「演習量」という誤魔化し言葉🧩90日連続投稿
演習量という言葉
これも本質ほどではありませんが よくない方向を生み出しがちで 私が意図的に使うのを避けている言葉です
私がよくないと思っている他の言葉については以前触れました
受験生はできないことの理由をすぐに演習量が足りないからだと言います
本当にそうでしょうか?確かに本当に演習量が足りない場合もありますが 大部分はそうではないことがほとんどです
例えば スポーツならどうでしょう 試合に負けた それは練習量が足りないからだ
分析になっていません
検算してみてください 練習量が足りていれば 相手に勝てる
成り立つ場合もあるでしょうが ほとんどは成り立たないのでしょうか?
分析が甘過ぎるということです
要するに 根本的な問題から目を背けて 量をすることで お茶を濁しているだけ 気持ちを紛らわしているだけということです
これではまともに改善しません
相手にこの弱点をつかれているからここを訓練しないといけない
知らないものが多すぎてそもそも対応できていないので 作戦が練るためにも対策を取れるようにするためにももっと情報を集めないいけない
弱点は分かったけど自力で改善できないので教わりにいかないといけない
などのように
練習量と誤魔化さずにもっと具体的に 明確に 行動につなげられるように分析するべきです
勉強であれば
ここの内容がわかっていないから間違えたから周辺含めて補強し直そう説明できるか確認しよう
内容は理解できていたけど定石が理解できていないから間違えた、定石を覚えよう
ここまではパターンなのにその場で考えてしまったから時間が足りなくなった、有名問題は覚えよう
間違い方のパターン化ができていなくて いつもする間違いを繰り返してしまった ノートにまとめ直して直前に見返せるようにしよう
などのようにです
確かに演習量が足りない場合もあります
(曖昧で誤解をうみやすい誤魔化し言葉にしないために 本質と同じ状態にしないために 演習量の意味を練習量の意味に限定します)
ただそれはかなり稀ですし かなり仕上げの段階です
理解もしている 問題パターンもはいっている 思考の型もはいっている でも一つ一つの操作にハードルをまだ感じてしまっているのでスムーズにできるように訓練したい
自分でできているつもりだけど本当にできているか不安だからキズを探したい
できるけど動作が遅いのではやくできるようにしたいなどの場合でないと 練習量を増やすみたいな対策は有効ではありません
ほとんど場合 もっと手前の段階でぶち当たっているので
演習量ではなく 他にもっと根本的な原因がありしないといけないことがあります
これは慣れていないにも言えますが 受験生はできない理由を 慣れていないからだ 演習量が足りないからだみたいな まともに改善につながらないテキトーすぎる分析にしすぎです
ただこれは実は受験生が悪いというより 指導者側に問題があるケースが多いです
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軽く脱線しますが指導者という言葉あえて使っています 先生なんてい言われるほど偉い存在じゃないですしね
もどります
結構な人が生徒から問題が解けませんと言われると演習量が足りないからだね
授業では内容の説明をするから 自分で問題演習をしてね
など生徒に 問題が解けるようになることは丸投げで
そりゃできるようにならないでしょというケースが非常に多いです
本当は内容理解と問題が解けるの間にはもう一段階あります
内容理解→理解を問題を解きやすい形にする→問題が解けるの状態です
安っぽい言い方で私は好きでありませんがこれが俗言う わかるとできるは違うの正体です
実際の現場でこの間の段階がかなり蔑ろにされてしまっています
これは前にも触れましたが 指導者の結構な割合が自力で問題が解けないこと(数学は特に)が起因しています
そのせいで
問題解説も先に解答を見てしまっていることが多いので 逆算的な説明(答え、方針、流れが事前にわかっている辻褄合わせのような解説)が多いですし
そもそも解いていないので問題を解くということにハードルを感じていない人もいます
本質がわかれば問題が解けると言っている人で今挙げたタイプの人もいます
もちろん習熟しすぎて もしくは自然になりすぎていて説明できない
もとからできていて 間を自覚していなくて 説明できないケースもあります これが本質がわかれば問題が解けると言っている人のもう片方のタイプです
指導者がてきとーなアドバイスをする理由がこの問題が解けない以外でも
過去問をそもそと 解いていなくて(解けないのも含めて) 試験の理解がそもそも浅く 具体的にアドバイスできないということがあります
だからできないと言われると 演習量を稼ぐ 問題演習をしようみたいな曖昧な言葉に逃げます
何が求めらている能力か どういう特徴があるのかまともに把握できていないからです
最近だと共通テスト対策で
形式が慣れていないからだね 沢山演習をしよう!慣れていないからだね 沢山演習をしよう 演習量が足りないかりだね 沢山演習をしよう
などです
こういう言っているの見て何言ってんだコイツとなります
できてないの それが原因じゃないから アドバイス雑すぎやろ みたいなのが多すぎます
過去問解いている受験生はよくわかると思いますが 過去問解くの大変ですよね
それと同じで教える側からしても大変で 結構サボっている人がいます
解くだけではなく 分析まですると尚のこと大変(1番めんどくさくて1番時間がかかる 正直1番億劫です)なので 解くのも稀ですが 分析まですると尚のことまれになります
だからこそその科目の知識はあるけど 問題は解けない 試験については詳しく無い などの場合は受験生の想像以上にいますし
分析したとしても分析になっていない浅すぎる分析ばかりになことも多いです
たとえば思考力が大事だ 式におとしこむ力が大事だ 情報処理能力が大事だ 読解力が大事だ 総合的な力が問われる 文章が長い 会話問題が出るなどです
なんじゃそりゃ 馬鹿にしてんのかと感じます 見りゃわかるねん 目ついてねーと思ってんのかと感じます
参考書は四角いです この人は人ですと言っているのと変わりません そんな浅い分析ならみりゃわかります
受験生はこれらの雑でテキトーな曖昧言葉逃げ 見た目音読逃げのの分析を見て 馬鹿にしてんのかと感じて欲しいです
詳しいと思って聞いた相手は想像以上に詳しく無いということです
結構自分では解かずに評判だけで言っていることも多いですよね 参考書レビューのように
共通テストだとセンター試験の対策を引きずっている人もいますよね センター試験と傾向(これもセンター試験の中で変化があり共通テストにいきるものもあります)が違ってぶつかったり、いきなかったりするものもあるのに
センター試験時代使えていた準公式を 共通テストの裏技みたいに紹介しているのを見ると本当に問題解いてる?となります
演習量は指導者にも受験生にも
本質と同じで 誤魔化し言葉 逃げ言葉として使われてしまっています
使わない方が理解も深まりますし 分析も上手くなるのでできるだけ使わないようにするのをオススメします
