振り返りシートを一次資料に──Gemで所見ドラフトまでつくる具体例・拡張・教師の最終確認
学期の終わりが近づくと、机の上に積まれた振り返り用紙の束を見て、胸が少し重くなることがあります。一人ひとりの言葉は大切なのに、数十人分をもう一度ゼロから読み返し、所見の骨子を言語化する作業は、時間も体力も使います。ここで効いてくるのが、授業ですでに残っている「生徒自身の言葉」を一次資料として扱い、Gem(GoogleのGemini用カスタム指示の仕組み)に整理と下書きのたたき台を手伝ってもらう、という進め方です。私は高校の「情報I」を想定したプロンプトをGemに入れ、実際の振り返りコメントから所見のドラフトまで試してみました。結果として、データに基づいた客観的で具体的な評価を返すための出発点を、かなり早く用意できる感覚がありました。同時に、教師の最終確認がなければ成立しない線引きもはっきりします。
まず何をGemに書いたか──「成長のストーリー」を4つのレンズで読む
Gemに与えた役割は単純です。生徒が授業で書いた振り返りのテキストを読み込み、成長のストーリーが伝わるように、次の4項目で分析させます。BeforeとAfterの比較、ターニングポイント、観点別の成長(知識・技能/思考力・判断力・表現力/主体的な学びの姿勢)、そして120字から150字程度の所見欄の文章案です。教師側の専門用語は、情報Iの文脈に合わせて「パラダイムシフト」やクリティカル・シンキングなど、授業で使っている語に寄せています。
実際にGemに貼り付けた指示の骨格は、次のとおりです(全文はgem.txtのテキストファイルと同じ構成です)。
以下のテキストは、生徒さんが授業で記述した振り返り(リフレクション)の記録です。
このデータを読み込み、生徒さんの**「成長のストーリー」**が明確に伝わるように、以下の4つの項目について詳細に分析してください。
1. 【Before / Afterの比較】
当初の学びの姿勢や思考レベルと、最近のそれを比較し、どのようなパラダイムシフト(認識の変化)が起きたか言語化してください。
2. 【成長のターニングポイント】
生徒の思考が一段階深まった、あるいは行動が変わった決定的な「気づき」はどの授業のどの記述に見られますか?
3. 【観点別の成長分析】
以下の3つの観点で、どのように成長したか事実ベースで抽出してください。
・知識・技能の定着と活用
・思考力・判断力・表現力(クリティカル・シンキング等)
・主体的に学習に取り組む態度(実生活への応用等)
4. 【所見欄の文章案】(120〜150字程度)
上記の分析を踏まえ、「最初は〇〇だったが、△△の気づきを経て、最後は□□できるようになった」という成長のプロセスが保護者にも伝わる温かい文章を作成してください。
ポイントは、所見をいきなり書かせるのではなく、根拠の束を先に並べることです。後から自分で言い換えたり、保護者面談の話題にしたりするときも、分析パートが地図の役割をします。

コピペで再利用するなら──3つの箱で運用すると迷わない
実務では、毎回プロンプトを作り直すより、貼り付ける箱を3つに分けると安定します。1つ目は「Gem本体(初期設定)」、2つ目は「生徒の振り返り入力」、3つ目は必要時だけ足す「追加Gem(拡張)」です。授業後の流れは、Gem本体を先に貼り、次に生徒のコメントを貼り、最後に必要があるときだけ追加Gemを追記する、という順番に固定しておくと迷いません。
まず、再利用しやすい雛形は次の形です。`{{ }}`の部分だけ差し替えれば、そのまま回せます。
あなたは{{校種}}の「{{教科名}}」を担当する教員です。
以下のテキストは、生徒さんが授業で記述した振り返り(リフレクション)の記録です。
根拠のない推測は避け、記述された事実に基づいて分析してください。
【入力データ】
- 生徒ID:{{匿名ID}}
- 期間:{{開始日}}〜{{終了日}}
