「違和感を言葉にする」が、AI時代の学びの核になる——私が教育現場で大事にしていること
はじめに:プログラミングの現場と、教室で起きていることは同じ土俵にある
筆者はこれまで、AI時代の学びについて「思い出す練習」「Slow AI」「学ぶ意味」といったテーマをnote(mhamadajp)で書いてきました。その一方で、現場の実践者の生の声が、自分の考えを裏打ちしてくれるときがあります。2026年2月、G2(じーにー)さんの「AIと一緒にWebサービスを作って気づいた「これからの学び方」」を読んだとき、まさにそんな感覚がありました。プログラミングの現場で起きた出来事が、教室で育てたい力と、ぴったり重なって見えたのです。
本記事では、G2さんの記事をきっかけにしながら、筆者が教育現場で大事にしている考えを中心に据えて書いています。プログラミングと学校教育は分野が違いますが、「AIと一緒に働く時代に、人間は何を学ぶべきか」という問いは共通です。その問いへの、私なりの答えをまとめてみました。
まず、私がこれまで考えてきた「AIと人間の境界線」から始めます。
私が考える、AIと人間の「境界線」——解くのはAI、見つけるのは人間

「解く」と「見つける」を分けて考えることは、筆者が教育現場でずっと大事にしてきた視点です。「AI時代に効く、「思い出す練習」のすすめ」では、AIが答えを出してくれる時代だからこそ、頭の中にある知識を頼りに考え、判断する力の価値が高まっていると述べました。知識は「頭から取り出す練習」をして初めて使える形で定着する。その延長線上に、違和感を「感じ取る練習」がある——AIの出力を適切に評価し、改善の方向を示せるようになるには、この練習が欠かせない、ということです。
この考えを、プログラミングの現場の具体例で裏打ちしてくれたのが、G2さんの記事でした。決済ページの「リロードで二重購入になる」バグ——AIは5秒で正解のコードを出したが、「普通のユーザーってリロードするよね?」という発想には至らなかった。著者が指摘した瞬間、AIは即座に修正コードを返した。問題を「解く」力はAIが上。問題を「見つける」力は、まだ人間の領域。G2さんのこの整理は、私が教室で「思い出す練習」を勧めてきた理由と、同じ土台に乗っていました。
もう一つ、G2さんの記事で「なるほど」と思ったのが、文化の感覚の話です。「CURRENT STATUS」という英語の見出しが日本人にどう感じられるか——著者が違和感を伝えたら、AIは即座に削除した。「それっぽい」出力と「相手に届く」出力は別だ。筆者が「意識をアップロードしたら「私」は残る?」で触れた「外見の整合性と真実は別」という視点と通じます。身体と経験を持つ人間にしか、その判断はできない。プログラミングの現場でも、教室でも、同じ構造だと感じました。
教室で育てたい三つの力——私の考えと、G2さんの整理が重なったところ

筆者が「学校で、いったい何を学ぶのか」で述べたのは、学校で学ぶ意味は三つだということです。土台を整える、問いを立て解を探す、他者とつながる。AI時代になっても、この三つは変わらない。むしろ、「問いを立てる」の土台になる違和感を感じ取り、言葉にする力の重要性が、さらに増していると感じています。
G2さんの記事では、これからの時代に必要な力として①違和感を言葉にする、②自分で触ってみる、③段取りを考える——の三つが整理されていました。プログラミングの現場で得た知見が、私が教室で大事にしていることと重なったので、それぞれを学校教育の文脈で掘り下げてみます。
①「違和感を言葉にする力」——探究の入口は、いつも「なんか違う」
G2さんがAIに伝えたのは、「画面に収まらないのが気になる」「この英語、日本人にはピンとこない」といった言葉でした。コードは一行も書いていない。でも、この「なんか違う」を言葉にできなければ、AIは何も改善できなかった。
私が探究学習で大事にしているのは、まさにこの入口です。生徒に「今日の授業で、なんか違和感を感じたことはある?」と問いかける。正解を求めるのではなく、感じたことをそのまま言葉にする練習を積む。AIに相談するときも、「自分はこう感じる。それについて、別の視点を教えて」と伝えられる子は、AIを「思考の壁打ち相手」として活かせます。逆に、「正解を出して」とだけ頼む子は、AIの迎合(ごますり)に流されやすく、誤解が強化されるリスクがある。筆者の「AI迎合から学ぶ——教育現場で活かす四つのポイント」で触れた「反論を命じる」「判断基準を渡す」といった対策も、この「違和感を言葉にする」力があって初めて機能する、と私は考えています。
二つ目は、言葉にした違和感を、実際に確かめる力です。
②「自分で触ってみる力」——「見ないで再現する」が、本当の定着をつくる
G2さんの記事では、リロードで二重購入になるバグを「AIにはテストできない種類」と書いていました。「ユーザーが無意識にやりそうなこと」を想像して、実際にやってみる——それは人間の仕事だと。
教育現場で私が重視しているのは、同じ構造です。「答えを見る前に、自分でやってみる」。「Slow AIが教育にもたらす転換」で紹介した「Think First」の原則——AIに聞く前に、まず自分で仮説を立てる。解説動画やAIに頼れる時代だからこそ、「もう一度、見ないで再現する」という二段階学習が効く、と「思い出す練習」の記事で述べました。トルコの数学実験では、AIを使ったグループが「AIなしのテスト」で成績が17%低下したという「偽りの習熟」のリスクも報告されています。触って確かめる、自分で試す——その負荷を飛ばすと、本当の力は育たない。これは、私が授業設計で意識しているポイントの一つです。
三つ目は、違和感を感じ、触って確かめたうえで、全体をどう進めるか決める力です。
③「段取りを考える力」——「何を学ぶべきか」を決めるのは、その子を見ている人間
G2さんの判断は「まず自分の環境でテストして、次に別のドメインで試して、明日クライアントの環境で最終確認する」だった。AIも段取りの提案はできる。でも、「明日クライアントに見せるから今日中にここまで」という文脈を踏まえた最終判断は、その状況を生きている人間にしかできない、と。
これは、筆者が「AIは仕事を奪うのではなく、仕事の意味を変える」で述べた0から1(構想)と100から101(吟味)のフレームワークと重なります。教員が担うべきは、最初の「問い」を立てることと、最後の「責任」を持つこと。学びの設計でも同じです。「何を学ぶべきか」を決めるのは、その生徒の状況を生きている本人や、その子を見ている教師。AIは、その判断を支える道具にすぎません。私が「枝葉より先に、根を」で述べた「やり方の前に、あり方を」という考え方も、ここにつながっています。何を学ぶか(根)が定まっていれば、AIの使い方(枝葉)はその場に合わせて選べる。
三つの力の話を読んでいて、私がもう一つ気になったのが「では、これまで積み重ねてきた学びはどうなるのか」という問いでした。G2さんの記事には、その答えもありました。
「習熟の負債」から「習熟の資本」へ——私が生徒や保護者に伝えたいこと

