあげて、笑顔を見せた。

アスカ「おめでとう。アユムが巫女になれて嬉しいよ」

その言葉に、アユムは涙を流した。

アスカ「お前、泣くなよ。オレがせっかく我慢したのに、台無しじゃん」
アユム「ごめん。でも、アスカに勝てたのが嬉しくて。アスカの方が強いのは、ずっと分かってたから──」
アスカ「あー、もう。いいよ、好きなだけ泣けよ。待っててやるから」

そうして、二人の最終戦は終わった。

§7 結果発表

時間:朝
場所:将棋場

オウカ「それでは、今年の新しい巫女を発表する。この巫女候補生から初回で巫女になった者は片手で足りるくらいしかいない。新しい巫女の活躍を期待したい。今年の巫女は、ジングウジアユムだ」

会場から拍手が起こる。アユムは顔を赤くしながら、みんなの前に立った。

オウカ「それから、良い知らせと良くない知らせがある。現在、みんなが知るように各国の情勢は不安定だ。いつ戦が起こってもおかしくない状況になっている。これが、良くない知らせだ。そんな情勢も踏まえて、国は戦力の強化を決定した。今まで以外の方法で、巫女を決めることが、今後はありえることになった。その一例として、今年は巫女を二人排出することにした。おめでとう。キリシマアスカ。君も今日から晴れて御子になる」

アスカ「オレも!?」
オウカ「ああ。君の成績は間違いなく御子になるにふさわしい成績だった。君は、実力で御子を勝ち取った。おめでとう」

周りから拍手が起こる。
アユム、アスカの手をとって喜ぶ。
アユムとアスカは華が咲いたような笑顔を浮かべた。

§8 終わりじゃない

時間:昼過ぎ
場所:王宮第三会議室

会議室に通された、アユムとアスカ。
目の前にはオウカが真剣な表情で座っている。

オウカ「さて、新しい巫女御子の就任に、本当はお祝いでもしたいところだけど、さっそく仕事に出向いてもらう。さっきは濁したけれども、実際にはもう戦争が始まっている。北は反乱。南は内乱。正直手が足りていない。南の内乱で、二人組の巫女に手を焼いている。二人にはそこに行ってもらう。巫女御子の初仕事だ。いいな」

アユム・アスカ「はいっ!」

第二話

第三話

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