- 振り返りコメント:
{{ここにコメントを貼り付け}}
【出力条件】
- 文体:です・ます調
- 所見文:{{120}}〜{{150}}字
- まず分析、最後に所見文次に、今回の記事で使った生徒Bさんの入力例を、参考としてそのまま置いておきます。読者の先生方は、この部分を自分のクラスの実データに置き換えるだけで試せます。
10月15日(プログラミングの基礎):
初めてPythonでコードを書いた。画面に文字が出た時は少し感動した。でも、全角スペースが1つ入っているだけでエラーになってしまい、どこが間違っているのか見つけるのにすごく苦労した。コンピュータは人間と違って、厳密に指示しないと動いてくれないことがわかった。
10月20日(アルゴリズムと反復処理):
for文を使った繰り返し処理を学んだ。手作業なら何時間もかかる計算が、数行のコードで一瞬で終わるのはすごいと思う。前回よりも、エラーが出た時にエラーメッセージを見て自力で直せるようになってきた。隣の席の友達とは違うコードの書き方だったのに、出力される結果が同じだったのが面白かった。
11月18日(データの活用):
オープンデータを使って散布図を作り、相関関係を調べた。一見すると関係がありそうなデータでも、実は第三の要因があるだけの「疑似相関」かもしれないという話が一番印象に残った。これからは、ニュースなどでグラフを見る時も「本当にこの結論で正しいのか」を少し疑って見る必要があると思った。
12月10日(情報社会の課題とセキュリティ):
情報セキュリティとAIの倫理についてグループで話し合った。便利な技術がある反面、フェイクニュースの拡散や個人情報漏洩などのリスクがあることもわかった。今までパスワードを色々なサイトで使い回していたので、家に帰ったら二段階認証を設定して、パスワード管理アプリを使ってみようと思う。出力の見え方も、記事内で確認できるように短く示します。最初のGemで作る所見例は、次の温度感です。実際の出力も添付します。
当初はプログラミングの厳密さに戸惑う姿もありましたが、異なる解法でも同じ結果に辿り着く「アルゴリズムの多様性」に面白さを見出し、思考が大きく深まりました。データの真偽を論理的に疑う批判的な視点も身につけ、学んだセキュリティ知識を即座に私生活で実践する態度は秀逸です。さらに追加Gemを足した所見2では、学びに向かう力の観点が厚くなります。例えば、粘り強さ、他者尊重、メタ認知、情報モラルの4指標ごとに根拠を拾い、同じ元データから別レンズの報告が作れます。ここまで出たら、最後は校内規準に合わせて、教師が1文ずつ調整して完成です。
生徒さんの振り返りが、どう蒸留されたか
入力として使ったのは、10月から12月にかけて4回分の短い振り返りです。プログラミング初日の全角スペースのエラーに苦労した記述、for文の授業で「隣の席と違うコードなのに結果が同じ」と書いた記述、オープンデータで疑似相関の話が残った記述、セキュリティの授業のあとに二段階認証を家で設定しようと決めた記述、といった具合に、日付と単元がつながる形で並んでいます。
Gemの出力では、まず「Before」が操作中心・受動的な反応として整理され、「After」が道具としてのITや批判的な視点、生活への接続として描写されました。ターニングポイントとして抜き出されたのは、10月20日の「違う書き方でも同じ結果」という一文で、ここからアルゴリズムの多様性という抽象度への上がり方が説明されています。観点別のパートでは、デバッグ力、疑似相関への警戒、パスワード運用の見直しなどが、それぞれの回の記述に紐づけられています。
最後に提示された所見の文章案は、次のような温度感でした。初期の戸惑いから、多様な解法への気づき、データへの批判的な目、学びを私生活にすぐ移す姿勢までが、一続きの物語としてつながっています。ここから先は、字数制限や校内向けの言い回し、教科の評価規準に合わせた微調整を、教師が手で仕上げるイメージです。