「AIがなんでもやってくれるなら、今の勉強って意味あるの?」——現場で、こんな声を聞くことがあります。私の答えは「ある」です。ただし、その意味は変わってきている、と。
G2さんの記事で「習熟の負債」という言葉が再解釈されていました。過去に積み上げたスキルが、新しい道具への移行を妨げる——包丁の達人がフードプロセッサーに手を出しにくいように。ところが、今回の体験を通じて気づいたのは、あれは「負債」じゃなくて「資本」だったということ。フードプロセッサーの刃の角度がおかしいと気づけるのは、包丁で何千回も切ってきた人だけ。学んできたことは消えず、形を変えて「評価する目」になる、と。
私が「思い出す練習」の記事で述べた「課題を自分で作る」「参照を禁止する」といった学習設計も、知識を「使える形」で蓄えるためのものです。蓄えた知識は、AI時代には「評価する目」として機能する。学び方は変わる。でも、学ぶこと自体の価値は、むしろ上がっている——このメッセージを、生徒や保護者に伝えたいと思ってきました。G2さんの記事は、その確信をプログラミングの現場から裏打ちしてくれたように感じました。
学び方の変化を、G2さんの記事では表にまとめていました。
昔の学び方と、これからの学び方——私が授業設計で意識しているシフト
G2さんの記事では、学び方の変化が次のように対比されていました。

私が授業設計で意識しているのは、まさにこのシフトです。教科書を読んで線を引く、ノートにまとめる——それだけでは「勉強した感」は得やすいが、本当に使える知識にはならない。「思い出す練習」を挟む。AIに聞く前に、自分で仮説を立てる。AIの答えをそのまま使うのではなく、触って確かめ、違和感があれば言葉にする。そして、何を学ぶべきか、どの順序で進めるか——段取りを自分で描く。この四つのシフトは、日々の授業設計や、生徒への声かけにそのまま落とし込んでいます。
ここまで、私が教育現場で大事にしている考えを、G2さんの記事をきっかけに整理してきました。最後に、全体をまとめておきましょう。
まとめ:違和感を言葉にできる子を、教室で育てる——私の結論
本記事で述べてきたことは、私がこれまで「思い出す練習」「Slow AI」「学ぶ意味」「AI迎合への対策」「枝葉より先に根を」といったテーマで書いてきたことの、一つのまとまりです。「違和感を言葉にする力」を土台に据える——それによって、これらの考えが一本の線でつながると、改めて感じました。
生徒に「なんか違う」を言葉にさせる。AIに聞く前に、自分で考えさせる。AIの答えを鵜呑みにせず、触って確かめさせる。そして、何を学ぶべきか、その子の文脈で一緒に決めていく。その積み重ねが、AI時代を生き抜く力になっていく。そう考えています。
G2さんの「AIと一緒にWebサービスを作って気づいた「これからの学び方」」は、プログラミングの現場から、この考えを裏打ちしてくれる記事でした。「勉強する意味はあるのか?」——私の答えは「ある」です。ただし、何をどう学ぶかが、変わってきている。違和感を感じ取る、触って確かめる、段取りを描く。その土台の上に、AIという強力な道具を乗せていく。それが、これからの学びの姿だと考えています。
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参照したURL
AIと一緒にWebサービスを作って気づいた「これからの学び方」(G2、note、2026年2月16日)
作成日:2026年2月19日