制度の話とつなげるとき──「学びに向かう力、人間性等」は別のレンズも足せる
文部科学省の教育課程に関する論点整理資料では、通知表の評価の在り方とあわせて、「学びに向かう力、人間性等」をどう位置づけるかが丁寧に議論されています(文部科学省:教育課程企画特別部会 参考資料(PDF))。見出しだけ追うと雑なイメージになりがちなので、全体像は別の機会に時間を取って読むのがおすすめです。私自身は、ニュースの一行要約と資料本文のズレを整理した記事も書いています(「2項目で評定」だけ見ると誤解しやすい——「学びに向かう力」をめぐる通知表の議論を、文科省の論点整理で読み直す)。

もし所見や個人内評価で、粘り強さや他者尊重、メタ認知、情報モラルといった非認知の側面を、振り返りの記述から拾いたい場合は、Gemに「項目5」を足すだけで拡張できます。私が試した追記は、文部科学省の枠組みに言及しつつ、次の4指標に沿って抽出する、という短いブロックです。
5. 【学びに向かう力・人間性等の分析(非認知能力の見取り)】
文部科学省が示す「学びに向かう力、人間性等」の観点から、以下の4つの指標に基づいて具体的な記述を抽出・分析してください。
① 粘り強さ・レジリエンス
② 他者尊重と協働性
③ メタ認知(自己の客観視)
④ 倫理観と社会への責任感(情報モラル)同じ生徒さんの入力にこれを足すと、出力は「所見2」のような形に広がります。エラーに向き合った記述からレジリエンス、友達の別解を面白がった記述から他者尊重、パスワードの使い回しを振り返った記述からメタ認知、家庭での二段階認証までを情報モラルとして束ねる、といった読み取りが並びます。元データは同じでも、見る枠を増やせばレポートの厚みが変わります。
すぐ教室に持ち込む前に──守りたい線引きと、つい足が滑る場所
効率の話だけ先に行くと危ないので、現場で私が必ず口にする注意も書いておきます。

Gemは、与えたテキストの範囲で「もっともらしい物語」を組み立てるのが得意です。だからこそ、振り返りに書かれていない出来事や感想を盛っていないかを、教師が必ず照合します。観察記録や課題の実物、発言の記憶など、別のエビデンスがあるときは、そちらを優先します。流暢さと正しさを取り違えない作法は、教室全体の設計の話ともつながります(「使い方」ばかり教えていませんか?——AI時代に欠かせない「疑い方」教育へ)。
個人情報と著作権も境界線です。生徒の氏名や識別しうる情報を外部サービスに送るかどうかは、学校・自治体の方針と個人情報保護の観点から事前確認が必要です。保護者や生徒への説明、利用同意の有無も、運用設計の一部になります。
評価の公平性の観点では、AIに下書きを作ってもらうこと自体が、すべての生徒に同じ条件で説明できるかを職員室で共有しておくと安心です。提出物の量や文体の上手さで、AIの出力の「見た目の立派さ」が変わることもあります。だからこそ最終文は教師の言葉に置き換え、規準に沿っているかを人が見る、という二段構えが現実的です。
生成AI全般の話として、便利さと業務設計の両方を数字つきで押し出す調査結果も紹介しています(「速くなったのに、忙しさは変わらない」──パーソル調査が教員に示す、生成AIの現実と学校設計)。Gemで所見のたたき台を早くするのは、その延長線上の「時間の使い方の設計」だと考えています。
最後に──減らすのは「唸る時間」であって、生徒へのまなざしでは
この試みで減らしたいのは、何十人分の振り返りを頭の中でいったん空にしてから組み立て直す、という負荷の大きい部分です。代わりに増やしたいのは、一次資料に基づく具体性と、教師が最後に言葉を整える余白です。制度の議論が動くほど、所見や総合的な学習の記録は重みを増します。そのときこそ、授業の中で積み上げた生徒の言葉を、ちゃんと軸に戻して読む仕組みが効いてくると感じています。
作成日:2026年4月9日
